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助ける方法とは?

 Sからの『緊急速報』の後に、メールが届いた。

連絡が途切れた事を謝罪する文が書かれていて、今後について会って話をしたいようだ。

独身寮から近くのファミレスを指定された事から、俺の個人情報は盛大に漏れていると思う。

それなら椎名先輩の情報を得て、さっさと対処をしてくれれば良いのにと思ってしまった。


 指定されたファミレスに到着すると、店員に席まで案内してもらう。

さすがにあのマスク姿で来ることはないだろうし、それを外したらこちらから見つける方法はない。

時刻は、そろそろ午後5時くらいだ。椎名先輩とランチが出来たことを除けば、今日は忙しい一日だったと思う。

ドリンクバーを注文し、飲み物をもって来て一口飲んだ所で、背後から声をかけられた。


「振り向かないで!」

「あっ、はい」


 いつの間に席に着いていたのか?

それも気になるけれど、Sの素顔が気になって仕方がなかった。


「本題に入るわ。カウンターが回っていたけど、ホームページは見たのかしら?」

「はい、貴女からの連絡で調べてみたら……」

「その口ぶりでは、色々と見たのね」

「概略は分かったと思います」


 Sの機関が医療機関と『どう繋がっているか』は分からないけど、結果だけを見ると完治させるのは難しいようだ。

『ドキドキ』や『キュンキュン』でやまいが治るなら、医者の出番はますます無くなってしまうだろう。


「それで彼女は?」

「駅で別れましたが、おかしな所はなかったと思います」

「そう……」

「それで、俺はどうしたら良いですか?」

「多分、君には多くの事を頼まなければならないから、知っておいて貰いたいことがあるの」


 通常、全ての赤子は無力なので、『愛して欲しい』という姿をしている。

多くの親は無償の愛を注ぎ、その期間が長いのが人間とSが説明を始めた。

「よく『パパと結婚するんだ』という言葉を聞いた事がない?」という問いかけに、相手もこちらが見えないのに頷いてしまった。

正しく次代に命が繋がるように、血が濃くなりすぎないように、異性の親子は適切な時間を一緒に過ごすと嫌う信号を出すらしい。

これに異常が起きると、エディプスコンプレックス等が現れるようだ。


 今回の『乙女回路』の初期は、父親に恋をする感情に似ている状況を作り出すものだった。

潜伏期間から発症するまでの時間に個人差はあるが、連絡を取り合った時点で椎名先輩は間に合わなかったらしい。

後は『乙女回路』を短絡ショートさせて、焼き切るしかないのはホームページの情報通りだった。

背中合わせのリアクションが取りづらい状況で、会話は続いている。


「最初の被害者は死んだとされているけど、実はまだ生きているわ」

「本当ですか?」

「えぇ。ただ、その関係者が死んだの。一番先に研究者である父を見て好きになり、その治療の為に婚約者に……」

「問題ないのでは?」


「一番愛されたい人に裏切られ、終わった後は婚約者に幻滅したわ。正気に戻って、結ばれれば良かったのだけど」

「もしかして……」

「そう、私の話。あの時、私は死んだの。覚めたというか、憎悪に近い感情に支配されてしまって……」

「二人の男性は……?」

「組織に殺されたわ」


 これっぽっちも、軽い気持ちで考えてはいなかった。

でも、ここで初めて事態の深刻さを目の当たりにした気がしている。


「いつまでに先輩を助けられれば良いのですか?」

「それは正直分からないわ。父が作り出したものは、組織によって改変させられてしまったから」

「では、どうやって焼き切れば良いのですか?」

「あの女性が、どんな人生を送ったかによるわ。『ドキドキ』や『キュンキュン』……そうね、少女漫画を読んだことはあるかしら?」

「いいえ、ありません」


「正直、少年漫画に比べてエグイわ。プラトニックから肉体関係まで様々よ。でも、少女漫画のトキメキには……」

「話が脱線していませんか?」

「いいえ、これが正しい対処療法よ。検討を祈るわ」

