夜のアトラ
子供リザードマンの両脇の大気が揺らぎ隠されていた巨体が姿を現す。
鎧と長剣を身に付けた成体だろう2匹の身長は私の2倍を超している。
あくまでゆっくりとした動きでリンを膝から草の上へ移し立ち上がって腰のロッドに手をかけ胸を張る。
「ここは互いの管理地じゃないから、この前みたいに試合でもする気になったのかしら?」
「辱めを受け汚名を背負った俺は以前とは違う。 戦う場所はあそこだ!」
視線は逸らさず背中の湖を隔てた大地を指差す。
「上陸したら囲んで殺すって脅し? 親玉に会わせるつもりは無いって事かしら?」
「今ここでお前を殺しても背に刻まれた汚名は晴れない。 俺の名は誇り高き彩緑麟族のルーゾン。 お前の四肢をバラして血を吸わせる土は闘技場だ。 明日、閣下と会って生きてあの塀を出られたら必ず闘技場へ来い!」
「勝手な言い草ね。 加害者が被害者面する場面は前にも何度も見たことあるけど、復讐は虚しいものなのよ、知ってるルーゾン君?」
両手を天に向け哀れに思う仕草をして首を左右に振って見せるとルーゾンの体が怒気で瞬間膨れた。
「安っぽい復讐などでは無いさ、幼体にされ地を這いずりながら生き続け、中2隊となった俺が階段を登る為の踏板にしかすぎないさ。 餌を追いかけてお前に会えた幸運を神に感謝して心が熱くてたまらない」
「それじゃ、閣下に私を生きてお城から出してってお願いしておいてね、踏板無くなったら階段登れなくなっちゃうでしょ?」
「ふんっ! 踏み板はお前だけじゃ無いから心配いらんさ!」
ルーゾンは自分の鳩尾に二本の爪を立て何かを掴むとこちらへ指で弾いて飛ばした。
足元に落ちたそれは一枚の鱗。
「明日閣下に会ったらそれを渡せ、闘技場へ必ず行ける」
ヨウが手にして眼前で調べている。
キモいから触るのが嫌だったので助かった。
「入場切符がわりね。 明日渡せばいいのね、預かっておくわ」
背を向け「任務に戻るぞ」と両側のリザードマンに告げると来た道を帰っていった。
しゃがみ込み側のシロンの背中を撫でてやる。
「よく我慢したねぇ。 えらいねぇ〜」
・戦う時は心得ている。 感情を抑えきれない幼稚さは過去のもの。 おちょくって先に手出しさせようとした姉ちゃんには冷や汗が出たけどな
子犬姿で言われても説得力に欠けるが、自分を殺した相手と相対しても平然としていた精神力は認める他ないだろう。
私自身この場で消炭にしたくなる衝動を抑えるのに必死だったのだから。
さっき話した最大目的が遠のく事態は避けなければならない。
「あの鱗人の子供。 さほどの強さも感じませんでしたが、あれが神狼を殺した相手ですか?」
・俺の人間の身体では敵わなかった。 あ奴、以前よりは手強くはなってそうだが、ヨウの見立て通りだな
アトラの人間達を悪と断じ激怒した時に表に出した感情はどこにしまったのか平然とした表情で話す。
分かりかけていたヨウの性格がまた掴みどころが無いものに変わった気がした。
「あんた達そんなに強いの? あいつら結構強そうだったけど?」
「明日の闘技場とやらでは私に戦わせていただきたい」
片膝をつき私の目を見て懇願してくるが、ルーゾンがどんな戦いを仕掛けてくるかわからない。
正々堂々とか武士道とかには縁ななさそうな連中だ。
・急くなヨウ。 時が来れば前に出て存分に爪を振るう機会が来よう
「そうね、どんな試合になるかまだ何もわからないのよ。 シロンの成長した姿も見たいし、シロンが認めるヨウの強さも知りたいもの。 私は掃除婦のブラック・JKで満足出来るから、あなた達には期待してるわ」
元の姿勢に座り直してリンを膝の上に乗せる。
本当昼寝に根性あるな!と思いながら背中を撫でると剥製の子狸になっていたのがわかった。
寝ている途中ルーゾンの怒気に当てられ固まったのだと思った。
小さくため息をついて見上げた空の太陽は大きく西に傾いていて、上陸許可時間が迫っているのを知らせてくれていた。
以前は『樹皇』で西の港からアトラの街に入ったが今回は北の浜から城壁外都市に入る。
湖に面した道に鳥居の様なアーチが有ってそこからの入場を指示されていた。
火星人勢力を感知する何かが有るのか所持武器の検知用なのかわ知らないがブザーも回転灯も現れなかったので少しホッとする。
空は星が出ているが光る壁のおかげで一番通りは明るく賑やかだ。
人の姿のヨウは子犬のシロンを抱え、私はとんがり帽子を背中にして頭の上にリンを被っている。
ぱっと見は雪国の毛皮の帽子に尻尾が生えている感じ。
夜は冷える砂漠だが少し暑い、が勝手に歩かれるのは避けたいし両手も塞ぎたくはなかったからの策。
シロン達の視察で今夜の宿泊先は決めていて以前と同じ街の中で一番臭いの少ない宿だ。
道も建物も相変わらず薄汚れているが街が成長しているのは実感する。
外周に増えた通りはランプで明るく照らされて商店の窓には板ガラスがはめられている。
ハエの群がる生肉を切り分け炎で焼く露店や吊るされた皮袋から酒を小売店、娼館の呼び込みや怪しい草を勧めてくるボロを纏った老人。
街はあの頃と同じだが私は懐かしさを感じてはいなかった。
目先の欲望快楽だけを求め、その日だけを生きる人間。
自分が生きる為に他の命を躊躇なく奪う人間。
「獣ですね・・・」
周囲に気配りをしているヨウが呟く。
そう、まさしく”獣”。
言葉交わし道具を操り何物でも創造できる”人”の身になりながら”獣”の精神で暮らす連中。
哀れに思い道端に視線を落とすと路地から男が走り寄って来るのが見えた。
狙いは! シロン!
