第一章 日常と始まり
瞳は開いておるか?
声は聞こえておるか?
口は音を奏でておるか?
穏やかなる時の流れの中に浮かび上がるは『五芒星』。
そなたの血には私の血は流れておらぬが、陰陽道の血は脈々と流れておる。
この『日ノ本』の国は占いとそれを伝える者達によって支えられてきた国なのだから。
形は違えども。
心構えができたのならこの扉を開けるがよい。
ゆるりとその生き様を堪能せよ。
『安倍晴明』
今日もいつものように学校に行き、いつものように授業を受ける。今日の授業は国語、数学、特化、特化、音楽、生物。特化という授業はこの学校特有の授業だ。それぞれ選んで好きなように特化できる授業なんだ。それは機械工学だったり、超能力だったり、生態研究だったり、本当に多種多様だ。
僕が選んだ特化授業は『陰陽道』。
魔法みたいなもんかと思って面白がって入ったら全く違っていて今は天文道や暦を一通り習って、占いや呪術について少しだけ習い始めたところだ。楽しいか楽しくないかと言われれば天文道とか暦とか勉強しても楽しくない。でも占いとかやってたら女の子にモテたりしないかなとか考えてる。
「おやおや、どうも君は考えが浅いですね。」
いつものように人の頭の中を覗きこむのは陰陽道の椎名先生。この先生何故か僕の考えてる事を当てる事が多い。
「何ですか、先生。狐みたいな顔して。人の頭の中を覗くのやめてくださいよ。」
「端正な顔立ちと言いなさい、失礼な。」
端正な顔立ちって自分で言う言葉ですか?確かに顔は女子に人気があるみたいですけどね。おかげで僕達生徒は女子に見向きもされないわけで。つまりこの陰陽道。授業を選択した8割は先生目当ての女子。1割はその女子目当て。残りの1割が元々陰陽道に興味があった人間ってこと。
特化授業には特殊条件があって大学の様に単位がある。出席と評価、そして素質。どんなに出席してテストで点数取っても、先生が素質が無いと判断したら即切りされ違う教科を選ぶ必要に迫られる。勿論特化で数学とか選んで数学者目指すなんて奴も居るから普通の教科って選択もあるし。だいたい普通の教科の先生は素質で切ったりしないかな。一番切られるのは先生目当ての陰陽道や超能力とか、あと美術系音楽系の芸術は切られる人が多い。現に陰陽道はこれまでに半分の女子が切られてる。
先生曰く、『顔見てるだけで授業受けてないからね。』だそうだ。中には顔目当てで入った中にも陰陽道の素質がある先輩も居たらしく、そんな先輩は有名な占い師などをしてたりするみたい。僕は思わず嫌な顔で迎える。
「授業はまだ後なんだから一々絡みに来るのやめてくださいよ。」
「君がね、もう少し陰陽道にきちんと向き合ってくれたら先生そんなに絡まないんですけどね。」
「真面目ですよ。テストの点数赤点取ったこと無いでしょ。」
授業の鐘がなる。
「ではまた。」
先生は自分の持ち場に戻っていく。
僕はつまらない授業を真面目に受けた後、特化授業に向かう。陰陽道は棟が違うから移動するんだけどこれがまた遠くてさ、C棟の4階まで上がらなきゃいけない。休み時間を潰して階段登り降りしなきゃいけなくて憂鬱。
「私はそうでも無いですがね。」
振り向くと狐。じゃなくて先生。
「あからさまに嫌な顔するのやめてもらえます?」
にこにこと傍に来るこの先生は僕のストーカーか何かなんだろうか。
「先生達はエレベーターの許可あるんだからそちらをお使いになっては?」
「健康の為です。」
