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第二章 御厨

 身体は何日も使っていなかった割にはきちんと動いた。

「晴明さん。朝ごはんですよ。」

スナップをきかせてお玉で晴明さんのおでこを叩く。いい音が響いた。

「ぎゃぁ!何故普通に起こさねぇ!」

「学校に間に合わないと困るので。」

先生曰く「学校はきちんと出ておきなさい。」なので学校には出ている。全滅と言っていたのに一人帰ってきた訳だから先生は色々聞かれていたが「生きてましたねぇ。」とだけ言ってあとは無視していた。因みに学校の屋根は噂によると次の日には直っていたとか。なにしたの……?晴明さん曰く「あいつの『何とかします』は自分以外が何とかするからな。」らしい。

「二人の時は寝坊しても起こされなかったのに……。」

晴明さんは嘆いている。

「いちいち起こすの面倒ですからね。勝手にやってください。」

「だめですよ、朝ごはん食べないと。」

僕は晴明さんに茶碗を手渡す。

「若いのにしっかりしてんな。」

なんとなくみんなで食べるご飯は楽しいからなんだけど。

「今日は特化ありますねぇ。私と貴方だけの授業ですけど、何しましょうか。」

「形代の呪術,,,します?」

「うーん,,,。せっかく晴明様がいるから技に関してはそちらに学んだ方が伸びる気がするんですが。」

二人で晴明さんを見る。

「やだよ、めんどくせぇ。」

先生は間髪入れずに口をはさんだ。

「頭悪いから教えられないそうです。」

「なんだと!椎名!」

「仕方ありませんね、頭悪い人に教わってもよくありませんから私が。」

「教えてやる!」

「教えてくれるそうです。」

先生は笑顔で僕の方を見る。

「晴明さん,,,。のせられ過ぎじゃないですか?」

「簡単で楽です。」

先生は涼しい顔で食事を終え、食器を片付ける。

「教室まで来てくださいね。ここまで帰ると他の授業に差し障るので。」

僕も時計を見て慌てて食器を片付ける。

「マジかよっ!!」

晴明さんは漬物を噛っている。

「たまには学校に顔出すのもいいですよ。理事長。」

先生は少しだけ振り向いて笑う。

「え!?理事長なの!?」

知らなかった。この学校は特に面接もなかった。

「理事長とは名ばかりだからな。金出してるだけだ。」

晴明さんはお茶を飲みながら答える。

「営利目的じゃないですしね。では私は行きますよ。」

先生はそのまま出ていった。

「晴明さんはお金持ちなんですか?」

僕も靴を履く。

「本業が儲かってるからな。」

「本業?」

「陰陽師としての仕事だ。」

晴明さんの顔は見えないが、その言葉のトーンは決して儲かって喜んでいる『それ』ではなかった。僕はそれが少し気になったがそろそろ行かなくてはいけない時間なのを思い出す。僕は振り向いて答える。

「食器は帰ってきてから洗うのでちゃんと流しに入れて水を張っておいて下さいね。その話は帰ってからまた教えてください。」


 その日も前と同じように普通に授業を受ける。いつもと違うもは特化だけ。一人になってしまった。そして今日はさらに先生まで違うわけだ。どんな授業なのかと考えながらいつもの四階の教室に入ると机は全てどかされていた。教卓も端に寄せられている。晴明さんは教室の真ん中に座り込み僕を待っていた。

