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第四章 狐と大入道 

僕等が学校に行ってる間に天照さんは帰り、また日常が戻る。

「またむさ苦しくなったなぁ。」

僕の言葉に御守りが寂しそうに笑った。

「勉強しよう。学業も、陰陽道も。」

窓から外を見る。僕は最近気がついた事がある。ここは守られている。家、寮、学校そして全てを含めた敷地。全てに結界を張ってある。つまりそれぞれ二重になっている。それほど何かから身を守らなきゃいけない何かがあるのだろうか?嫌いな英語を学びながら札の字を真似て書いた。シャーペンで書くその字には何の温かみもない。先生の札は何故温かい感じがしたのだろう。

 帰って靴を脱いでいると晴明さんが仕事着を持って出ていくところだった。

「お!学校終わったのかぁ。」

「仕事ですか?」

僕は晴明さんに聞く。

「おぉ、近場なんだけどな。」

晴明さんはいつも通りに笑っている。

「私も行きます。」

先生が珍しく仕事着を着ている。いつもなら面倒だからと晴明さんと仕事をするのは嫌がるのに。

「お留守番できますね?」

先生は僕に事務的に言う。あまり細かく教えてはくれないようだ。

「近場って……。」

「すぐそこだ。」

なんとなくはぐらかされている気がするのは何故だろう。

「気をつけて。」

僕はそれだけ言うと部屋で勉強を始める、フリをする。単純に近いなら少し見たかった。勉強にもなるだろうし。どうせ連れて行ってくれない事は知っていた。だから黙ってついて行く事にした。離れてついていくと本当に近場だった。敷地内、奥の洞窟。黒くて大きな水溜まり。僕は何か嫌な感じを受けた。ここだけ気温が下がっているように感じる。普通の人には何の変哲もない水に見えているであろう『それ』は何かを産み出した。袈裟のような恰好。見た目は寺の坊主のようであるが、人よりも一回り大きい。僕は直感で感じた。『あれ』は人ではない。日本古来『あやかし』と呼ばれているであろう『あれ』は生まれたばかりなのにまるで二人を知っているかのように振る舞う。

「何度目かの?晴明。」

「さぁてね。数えんのもかったりぃな。」

晴明さんはあまり表情なく答えている。

「諦めてはどうじゃな。」

「それはこちらの台詞だな。」

晴明さんは答え、先生は既に手に札を持っている。

「おぉ、怖いのぅ。」

『あれ』は面白そうに笑う。

「何度儂等を殺しても無駄なのがわからぬのかね?儂等は一つ。」

「知っているよ、大入道。でもな、ここに生まれさせる訳にはいかないんだよ。」

晴明さんは形代を一枚掌に乗せ、ふぅと吹いた。蝶がひらひら飛んでいく。大入道と呼ばれたそれは少しずつ大きくなる。水からは怪火がいくつも生まれ、大猫も出てきた。

「懲りずに何度も来るあたり、頭の悪い先代と同じじゃのぅ。」

先生はピタリと止まる。

「乗るな、椎名。」

晴明さんは先生を落ちつかせる。

「懲りずに何度も生まれるあたり、頭の悪い『あやかし』など塵芥と言った感じですかね。」

先生は顔を歪ませている。そして札を地面に貼る。

「塵は掃除ですね。」

嬉しそうに地面に手を突く。大入道と大猫は下から出る槍に突かれた。猫が高く飛び退く。

大入道は刺さってはいるが、あまり効いていないようだ。

「獄炎の律に絶対零度の晴明か。儂等の餌になれ。」

晴明さんは手で矢を射るような形を作る。

いつの間にか形代で弓を作っている。光輝く矢の先には札が刺さっている。狙っているのは先ほどひらひらと飛ばした蝶。天井付近まで飛んでいる。晴明さんが矢を射ると札は蝶に当たる。その瞬間蝶は消え、無数の光の矢に変わる。その無数の光の矢は雨の様に降り注いだ。怪火は矢にあたり、全て消えた。大入道の肩あたり等にも何本も刺さっている。晴明さんの技は美しい。対して先生の技は力強い。

