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7/10

甘い(sweet)音とは?

「村上くん……」

「椎名課長、好きです!」

「ヒューヒュー……」

「やるな、村上」


 多少のリップサービスを含んだけれど、出した言葉は紛れもない真実だった。

でも、ある先輩はバンとテーブルを叩き、「ハシャギすぎだぞ」と一喝した。

その後すぐに梶原先輩に声を掛け、宴会芸を強要していた。

その間に田淵先輩は酒を追加注文し、新しいお酒が届いた頃に椎名課長がスッと立ち上がった。


「村上くん。場を盛り上げる為だとは分かるけど、気を遣いすぎよ」

「はい、すみませんでした」

「村上、ごめんな。椎名課長、すみませんでした!」

「良いのよ、梶原くん。ただ罰として、追加のお酒代は覚悟してね」

「うっす!」


 椎名課長は一瞬にして、場の雰囲気を引き戻していた。

テーブルを叩いた先輩も、それからは声を荒げることもなく和やかに飲んでいた。

全体的に酒量が上がっているのが、少しだけ心配になる。

俺は特に酒が苦手ではないので、失態を演じないように気をつけて飲んでいた。


 周りを見渡してみても、酔い潰れている人はいない。

さすがに、一次会で潰れるような人はいないだろう。

徐々にピッチがあがる場をよそに、田淵先輩は帰る人用の手配を始めていた。

役職以外の細かい上下関係は分からないけど、机を叩いた先輩が締めの挨拶を行っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「課長、ごちそうさまでした!」

「部長から寸志を貰っているからね」

「はい、今日はお先に失礼します」

「二次会も楽しんでこいよ!」

「はい、ありがとうございます」


 店の前に横付けされたタクシーを前に、一次会帰宅組が挨拶を行っていた。

ちょっと怖い雰囲気を出した先輩も乗っており、ギュウギュウで乗って帰るメンバーは四名だった。

普段は帰る椎名課長も二次会に行くようで、梶原先輩・田淵先輩以外はかなり驚いていた。


 酔い覚ましがてら、二次会会場まで歩いていく。

田淵先輩は申し訳なさそうにしているけれど、カラオケボックスの予約までは少し時間があるようで、急いで行かなければならないならそれほどのミスではないと思う。

挨拶の時間が長引いた場合は、その時間を見なかった幹事の責任になるはずだ。


「俺達は先に行ってるぞ」

「あー……。言いにくいんだけど椎名課長はかなり飲んでいるようだから、ゆっくり合流してくれないか?」

「梶原先輩、椎名課長はお酒弱いんですか?」

「そんな話は聞いたことないな。おっし、田淵行くぞ。みんなもついてこい」


 小声で話してきた梶原先輩達は、先に行くらしい。

営業事務の女の子もいるので、チヤホヤしながらエスコートをしていた。

一方椎名課長は、夜空を見ながらボーっとしている。

一瞬、ワイワイ歩き出す梶原先輩達を見ていたけれど、すぐこちらを見てにっこりと微笑んだ。


「まだ時間はあると思う。行こっか? 敦史くん」

「はい、椎名課長」

「んっんー」

「あ、椎名先輩」

「よろしい。では特別に、一軒お店を紹介します」


「良いんですか?」

「一杯だけだから大丈夫よ。それとも、私のお酒が……」

「それって良いのですか?」

「上司命令なら問題だけど……。さっきの告……」

「と、とりあえず、行きましょうか」


 今日の椎名先輩は、野暮ったいメガネをしていた。

今はそのメガネを仕舞っていて、すっと手を差し出してきた。


「カラオケの場所は分かりますが、お店は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。一本道だから」


 椎名先輩の手を軽く握ると、二往復ブンブンと振られた。

それが俺をリラックスさせるのが目的か、はしゃいでいるのかは分からない。

それでも椎名課長の手から気持ちが溢れているようで、短い距離だけど幸せな気持ちがしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 到着したのは、オシャレなバーだった。

カクテルを一杯だけという約束で、軽めのショートドリングを頼む。

何故か椎名先輩がロングドリンクを頼んでたけど、一杯だけならば多分大丈夫だ。


「敦史くん。ちゃんと飲んでる?」

「はい、戴いてます。椎名先輩は大丈夫ですか?」

「さて、問題です。私は酔っているでしょーか?」

「えーっと。酔ってはいるけど、意外としっかりしていると思います」


「ぶぅぅぅぅ、正解です」

「どっちなんですか?」

「あっ、今時計見た。いーけないんだ、いけないんだ」

「先輩たちが待っていると思ってつい……」


 こちらのグラスは底に数ミリ残っている程度で、椎名先輩のグラスは1/3残っていた。

酔っているか酔っていないかで言えば、確実に酔っていると思う。

でも、ここまで来る足取りは問題なかったし、カクテル一杯が追加になった程度で……。


「ねえ、敦史くん。さっきの……」

「え? 何ですか?」

「本当に……私のこと……、すいとーと?」

「え? スィートって?」

「……んー、もう何でもない。さっ、行くわよ!」


 急に残りのお酒をスッと飲み干して、椎名先輩は立ち上がった。

その姿はシャキッとしていて、酔っている雰囲気を微塵も感じさせない。

ただ頬の赤さだけが何だか可愛くて、さっきのスイーツ宣言が〆の甘いものを欲しているのか謎が謎を呼んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二次会のカラオケは大部屋を借りており、6名にしては広すぎる部屋だと思った。

合流したタイミングは絶妙で、まるで椎名課長が計算しているかのようだった。

こっちは一杯飲んで来たので、三次会……あの一軒を入れるか入れないか微妙なので、2.5次会としておこう。

受付カウンターにもたれ掛かるようにしている田淵先輩をよそに、梶原先輩が労いの言葉をかけてくれた。


「おかえり、村上。そのまま消えても良かったんだぞ」

「梶原先輩。そういうのは小声じゃなく、みんなに聞こえるように……」

「はぁ。田淵と違って、揶揄からかい甲斐のない奴だなぁ」

「椎名課長にも叱られましたから。それで、こちらは大丈夫ですか?」


 椎名課長はフレンドリーに営業事務の女の子と話しており、田淵先輩は合流に気が付いて小さなカゴを持ち戻ってきた。

六名で目当ての部屋に向かうと八人~十人が使うような広い部屋に、一番奥が椎名課長で何故かその隣に俺が座ることになって、田淵先輩が出入り口でドリンクの注文を始めていた。

話題の一曲目を梶原先輩が入れると、二曲目は田淵先輩の微妙なアイドルソングが入ってくる。


「椎名課長も順番ですからね」

「分かったわ」

「敦史、早めに歌った方が得だぞ!」

「はい、選んでおきます」


 三曲目は営業事務の女性が熱唱系を入れ、その後に先輩は子供番組系の歌謡曲を歌っていた。

この感じだと椎名課長は一巡目ラストになりそうだ。

俺はアゲアゲな曲を選んでおり、予約を完了しておいた。

すぐに椎名課長が予約をしたところを見ると、俺の歌を見てから入れたと思う。


「テッテテッテテレレレレー」

「「「「「アッフー」」」」」


 この中で一番上でも三十代中頃だ。

どうやら全員が分かるようで、台詞つきの歌は正直恥ずかしいけど、そこそこ盛り上がったようだ。

その後の椎名課長の歌は静かな熱唱系とでも言うべきか、とても迫力がありながら涙を零しそうになる歌声だった。

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