「え? えっえっ?」


 あまりに唐突な説明の終わりに振り向いたが、女性は既に会計場所にいた。

せめて顔だけでも確認したかったけど……、もし仮面をしていて知り合いだと思われたら、激しく落ち込んでしまうだろう。

彼女の説明を思い返す。結局、情報は何一つないに等しかった。


 一つだけ言えるのは、先輩を『ドキドキ』『キュンキュン』させなければいけないことだ。

次に会えるのは月曜日。明日、先輩の居場所を探すことなんて出来はしない。

仕方がないので漫画喫茶に向かい、今人気の少女漫画を読みまくることにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ある物語では、学園の人気者が地味な女の子と結ばれるという内容だった。

あまりのもどかしさに、『さっさと告白すれば?』と声に出そうになったり、手ぐらいさっさと繋げと飲み物をまた飲み干してしまったりしていた。結論だけを言えば面白かった。


 またある物語では、クラスの人気者が……。

こういう話多いなぁ……何故か同居とか、バンドの話とか、和菓子の話とか。

所々でイビキが聞こえる環境で、黙々と読破していった。

学園生活なんて、『つい最近』くらいに思っていたのに、『若いなぁ』と思ってしまうのは何故だろう。

社会人の話が少ないので、今度はそっち方面で『ドキドキ』『キュンキュン』させる話を探さなければならなかった。


「甘酸っぺぇ」


 壁ドン・アゴクイは普通で、後ろから抱きしめて髪の香りを嗅ぐ……。

耳をむ、囁きかける。シーツをギュッと……これは地雷だったことを思い出した。

女上司ものは、純粋というか純真なストーリーが多いことに気がついた。

問題は予習をしたところで、どれだけ実践が出来るのか現実的ではないところ。


「結局出たとこ勝負か」


 貫徹気味に読破を続けた結果、出た答えは単純なものだった。

そういえば、椎名先輩には彼氏はいるのだろうか?

そこはかなり重要な事だと、今更ながらに気がついたが、眠気には勝てなかったので寮に戻ることにした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あくびなんて珍しいな、淳史あつし

「おはようございます。田淵先輩」

「土日を挟んだからって、月曜日まで疲れを残すのは社会人として……」

「おーい、田淵。お前、新人時代を忘れたのか?」


 月曜日のオフィスは、かなり緩やかに始まる。始業の時間までは、まだ少しあった。

気が抜けていたのは反省するところだ。でもこれは名誉の負傷、もとい戦った証なのだ。

この時間なら、まだコーヒーを飲む時間もある。

面倒見の良い先輩から「顔を洗って来い」と言われ、田淵先輩をつけられて一緒に休憩場所に行った。

少なくない人数がタバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしている。

あまり参加はしていなかったけど、朝の情報収集をするには良い場所だった。


「あぁ……、また今週も始まっちまったな」

「おいおい、まだ休み気分か?」

「きちんと寝たんだけど、潤いがなくてな」

「田淵は何してた?」


 田淵先輩の近くで、チビチビと缶コーヒーを飲む。

色々な年代が多いが、共通しているのは年齢の垣根が低いことだ。

女性が一人もいないので、週末に行った『お店』について熱弁している社員もいた。

夜のお店に通っている先輩は、別の先輩から「あまり入れ込むなよ」と注意を受けていた。

頭が徐々に目覚めてきた。すると、椎名先輩の話題が出ていることに気がついた。


「そういえば、今朝の椎名課長を見たか?」

「いや、挨拶してないな」

「一言で言えば、チグハグな感じだったな」

「もったいぶってないで教えろよ」


 早くも何かの症状が出てしまったのか?

先輩達の会話に聞き耳を立てていたら、「そろそろ時間だ」の一言で移動が始まっていった。

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