乙女回路とは?
『緊急速報です』
この店は、直立した金串に刺さった状態で、ハンバーガーが提供される有名な所だった。
中央には四つのバーガーが刺さっていて。チーズ・フィッシュ・エビカツ・ステーキなど存在感を示している。
サラダはボウルに入った大き目のサイズを頼み、取り分けて食べる。
サイドメニューはポテトで、飲み物は二人ともストレートのアイスティーをお願いした。
「オシャレな店を知ってるのね」
「そうですか? 椎名課長」
「んっんー!」
「あ、椎名先輩でした。今度は、会社で間違えないか心配ですね」
「その時は、優しく対応してあげるわ」
キリっとしていたイメージなのに、さっきのメガネを外した姿を見たからか、若干『妖艶』という印象を持ち始めていた。
本日二回目の食事だけど体が目覚めたせいか、この量でも問題ないと思える。
食べる準備をしようとすると、いつの間にか先輩がサラダを取り分けてくれていた。
それならこちらはハンバーガーの準備だ。カトラリーを上手く使い、ハンバーガーは半分ずつ分けあって食べることにした。
断面から滴る肉汁がヤバい……。そこに絡むチーズは程よくエロスを……もとい、美味しさを倍化させていた。
『緊急速報です』
椎名先輩が携帯を確認する。
それに合わせて俺の周りの席でも、何人かが携帯のメッセージを確認していた。
『人と話している時は、携帯を見るべきではない』と会社で学んだので、確認するのは別れた後でと決めている。
今の俺には、緊急の用事などないはずだ。椎名先輩は事件にあったので、いらぬ不安は早く払拭して欲しかった。
「何だろうね? まあ、いいわ。これ、凄く美味しそうね」
「マスター自慢の一品です。でも、最後にステーキバーガーがあるのを忘れないでくださいね」
「お腹ぺこぺこだから大丈夫よ。こう見えても、体育会系だったんだから」
「へぇぇ、何をやってたんですか?」
他愛もない学生時代のスポーツの話から始まって、いつの間にか恋愛の話にたどり着いてしまった。
先輩の話を聞きだすつもりが、何故か『取調室』で尋問を受けているような錯覚に陥っている。
どうやら俺は新人らしさが薄いようで、田淵先輩と比較されても、どっちが先輩か分からないと噂されているようだ。
田淵先輩のチャラさと、俺の落ち着き具合……。近年稀に見る、良いコンビらしい。
緊張のあまり、残っていたアイスティーを一気に飲み干してしまった。
ストローからこぼれる音で周囲の注意を引いてしまい、椎名先輩が周りに聞こえる声で「可愛い」とからかったせいで、お咎めなしな雰囲気になった。その力関係を周りから見ると、出来の悪い弟に見えるのだろうか?
いくらなんでもストローで遊ぶ成人男性は、弟というよりかはアホな子でしかなかった。
「それにしても、よく潰さないで切れてるわね」
「ここには通いましたから!」
「へぇぇ、一人で?」
「すみません、勘弁してください」
『緊急速報です』
時々入る速報を無視してアイスティーのお代わりをし、先輩の上司以外の一面を楽しみながら食事を続けた。
一個一個はそれほど大きくなくても、カツというネーミング的に宜しくないものが主張してくる。
椎名先輩は調整しながら食べ、最後のステーキバーガーはキレイに半分こして食べた。
顔色もいつも通り。若干、長居してしまったのでマスターに軽く謝罪して、先輩を駅まで送り届けた。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。折角の休みを、会社の人と過ごして終わらせたらもったいないじゃない?」
「それって、先輩が言っても大丈夫なんですか?」
「うちはホワイトで通ってるから。二年目からはビシビシいくわよ!」
「じゃあ、今のうちから耐性をつけておきます」
「それが新人っぽくないって言ってるのよ。じゃあ、今日はありがとうね」
「はい。帰りも気をつけてください」
「また会社で!」
『何が』と断定することは出来ないけれど、『出来る女性は違うなぁ』というのが正直な感想だった。
先輩を見送った後、また来た速報の確認をする。地震もないし、ミサイルが乱射された訳でもないだろう?
