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第六章 召喚と学舎と絆と

朝にはまたいつもの晴明さんに戻っていた。縁側で咥え煙草でのんびりぼーっと外を眺めている。片手には形代が一枚。先生が声をかける。

「ご飯ですよ。」

晴明さんが笑いながら立ち上がる。

「桃屋かよ。」

穏やかな笑顔。

「おかずを海苔の佃煮だけにしますよ?」

先生もいつもの先生に戻っている。僕はいつものように食卓につくのだった。食べた後はさぼってばかりで学校を卒業できなくなっても困るので、学校に向かう。結局実践と言いながら二人が戦うところを見ているしかできなかった。ただなんとなく、流れは掴めた。

 札を使って自分の適正武器を作る。武器に札を付けたりして、相手に札を縫い付ける。解く。この流れがきちんとできてないと解くという作業は始まらない。そしてもう一つ。先生のやり方は相手の弱点に武器を突き立て札を捩じ込むやり方。あれはどの部分が弱点かわかっていないとダメだろうな。逆に言えば晴明さんのやり方は相手に弱点があろうが無かろうが問答無用なのだ。相手の鎧を剥ぎ裸にするような。それどころか魂に、エネルギーに戻してしまうのだから。器が無くなった液体が溢れるように、空気を留めていた風船が割れて中の空気が飛散するように。


 頭の中で解く練習をしていると、教室に着いた。たった2日休んだだけなのに、すごく長く休んだみたいに感じる。席に座り顔を上げると目の前に見たことのある顔が見えた。

「御厨君。」

僕は思わず声をあげた。

「おはよ。」

今笑顔で挨拶をする君は、起きた時何を思ったのだろう。僕のように泣いたのか、それとも憤りを感じたのか。

「もう大丈夫なの?」

「おかげさまで、あれから目を覚ましてすぐリハビリだよ。」

御厨君、君は強いな……。

「俺は黒魔術をやめる気は無いんだ。」

僕は彼が黒魔術をやめると思っていた。あんな目にあったのだから。

「なんで!?」

僕は思わず声を荒げた。

「だって勿体ないだろ?今ならもっと上を目指せる気がするんだ。誰よりも強く。誰よりも黒く。」

黒く……。どういう意味なんだろう。

「陰陽道じゃダメなの?僕と陰陽道やろうよ。」

僕は止めたかった。なんだったら陰陽道である必要はなく彼を黒魔術から遠ざけられれば何でもよかった。何故黒魔術じゃなきゃいけないんだろう。

「俺思うんだ。陰陽道は人の闇と向き合う為の術。黒魔術は闇を使役する為の術。」

御厨君は穏やかに語る。でもどこか病院の時とは違う感じがする。

「君のおかげで本質が見えた気がするよ!ありがとう!」

そのまま自分の教室に帰って行く。『本質』が見えてもなお、闇に固執するのは一度黒魔術に足を踏み入れた者の宿命なのだろうか。この僕が魂となってなお、陰陽道に固執するように。数学で死にかけた人がまた数学をやりたいとは思わないだろうな。そんな事を考えながら少しだけ笑ってしまった。


 人を呪わば穴二つ。黒魔術は覚悟が必要と天照さんは言っていた。それでも御厨君にはもう、嫌な目には合って欲しくない。そんなことを考えながら先生の隣を歩く。

「違いますよ。」

先生はさらりと否定する。その日の帰り道、先生に会ったので御厨君に言われた『本質』について聞いてみたのだ。

「黒岩先生の黒魔術はどちらかと言うと宗教色が強いので、悪魔を神と崇める感じですよ。使役だなんてとんでもない。」

先生は眉間に皺を寄せている。

「それに闇の眷属はそんなに甘くない。使役したつもりが寿命喰われてたなんてのはザラですよ。」

先生は難しい顔で瞳を下げた。

「悪い方にならなければ良いが。」

こういう時先生は心配はするけれど、それを止めようと本人に会ったりはしない。それは僕らが一人で生きて一人で責任を負いそして一人で死ぬからだ。教師として助けて欲しいと言われれば助けるが、自分で決めている将来に口出す事はしない。甘えて駄々こねたり、環境が、親が悪いと逃げる事ができるのは、そういう幸せな環境にある奴だけだ。