ヨウの抱える子犬を奪おうと全速力で両手を広げタックルする姿。
石畳に肉がぶつかる鈍い音がして、子犬誘拐未遂犯はうつ伏せにヨウの足の裏の敷物になっていた。
「何か私に用ですか?」
冷静に敷物の男に話しかけるヨウを見上げて呻きながら手足をバタつかせるが無理なのを悟ると暴れるのをやめる。
「兄ちゃんその子犬俺に売ってくれよ! なぁ! いいだろ? 頼むよ兄ちゃん!」
勝手な言い草だ、今さっき奪い取ろうとしたのに無理だと知ると今度は売ってくれ?
「売る?」
不思議そうに私を見たので疑問の意味を察し教えてやる。
「お金と子犬を交換してくれるそうよ」
腰の皮袋から大金貨を一枚取り出して軽く振って見せる。
私の大金貨に気付き目を見開く男、右耳で『また、やっちまったよ』と声がして「しまった・・・」と内心気がついた。
「売らない!」
ヨウは一言告げると男が出てきた路地に向かって蹴り返した。
何事もなくその場から離れたが周囲には人の気配が集まり始めていた。
「ナーム様いかがされますか?」
「ごめんなさい、私のせいね・・・。 こんな人の目がいっぱい有るところであんな男に大金貨持ってるところ見せるなんて。 あぁ〜失敗! 失敗!」
・俺が片付けてこようか?
「人生のやり直しなら私が旅立たせてあげますが?」
「二人とも本当物騒なんだから! ここは穏便に済ませたいの。 大事な局面なんだから」
・だったらリンに任せるのだ!
毛皮の帽子に足が生えて私の頭を蹴り飛ばし路地へ姿を消す。
頭をこづかれ数歩タタラを踏んで振り返ると暗い路地に大きな双眼が光った。
ヨウと同じ視線の高さのそれが近づき影から姿を表した時、息を飲んでしまった。
巨大なニシキヘビが私を睨んでいた。
恐怖が吹き上がり背を向け走り出そうとした時
・ナーム私が居れば動物は近づかない。 人間なら皆気絶するぞ!
「あれ? リンちゃん?」
・そうだぞ、誰だと思ったんだナーム?
「はぁ〜、びっくりした・・・。 リンちゃんそんな・・・蛇にも成れたんだ・・・」
・人間を追い払うにはこれが一番効いたのだ。 ナームも怖かったのか? びっくりしたのか?
暗闇からいきなり鎌首あげた大蛇が出てきて驚かない奴がいるのか!
二股の長い舌を出し入れしながら私を包み塒を巻く。
肌触りも冷たくぬめっとする鱗。
背筋がゾワゾワってなって鳥肌が腕に沸く。
心の整理をして深呼吸して、周りが見れるくらいになると通りにいたはずの人影は無くなっていた。
集まりかけていた他の通りの人の気配も散らされていく。
静かな悲鳴も発しない遁走。
「びっくりしたに決まってるでしょ! 暗い所から大蛇が出て来るなんてどんなお化け屋敷よ! 罰ゲームでもふざけ過ぎよ! ったくぅ〜・・・」
・まぁ〜これで宿までは虫が寄ってこないで良さそうだ
・リンもお仕事頑張るのだ!
人気が失せた通りを睨みを利かせ練り歩く大蛇の横で肩を落とした私は付いていくのであった。
次は、グローズの思惑