 刺さった矢に札がついているのが見える。晴明さんが大入道と一定の距離を保ちながら解いていく。それに大入道が気がついた。

「よせ!」

札を払うがもう遅い。解かれた場所から黒い空気が漏れ出る。沈黙を保ったまま晴明さんは次に目線を送っている。まるで晴明さんは一人だ。一人で相手と戦っているという意味ではない。誰もいない空間で難しい問題を次々解いていく、そんな風に見えるのだ。


 大猫は先生に飛びついた。先生はそれを難なくかわす。

「猫が生意気ですね。」

槍を取り出し素早い動きで大猫の行く方向を遮って札を貼り付けていく。大猫は牙をむいて唸る。一つ一つ選択肢を潰されていく逃げ場のない猫は先生に向かって走って来る。先生はまた軽くかわし大猫の尾に槍を刺す。大猫は尾を縫い付けられその場で暴れている。先生は大猫の尾の根本に札を投げつける。ジュッと音がして尾が焼き切れる。大猫はのたうち回る。僕はただただ一言だけ思っていた。『すごい』。先生は相手の動きを制御する。思い通りに動かす。計算しつくされた様に無駄のない動きで、しかも圧倒的な力強さで力関係を見せつけるように。その時大猫は僕と目が合った。あ、ヤバい。動物のあやかしだけあって目がいいらしい。岩影に隠れていた僕に大猫が突進してくる。先生がこちらを見て叫ぶ。

「何で!?」

大猫が噛みつこうと口を開けた瞬間晴明さんが後ろから僕を囲うように手を広げ、猫に掌を向けて術を放った。大猫は弾け飛んだ。後ろの晴明さんを振り返ると無言のままにっこり笑って消えた。多分晴明さんじゃなくて御守りだったんだろう。


 気が付くと晴明さんに追い込まれた大入道が僕に迫っていた。起死回生を狙って僕を掴む。弱い所から攻めるのが戦いの定石だ。大入道は半分は既に解かれた状態。掴まれたはずの僕はどこか安心している。死ぬかもしれないなんて事は微塵も思わず、他人事のように。札を大入道の手に貼り解く練習をする。ふと見ると先生の顔がみるみる怒りで歪んでいく。牙を剥き出して唸り、全身から炎を噴き上げたと思ったら大きな狐が現れた。その場には脱け殻のように服だけが残されていた。狐は大入道の穴に噛みつき全身の炎で燃やし尽くしていく。僕はそんな狐を見つめながら少しずつ大入道の手を解いていく。狐に向かって大猫は突進してくるが晴明さんが軽くいなし、僕のいる大入道の手元にひょいと上がってくる。そして僕の解いた大入道の穴に札を入れた。するとぼろぼろと大入道の手は崩れ、落ちる僕を晴明さんが抱え降りる。晴明さんは僕を下すとそのまま大猫に対峙する。それを契機に狐は大入道の穴を食い破り入り込み一際大きな炎を上げ大入道を塵も残さず燃やし尽くした。本当にあっという間の出来事だった。晴明さんはいつの間にか大猫の周囲を札で囲い、出られないようにしている。

狐はいつの間にか先生に戻り、見えない糸を引くように力強くゆっくり結界を締め上げ閉じていく。その眼にはまだ戦いの炎が宿っている。恐ろしく激しい業火に焼かれ糸は引かれていく。ぐちゃっと音がして大猫は潰れ、生まれて一時間もしないうちにその生を閉じた。


