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雪の如く露の如く  作者: 千藤時子
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綾の章2

桜が薄紅色の花をつけた。

だが姉は物思いにふけっており時折りため息をついた。

そして声も立てずにただ涙を流した。

泣き虫ではあったが、アヤを気にかけ何くれとなく案じてくれていた姉は日々一心不乱に神仏に祈り、泣き、また祈り、アヤを見なかった。

やがてツツジが花開いた。

ひらひらと薄い紅紫の花びらは甘い香りを周囲に振りまいていた。

その香りに浮きたったアヤは、野のツツジを手折り姉の元へ駆け込んだ。

花が好きだった姉が笑顔を見せるのではないかと、幼いながら一心に考えたのだ。

期待に胸を膨らませたアヤだったが、紅い花を差し出された姉は見る見るうちに涙を浮かべた。


「…春やむかしの春ならぬ」


そう呟くとアヤが差し出したツツジを抱きしめて泣いた。


(なぜじゃ)


屋形の女衆が姉を取り囲み必死に慰めるのを尻目に見ながら、アヤは裏庭から屋形の後ろの山へ駆け込んだ。

アヤはただ姉の笑顔を見たかっただけだったのに。

理由はわからないが自分は失敗してしまったのだ。ただそれだけは分かる。

アヤはうなだれた。


ツツジの茂みがアヤの小さな体を守るように隠してくれていた。

春の日が空から降りて来て空気がひんやりしはじめたが、アヤはツツジの隠れ家から動けなかった。

空が血のような紅に染まり藍色に変わるころ、アヤの頭上から女の声が降ってきた。


「おや。ちい姫さま?どうなさったの?」


聞き慣れぬ声だがなぜか慕わしい。

その懐かしささえ感じる声にアヤは自分の体を抱きしめ、母の腹の中にいる嬰児のようにきゅっとちぢこまった。


「あらまあ…姫さま…」


ふふふと笑う優しい女の声に冷えていた心が溶ける。

と同時にアヤの目から熱い水がどっと流れ出した。

笑い声など久方ぶりに聴いた。

女の手がそっとアヤの髪に触れた瞬間、アヤはしゃくりあげて泣き始める。

涙にぼやける春の宵闇の中に、真っ白な頭巾を着けた尼僧が微笑んでいた。

姉よりいくつか年上だろうか。

だが姉に似た面差しの、美しい尼僧だった。

アヤはこみ上げるものをこらえ切れず、名も知らぬ尼僧に縋りついた。

薄墨色の法衣(ほうえ)は微かに甘く花の香りがした。

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