何故この陰陽道はC棟の4階ワンフロア全てを貸しきっているのだろうか。教室は4つも使わない。何しろ先生は一人だ。上級生は上級生で授業をする時間があるから教室一つでこと足りるはず。
「あぁ、それはですね。」
「僕、陰陽道やめてもいいですか?」
「なんで!?」
先生は目をまん丸に見開いてびっくりしている。
「だって先生ストーカーだし頭の中覗くししつこいし、女子には妬まれるし良いこと無いじゃないですか。」
僕は呆れたように先生を見ながら不満を漏らす。
「女子には解ってくれる先生って信頼度高いんですけどね。」
先生はわからないなぁと言う顔でこちらを見ている。
「わかりすぎです。それ多分あばたもえくぼです。」
「うーん……。」
「で?」
「あぁ、『まわってくる』んです。」
「は?」
「たまにね、『黒魔術』や他の呪術系の失敗や呼び込みでね。変なのが。」
先生は少し視線を外す。
「はぁ。」
「それを『処理』するのも私の仕事なんです。」
さも当たり前の様に話してはいるが……。
「それって,,,つまり」
「陰陽道の隣で『化け物』の類いとやりあってる事もあるんですよ。」
「僕達、超危ないじゃないですか。」
「そうなんですよ。『化け物』は時を選んで出てきてくれませんから。むしろ授業中の失敗だと授業中出ますからね。」
「なんでそっちの担任が片付け無いんですか?」
「さぁ?弱いから?気がつかないから?狂人だから?」
不思議そうに先生は首を傾げた。
「そんなのに教えられる生徒って……。」
僕は思わず呟いた。すると先生は妙に真面目な顔で答えた。
「意外と変な教師から優秀な生徒が生まれたりするものですよ。」
そんな会話をしながら歩いていく。4階に着き教室に入る。
授業の鐘がなる。先生はいつものように教科書など開かずに生徒の顔を見ている。
「今日やる呪術は少し危ないから私のいないところでやるのはやめてください。」
先生がこの手の注意をするのは珍しい。多少、形代を持ち出して落書きしても怒られたりはしない。言われたのは『作るの面倒なんで持ち出すのやめてください。』だけだった。
「まずはおさらいしますよ。」
形代に文字を書き、掌に乗せてふっと息を吹きかけ飛ばす。小さな蝶になって飛んだ。前に先生は授業ではイメージしやすいように文字を形代に書くが、慣れてくると文字を書かずに使うと話してくれた。
「いいですか?形代には色々使い方があります。何かを使役したり、小さなものにかえてみたり。ですが使うと……。」
形代が黒く変色する。
「業が溜まります。」
「今先生は業を形代に移しました。この形代はもう使えません。この形代は供養します。」
新しい形代を配る。
「ではそれぞれお好きな事に形代を使い、その業をもう一枚の形代に移します。やり方はこの間教えましたね。知らない人は隣の人にでも聞きなさい。」
業ってなんですかね。形代を使うと何か悪いんですかね。そんな事を考えながら文字を書き狐を作った。ぴょんぴょんと走り回り、すぐに消えた。僕の力ではこの程度でも上出来だと思う。実際文字を書いてもできない人も多い。これが素質で落とされる要因なんだろう。先生は黙ってそれを見て点数をつけた。
「次は形代に業を移します。形代が使えなかったものはこちらに。」
先生が集めて一枚の形代に使えなかった人達の業を集める。形代使えなくても業って溜まるのか。僕は自分の形代に業を移しながら考えた。うっすら黒くなる。力が弱いからこんなもんなのかな?先生の業は真っ黒だった。余程強いのか。