 あとには黒い空気が漂うだけだった。晴明さんはその黒いものを形代に移す。先生が僕の方に歩いてくる。

「先生……僕……。」

言いかけた僕に拳骨が降ってきた。

「痛ったぁー!!」

あまりの痛みに目が飛び出るかと思った。

「なにやってるんです!!留守番と言ったでしょ!」

晴明さんが驚いた顔でこちらを見てかたまっている。ふと我に返って慌てた様子で服を持ってくる。

「馬鹿なんですか!?喰われてもいいんですか!?」

「よくはないですけど……ごめんなさい。」

「一度はやっちまってるから恐怖がすっぽぬけちまったか?とりあえずお前は服を着ろよ。」

先生が何事も無かったかのように服を着る。

「先生は何者ですか?」

その質問に先生は服を着ながら答える。

「見ての通りですよ。」

晴明さんは腕を組んでいる。

「狐野郎。」

「人ではないのですか?」

もう一度した質問に先生は呆れた顔で繰り返す。

「見ての通りですよ。」

「狐野郎。」

晴明さんが僕の頭を撫でる。

「なんだ、気がついて無かったのか。」

「人の事狐みたいな顔と言うから気がついているかと思ってたんですがね。」

「先生はあやかしの類いですか?」

「そうですね。さっきの大入道は淀みから生まれた『あやかし』、私は動物が『あやかし』になったもの。多少分類は違いますが『あやかし』という分類には違いないですね。」

「因みに今おいくつですか?」

「歳?忘れました。」

晴明さんを見る。

「知らねぇよ。俺が会った時既にこの姿だったからな。それに『あやかし』には既に獄炎の律は有名だったぞ。」

「そうなんだ,,,。」

「椎名が鍵屋で俺が玉屋みたいなもんだな。今は俺のが強ぇ!」

カラカラと楽しそうに晴明さんは笑う。

「バラしますよ?おっさん。」

先生は晴明さんを一瞥した後、一言呟いた。

「例えが分かりにくい。

僕は知っているネタではあるけれど、普通なら通じないと思います。

「え?分かりにくいですか?」

「先生、いつから生きてるの……。」

思った以上に先生も僕も重く受け止めてはいない。ただあまりにも先生が強かったから、見るもの全てを焼き尽くすように、あまりにも『剛の者』だったから。それだけが僕の中で強く印象的だった。僕の目には優しくて穏やかで、そんな先生しか知らなかったから。そしてそんな先生が晴明『様』と呼ぶ晴明さんはどれだけ強いのだろうか。

「あ!晴明さん、御守り!」

僕は消えてしまった御守りを思い出す。

「いい守りしたか?」

晴明さんは優しく笑っている。

「消えちゃいました。ごめんなさい。」

僕が家で大人しくしていれば御守りはまだ傍で笑っていてくれたんだろうか。

「あれはそれが仕事だからな。」

晴明さんは嬉しそうにしている。

「でも!」

「生きてるみたいに見えた?」

晴明さんは優しく聞く。

「生きてないんですか?」

少なくとも僕とは意思疎通していたように思う。

「あれは生命エネルギーを形代に移しただけだよ。生きてる訳じゃない。」

「小さな意識のない晴明さんって感じですか?」

あんなに心あるような仕草もそれは晴明さんの影響で動いているだけだったのだろうか。

「そうだ。仕事はあるけどな。宿主が恐怖に感じたものを排除する。」

「宿主って……。」

「俺のエネルギーを保つ為にお前のエネルギーも使ってるからね。」

晴明さんは意外と穏やかな性格なのかもしれない。あの御守りが晴明さんの本質を受けているなら。そしてそれよりも僕は他の事が気になって仕方がなかった。『先生は狐。先生は狐。』僕の頭の中はそれでいっぱいだ。一緒に寝たらモフモフ?尻尾とかモフモフ?ちらりと先生を見ると困った顔でこちらを見ている。あ、頭の中覗かれてる?

