雪の章6
妙善は張り詰めていた緊張の糸が弛んだのか侍女に支えられ奥に向かって行った。
鷲頭最後の姫に別れを告げ、弘世が玄関まで戻ると、そこには一如尼が控えていた。
そして「延命寺までお供致します」と述べた。
「あちらももう用意は出来ておりましょう」
「用意?」
「はい。内藤盛清殿もよもや山を越えて鷲頭の庄に逃げられるとは思っておられないはずです。延命寺に参られたのは姉君に詫びを伝えるためだと思われます」
「どういうことだ」
一如尼の語るところによると、盛清の姉の蓮月尼は内藤家が鷲頭家に取り込まれることに常々反対していた。
自分たち兄弟三人揃って鷲頭に縁付かせるのは行き過ぎである。
果ては大内との戦いなどもってのほか。
これは多々良一族内での身内同士の争いゆえ内藤が一方に肩入れすべきではないと主張した。
尼僧たちが暮らす平和な三井の山々を戦に巻き込んではならぬ、と。
「とは言え盛清殿の奥方は鷲頭長弘殿の孫娘。実家の為にお味方下されと泣いてすがられれば盛清殿も無碍に断ることは出来なかったのでしょう。姉君に背を向けておしまいになられました」
「左様であったか」
「そのような成り行きで御座いますゆえ、盛清殿が延命寺に参られたのは姉君に詫びられるため、そして」
一如尼は弘世をひたと見つめた。
「おのれの最期を看取ってもらうためでしょう」
初老の尼僧は視線を移し、山門の下の賑わいにしばし見入った。
臥待月は高く上がっていた。
白い月明かりのもとで行き交う兵士らと老いた尼たちはどこか非現実の絵巻物のようだった。
「若様は善いことをなさいました」
一如尼の呟きに「どういう意味か」と弘世は尋ねる。
「あちらで手負いの者を世話しております尼僧、楊柳と申しますが、息子たちを失ってからすっかり気落ちしておりました。薬草の扱いに長けていることに誇りを持っておりましたのに、自分の手の届かぬ遠い戦地で死なれては何の役にもたたぬと嘆くばかりで」
男のくせにびぃびぃと泣くではない、と笑う老いた尼僧がそこにはいた。
「傷の重い者は暫くこちらでお預かり致しましょう。治りましたらわたくしめが鍛えて若様のもとへお戻し致します。治らぬようなら、家に戻すなり働き口を与えるなり当人に選ばせます。そのように采配させて頂いて宜しいでしょうか」
「ああ。任せる」
「勿体ないお言葉で御座います」
月は皓皓と輝く。
あと数刻もすれば夜は明けるだろう。
延命寺の門前に立つ弘世は大きく叫んだ。
「開門せよ!」




