表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の如く露の如く  作者: 千藤時子
16/27

雪の章4

弘世が案内されたのは、延命寺から目と鼻の先ほどの距離にある寺だった。

すでに真夜中だというのに、立派な山門の周囲は襷掛けをした尼僧や端女たちがせわしなく行き交っている。

そして寺の前の大きくひらけた場所には篝火が明々と焚かれ、大きな鍋が幾つも据えられ良い匂いを漂わせていた。


「山の中のささやかなもてなしで失礼とは存知ますが、ご家中の方々に振る舞わせて頂いてよろしいでしょうか」


一如(いちにょ)尼が弘世にしずしずと申し出る。

どう見てもささやかと表現出来る規模とは思えない。

しかし断る理由もないので弘世は了承した。


「かまわぬ」


弘世の許可に小さく首肯した一如尼は同輩らに向き合う。

そして背筋を伸ばし吠えた。


「おのおの方!かかられませい!」

「応!」


弘世がぎょっとするのも気にとめず尼たちは一斉に叫びはじめた。


「怪我人はこちらじゃ!傷の深い者から参れ!」

「お水はこちらですよぉ」

手水場(ちょうずば)はあちらじゃ!ところ構わずするでない!この無作法ものが!」

「味噌汁は十分あるゆえ焦るではないぞえ」


戸惑いを隠せない弘世に妙善がほほほと笑って問う。


「驚かれましたか?」

「あ、ああ」

「あれらは元々が武家のおなごたちでございます。戦場帰りの荒武者の扱いには慣れておりますよ」

「…なるほど」


よく見るとどの尼僧も年配ではあるが矍鑠とした様子だ。

端女たちも女主人に付き従って寺に来た者たちなのか年嵩の者ばかりだった。

息の合った様子で弘世が伴ってきた千を超す荒くれ者たちを捌いている。


「若様と近習の方々はどうぞこちらへ」


妙善が微笑んだ。

案内されるまま境内に足を踏み入れると、そこは簡素ではあるが掃き清められた空間だった。

式台の所には数人の老女が水桶と布を用意して控えている。

弘世が近付くと腰を下ろさせ手早く足元を洗い清めてくれた。

続いて近習が歩み寄ると妙善はそっと手の平をかかげ制止した。


「供の方々はこちらでお待ち下さいませ」

「な…」

「多々良の内々のことですので一如も席を外します。声の届く範囲におりますので、この年寄りと弘世殿ふたりでお話させて頂けますか?」


声音こそ柔らかなものの有無を言わせぬ妙善に近習たちが立ち止まる。

すると先ほどの老女たちが椀によそった温かな汁物を運び入れ間髪入れず彼らに振る舞いはじめた。


「さあどうぞ」


畳敷きの部屋に導かれた弘世に、妙善は温かな粥や焼き魚、漬け物などが載った膳を勧める。


「お若い方のお口に合うかどうか分からないのですけれどお召し上がり下さいませ」

「では遠慮なく」


弘世の健啖ぶりをにこにこと見ていた妙善だったが、あらかた食べ終えたのを見計らって口を開いた。


「長弘殿によく似ていらっしゃること。大内の血でしょうか」

「失礼だが妙善殿は大叔父の奥方でいらっしゃったのか?」

「ほほほ」


小さな老尼はいかにも面白いことを聞いたという風にひとしきり笑った。

それから弘世をまっすぐ見て告げた。


「わたくしが長弘殿の奥方だったことは一度もありません。あの人がわたくしの婿だったのです」


驚きに息をのむ弘世に重ねて告げた。


「わたくしが鷲頭家の最後の女当主です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