「なんでこんな事に?」

「今日は破壊と構築の基礎を教える。」

笑顔の晴明さんはいきなり大きな和紙を僕に渡した。

「折り鶴を折れ。」

僕は素直に折る。

「それが構築だ。では破壊は?」

晴明さんの言葉に僕の脳はフル回転で答えを探す。

「破壊と言うんだから壊すんですか?破ったり。」

晴明さんは少し考えて真面目な顔で答える。何とも珍しい光景だ。

「それもできるが美しくない。破壊とは,,,。」

折られた鶴を開いて行く。

「全てを元に戻すこと。」

一枚の和紙になる。

「これが狐野郎が言ってた『ベクトル』が結局は同じって事だな。」

「破ったりする方が楽じゃないですか?」

「うん?」

晴明さんは僕の質問を聞いて、和紙を何度も折り厚くした。

「破ってみ?」

僕に厚くなった和紙を渡す。僕は厚くなった和紙を手に取りひっぱたりつついたりする。

「無理ですよ。」

諦めて晴明さんに返した。

「そうだろ?相手はペラペラじゃねぇからな。」

晴明さんは笑いながらそれを受け取る。

「なるほど。」

「だが戻すのは手順さえわかれば大丈夫。無理って事はねぇんだ。」

「なんとなく原理はわかりました。だけど戻すって,,,。」

晴明さんは簡単そうに言ってのけるがどう考えても簡単そうに思えない。

「そうだな。俺達の相手は怨霊だったり呪術だったり、大体は生き物じゃあねぇ。要はあやかしだったり人の思いからできた魔物みたいなもんだ。形の無いものが形のあるものになっちまったら?」

「形の無いものに戻す?」

理論的にはそうなんだろう。やり方はわからないけど。それにほかにも問題はありそう。

「そういう事だな。」

「戻されても無くならないでしょ?また形のあるものになったりしないの?」

その質問に晴明さんは簡単に答える。

「思いは飛散させりゃいい。形代で流したりな。」

「形代って万能,,,。」

ヒトガタに切られたその和紙を見ながら少し感動する。

「そりゃ人だからな。人の形のよりしろ。」

「なんだかぼんやりしかわからないや。」

晴明さんはすっと立ち上がる。

「じゃあ実際見て見ようや。」



 僕の背に札を張り付け、手を引いていく。そのまま廊下を通り縄の向こうへ引いていく。奥の教室に入ると先生が『何か』と戦っていた。それは何なのかわからなかったけど、ぼんやりと大きな虫の形をしていた。先生が僕達に気が付いて何かを言おうとしたけど、晴明さんはそれを制してこちらを見る。

「あれは嵌められた生徒が残した想いだな。」

嵌められた?この学校に苛めでもあるのか?嫌な世の中だな。お互い一人なのに。

「残したって,,,死んだの?」

「生きてるな。病院で。」

淡々と答えて晴明さんは細目の縄で僕の周りに結界を張る。

「出るなよ?」

晴明さんは札を『何か』に飛ばすと札は吸い寄せられるように『何か』に引っ付いた。そして晴明さんは指で解く様な仕草をする。するすると絡まった糸を解く様に何かは崩れていく。崩れたところから黒い靄が出てくる。

「綺麗だ,,,。」

僕は思わず呟いた。晴明さんはただ手早く解いていき、後にはただ黒い空気が漂う。『何か』は最初は抵抗していたが、解かれた部分が半分を超えたあたりでほぼ動かなくなった。そして風船が萎むように小さくなった。