 先生を見つめているとこちらを見てにっこり笑う。僕の頭を撫でて優しい声で囁いた。

「いいんですよ?駄々こねても。」

笑っている先生は怖い。駄々こねたらそのまま放置されそうだ。多分一人で恥ずかしい思いをして終わりそうな。そして頭の中を読まれる生活に慣れてきた自分に呆れた。



 家に着くと、晴明さんは珍しく身体を鍛えていた。僕だけじゃなくて先生も目を丸くしている。ただのおっさんかと思ってたけど、上半身をさらけ出して太刀を振るうその姿はなんというか侍だ。京の貴族や陰陽師とは思えない程筋肉質だ。普段服を着ている時にはあまりわからない。先生も筋肉質だが先生はすぐ脱ぐからよくわかる。不可抗力が多いけど。あと傷跡が多かった。大爪のような後、刀傷、大きな弾丸で撃ち抜かれたような丸い傷。どれも古い。二人に共通してるのは筋肉質でも無駄な肉が無いだけで、筋肉隆々って感じではないのだ。先生が顔しかめる。

「なんで太刀。」

そこ!?という事は鍛える事自体はそんなに珍しい事では無いのかも。

「振らねーと鈍る。いざという時に力加減出来ませんじゃ話にならねぇからな。」

「力加減必要なんですか?」

僕は刀というものは力の限り振り切り捨てるものかと思っていた。力があればあるほどいいものかと。

「そりゃ……刀ってのは斬りたいものだけ斬らないと。」

先生が困った顔で答える。

「先生は?」

「全部燃やし尽くす。」

僕が聞くと何故かニヤニヤしながら晴明さんが答える。

「炎ですからね。私の燃やしたいものだけを選んではくれませんよ。」

そりゃそうか。先生が刀を振るうイメージわかないや。晴明さんはタオルで汗を拭きながら呟いた。

「いつ何があっても良いようにしねぇとな。」



 一ヶ月後、晴明さんの言っていた何かが起こった。その日は朝から晴明さんの様子が落ち着かなかった。煙草には火もつけずに咥えそのままうろつく。珍しく学校に顔を出す。先生はいつも通りだ。一つだけ違うのは二人とも仕事服を着ているということ。特化授業は僕だけだからそのまま教室に向かう。何度か戦いに参加していたとはいえ、素人に毛が生えたみたいな僕だ。授業でみっちり教えて貰おうとクラスの扉を開けると先生が真顔で座っている。

「自習しててください。」

そう言い残すとそのまま扉を出てものすごい速さで階段を降りていく。思わず僕は慌てて追いかける。『何か嫌な予感がする』と本能が警鐘を鳴らしている。階下には黒岩先生の教室があるはずだ。先生は多分わざとこの教室の配置にしている。ふと見ると外の木に貼りつけたはずの紙は黒く焦げていた。天照さんの黒魔術の効力が切れると同時に先生の結界が破られたのだ。

「やってくれたな。」

いつの間にか先に着いていた晴明さんが忌々しそうに吐き捨てる。

「てめぇ!次はねぇって言っただろうが!!」

また誰かを生け贄にしたんだろうか。血生臭さを辿ると台座があった。そこには数多くの生き物の臓器や体の一部がある。でも多分これって人じゃない。なんとなくそう感じる。不思議に思って周りを見回す。あれ……?僕はしばらく思考が停止して動けなかった。