「あの」

「寝ませんよ。」

食い気味に否定される。

「尻尾」

「嫌です。」

またもや食い気味に否定される。

「うぅ……。」

晴明さんがにっこり笑う。

「良いじゃねぇか。俺の小さい頃はよく一緒にに寝てただろ。」

「言うなぁ!!」

一緒に寝てた…モフモフ。いいなぁ。あれ?でも戦いの時先生は全身炎だった。燃える?つーか畳火事?頭の中がぐるぐるしだす。

「なりませんよ。『あやかし』の炎なんてその辺の草木にだって燃え移りません。」

「そうなんですか。」

普通の炎とは根本的な何かが違うのだろう。

「ただし、命は焼き尽くしますから近付かないのが一番ですよ。」

無表情のままこちらを見る。晴明さんが呆れて先生を見ている。

「なに脅してんだ、炎しまえばいいだろ。」

先生が晴明さんを睨む。

「睨んだって怖くねーよ。」

僕は怖いです。

「ちょっとだけ、耳だけとか……。」

「猫耳萌え!ならぬキツネ耳萌え?」

ニヤニヤしながら晴明さんがからかう。

「しません。」

相変わらず笑顔できっぱりお断り。うぅ、残念。

「何故人の身体で生きるのですか?」

控えめに聞いてみる。

「楽でしょう。人のが。色々と。」

確かに燃えた狐よりは生きやすいかも。

「次のテストで何点取ったら一緒に狐で寝てくれますか?」

先生は少しだけ固まって困った顔で目を逸らした。

「何故そんなに……。」

「お願いします!」

「ではテストじゃなくて条件を出します。」

札を手渡される。

「札にはエネルギーを文字で紙に定着させねばただの紙切れです。札を作れるようになったら一晩私は貴方と寝ます。」

「お前、発言に気をつけた方が……。」

晴明さんは変な顔をしている。

「札へのエネルギー定着は授業でもう少し先で教える予定でしたが、どうせ一人ですからね。家で教えます。」

三人で帰路につく。

「それからついてくるならついてくると、必ず言いなさい。心構えってものがあります。」

「すいません……。」

ついてきた事に怒っている訳ではないのかな。

「こいつは計算から外れるとすぐテンパるからな。教えてくれりゃそれを計算して作戦組み立てるから。」

「僕も何かできたらいいのに。」

僕の言葉に晴明さんは豪快に笑った。

「俺は子供の頃から習っていたが一人前になるのに10年かかったぞ?一年にも満たないお前に何かされたら俺の面目丸潰れだろ。」



 結局札へのエネルギー定着は意外とすんなりできた。形代に力を流すやり方とそんなに変わらない。それを文字で押し付けて固定させるイメージ。だけど先生はもう少しかかると思ってたらしく、少し驚いていた。

「おやおや、なかなか筋がいい。」

「先生!」

「わかってますよ。」

そっちは嫌な顔をしている。

「何でそんなに嫌なんですかぁ?」

「別に。」

晴明さんは腕を組んでニヤニヤしている。

「一緒に寝てみりゃわかる。」



 夜先生の部屋に行くと狐が待っている。ついつい触ったり撫でたり匂いを嗅いだり。しばらく無視していた先生だけど、僕を囲うように座りこんだと思ったらそのまま顔を舐めた。

「わっ!先生!」

しばらく顔を舐められて息の根を止められるかと思った。晴明さんがこっそり覗いてニヤニヤしている。

「本能には勝てねぇな、可愛い生徒と一緒に寝るとあっちゃ我慢できねぇよな!」

満足した先生は目を瞑って僕を抱いたまま寝た。温かくて僕もそのまま寝てしまった。


 おかげで朝起きたら顔がかぴかぴしてた。先生は先に起きてて僕の頭を撫でていた。

人に戻って。

「涎臭いので起きたらさっさと顔洗ってきなさい。」

お前のだよ。突っ込みたいところを我慢して顔を洗いに行く。

どうも元々獣なだけあって、人の姿よりも本能優先になるらしい。この事からも生きやすい生きにくいがあるんだろう。

「ご飯食べなさい。」

いつもの先生だ。先生は長い間ずっとこの姿なんだろうか。いつからこの姿なんだろう。一番古い記憶ってどんなのなんだろう。

「余計な事を考えてないでご飯食べなさいってば。」

卵焼きを口に突っ込まれた。

ご飯を食べながら先生を見る。バツの悪そうな顔でこちらを見ている。晴明さんも起きてきた。

「おい、椎名。仕事だ。」

印刷された書類を見せる。

「気が乗りませんねぇ。」

「そう言うな。」

「僕も行きたい!」

僕はすかさず先生に言った。置いて行かれたくなかった。

「お留守番して学校行った方がよくないですか?」

先生はいつもそうだ。学校を優先する。わからなくはないけど。

「来るなら言えって言ったの先生です!」

「まぁ、そうですけど。」

「仕方ねぇなぁ。じゃあ実践修行だな。札作って来いよ。」

晴明さんの方が多少楽観的な気がする。

「札の使い方は今日1日俺と練習しようぜ。そのあと実践な!」

「どんな相手ですか?」

僕は書類を見る。

「富士の麓の淀みに出た土蜘蛛よ。」

「それはそれは。朝廷に仇なす輩には失せてもらわねば。」

「椎名……古いから。」

晴明さんは苦笑いをした。僕には意味がよくわからなかった。

「え!?分かりにくいですか!?」

先生は心底驚いている。本当にどれくらい生きてるんだろう。

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