「お前の想い、俺が請け負う。」

晴明さんは形代を出して全ての想いを閉じ込めた。



 僕はその圧倒的な強さ……よりも綺麗な戦いぶりに驚いた。

「なんで連れてくるんです!」

先生は晴明さんに突っ掛かっている。僕が危ないのは嫌なのだろう。

「授業だよ。うるせぇな。あんなのに手こずりやがって。」

面倒そうに顔を背けている晴明さん。

「私の専門は結界です!元に何かあったら,,,。」

元、とはたぶん嵌められたこの想いを残した人間の事なんだろう。

「言い訳すんな。だから強くなれねぇ。」

先生は一瞬ムッとした顔で言葉に詰まった。そして負けじと言い返した。

「占い確率せめて70%越えてから言いなさい!」

さっきまで落ち着いて話してた晴明さんに火が付く。

「狐野郎,,,てんめぇ,,,!」

二人とも喧嘩の仕方は子供の様だ。

「ちなみに何%なんですか?」

気になったので聞いてみる。

「58%です。」

先生はしらっと答える。うん、当たるも八卦当たらぬも八卦だな。

「言うんじゃねぇ!」

晴明さんは慌てて叫ぶがもう遅い。

「ちなみに私の戦い方は結界を閉じていくとか術で武器を作って殺す方です。」

先生はあたりまえの様に恐ろしい説明を淡々とする。

「全然元に戻してないですね。」

僕は思わず呟く。

「面倒なのは嫌いです。」

先生の答え方はいつも感情が見えない。見た目先生のが繊細そうに見えるのに先生は力任せ、晴明さんのが繊細な戦いをするんだ。

「そんなだからお前は弱ぇ。」

晴明さんは困った顔をする。

「喰い殺しますよ?」

笑顔で先生が答える。僕はいつも思う。先生はこういう笑顔の時の方が怖い。

「できるもんならやってみろ。」

晴明さんは嬉しそうに答えた。先生はそれには答えずこちらを見る。

「相手の形は見えましたか?」

「見えました。なんとなく。」

「よろしい。上々ですよ。前は見えませんでしたね?」

先生は何故か嬉しそうにしている。

「気配しかわかりませんでした。」

見える事に僕も少し驚いた。前の奴とは違ったのかな?

「魂になった事で少しアンテナが強くなりましたかね。」

先生は嬉しそうに僕の頭を撫でる。そっか、相手じゃなくて僕が変わったのか……。

「お前なんか甘やかしてねぇ?」

晴明さんは苦笑いしながらこちらを見ている。

「普通です。」

先生は知らん顔で僕を撫でている。いや普通じゃないかも。確かにストーカーじみて現れてはいたけど、こんなに撫でられた記憶はない。僕が見ていると先生はそっぽを向いた。

「普通です。」

「まぁとにかく、人は見かけによらねぇがこいつらは見かけによる事が多い。禍々しきゃ悪い奴だし穏やかそうなら無害だ。」

僕はまだ禍々しいものしか見た事が無い。穏やかなのもそのうち出会うんだろうか。晴明さんは形代を掌に乗せ、何か唱えた。小さくて人の形をした何かが生まれた。見た目は小さな晴明さんだ。

「これは俺の想いを受けて生まれたものだ。御守りにやる。」

「御守り?」

喋らないそれは僕の肩に乗った。重さも感じない。

「安心しろ、他の奴には見えてねぇ。」

三人でいつもの教室に戻る。しかしこんなのが見えるようになったのは良い事なのか、いまひとつわからない。

「ま、人のが怖ぇから心配すんな。」

そりゃあれを生み出すのが人の心なのならその元になる人間の方が怖いのは自然の事なのだろう。それにしても急にそんな言い方するとは……何があったのだろう。

「さて、次は構築の話だが,,,」

晴明さんが口を開いたタイミングでチャイムが鳴る。

「時間なので次だな。飯食おうぜ。」

晴明さんの言葉にそのまま三人で食堂に向かう。



 階段を下りると女の子の視線が痛い。

「椎名先生!一緒にご飯食べようよー!」

「お断りします。」

先生断り方……。いつもの綺麗な笑顔で手を軽く上げて端的に断る。いつもの先生スタイル。

「モテる男はつらいなぁw」

晴明さんがからかう。

「特につらさを感じた事はありませんよ?」

先生は真顔で答えた。

 先生は女子に群がられるが晴明さんはむさ苦しいおっさんに群がられる。何故ならばこの学校には校長という席はない。理事長はいつも不在の中、実質権力を握るのは椎名先生だ。校長の座が喉から手が出るほど欲しいのか、理事長が来たとあらばごますりに寄ってくるのは致し方ないのかもしれない。

「晴明さんこそモテる男はつらいですねぇ。」

「おっさんにモテてもいいことねぇな。」

あなたもおっさんですしねという言葉を飲み込む。まるで某テレビでの病院の回診シーンの様にぞろぞろと人がついてくる。

「理事長、そろそろ校長の様に管理するものが必要なのでは?」

こういった事は何度も言われてきたらしい。実際本業で椎名先生を連れて行く事もあるから、管理する人がいなくなる時もあるのだ。

「椎名に任せている。」

「ですが椎名先生もいなくなる時がありますし、常在している管理者がいた方が,,,。」

晴明さんは不良中年みたいな雰囲気を出している。

「文句があるなら辞めてもらって構わない。」

実際給料はそこそこいいものの、理事長がこんな具合なので離職率は高いらしい。ただ聞くとここを卒業した人の中には有名人もちらほらいる。先生曰く「本当の目的のおこぼれ」らしいのだが、この噂のせいで一般の応募が後を立たないらしい。これにより誰かが校長の座について、そいつが賄賂もらって一般を入れたりしたら今回の様な事故が起こったら大問題になりかねない。それくらい学生の僕でもわかる。だから椎名政治をしいてるんだろう。あの人は辛辣だし生徒に然程興味無さそうだけど、やることはきちんとやるしそれ以上に信用がおける人間だ。人のが怖いとはこういう事を言ってるのだろうか。そして生徒の募集関連だけは理事長が一手に引き受けている。椎名先生は面倒な事はやらない。


