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雪の如く露の如く  作者: 千藤時子
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露の章2

わたくしが生まれ育ったのは父の屋形があった大内の古都に近い山城だった。

そこは小さな山だが山口の町を守る要衝であり、父がいかに大内の大殿様の信頼が篤い家臣だったかをあらわしていた。

我が内藤家は、藤原道長様の子孫と伝えられており、地方へ下向し周防長門の国に根付いたのち大内家の配下に加わることになったという。


わたくしが生まれた頃は応仁の乱と呼ばれる長い戦乱の時代で、京の都は焼かれ荒れ果てていたと聞く。

大内家の重臣である父のもとにやって来た公卿たちは繰り返しそう嘆いていたが、わたくしにとっては遠い異国の話だった。

戦火に遭わず、明国との貿易で富を蓄えた山口の町は、西の京と呼ばれ西国一の繁栄を享受していた。

出不精なわたくしだが、都で人々の称賛を集めているという猿楽師が来たというので屋形の女たちを供に見物に行ったこともある。

海を渡ってきた美しいもの美味しいもの、はじめて見る不思議なものも多かったが、少女のわたくしが何より心ひかれたのは、大殿、大内政弘様が書写させ収集されていた、伊勢物語や古今和歌集、源氏物語などの書物である。

父にねだって我が家にも写本を手にいれてもらった。


むかし、男ありけり。


やんごとない貴公子が巻き起こす切ない恋物語にうっとりしたり、九十九才のおばばさまとの滑稽なやりとりにクスクス笑ったりした。


月やあらぬ 春やむかしの春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして


なんて美しい歌なんでしょうと感嘆するわたくしに、あの方が困ったような顔をされた。

わたしは武辺一辺倒でこんなみやびな歌など詠めないのですと申し訳なさそうにそう言われた。


あら。わたくしだって帝のお妃様でも伊勢の斎宮様でもございませんよ? それにわたくしは貴方を三千人の美女と分け合いたくなどございません。

そうむくれて言うとあの方は破顔一笑された。

幼い頃からわたくしたちはそばにいた。

些細なことで涙ぐむ気弱なわたくしとおおらかなあの方。同じ内藤の一族であり言葉が無くとも安心できるそんな二人だった。


八十を過ぎた今のわたくしには分かる。

わたくしは、内藤の娘として家と家をつなぐ役割を携えて他家に嫁に出るべきだった。大内のお屋形で行儀見習いをし、そこで縁談を用意していただくというお話もあったと後に聞いた。

だが、わたくしはどうしてもあの方に嫁ぎたいと父に頼み込んだ。

弟の弘和も、内向的なわたくしを他家にやるのは不憫だと口添えしてくれ、渋っていた父が折れた。

困った子ね。母はそう苦笑した。

うれしくて泣いた。

わたくしは幸せな娘だった。とても幸せだった。

そして愚かだった。

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