「では次です。この業を集めた形代を餌に相手を呪う方法です。」
一気にキナ臭くなってきたぞ。
「平安時代には流行りましたが、現代では方法は教えますが、やらないでください。面倒なので。」
多分あの面倒の前には尻拭いがと言う言葉が入るのだろう。
説明を受けていると急に先生が止まった。
「ふむ、少し自習を。いいですか?余計な事は絶対にせずに自習をお願いします。教科書でも読んでいて下さい。」
先生はそう言うとさっと出ていく。
みんな暇なんだろう。ざわざわと話し声が聞こえてくる。なんとなく僕は外の廊下を覗いた。廊下にはお札がびっしり張り巡らされている。要はどんな『化け物』が来てもこの4階に閉じ込める道を作っているのだろう。何枚かは黒く変色している。頭の悪い奴がいるとこういう時必ず『お札はがして見ようぜ』とか言い出す奴がいるものだ。
「俺たちだけでやってみようぜ!」
もっとアホがいた。
「やめろよ。責任とれねぇじゃん。」
そうだそうだー。
「呪術って事は俺らにはかからねぇよ。」
誰にかかっても困るだろ。
「先生大人しくって言ったじゃん!」
がんばれ女子。
「顔目当ては大人しくしてろよ。俺らは真面目に学びてぇんだよ。」
真面目に学べよ。心の中で適当に応援していると馬鹿はこちらを見た。
「おい!お前もそう思うよな!」
こっち振んなよ。思うわけないだろ。僕はさっき先生から変なもの退治の話を聞かされたばかりだ。普通ならそんな話信じないんだろうが、何故かあの先生に言われるとそれがストンと腹に落ちる。あたりまえの様に信じてしまう。
「僕はやめておきます。死にたくないし。」
立ち上がると睨まれた。
「流石真面目『大友』君は違うねぇ。死ぬわけねぇだろ!この腰抜け。」
僕はその言葉に少しカチンときた。面倒くせぇんだよ、お前ら。そう思いながら僕は廊下に出た。隣では何が行われているのか。ぶっとい縄がかけられているし、札はつけられているし。でも物音一つしないし。そういえばこの教室にも札は貼られている。先生の字は独特だからすぐに解る。札に触れるとなんとなく温かい気がする。
『紙なのに?』
ふと教室から冷たい風が出てきた。
僕はなんとなく気になって今まで自分がいた教室を覗いた。
空気が真っ黒だ。
何したんだ?
みんな手を繋いで何してるんだ?
思わず札を触った。
何かにすがりたかった。
先生に助けて欲しかった。
一斉に生徒がこちらを向いた。
瞳は全て黒く塗り潰されたような色をしていた。
教室には何かがいた。多分『悪いもの』だ。寒いと感じた。一人一人食われ始める。肉体ごと。
頭から上半身腹あたりまで一噛りで喰い破られ、鮮血が地面に飛び散る。二噛りで全てを飲み込む。生徒達の立っていた場所には一面血の海だけが残った。食い散らかしたそれは僕には気がつかない。今のうちに逃げようとして後ずさる。ふと足元を見ると自分が転がっている。
そうか、死んでるから興味無いのか。
今見てるのは魂でなんだ。
『助けて』なんてはじめから無理だったんだ。
『悪いもの』は咆哮した。『悪いもの』から出た黒い空気が結界から漏れ出る。それは火になったり、人を殺したりし始める。僕は下の階に走る。どうやったら他の人を助けられる?自分は死んでしまったけど、どうやったら人を逃がせる?火がついた事により火事で皆避難を始める。
パニックで怪我人も出た。ひっくり返された水の上を歩くと少しだけ波紋が広がる。魂だけでも触れる?