 ついてくる人達を無視して食堂に入る。

「先生ご飯何食べます?」

僕は食堂で何を食べるか迷った。

「たぬきうどんですかねぇ。」

先生はメニューを見ながら言った。

「きつねうどんじゃ無いんですね……。」

なんか期待を裏切られた感。

「俺はしょうが焼き定食かなぁ。」

晴明さんは嬉しそうにメニューを見ている。

「期待を裏切らない選択。」

「貴方は何にするんです?」

先生は僕の方を見た。僕は未だに決めかねている。

「うどんも食べたいし、ラーメンもいいなぁ。」

「どんだけ麺……。」

晴明さんが突っ込む。

「じゃラーメンになさい。取り皿もらって先生とはんぶんこします。」

先生はちゃっちゃと指示を出す。こういう時先生は迷わないタイプなんだろうか。

「俺にも一口くれよ。」

晴明さんが先生におねだりした。

「嫌です。」

先生は冷たく素早くはっきりとお断りした。

「なんでだよ!」

「貴方は一口がデカイ上に交換ですら無いですからね。」

それは……嫌かも。

 結局僕はラーメンを頼んで先生とはんぶんこする事にした。そして仕方ないから晴明さんには僕から一口あげた。食べる晴明さんを見て納得した。

「あ、デカイですね。一口。」

「うるせぇな。」

そして悪びれない。そのまま先生の方に向き直る。

「椎名、次の日曜日ちょっと付き合えよ。」

「えぇ……?貴方と仕事するとろくなこと無いんで嫌なんですけど。」

先生は淡々と答える。優しさは微塵も感じられない。

「僕は留守番ですか?」

少し寂しい気もする。

「そりゃお前なんざ連れて行けねぇだろう。」

晴明さんはお茶を飲みながら困った様に言う。肩のお守りが慰めるように僕の頭を撫でた。

「せめて自分を守れるようにならねぇとな。」

「はい。」

仕方ない。わかってはいる。僕はまだ何もできない。

「じゃ家でも色々練習しましょう。」

先生は手を合わせて箸を置く。

「結界に関しては私が教えます。」

結界なんて……、上級生だってこんな事していなさそう。

「そうですねぇ。どちらかと言うと素質的には占い型が多かったですね。卒業生の中には戦闘を教えた子供も何人かいましたけど、それを職業にしている子は数えるくらいしかいませんでしたよ。」

久しぶりに頭の中を覗かれた。

「今の三年生に一人面白いのがいますよ。呪術に長けてます。多分やろうと思えば呪い殺したりできるんじゃないかなぁ。」

「平安時代なら権力者に重宝されたろうにな。」

「今でも人気にはなりそうですけどね。」

「あまり知られたくねぇな。」

二人とも考え込んでしまった。

「どうしたんです?二人共考え込んで。」

向こうから黒岩先生が来た。これが見えたからだろうか?

