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タイプとは?

 グループメッセージは、とても温かい言葉で埋め尽くされていた。

この会社に入れて本当に良かったと思う。

まだ仕事らしい仕事には携わっていないけど、ブラック企業情報は嫌というほど集めていた。


「敦史、お疲れ!」

「田淵先輩は残業ですか?」

「あぁ、これ打ったら帰るから問題ないぞ」

「では、お先に失礼します」


 会社を出て辺りを見回してみる。そしてスマホを取り出し、深く息を吸い込んだ。

グループメッセージの中から、椎名課長の名前を見つけ出す。

まだ会社にいたのは確認済なので、今日の同行のお礼をメールにしたためてみた。

言いたい言葉はたった一つだけど、出来れば直接言いたいと思っている。


 病気の事を伝えれば、『ドキドキ』や『キュンキュン』は無意味なものになるだろう。

Sからは、『正気に戻ったら記憶がなくなる』と言われている。

どこまでの記憶が、どうなくなるのかは正直分からない。


「もし想いが届いても、別れることになるのか……」


 あの事件さえなければ椎名先輩は、ただの憧れだけで終わっていただろう。

告白することもなければ、上司と部下の距離感も遠い場所にあったはずだ。

少なくとも田淵先輩や梶原先輩がいるので、中間管理職の課長とは接点が少なくなると思う。

そんなことを考えていたら、返信が届いた。


『今日もお疲れ様。まだ週の始まりだから、仕事が終わったら切り替えましょう。週末は大変だと思うけど、これも社会人としての経験かな? もし話があるなら……、そうね週末のイベントの後にでも聞くわ』


 椎名課長……いや、椎名先輩の返信に嬉しくなった。

憧れが恋に変わなる瞬間……。それは案外、こんな何気ない言葉なのかもしれない。

田淵先輩は椎名先輩と付き合うのを、『現実的ではない』と言っていた。

でもメガネを外した姿を見ただけで恋に落ちるほど、俺は単純ではないと思う。


『緊急速報です』


 またSからの連絡だ。

メールアドレスも知っているはずだし、こちらの都合はお構いなしに連絡してくる。

週末に思いを馳せ、恋と責務で迷っているところで現実に戻された感じだった。

スマホを見てみると、普通にメールも届いているじゃないか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 Sの仕事は秘密結社KSJの魔の手から、国民を守るのが役目らしい。

だから被害を受けた人のサポートをするのは、若干職務から外れるようだ。

圧倒的に人が足りないので、そこまで面倒見切れないらしい。


 Sからのメールを要約すると、被害者の情報収集をしたようだ。

主にキャリアウーマンと言われる20~30代をターゲットとしていて、出会い系に登録していて行動していない人が狙われているらしい。

出会い系と言ってもSNSのような軽いものではなく、しかるべき団体を通したものだった。


「椎名先輩も登録していたのかな?」


 大学で修めた新卒の男なら、すぐに『結婚しろ』という言葉は掛けられないと思う。

女性でよく言われるのは、クリスマスとか三十路。

あくまで世間で言われることなので、否定をするつもりはないけれど、椎名先輩も一度は考えたのかもしれない。

実際に秘密結社と戦っているSが情報を出してきたので、本気でかかっていると考えるべきだ。


「これだよなぁ」


 Sから来た特大の爆弾は、潜伏期間から発症した際に『目が一瞬だけ真っ赤になる』という情報だった。

発症した人の相手から情報を集めたと思うと、かなり危険な橋を渡ったのかもしれない。

半身不随の車椅子生活で、後ろを押す女性の目を掻い潜って……ホラーでしかない。

目が赤く光ると言うと、一瞬だけ吸血鬼を思い浮かべた。


 椎名先輩の今日の状況を報告する。Sの返事としては、何とも言えないようだ。

一つ言えるのはメガネと俺の存在がリンクしているみたいで、それが時間を稼げているという仮説を出してきた。

確かあの時にメガネは外れており、拾った際には気が付かなかったけれどメンテナンスに出しているということは……。

ボヤーっとしか見えてなかったなら、今の姿に反応しない方がおかしいと思う。


「送信っと」


 Sには今週末に告白することを連絡した。

できればそういう関係になってからアプローチをしたいし、ドキドキさせるにはそれなりの行為が必要だと思う。

嫌われている状態だとストーカー予備軍になってしまうし、両想いの方が気持ち的に盛り上がるからだ。

今のところ候補は、『手を繋ぐ』『壁ドン』が上がっているけど、『顎クイッ』は難易度が高いと思う。


 俺の気持ちは、確実に椎名先輩に傾いている。

でも、これが愛なのか義務なのか迷っている時点で、少し冷めた目で見ている俺もいた。

……先輩がハンバーガー食べている姿、可愛かったよなぁ。

それだけで幸せな気持ちになっているんだから、わざわざ水を差す必要はないと思う。


「よっし、週末まで頑張るか!」


 気持ちを言葉に出せば、後はやるべき事は決まっている。

社会人は学生時代とは違う。学歴を否定する訳ではないけれど、その分『人間力』が試されると思う。

これから長く続く社会人として、まずは目の前の仕事に力を注ぐべきだ。

そう考えたらスマホを仕舞い、寮を目指して歩き出していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「では、村上くんの活躍と皆様の健康を祈りまして!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」