上でドン!ドン!と二回音がした。見に行くと結界を破ろうと『悪いもの』が札にぶつかっている。様子を見に来た他の先生が教室に入ろうとした。
僕は止めた。
「入っちゃだめ!」
でもその先生は僕には気がつかないし、僕は先生に触れない。先生は『悪いもの』に気がつかないで教室に入って餌になった。教室は床を真っ赤に染めている。ますます黒い空気が濃くなる。椎名先生が一番遠い教室から出てきた。ものすごいスピードでこちらに走って来たと思ったらそのまま教室に入って行き、『悪いもの』へ札を投げつける。『悪いもの』は少し怯む。
「喰ったのか。生徒を。」
下を見てそのまま大量の形代を投げる。形代は『悪いもの』を取り囲み形を成した。大きな大きな人の顔。それこそ人の業の集まりなのだろうか。大きな槍を形代で作り、一枚の札を貼り付ける。
「上手くいけばよいが,,,。」
先生は大きく腕を引き、槍でそのまま顔を串刺しにした。断末魔の叫びが聞こえた。と同時に『悪いもの』は大爆発した。
先生はこちらに飛ばされた。
僕は思わず手を伸ばして受け止めた。
次に見たものは綺麗な青空だった。
「天井が……ない。」
呆然と呟く僕に先生が気がついた。
「おや、奏君。痛くないと思ったら。」
僕は先生が僕を認識している事に驚く。
「見えるんですか?」
「私を誰だと思ってるんです。」
先生はつまらなそうに答える。
「痛くないとって……、先生に触れた?」
「私を誰だと思ってるんです。」
先生は立ち上がるとその辺を散策し始めた。
「どこ行くんですか!」
僕は置いていかれたくなくて慌ててついていく。先生は急に立ち止まる。僕は先生に追い付く。先生がくるりとこちらを振り向いて僕の顔を両の手で挟む。
「仕方ありません。しばらくは私のところに来なさい。何とかします。」
「え?」
廊下に出ると自分が転がっているはずの場所に黒い物体があった。札を握りしめたまま。
「僕、成仏しなきゃだめですか?」
僕は黒い自分の姿を見て立ち尽くす。
「したきゃすればいいんじゃないですか?」
先生は興味無さそうに返す。
「したきゃって,,,。」
「私は何とかしますと君に言いました。私は二度は言わないたちなので。かなりのサービスですよ。」
「そうでもないと思いますけど,,,。教室の屋根、なくなりましたけど。」
「何とかします。それよりも下の被害状況を見に行かないと。」
下に降りていくと三階は燃えた跡や黒い空気にやられた人間が何人か転がっている。
「ふむ、意外に被害が大きいか。」
僕ら生徒は孤児だ。死んでも誰も困らない。死んだからと言って怒鳴りこんで来る親もいない。この学校の寮で無償で授業を受ける。ここに入れたのは幸運かと思っていたが、残念ながら不運だったのかもしれない。
二階から下は特に何も無かったようだ。
「先生?」
僕は訳がわからないまま先生を見る。
「ん。」
先生は何事も無かった様な顔で僕を見る。
「何が起きたのですか?」
「失敗ですよ。」
先生は呆れたようにため息をついた。
「呪術の?」
「そうです。人を呪わば穴2つ。失敗して喰われるなんていい勉強になったでしょう。」
「勉強どころか死にましたけど。」
「笑えませんねぇ。」
そう言いながら先生はすたすたと早足で歩いていく。
他の先生が慌ててこちらに向かってくる。
「椎名先生、何が起こったのですか!」
「私が居ない間に呪術を独断で行ったようですね。片はついていますから大丈夫ですが、喰われた生徒は戻りませんね。」
椎名先生のその言葉に少し言葉を詰まらせながら青くなる他の先生方。
「全滅ですか?」
「うーん……。」
こちらをちらりと見る。
「全滅と言えば全滅ですねぇ。」
確かに僕は誰にも触れないし見えない。だが喰われては居ない。
「陰陽道は危ないのでは?」
少し嫌な言い方をしながら他の先生は椎名先生に詰め寄る。