「貴方の授業、そろそろ黒魔術での失敗で変なもの呼び出すの止めてもらえませんか?おかげでこちらの授業が進まないので。」

先生は黒岩先生に話しかける。

「おや、変なもの呼び出してません。黒魔術で呼び出しているのはあくまでも悪魔です。なーんちゃって。」

黒岩先生はふざけて返す。

「頭平気か……?」

晴明さんが微妙な顔で突っ込む。

「今回のは悪魔じゃなくてお前らの授業で生け贄にされた子の怨念だったぞ。」

「それこそ悪魔ですよ。大成功です。」

黒岩先生は嬉しそうに手を叩く。

「次生徒を生け贄なんかにしたらクビな。」

晴明さんは体を動かしもせず鋭い眼光で睨む。

「生きてますよ。」

黒岩先生は忌々しそうに舌打ちした。

「大怪我でな。」

晴明さんはお茶を一口飲んでから低い声で答えた。

「椎名先生はわかりますよね!」

黒岩先生は椎名先生に同意を求めた。椎名先生は両手をひらひらさせて首を傾げる。

「狂人の考える事なんて私には解りかねますね。貴方がここにいる理由をちゃんと考えた方がよろしいんでは?」

「私がここにいるのは優秀だからです!」

黒岩先生は怒ってどこかへ消えた。

 離職率が高いこの学校でも黒岩先生は古参だ。もう15年勤めているらしい。彼がここにいる理由は僕も知りたいところだ。

「土曜日は生徒の見舞いにでも行くか?」

晴明さんは手を合わせ箸を置いた。

先生は晴明さんの食器を返却口に戻しながら振り返った。

「ついでに仕事着を新調しましょう。」



 土曜日の朝、僕等は病院に行った。表向きは事故、本当は生け贄にされた子供。嵌められたって黒岩先生に嵌められたって事だったんだ。僕と同じ15歳。死にかけたその子は集中治療室にいたらしい。一昨日の昼前、呼吸がやっと落ち着いたのだと医者は話していた。『一昨日』。それは晴明さんが彼の思いを受け止めた日。先生は「人を呪わば穴二つ」と言っていた。やはり人を呪うと自分も苦しむのかもしれない。

 個室の病室には何の飾りもない。誰も見舞いに来ない。僕等が孤児というのがよくわかる。先生はてきぱきと結界の準備を始める。

「何にするんです?」

「結界を張るんですよ。」

ベッドのまわりに少しだけ余裕をもたせて。

「晴明様が入る分です。」

「晴明さん、治すんですか?」

「急に治ったら医者に怪しまれるので、今回私達がするのは本人の治す力を手助けする程度ですよ。」

「僕の時も結界張ったんですか?」

「自宅はまるごと結界張ってますから。」

「なるほど。」

僕との会話を先生は切り上げて部屋を出る準備を始める。

「さ、邪魔になりますから。」

促されて病室を出る。そして病室には誰も入れないのも僕等の役目だ。病室の扉の前に二人で突っ立っているこの光景は異様だ。

「晴明さんって無敵ですか?」

人を治し、化け物を倒し、お金持ちで非の打ち所が無さそうに見える。強いて言えばお嫁さんはいないみたいだが。先生は腕を組んだまま遠くを見ている。

「ある意味無敵ですかねぇ。」

一呼吸おいてまた話始める。

「でも普通の人ですよ。だから私は一緒にいるのです。狂人の方が無敵かもしれませんよ?」

「生徒を生け贄になんて,,,確かに狂ってます。」

「あのタイプは結果が見たかったから自分は生け贄にならなかっただけで、結果がわかった今自分を生け贄にしても喜んでるタイプですからね。手に負えませんよ。」

先生はため息をついた。

「なるほど。そりゃ『狂人』だ。」

「それに比べたらただの変態のおっさんなんて可愛いもんですよ。」

「え!?変態ですか!?」

「変態ですねぇ,,,。」

どんな変態なんだろう,,,。

「喉が乾きましたね。ジュースでも買ってきてもらえませんか?私はお茶を。晴明様は何でもいいです。勿論貴方の分も買ってくるんですよ?」

先生にお金を渡される。

「お茶,,,緑茶ですか?」

「何でもいいです。」

手をしっしっとでも言うように動かす。


 僕は階下に降りて自販機を探す。ふと後ろを何かが通り過ぎた。

それは多分病院であるが故の日常。人の死に隣接している世界。後ろを振り向いて見えたのは魂と人の共存。まるで生きているかの様に生活している。気がついたのは人と魂が重なる瞬間があるから。そうでもなければ気がつかずに通りすぎてしまうだろう。それくらいここは調和がとれている。

 戻ろうとしてふと目に入ったのはさっきまでお見舞いしていたあの子。名前も知らないけれど。隣に座ってみる。

「あぁ、大友君こんにちは。」

逆に話しかけられてしまった。

「何故僕の名前を?」

「君は変人椎名先生のお気に入りだからね。黒岩先生が言ってた。」

「あぁ……。」

黒岩先生は狂人だって椎名先生は言ってる。お互い嫌いなんだね。

「黒岩先生ってどんな人?」

僕はあまり知らない。

「純粋な人。目的の為なら何でもする人。」

なるほど。見方によってはそうなるんだね。

「だから僕は先生を憎んだりしてない。」

じゃあ何故君の気持ちは化け物になったんだろう。

「普段気のいいフリしてる奴らが平気で僕を生け贄に選んだのは……憎かったよ。」

「じゃあ生け贄を選んだのは生徒?」

「そりゃそうさ。先生を選んでも良かった。でも奴らは自分を守ってくれる人を生け贄に選んだりしない。自分ではない生徒を選ぶ。その中でも共謀して満場一致になるように。」

