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結末とは?

 夕暮れ迫る観覧車前、約20分の遊覧が最後の乗り物になるだろう。

姫さまが朝一番に攫われた籠が、宙をグルグルと回っている。

見ようによってはシックだけど、観覧車型にするには窓ガラスが大きすぎると思う。


「中へどうぞ、ミズキ」

「ありがとう、アッくん」


 遊んでいる途中はサングラスを外していたけれど、観覧車を前に新しい眼鏡に変えていた。

向かい合わせで座るミズキは夕日に染まっていて、その美しさは後光が差しているようだった。


「良い旅を!」

「「ありがとうございます」」


 安全柵としてのかんぬきが差し込まれると、ゴトッという音と共にゆっくりと上昇していく。

今まさに、今日一日の総括の時間だった。それはまるで、点数が書かれた答案が返ってくるような気持ちだ。


「アッくん。今日は、とても楽しかったよ」

「ありがとう、ミズキ。この呼び方も、月曜から変わってしまうのかな?」

「……本当に私なの?」

「うん、ミズキが好きだ。何度でも言う、俺の彼女になって欲しい」


 視線をやや下にさげている為、ミズキの表情を窺うことは出来なかった。

即答できない時点で、俺と付き合うのには躊躇ためらいがあるのだろう。


「悩んでいるの?」

「ううん……」

「俺のこと嫌い?」

「そうじゃないよ。でも……」


 付き合い始めてから攻勢を強めようと思っていたけれど、ここが勝負なんだと思う。

幸い安定感がある籠なので、立ち上がってミズキの隣に移動する。


「今は頼りないかもしれないけど……。俺、ミズキに相応しい男になるからさ」

「そういう事じゃないの……。ハァハァ、ちょっとゴメン」

「大丈夫?」

「少し……すれば。落ち着くと……ハァ、思う……から」


 まるで過呼吸でも起こしているように、急にミズキの調子が悪くなりだした。

前屈みに座っているミズキの頭に腕を回し、右側頭部をポンポンと掌でリズムを刻む。

俺は時間を無駄にしすぎたのだろうか? 普通の病なら、急速に症状が出ることはないと思う。


「アッくん。私、とっても寂しがり屋だよ」

「大丈夫だよ」

「とっても重いかもしれないよ」

「ミズキに頼られるなら嬉しいよ」


 苦しそうにしながらも、ミズキは断る理由を探していた。

もちろんそんな事は、付き合っている上で普通に出てくる問題だった。

ミズキが静かに顔を上げる。その顔――いや、目が少しだけ赤く充血していた。


「ダメっ……。収まって……(もうすぐ会えるわ)」

「えっ……?」


 ミズキの声が後半重なって聞こえてくる。

Sの言う、発症の兆候が出ているのだろうか?

その目はとても蠱惑的こわくてきで、俺はミズキから目を離すことが出来なかった。


「アッくん、離れて!(もっと近くに来て)」

「ミズキ、大丈夫だよ」

「ダメっ……。抑えきれなくなる(息がかかるくらい)」

「俺が何とかするから、しっかりするんだ」


 俺とミズキの距離は変わっていない。

ポンポンとリズムを取っていた所から、今は隣の席で見つめあっている状態だ。

離れようとするミズキと、近付こうとするミズキ。

その両者が拮抗しているのか、お互い見つめあったまま時間が止まっていた

差し出された両手が、俺の首をそっと包んでいる


 これは、どういう状態なんだろう?

ミズキがちょっと力を込めれば、俺の首はキューって締まっていくだろう。今は優しく添えられている状態だ。

ミズキの泣き笑いの表情はまるで、『赤にする? それとも青にする?』と言っているみたいだ。

どちらかの導線を切ったなら、片方は永遠に消えてしまうのだろうか?