「それを言ったら黒魔術など呪術魔術全般だめですねぇ。」
「ぐっ!」
「文句がおありなら理事長へ。」
そのまま何事もないかのように教室に戻る。
「先生、あれいいの?」
「放っておけ。私達は帰るよ。」
少し乱暴な、しかし微塵も興味を示さないような言い方で先生は吐き捨てる。
「帰るって,,,。だったら教室に来ないでそのまま校門に行けば良かったのでは?」
「忘れ物ですよ。大事な。」
今度は優しげな言い方でそっと形代を撒くと瘴気で黒くなった僕の身体を包む。
「炭屑までいかなくて本当に良かった。」
先生はそう呟いた。そのまままた下に降りて行き、そのまま校門に向かう。
「椎名先生?それは?」
他の先生方は驚いて先生に話しかける。それもそうだ、何の説明もしてもらえず生き残りの椎名先生は変な人型の物体を連れてさっさと目の前を通過していくのだから。形代がベタベタ貼り付いた人の形をしたものがついて歩く。それだけでも説明が欲しいところだろう。
「触らないで下さいね。」
先生は冷たく言い放った。
「先生、帰っちゃっていいの?」
僕は心配して先生を見る。実際心配しているのは学校の方だ。こんな事の後に後始末せずに帰って大丈夫なんだろうか。
「大丈夫です。私は担任を持ちません。教科担当のみです。あとは尻拭い。」
それを言った瞬間振り向いて指示を出す。
「あぁ、矢部先生。私のいない間の特化授業は許可できませんからよろしく。」
寮を越えると森がある。僕はそれ以上進んだ事は無かった。その森の中を歩いて行くと、そこだけ平安時代なのかと思うようなお屋敷が見えた。門には札が何枚も貼ってある。そのままズカズカと先生は入っていく。
「只今戻りました。」
先生は玄関で甕の水で足を洗い、上がる。
「おう。」
奥から声がする。なんかおっさんみたいな声が……。
「やっちまったな。」
出てきた人は……。うん、おっさん。
「私にばかり尻拭いさせるから手が回らなくなるのです。私のせいではありません。」
拗ねたように先生が膨れる。
「まぁ、そう言うな。」
「それよりこれ治して下さいね。」
真っ黒の僕が目の前に座る。
「まぁた、めんどくせぇの持って帰ってくる。」
楽しそうに笑いながらおっさんは腕を組んでいる。
「出来るでしょ。」
先生は少し睨みながらおっさんに冷たく言い放つ。
「できるけどなぁ。」
僕は先生の袖を引く。
「誰です?あれ。」
不思議そうに聞く僕に先生は優しく答えた。
「あぁ、あれですか?今は先生の先生です。」
「先生の先生,,,ねぇ。俺、先生なの?」
ニヤニヤと笑いながら聞き返す。
「違うんですか?」
「知らねぇ。」
先生の先生はニヤニヤしながらさぁ?という様なジェスチャーをした。そしてこちらをくるりと向いて僕の頭を撫でた。
「俺の名前は晴明。安倍晴明だ。」
「嘘だ。」
僕は間髪入れずに答えた。
「嘘じゃねぇよ!なんなんだこいつ!」
先生の先生はヒートアップする。
「安倍晴明は平安時代の人でしょ!」
僕も負けじと言い返す。
「俺はこの時代の安倍晴明なの!」
「ちょっと!子供になにムキになってるんです!」
先生は焦って止めに入る。
「なるだろ!」
「なりませんよ!順を追って説明しないからそうなるんです!」
椎名先生は僕の方を向いた。
「正しくは安倍晴明の名を継ぐものですよ。一応これでも偉い人ですよ。」
「一応ってなんだ!お前!」
晴明さんは突っ込む。
「え?子孫って事?」
僕は解らなくて聞き返す。
「血は繋がってねぇ。」
晴明さんは頭を掻きながら困った様に答える。
「先代に選ばれただけですからねぇ。」
先生はちらりと晴明さんを一瞥する。
「選ばれただけっておめぇ,,,。」
ムッと先生を見る晴明さん。
「見た目ただのおっさんですしねぇ。」
面白そうに晴明さんを見る先生。
「見た目は関係ねぇだろ!」
「品もないし,,,。」