「御厨君は?」

なんでいないの?僕の言葉に黒岩先生は嬉しそうに笑っている。

「御厨君は扉を開けるためにいってくれましたよ。」

「は……?」

頭が追いつかない。思考が散乱する。え?また見捨てたの?こいつら。同じように孤児として育って同じようにこの学校に拾われて同じ釜の飯食ってる仲間を?思わず黒魔術のクラスの生徒の顔を見た。皆の瞳は僕を映してはいない。目の前にいる異形、悪魔を見つめている。恐怖を宿らせた瞳で。



そっか。


あやかしは見えないけど悪魔は見えるのか。



悪魔は喜んでいる黒岩先生を捕まえる。

「悪魔は専門外なんだがな!」

晴明さんは腰の太刀を引き抜き悪魔の指を切り落とす。その隙に椎名先生が黒岩先生を教室の外に放り投げる。

「全員逃げなさい!」

生徒を逃がそうと椎名先生は叫ぶ。先生は晴明さんが悪魔を引き付けている間に、札を貼り始める。結界を張ろうというのだ。僕は生徒を殴りたいのを抑えて外へ促す。最初悪魔は動きがゆっくりしていたのに、急に逃げ遅れた生徒の一人を狙ってすごいスピードで飛んでくる。思わず僕は札で盾を作り生徒の後ろを守る。初撃は何とか凌いだが、一撃でもう札は使い物にならなかった。だが生徒は無事教室を出たようだ。先生は壁に結界を張る。上には槍でぶっ刺した。この教室で片をつける気だ。悪魔は晴明さんを爪で切り裂こうとしているが、晴明さんは全て避けている。先生が横目で生け贄の台座を見ながら、札で新しい槍を作り晴明さんに一言放つ。

「金!」

晴明さんが弓で札を散らしていく。

「んじゃ火だな。」

晴明さんが印を組むと散らした札に火が灯る。悪魔は晴明さんではなく先生を見つめている。手を伸ばそうとして火に阻まれる。先生が印を組むと火が強く燃え上がる。火はいつの間にか悪魔を取り囲んでおり、結界となった。先生はそれを強く引いていく。大猫の時のように力強くゆっくりと。炎の結界が少しずつ狭まり、悪魔を焼き尽くしていく。悪魔が断末魔の叫び声をあげる。それと同時に炎の結界が切れ、悪魔の首が転がる。体は炭屑になっていた。

「一先ずは落ち着いたか。」

晴明さんが悪魔の脳天に太刀を突き立てる。

「貴方の結界破られましたね。」

先生は燃えた札を拾う。

「本体は強そうだな。」

晴明さんは軽く溜息をついてその辺の椅子に座る。

「本体?」

晴明さんの一言に僕は思わず聞き返す。先生は眉間に皺を寄せた。

「我々も専門外なので詳しくは無いんですがね。悪魔の召喚には三種類あるんですよ。」

黒板にチョークで絵を描く。

「こちらが人間界、こちらは悪魔の住む……魔界とでもしますか?悪魔の本体を召喚する方法。悪魔のエネルギー体だけ召喚する方法。そして今回の『器』を用意してエネルギー体を納める方法。」

