星の章2
「勝間田の叔父上はお帰りになられましたか?」
本家の盛信を見送ってまもなく、一如尼が延命寺を訪れた。
避難させていた女子供に当座の食事を与えるために尼僧たちが忙しく立ち働いており、猫の手も借りたい状況らしい。
蓮月尼は立ち上がり一如尼と曹渓寺に向かった。
大内弘世から預かっていた傷病兵は、新屋河内の戦闘終結と共に三井を去った。
傷が治った者は軍に復帰し、怪我の後遺症が残った者は軍の移動に伴って帰郷して行った。
彼らが一月あまり身を寄せていた小屋が空いたため、避難先から戻った女たちは夜露に濡れる心配はない。
また幸いなことに弘世から妙善に幾ばくかの謝礼が届けられた。
千人を優に超える大内の兵士へのもてなしと介抱に対する感謝の言葉に、妙善は目をうるませていたそうだ。
一方、寺の財務を預かっている衆宝尼は号泣した。
これで費やした食糧や薪の補充が出来るとわんわん泣く衆宝尼を、尼僧らは苦笑しながら背を撫でて労った。
無秩序な略奪に遭うよりはるかにましとは言え、大内の軍を引き入れるのは寺のこれまでの蓄財を全て投げ打つ賭けだった。
山の中にいる尼僧たちであっても目も耳もある。
それぞれの実家や、あちこちを巡る旅の僧侶や行商人からの伝手もある。
鷲頭と大内の緊張が高まり戦を回避出来そうにないと知った去年から準備を重ね、寺とその周辺の女たちの命は守れた。
弘世からの予期せぬ礼でその命をしばらく繋げられそうだ。
曹渓寺の前の広場は、今日は女たちでざわめいている。
甲高い笑い声をあげて目の前を横切っていく子供たちに、二人の尼僧は立ち止まった。
走り去る幼子を目で追う蓮月尼に一如尼が声をかけた。
「今宵はこのまま曹渓寺に泊まられると良いでしょう」
無表情の一如尼の声音に微かな労りを感じるのは気のせいではないだろう。
「有り難う御座います」
蓮月尼は一如尼に礼を述べた。
忙しくしている間は忘れていられる。
盛清の穏やかな死に顔も、義妹の黒く焦げた亡骸も、行方の分からぬ甥のことも。
(おばうえ)
たどたどしい甥の声が耳の奥で甦る。
そのあどけない笑顔を思い出すと、内藤の娘としての矜持をかなぐり捨てて叫びたくなる。
あの子が見つからなければ、全てが無駄になるのだ。
自ら火の中に身を投げて我が子を逃がそうとした母と、我が身をおとりにして大内を引き付け時間を稼いだ父の、両親の犠牲が無駄になってしまう。
観世音菩薩よ。
どうかあの子をお守りください。
蓮月尼は強く祈った。