「品はなくても出来りゃいいだろ。」
僕は漫才を見せられているのだろうか。
「とにかく!敬え!奉れ!」
「嫌です。」
「なっ……!」
僕は晴明さんを見据えた。
「尊敬できると思ったら尊敬します。」
その言葉にしばらく口をパクパクさせていた晴明さん。
「なっ!なっ!なっ!生意気ー!!」
大きな声で目をまん丸にして僕に叫んだ。晴明さんはうるさいという事がわかった。
その日から僕は晴明さんのお世話になる事になった。と言っても魂だけの僕はご飯も食べない。お風呂も入らない。トイレも行かない。見ていると晴明さんは日に三度一時間ずつ引きこもり何かをしている。先生曰く『身体を治している』らしい。
「先生が何とかしてくれるんじゃないんですね。」
と突っ込んだら、
「私は『何とかする』とは言いましたが、『私が何とかする』とは言ってませんよ?」
だそうだ。なんとも先生らしい。先生曰く『学問は進化する』なのだそうで、平安時代に栄えた陰陽道と今の晴明さんのやる陰陽道は少し違うのだそうな。違うというよりは色々追加された、進化したものらしく、そのセンスを先代に買われたらしい。僕は先生に基礎を教わりながらのんびり庭散策くらいしかやることがない。特に何もやる事もなく、のんびりと三日が過ぎた。
その日も先生は学校に行き、僕は留守番をする。晴明さんはまだ部屋から出てこない。最近わかってきたのは晴明さんは朝に弱いという事くらいだ。
「先生は授業に行くから大人しくするんですよ?」
そう言われても何もできないのだが。特にする事もなく、暇で縁側に座って庭を眺めていた。先生が出ていって暫くの後、晴明さんが咥え煙草で出てきた。僕を見つけると隣に胡坐をかいて座る。
「お!あいつ授業か。」
「上級生もいますからね。」
そういえば学校はどうなったのだろう。あれだけの生徒が死んだのだからいくら僕らが孤児でも何か問題になったりするのではないのだろうか。上級生は怖がって特化を変えたりしないのだろうか。そんな事を考えながら晴明さんに答える。
「お前、授業楽しいか?」
晴明さんは僕の事を見るわけでもなく庭をぼーっと眺めながら僕に質問する。
「別に楽しくは……。」
暦など教わったって面白いなんて思った事もなかったな。なんで途中でやめたりしなかったのだろう。そうすればこんな事にならずに済んだのかもしれないのに。
「じゃ陰陽道好きか?」
「いえ。」
そうだった。僕は好きだと思った事もなかった。なんとなく椎名先生が面白かったから、やめ時を逃していただけなんだろうな。そんな思考と共にしばしの沈黙が二人を包む。
「なんで陰陽道とってんだよ!!」
「特に意味なんてないです!」
晴明さんは相変わらず騒がしい。思わず僕も声がでかくなる。
「素質でよく落とされねぇな。」
「素質って好きか嫌いかなんですか?」
「俺は知らねぇ。」
「えー……。」
それだけ言っておいて知らないとか……。晴明さんらしいと言えばそうなんだけど……。
「でも好きこそ物の上手なれって言うじゃねぇか。」
「下手の横好きとも言いますけど。」
「お前なぁ。」
「なにか?」
晴明さんは少し黙った。ふと真面目な顔でこちらを振り向いた。
「で、原因はなんだった?」
「先生は失敗だったと。」
「失敗?」
「先生がいない間に生徒達が勝手に呪術をやろうとしたんです。」
僕は聞いたままを答えるしかなかった。
「なるほどな。でもお前は喰われなかった。」
「僕はやっていないですし、結界の外でしたし……。多分……札を触っていたから……。」
「あいつの結界強力だもんな。」
晴明さんの言葉には強い信頼の様なものが滲んでいた。
「あの場に先生いないのに、先生助けてくれそうな気がして。」
「死んだけどな。」
煙草を潰して火を消す。なんとなくその言い方が気になって僕は晴明さんの方を向く。晴明さんは向こう側を向いていてその表情は見えなかった。