晴明さんが腕を組んで見ている。

「こいつは三番目の『器』のヤツだ。つまり、エネルギーだから多少痛手は負うが残念ながら本体は魔界で生きてる訳だな。」

「相手を呪う呪術なんかは本体要りませんからね。エネルギーだけで充分なんですよ。」

「本体なんざ来ると魂取られるわ、寿命取られるわ、いいことねぇしな。」

先生はチョークを置いた。

「今回の『器』は毛の生えた生き物が多かったので『五虫』の中でも金属性の影響が大きかったんです。」

僕は少し納得した。

「だから『炎』で対応したんですね。」

「正解。」

先生は僕の頭を撫でた。

「しかも『器』があるって事は実体がある。」

僕は少し考える。

「つまりは人々に見える。恐怖を抱かせるにはもってこいですよ。」

先生は呆れたように言う。

「あ、そっか。淀みは負の感情から生まれるんですもんね。」

僕の言葉に晴明さんが笑う。

「正に負のスパイラル。」

「笑い事ではありませんよ。」

先生はさらに呆れる。

「悪魔は解けませんか?」

僕の質問に晴明さんは困ったように笑う。

「実体は解けねぇよ。人が解けねぇように。」

 つまりは『あやかし』はエネルギーが形になったものだから、普通の人には見えないし、形はあっても解ける。逆に人みたいに『器』や『実体』があるものは外側の実体を壊さないとダメなのだ。残念なのはどちらも人には危害を加えることができるということか。特に『あやかし』に関しては見えないが形はある。見えないが触れる。見えないが喰われる。そして人は理解できないものにものすごい恐怖を感じ、また負のエネルギーを淀みに与えるのだ。


 晴明さんは少し遠くを眺めながら呟く様に言った。

「椎名。掃除する?」

「うーん、悩みどころではありますね。害があるのはいただけません。」

何の会話だろう。悪魔の頭は害があるのだろうか。

「長い付き合いだが、仕方ないと思うぜ?」

「また天照に頼みますか?」

「うーん……それも悪いしなぁ。」

長い付き合いなら悪魔の頭ではないだろうな。黒岩先生の話かな?

「先生、黒岩先生は何故この学校に必要なのですか?」

前に言っていた『ここにいる理由』ってのが気になる。先生はこちらを見て困ったように笑う。晴明さんがその質問には答えた。

「あのな。教師なんてものはすべからく生徒を育てるためにいるんだよ。俺も椎名も黒岩も。できるだけ自分の知識を生徒に伝えるためにな。」

「優秀な生徒を、ね。」

あぁ……そっか。先生達の『目的』って……。

「次の『安倍晴明』は見つかりましたか?」

僕は聞いてみる。晴明さんは少し考える。

「今までもな、素質がありそうな奴は何人かいるんだよ。」

先生は嬉しそうにこちらを見る。

「『天照』。彼女も候補の一人ではあるんですよ。彼女は素質充分ですし新しい事を始めるセンスもある。今の晴明様と近いものがあります。」

「あいつはだめだ!」

晴明さんは声を荒げた。

僕が驚いて晴明さんを見ると晴明さんは慌てて弁明する。

「いや!ほら!道具作って貰わなきゃならねぇし!他にあれだけのもん作れる奴いねぇし!」

先生はニヤニヤしながら見ている。

「要約すると『愛する嫁さんに何かあったら俺死んじゃう!』ですね。」

晴明さんが顔を真っ赤にして怒る。

「毛皮にして売るぞ!糞狐!」

「やれるものならどうぞ?」

先生は口元を抑えてニヤニヤしている。正に悪い狐にしか見えない。

「まぁ、僕にもそう聞こえました。むしろそうにしか聞こえませんよ。」

僕は溜息をついた。

「私情挟みまくりの『晴明様』です。だから好きなんですよ。この男は。」

先生はこっそり僕に耳打ちした。僕はふと思い出す。

「先生!御厨君は!?」

先生は難しい顔で口元を抑えている。奥の方から少し唸り声が漏れ聞こえてくる。

「それも黒岩先生に詳しく聞かなくてはなりませんね。」

僕等は教室をあとにした。



 黒魔術のクラスは一度、陰陽道の教室に集められた。先生は結界の張り直しをしている。

「三年近くもったのだから良しとするか。」

荒縄を持って教室を出ていく。晴明さんは珍しく真面目な顔をして腕を組んでいる。黒岩先生はふてぶてしく笑顔で座っている。生徒は青い顔で皆下を向いている。僕はそれを眺めている。晴明さんは暫く沈黙の後、ゆっくり口を開く。

