星の章6
「蓮月さま!」
誰かが呼んでいる。
観世音菩薩の御前で寝てしまったのだろうか。
こわばった体を起こそうとするが、全身が重い。
けれどずっと胸にわだかまっていたつかえが消えている。
暗い澱みが去って、小さな明かりを感じる。
「蓮月さま!こちらにいらしたのですか」
ぱたぱたという軽い足音と共に、瑠璃尼が現れた。
観世音菩薩の前に座る蓮月尼を見つけると、喜色を浮かべる。
いつも穏やかな瑠璃尼が走るなど珍しい。
いまだぼんやりした蓮月尼に、焦った様子の瑠璃尼が告げた。
「盛清殿のお子が…」
一気に覚醒した蓮月尼は裸足のまま駆け出した。
草履を履く時間が惜しい。
東の空はうっすらと明るんでいる。
曹渓寺の庭に出ると、幾人かの旅の芸人たちに囲まれて幼い子供が立っていた。
「弥太郎!」
なりふり構わず叫ぶと、幼子が顔をあげ走り出した。
「おばうえ!」
飛び込んで来た小さな体を抱き止める。
弥太郎をぎゅっと抱き締めると、間違いなく命の温かさがあった。
腕の中で声をあげて泣く弥太郎がたまらなくいとおしい。
不自由な日々だったのか、汗と埃の匂いも今はうれしい。
有り難うございます有り難うございますとただ繰り返す自分の顔も、きっと涙でひどい有り様だろう。
足もきっと傷だらけで楊柳尼が呆れながら一番沁みる薬を塗るだろう。
内藤の娘の矜持など今はどうでもいい。
「御仏よ。感謝いたします…」
蓮月尼は弥太郎を強く抱き締め祈った。