「ねえ、アッくん」

「ミズキ……」

「大好き(大好き!)」


 ミズキの目に深紅の光が集まる瞬間、俺はミズキに口づけをした。

これが正解かどうかは正直分からない。

一つ言えるのはミズキの唇はとても柔らかく、目を閉じたミズキがとても可愛かったことだ。

一滴ひとしずく涙をこぼしたミズキと、どちらからともなくスッと離れる。


「ミズキ、君の全てを愛してる」


 震えるマブタをゆっくりと開けたミズキの目は、少しだけ赤く充血していた。

もし『乙女回路』が作動していたなら、この目は赤く染まっているはずだ。

そして『乙女回路』の役目が終わったなら、ミズキから俺の記憶は消えているはずだ。

記憶の消え方が、どんな形になるかは正直分からない。それでも、遠くない未来に俺のことを……。


「アッくん、宜しくお願いします」

「こ、こちらこそお願いします。み、ミズキ」

「もう、何で最後に締まらないかなぁ」

「そこは、もうちょっと時間をください。いや、マジで……」


 残り後わずかで地上に到着する。

だけど、笑いあう二人に言葉はいらなかった。

まるでお互いの引力に逆らえないように、自然と影が交差する。

ただのキスだけなのに、この時が永遠に止まって欲しいと……。


「ゴホン、おかえりなさい」

「「た……ただいま」」


 かんぬきを外した係員は、まるで見慣れた光景のように、咳払い一つで俺達の空間を排除した。

ミズキと目を合わす。さっきまでの甘い空間が無くなった今、恥ずかしい思いが込み上げてきた。


「あー、『影にゃん』だ」

「どこどこ?」


 俺達への興味なんて、周りはこれっぽっちも関心がないだろう。

最後に観覧車で〆るカップルは多い。

ベタと言われても、みんな考えることは同じだと思う。

別に『影にゃん』に頼らなくたって、俺が手を差し伸べれば……。


「そろそろ帰ろうか?」

「そうだね、アッくん」


 今日の行動が、明日に繋がったかは分からない。

ただこの日、ミズキの目が赤く染まることはなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 『影にゃん』の役目は、『小江戸忍者パーク音隠』の治安を守ること。

週末に攫われる姫をいかに早く救えるかで、『影にゃん』の行動パターンは変わる。


「ふぅ、ギリギリだったわね」


 ゆるキャラの頭を取ったSは、すぐに違うマスクで目元を覆った。

事前に姫役のアルバイトが候補に挙がっていると聞いたSは、早めにこの施設に入り潜入捜査をしていた。

あの武士の集団の中に秘密結社KSJの構成員がいたのは、内通者からの情報で知っていた。


「数少ない成功例は、治験として報告する義務があるわ。私も変われるかな?」


 Sの組織は人が少なく、行動には限界がある。

近々、内通者の手引きにより、組織の壊滅及び健全化を計画していると聞いている。


「あの二人が幸せになったなら、みんなの希望になるわ」


 Sは少し先の未来を夢想する。

二人がゴールインして、式を挙げるとしたら……。


 秘密結社KSJの表の顔は、男女の縁を結ぶ健全な組織だ。

そこに不随する協力会社は……。


「よし。解体した組織は、秘密結社WDPに改編しよう」


 不幸にも幸せを掴みきれなかった男女を、今度こそ応援したいと思う。

それが父が望んだ、婚約者が望んだ未来だから……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あれから季節が廻り、俺が主任になったタイミングでミズキと付き合っていることを社内にカミングアウトした。

何でみんな驚いていないんだろう? ユリは訳知り顔で頷いていた。

途中、椎名課長として人事異動があったけれど、上司が適性を見て考えた結果だった。

今日は引っ越し先で、小さな祝杯を二人であげる予定だ。


「ミズキ、今日も変わらず愛してる」

「アッくん、大好きだよ(大好きだよ)」


 時折ダブって聞こえる声も、特におかしな事にはなっていない。

お酒を飲んだ後、ちょっと妖艶な姿をしているのは、どっちのミズキなのだろうか?

情熱的なミズキも、知性的なミズキも、誰もが持つ両面性だと思う。


 全部まとめて愛すると誓った今、隣で眠る『ミズキ』にそっとキスをする。

写真立てには何処からか盗撮された、『影にゃん』の自撮りに写る俺達がいた。


Fin

以上で、この物語はおしまいとなります。

お付き合い頂きありがとうございました。


皆さまのご意見、ご感想を頂けましたら

次回作へと繋げたいと思います。

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