「で?弁明があれば聞こう。」

黒岩先生は嬉しそうな声を出す。

「弁明?そんなものはありませんよ?授業に成功しただけです。」

晴明さんの表情が少しキツくなる。

「俺等が入るのが少し遅ければ全員死んでいただろう。」

「そうかもしれません。ですが、成功は成功です。悪魔召喚が今回の課題でしたから。」

そんな台詞を吐ける黒岩先生を信じられないという顔で生徒達が一斉に見た。

「じゃあ僕等は死んでも良かったんですか!?」

一人が叫ぶ。

「勿論。召喚された悪魔にはエネルギーが必要ですから二、三人は寿命なり魂なり渡すつもりでしたよ?授業でも教えた筈です。」

晴明さんの表情がどんどん険しくなる。

「御厨は?」

晴明さん低い声が更に低くなる。

「彼はあちらとこちらを繋ぐ扉を開きにいきましたよ。」

黒岩先生は嬉しそうに笑っている。

「どこに?」

「わかりません。貴方が道を閉じてしまいましたから。」

どうやら晴明さんが一人突入した時に『道』を閉じてしまったらしい。

「あぁ、あの禍々しい空気を出してたあれか。」

しまったなという顔でこちらを見た。僕は生徒の一人の目の前に立った。

「お前等はそれを黙って見送ったのか?それともまた彼を嵌めたのか?」

目の前の生徒は慌てた。

「違う!今回はあいつが行きたがったから!」

「『今回は』?前回は嵌めた事を認めるんだな。」

「仕方ないだろ!生け贄になんてなりたくねぇよ!お前こそクラスの全員の命と引き換えに生き延びた癖に!俺達なんて一人だけだろうが!」

僕は僕が悪いとは思っていない。何より僕自体一度死んでいる。それでも全員の命を喰われたところを目の当たりにした身体は助けられなかった罪悪感を覚えている。僕は固まってしまった。

「お前みたいに大勢の人間を見捨てた奴が俺達を非難できんのかよ!」

「あ……。」

言葉に詰まって固まった僕の背後から先生の声が聞こえた。

「できますよ?」

先生が空いていた教室の扉から入ってくる。

「まず勘違いしているのは彼は見捨ててなんかいないって事ですね。」

先生は僕の肩にぽんと手を置くとそのまま自分の後ろに引く。

「おや、顔色が悪いですよ。あちらで座ったらどうです?」

僕に座るように促す。笑顔の先生は怖い。口元が上がり優しい顔をしている。その生徒の目の前に笑顔のまま立っている。

「あのクラスは私の指示で自習をしているはずだったんですよ。彼は言うこと聞かずに廊下で私の帰りを待っていましたけどね。その間に呪術をして失敗して自分達の業を餌に『あやかし』を生まれさせた。」

生徒は怯えている。

「私が自習をさせた理由は勿論不出来な黒魔術クラスのごみ掃除でしたが……。」

微動だにしない先生が不気味に笑っている。

「うちの生徒の呪術で生まれさせた『あやかし』の方が『ごみ』よりも掃除のしがいがありましたよ?」

先生はぐいっと生徒の顔を覗きこみ目が開かれる。生徒は今にも泣きそうだ。

「そして彼はその時既に肉体から魂を引き剥がされていました。瘴気によってね。」

生徒に背を向けてそれでも瞳はその生徒を捉えている。

「巻き込まれたんですよ。何もしていないのに。」

「じゃあなんで生きてるんですか!」

他の生徒が青い顔で叫ぶ。

「何とかなることはなんとかしますよ。教師ですから。だが、肉体ごと魂を喰われた生徒はどうにもなりませんね。自業自得ですし。」

冷淡にいい放つ。

「あなた方も喰われていたとしても私は自業自得としか思いませんよ?あなた方は自分達で決めて黒岩先生の言うことを聞いて召喚したのでしょう?」

「そんな!俺等は先生の指示で!」

「そうですねぇ。でもあなた方、黒魔術は人に仇なすものとわかって習ったんですよね?『黒魔術』ですよ?人を陥れる事を目的にした呪術ばかりの。」

生徒達は黙る。

「可哀想なのはうちのクラスですよ。あなた方の尻拭いに私がいかなきゃいけなかったばっかりに馬鹿の口車に乗せられて不出来な呪術で失敗。挙げ句喰われるなんて。自業自得ですけど。」

