表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の如く露の如く  作者: 千藤時子
1/27

綾の章1

はらはらと涙が姉の白い頬を伝うのをアヤはただ見ていた。


(このごろのあねうえはおかしいのじゃ)


とアヤはちいさな頭をかしげた。

もともとアヤの姉は泣き虫であった。

生まれてすぐに母を亡くしたアヤの、母代わりである年の離れた姉はとにかくよく泣いた。

アヤが幼子によくある熱を出したといっては泣き、本復したといっては泣き、転んだといっては泣いた。

アヤは今年五つになるのだが姉が泣かなかった日を知らない。

庭の木に登った時などひどかった。

大人なら手の届く、さして高くもない枝によじ登って得意げに手を振るアヤを見た姉は、へなへなとその場に座り込んだかと思うとそのまま意識を失ったのだ。

驚いたアヤは掴まっていた枝から手を放し地面に落ちた。

もちろん何の怪我も無かったのだが、意識を取り戻した姉に散々泣かれた。

そしてこの先二度と木に登らぬと神仏に固く誓わされたのである。

だが…。


(このごろのあねうえはおかしいのじゃ)


姉だけではない。

姉が泣いてアヤを案ずるときに笑顔でとりなしてくれた屋形の女衆もいまは不安げな様子で沈んでいる。

何より父がいない。兄もいない。

ある寒い早春の日にアヤの住む屋形はざわめいて男たちや女たちの大きな声がした。

ガシャガシャと具足のこすれ合う音。遠くでいななく幾頭もの馬。女たちの悲鳴のような叫び。

そして泣き声。

その日から父も兄も戻らない。

大きな声で笑っていた一族の男も顔を見せなくなった。


(いつもきれいな野の花をくれた)

(ひなたの匂いがしていた)


姉はただ泣いていた。

ただ一度だけ「父上はいつおかえりなのですか」と姉に聞いたのだが、これまで一度も見たことのないほど激しく泣かれ、幼いアヤにもこれは聞いてはいけないことなのだと分かった。

良い香りの梅が咲いていたが屋形はひっそりと静まり返っていた。

まもなく分家の叔父がやってきて姉と何かを話していた。

姉は叔父の口から何事かを聞くと意識を失って倒れ、目覚めるとまた涙を流した。

屋形はざわめきを取り戻したが、それは父や兄のいたころのようではなく、押し殺した不安や怒りそしていくばくかの期待が混じりあったざわめきだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