「喰われてたらこうして話をする事もできなかっただろうからまぁ良かったな。」
晴明さんは少し哀しそうな笑顔で僕の方を振り返って、大きな掌で頭を撫でてくれた。
「僕も戦えますか?」
僕は晴明さんの方を真っ直ぐ見つめて言った。それは言おうと思って出した言葉ではなく、思わず出た言葉だった。
「素質次第じゃねぇの?」
晴明さんは外に形代を飛ばした。一本の炎が飛んでいく。
「占いに向いた奴もいりゃ戦いに向いた奴もいる。」
「晴明さんは?」
「俺はオールマイティーよ。だからこその安倍晴明様よ!」
偉そうにどや顔した晴明さんに被せる様に後ろから声が聞こえた。
「嘘つきなさんな。」
振り向くと先生が帰ってくる。
「ちなみに私は結界型です。」
「先生!」
「お、帰ってきやがった。」
晴明さんは言葉とは裏腹に笑っている。
「このおっさんは戦闘と治癒型です。」
先生はにこにこしながら教えてくれる。
「2つもあるの?」
「ありますよ。この人の破壊と構築はベクトルが反対なだけで結局は同じなんですよ。」
「へぇ。」
「占いはからっきしです。」
先生は呆れたような顔で笑った。
「初代安倍晴明は占いも有名なのに……。」
思っていた事が漏れた。
「うるせぇ!できるわ!」
負けず嫌いなのか晴明さんは言い返す。
「当たるも八卦当たらぬも八卦って感じですよね。」
ちょっとだけ小馬鹿にしたように先生は眉を上げる。
「この狐野郎!」
晴明さんはわなわなと震えている。
「僕は何型かなぁ。」
僕は自分の型が何なのか知りたくなった。僕の言葉に間髪入れずに二人は振り返って答えた。
「ガタガタ。」
「クワガタ。」
僕は思わず呆れた。
「二人とも息ぴったりですね。」
ぎゃぁぎゃぁと賑やかな庭に形代が落ちてくる。
「おや、形代。」
真っ黒な形代。
「そろそろか。」
晴明さんが形代を僕に渡して頭を撫でる。
「ちゃんと供養してやりなさい。お前の代わりに頑張ってくれた形代だ。」
僕はそれを受け取って先生に聞く。晴明さんはそのまま奥の部屋へ入っていった。
「なんで形代には触れるんですか?」
「それは晴明様が触れるように渡してくれたからですよ。」
「供養、どうすればいいですか?」
「こちらへ。」
小さな池の中には沢山の形代があった。そこに先生は『流せ』という。川でもないのに流すなんて言葉はわからないけれど、池の中に入れて瞳を閉じ先生の教えてくれる通りに指を組む。
「あとは晴明様におまかせしましょう。」
先生から『晴明様』という言葉が出る度に本当はすごい人なんだろうなと思う。
「おい、二人とも来いよ。」
奥の部屋から晴明さんの優しい声が庭に響いた。
部屋に行くと自分の身体は元通りになっていた。まるで生きているみたいに。胸には形代。先程の形代とは違って白かった。
「剥がすぜ?」
晴明さんが形代を剥がし、それに合わせて先生が何かを呟いた。僕はすごい勢いで引っ張られた。
「わっ!」
気が付くと目の前に覗きこむ先生と晴明さんがいた。そっと起き上がる。風が頬にあたり、木々の匂いがする。
正直先生も晴明さんも僕と話すし撫でるし、生きている時と変わりないと思っていた。でも戻ってみたら全然違う。匂い、風、温度、音。全てがクリアだ。リアルだ。そして感情も。なんだかずっと他人事みたいに感じていた。喰われた場面を見ていたのに映画を観てるみたいな。戻ってみたら何故か恐怖とか悲しみみたいなものが目の前に押し寄せて来るようで……ただ涙が溢れた。
「あれ,,,?」
晴明さんは煙草に火をつけて僕の頭を2回ポンポンとした。先生はただ僕を抱きしめた。
「もう大丈夫。怖いものはいません。」
僕は黙って頷いた。
僕は目の前で多くを失った。少し前まで普通に話していたクラスメイト。穏やかな日常、平和。
そして、同時に『家族』を手に入れた。