緊急速報を確認すると、そこには…………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『今どこにいるの? 至急連絡を頂戴』
から遡ると、状況の全容が分かってきた。
そもそもピンポイントに『緊急速報』を送れるなら、メールなりその他のツールなりを使ってくれれば良いのにと思ってしまった。
まあ、それは置いておこう。発信元は、謎の紫マスクの女性からのようだった。
彼女の名前は通称『S』と言い、国の『とある機関』に所属しているようだ。
この時点で読むのを止めたくなったけど、大事なことが書いてあったので安易に止めることは出来なかった。
……続けよう。彼女の追っていた三人組は、秘密結社KSJと言い……本当に止めてはダメなんだろうか?
なんでも誘拐して人体実験をするような、怪しい集団ということが分かった。
『彼女は無事だったの? きちんと救急車を呼んだ?』
そう書かれていたので、この人にはきちんと事情を報告する義務があると思った。
詐欺とかだと怪しいメールが来ても、『添付ファイル』を開けたり、返信したりしないでくださいと言われているだろう。
だけど今回は関わらないといけないと思う。少なくとも椎名先輩を守っていたのは、『S』だったんだから。
指定された連絡先に、『外傷はなく、一緒にいて様子を見て大丈夫そうだったので別れました』と返信した。
するとすぐに、『お前はバカか!』とメールで返事が届いた。
「バカかって言われてもなぁ……。やっぱり、自宅まで送るべきだったかな?」
そんな事を考えていると、すぐに二通目のメールで『乙女回路の可能性がある』とメールが届いた。
謎の単語が届いても訳が分からない。その意味が届くのを、しばらく待ってみる……。
次のメールを待っても、一向に届く気配が見えなかった。仕方がないので、独身寮に帰宅することにした。
会計は結局ワリカンになってしまったが、次回は素直に奢られることを約束してもらった。
次に会える約束を繋いだと思ったけれど、肝心の連絡先を聞くのを忘れてしまっていた。
家に着いて手持ち無沙汰になってしまったので、仕方がないので『乙女回路』で検索をかけてみる。
どうせヒットしないだろうと思ったら、あるホームページにたどり着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『乙女回路』で開いたページはアクセス制限されているようで、パスワードはたったの三文字だった。
誰がどう考えても、秘密結社KSJだろう。だから素直にKSJと打つと、トップページに無事にたどり着いた。
それは『とある科学者』のホームページであり、研究のテーマから原理など、ありとあらゆる事が書かれていた。
小さい頃から『父親と結婚するんだ』と言っていた娘が、純粋培養のまま成長して危機感を抱いたこと。
そこで自身の研究の派生から、『乙女回路』を生み出すことに成功した。
難しい理論が書かれていたが、簡単に説明するとナノマシンであり人体には無害らしい。
インプリンティングと『吊り橋効果』を誘発するもので、本来ならほっといても問題ない飲み薬のようだ。
ところが、これに目をつけた秘密結社KSJが、とある政治家と結託し強化を図った。
それによって『乙女回路』は強烈な親愛の情を引き出し、ホルモンに大きな影響を与えることになった。
軽い症状でストーカー、少し重くなると『生死を問わず』独占。
元に戻す為には、数時間以内に拮抗薬を飲ませる必要があるようだ。
「拮抗薬って、打ち消す薬だよな」
どちらにせよ制限時間オーバーだったらしい。
潜伏期間があり、初期症状としては軽いモーションを掛けられる程度のようだ。
人によってマチマチだが、その期間内に『回路』を焼き切れば完治の可能性もあるらしい。
最後に掲示板を覗くと、家族からの忠告文が大量に残っていた。
『乙女回路』に人生を狂わされた男性からは、妻がいるのにあらぬ疑いをかけられて離婚。
現在は半身不随の車椅子生活……。後ろには……、普通にホラーだ。
他には『乙女回路』を埋め込まれた女性を助けようと、回路を焼き切る決断をした男性からの投稿があった。
この回路を焼き切る為には『ドキドキ』や『キュンキュン』で、時限爆弾の『正解の線を切る』対応をしないといけないようだ。
これが人によって違うらしく、それなら最大の『関係』をと……行為の後、女性は記憶から覚めるらしく、正気に戻った女性は自殺してしまったらしい。なので本人には絶対、『乙女回路』の存在を知らせてはいけないようだ。
『緊急速報です』
多分、『S』からの連絡が来たんだと思う。