結構容赦なく自業自得という言葉を使っている。先生はやはり腹を立てているのだ。

「今でさえ自分は悪くないと、業を垂れ流し続けている。」

先生は小さな声で怒りを滲ませながら呟いた。

 ずっと教卓で腕を組んでいた晴明さんは椎名先生を宥めた。

「もうよせ。こいつらもそのうちわかる。大事なのは何を学ぶかではなく、自分がそれをどう使うかだ。そんな事より俺が許せねぇのは……。」

教卓から離れ黒岩先生の前に立つ。

「お前が『育てる』ではなく『利用』する側に回った事だ。」

晴明さんは今まで黙っていた。今も落ち着いて話している。実はすごく気が長い人なのかもしれない。

「私は優秀だ!それを証明したまでだ!」

楽しそうに笑っていた黒岩先生は今顔が歪んでいる。まるで業に飲み込まれ、『あやかし』になったように。

「貴方が!貴方が西園寺を奪わなければ私はもっと早くにこの境地に来ることが出来たのに!」

黒岩先生は忌々しそうに晴明さんを見ている。

「西園寺程の才能を見せた子は今までいなかった!私のよき協力者でもあった!そしてもしかしたら私の全てを継がせる事も出来たのに!」

椎名先生はつまらなそうに教卓に座って足をぶらぶらさせている。

「西園寺は自分で将来を決めたのです。」

晴明さんは黒岩先生の瞳をまっすぐ見つめている。僕はなんとなくわかった。西園寺さんという人を育てたかったんだ。黒岩先生は。それなのにその人は晴明さんを選んでしまった。正直ただの逆恨みだけれど、大切な者を奪われた悲しみが彼の眼を曇らせてしまったようにも思う。

「言いたい事はそれだけか?」

低く静かに。

「貴方さえいなければ!」

黒岩先生はもう顔が哀しみに染まっている。

「では選べ。ここで俺に殴られるか、教師を辞めるのか。」

黒岩先生は止まった。それはそうだろう。給料貰いながら黒魔術を教え学ぶ事のできる場所は他に無いのだから。

「ここに残るなら『利用』はしない。『育てる』と誓え。ここは学舎だ。」

黒岩先生は暫く固まっていたが、生徒達が黒岩先生を見つめている事に気がついた。

「先生……。俺等は悪魔の餌なの?」

一人が聞く。黒岩先生は口を開こうとして一度止まる。その瞳はやはり悲しみが混じったような色をしていた。そして一度目を伏せる。下を向いたままで大きく息を吸う。

「仕方ない。殴られる方で。」

顔を上げた黒岩先生の瞳は悲痛ではあるけれど少し覚悟を決めたような、そんな色を湛えていた。晴明さんは何も言わずに正拳突きを黒岩先生にくらわせた。

「次はねぇっつったろ、全く。生徒に助けられたな。」

黒岩先生は鼻血をぼたぼた垂らしながらそれを拭う事もなく、生徒に向かって一礼した。

「申し訳ありませんでした。教師としての本分を見失っておりました。あなた方を『育て』させて下さい。」

椎名先生は少しだけ驚いた様子でそれを見ていた。

「おやおや、意外です。まだ教師としての心が残っていたみたいですね。」

ひょいと教卓から降りるとポケットティッシュを差し出す。

「良かったですね。また生徒を失ってしまわなくて。」

黒岩先生の肩をぽんと叩く。黒岩先生はその場で静かに泣き出した。本当に静かにただ下を向いて。それを守るように生徒達は黒岩先生を背を向けて囲み、ただ立っていた。



「振り切った人間は何かしら魅力があるものです。」



僕はそれを眺めながら椎名先生の言葉を思い出していた。

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