「ありがとうございます」


 椎名課長とは週末まで同行することはなかったけど、先輩達に色々な場所に連れて行ってもらい、仕事の理解度を深めることができた。

残りの四日間は、椎名先輩のことを考えなかったかもしれない。

それだけ仕事に打ち込み、無事にこの会を迎えることが出来た。


 グループメッセージからは普段あまり話をしない人まで、『仕事は大丈夫か?』とか『無理して飲むなよ、もったいないからな』と週末の心配までされる始末だった。

お座敷の創作系和風居酒屋。乾杯はビールに決まっており、飲めない人は……いないだと……。

オレンジジュースやコーラ・ウーロン茶がない飲み会は初めてかもしれない。


 幹事の田淵先輩は下座に座りながら、色々な手配をしている。

梶原先輩が場を繋ぎながら、自己紹介を順繰りで回していた。


「田淵、先に見本を見せてやれ」

「了解でっす!」

「村上はラスな。ゆっくり考えておいてくれ」

「はい、分かりました」


 田淵先輩は上座の方へ向かい、おもむろに心臓の前に手を出し指でハートマークを作り出していた。

それだけで笑いを堪えている先輩達。椎名課長の頬もぷるぷる震えていた。


「ちーさなハートは、勇気の証。ちょっぴりラブリーな24歳、休日は地下アイドルを追いかけている田淵隆一です。みんな、よーろしーくねー」

「去年よりキモイぞー! もっとやれー」

「梶原、初っ端から飛び道具出すんじゃねーよ」

「いや、これ恒例でしょ?」

「村上も期待してるぞー!」


 不穏な言葉と共に、嫌な汗が一筋流れた。

宴会芸を用意しろとは言われてたけど、何か一曲歌って誤魔化そうと考えていたからだ。

一瞬だけ田淵先輩を、冷たい視線で見てしまう。それに気づいた先輩は、パチリとウィンクを決めていた。


「むーらーかーみー、緊張しすぎだぞ。良いから飲め! 飲んでれば思いつくから」

「あっ、はい」


 お座敷の部屋には10名いる。宴会の時間はきっちり二時間だ。

ダラダラと延長はしないようで、すぐに二次会に雪崩れ込むらしい。

簡易カラオケセットのようなマイクもあるけれど、会場が会場だけに使うような場面でもなかった。

二人目の自己紹介が始まると、案外普通に済ませる人が多数だった。

ライトな夜の店を引き合いに出した先輩もいたけれど、椎名課長は意外にもスルーだった。


「じゃあ、ラストを飾ります我らが新人。村上くんの出番です! みんな盛大に拍手ぅぅぅぅ」

「「「「「パチパチパチ」」」」」

「敦史、頑張れよ!」


「はい! 村上敦史23歳。趣味は映画と音楽鑑賞です」

「随分普通だな、他には?」

「梶原先輩、面接の内容じゃダメですよね」

「まーな、俺達はお前の『ひととなり』を知りたいんだ。好きなジャンルとか、好きなタイプでも良いぞ。好きな部位でも、アブノー……」

「ちょっと、偏っています!」

「偏っているのか?」

「違います」


 梶原先輩との掛け合いが漫才調になっているようで、小さな笑いが起きていた。

この部署のみんなは基本的に温かい。

その上で仕事が出来ると思えるのは、俺が新入社員だからだけではないはずだ。


「じゃあ正統派が好きそうな村上の、タイプを探りたいと思います。まず好きなのは男性? 女性? それ……」

「女性です! 黒髪の美人で長すぎない方がいいです」

「長すぎると、どうダメなんだ?」

「それは……、秘密です」


「そうか、で?」

「可愛いというよりかは美人系で、普段はキリッとしていて、不意に魅せる優しさがあればもう」

「あぁ、中身は田淵寄りか」

「絶対に違います!」

「敦史ぃ……」


「なぁ、それって?」

「あぁ、俺も思った」

「じゃあ、せーので言うか。それって、せーの」

「「「「「椎名課長がタイプじゃね?」」」」」


 ブーっと吹く音と、ニヤニヤ笑っている梶原先輩。

空気が止まったような会場で、ただ一人咽ている椎名課長の可愛い音だけが聞こえていた。

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