「悪魔は生まれた?」

「どうだろう。でもね。」

彼は終始穏やかに話している。自分が生け贄にされた話なのに。

「僕の中に悪魔が住み着いたのは確かだった。」

彼は膝の間で指を組み、抑揚のない表情で滔々と憎しみを語る。僕にも覚えがある。まるで他人事なのだ。自分の事も人の死も恐怖も。憎しみを覚えたのは魂が離れる前、意識がある時だったのだろう。それでそこだけが強烈に残っているのだ。でもその後は……ぼんやりと自分の事を他人事の様に見つめている。

「次は一人一人生け贄にして悪魔を呼び出すと決めた。」

僕は彼の横顔を黙って見ている。

「なのにふとその気持ちがぼやけてしまったんだよ。何故だろう。」

それは多分晴明さんが気持ちをほどいて持って行ったから。

「そろそろ戻らない?」

僕は彼を連れ出す。多分彼も目を覚ませば色々思うところはあるだろう。泣いても喚いても人生はこれきりやり直せないなら前に進むしかないのだ。

「君が病室で待ってるよ。」

その言葉に対してもあまり反応がない。そのまま二人で戻っていく。


 病室の方に歩いて行くと黒岩先生と椎名先生はドアの前で言い争いをしている。

「いい加減諦めなさい。部屋には入れませんよ。あんな事しておいてよく顔が出せたもんです。」

「彼が私を憎む訳がない!彼は本望だったはずだ!」

隣の彼は目の色が暗くなる。椎名先生は僕等を見つける。

「おや,,,。遅いと思ったら。」

僕は黒岩先生を正面に見据えた。

「彼は確かに憎しみをもったりしていない。でも傷ついてはいるんですよ。」

「傷つく,,,?」

心底わからないといった顔だ。ふと隣を見ると彼は居なくなっていた。

「あれ!?」

「安心なさい。彼は戻りました。」

椎名先生は落ち着いている。

「彼?」

黒岩先生は不思議そうにしている。

「もう大丈夫ですよ。」

椎名先生は僕の頭を撫でた。

「帰って来たら、話を聞いてあげなさい。隣のクラスの御厨君です。君にしかわかってあげられない部分もありますから。」

確かに魂になる経験なんてそうするもんじゃないか。

「先生、僕は先生みたいに強くなれますか?」

僕は黒岩先生を睨んだまま椎名先生に聞く。

「先生より強くなります。」

先生は嬉しそうに答えた。

「なんなんですか、君は。椎名先生の飼い犬か何かですか?」

悪態をついて黒岩先生は帰って行く。

「何で御厨君はあんな先生を慕うんだ。」

納得がいかなかった。なんで黒岩先生をかばうのか。先生はお茶を飲みながら答えた。

「振り切った人間は何かしら魅力があるものです。ま、慕っているかどうかはわかりませんがね。諦めてるだけかも。憎んでいないだけですからね。」

「なるほど。」

先生はおもむろにドアを開けてジュースを投げた。ゴッ!と鈍い音が響く。

「痛ってぇ!」

晴明さんの悲鳴が聞こえた。覗くと晴明さんは頭を押さえている。

「ちっ、それくらい取って下さいよ。」

面倒そうに先生は吐き捨てる。

「取れるかぁ!後ろ向きで!」

「終わったんでしょ?早く行きましょう。」

晴明さんは僕を見て微笑んだ。

「なかなかいい色になって帰って来たな。やるじゃねぇか、奏。」

「僕、何もしてないですけどね。」

褒められたが実際僕は何もしていない。彼は僕が出会った時既に憎しみなど持っていなかった。そのまま三人は病室を出る。僕は少しだけ振り返った。

「早くよくなってね。学校で待ってるから。」


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