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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの魂は仲間に甘い
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東北の温泉




 目が覚めると太陽は真南に差し掛かっていた。

朝方よりも多い獣達が広場にひしめきそれぞれの唸り声を発している。

中央のシロン達の元へ近寄ると、私の進む道を開けてくれた。


「三人とも準備はできたのかしら?」

「いつでも出発できるよナーム様」


人間姿のシロンが片手を上げて答えると周囲の獣達全員が顎を地面へつけてひれ伏す。

少し離れたところからヨウと抱えられたリンが歩みよる。


「では行きましょう。 アトラへ!」

「皆よ! この地を頼む!」


腰に紐を結んでその端をリンのお腹に結んだ。

ヨウの手から離れ宙に浮いたリンを確認してから竹箒を空に掲げ軽く蹴って体を浮かせる。


『門出の音楽でもいかがですかナーム』

「景気の良いのをお願いね、ジン」

『了解、 ・・・かくして、生まれた村を旅立ち、獣の村で魅了のアイテムを使ってえた3匹の従者を従え、向かうは北を超えた南にあると言う伝説の魔王城! あえて苦難の道を選んだ勇者ナームの冒険はここから新たな道となるのであった。 ♫パラッパパパ〜♪〜♬〜』


ジンのナレーションの後にRPGゲームの王道の懐かしい曲が管楽器重奏で耳に届く。


「すごい! これってそのまんまドラ○エのオープニング! ラッパの音とか凄いね! ジン!」

『ナームが休んでる間少し頑張ってみたよ。 気に入ってくれたかな?』

「もう、最高! 魔王グローズ討伐に向かう勇者になった気になっちゃうわ!」


木々を眼下に見る高さになってから竹箒に横座りして進路を東へ向け日本列島縦断コースをとる。

私の左には陽炎のような旋風、これはヨウが空を飛ぶ姿だ。

右横には直立したシロンが手を腰に当て空力を無視した姿勢で付き添う。

後ろでは何とも力抜けそうなリンの悲鳴。

不安は拭えないが、これが物語の始まりだと言われればこんな冒険もありなのかなと思う。

完璧な準備で完璧な物語など現実世界ではありえない、だからこそ争い掴み取る為に奮起する意欲が湧いてくるのだろう。


「力抜ける・・・、ナームもうダメ!」


リンの叫び声に首を巡らすと自転車の荷台に結ばれたゴム風船状態で乱舞している姿が見えた。


「あんたねぇ〜、まだ5分も飛んでないんだから・・・。 ちょっとは根性出しなさいな!」

「ふえぇ〜・・・・」


情けない声と共に意識は飛んだらしく剥製子狸になって静かになった。

シロンとヨウに視線を向けたら反応が無かったのでリンはこのまま放っておいても二人からは苦情が出そうに無かった。

気がつかないフリをしても良さそうだ。

悲鳴が聞こえない分静かで何よりだ。

森林を眼下に飛ぶ私の為にジンが用意してくれたBGMはいつの間にか軽快なケルト音楽に変わっていて気分はマジでゲームの世界。

日本の森が北欧の森に感じられ、どこかから小さな妖精が姿を現しそうだ。

音楽があるだけで目に映る景色がこんなにも違って感じられるのかと不思議な気分になる。

現実の森は獣妖怪が支配して人の魂が彷徨う忌み嫌われる空間。

普通の人間が足を踏み入れるのを拒む山々だ。

そう思うとこの地を治めるシロンを従えるエルフの私は特別に場違いな感じがする。

このメンツで言えばシロンが勇者でヨウが白魔術士、私が黒魔道士かな? リンは最終兵器の召喚獣とか?

昔懐かしい色んなRPGに今のキャラを当てはめてしっくりしそうなストーリーを考えるだけで楽しかった。


「ナー姉ちゃん、さっきからニマニマしてるけど、何考えてんの?」

「この音楽聴いてると、何だか、こぉ〜。 ワクワクしてこない?」

「音楽?」

「確かケルト音楽って言ったかな? 焚き火を囲んで踊り出したくなる音楽!」

「俺には風の音しか聞こえないよ?」

「はへぇ? シロン達にはこの曲聞こえてないの」

『ナームにしか聞こえてないと思うよ』

「へぇ? そうなの?」

『俺は水晶を振動させてイヤリングを伝って直接ナームの右耳の鼓膜を振動させてるんだ。 骨伝動イヤホンって奴。 獣の耳でも相当静かな所じゃないと聞き取れないかもね』

「何それ! 今初めて知った。 だからジンの言葉に誰も反応してなかったのか・・・」

「ジンって誰?」

「このイヤリングで・・・離れた相手と会話ができるんだけど・・・」

「ミムナとかシャナ姉ちゃんと連絡とったりしてるやつか?」

「そうそう。 でも折角楽しくなりそうな音楽なのに私だけで聴いてるとかなんか寂しい。 みんなで聴ける方法とかは無いのジン?」

『今の俺には方法が検討つかないや。 ナームこそエルフなんだから右耳で聞いて頭蓋骨で増幅して左耳から出せたりするんじゃ無いか?』

「馬の耳に何とか見たいな言い方やめて! 頭の中には多分脳味噌詰まってるんだから、音が反響して大きくなったりしないから! ・・・でも、エルフならできるのかなぁ〜?」

『いや、今の冗談だから・・・、俺は使えないけど、魂の念話で伝えられたりするんじゃ無いのか? FMトランスミッター的な?』


今まで結構便利にそこそここなしてきたが、急にローカルFM局に成れと言われてもどうやったら良いものかわからない。

・えぇーと、念話に切り替えて・・・。 これに、右耳の曲を・・・・、 あぁ〜わかんない!

「良いよナー姉ちゃん、別に音楽聞こえなくったって、俺は平気だから。 それより、機嫌が悪いナー姉ちゃんの気配の方が俺には居心地が悪いよ」

「わかったわ・・・。 暇なときに一人で挑戦してみるわ」

『ナームがんばれ!』

「ジン! あんたもスキルアップ出来たんなら、その上を目指しなさいね!」

『藪から蛇ってこの事か・・・』

「何か言った?」

『何でも無いです・・・。 それよりこの辺は富士山が有っても良い場所だよナーム』


眼下に日本の地図で見慣れた半島の姿があった。

記憶では大陸のプレートがせめぎ合い海岸から遠く無いところに海溝があったはず。

海面が低いこの時代でも半島の形はあまり変化がなかったが左側に見えるはずの富士山は見えなかった。

少しは期待していたが無くて当然との思いもあった。

富士山があの形になるのはもっと先の話だとTVの特番で見た記憶があったから。


「今度はどうしたの黙り込んじゃって?」

「富士山見たかったけど、まだ無いんだって。 あの辺にね、おっきくて立派な山が出来るんだよ〜!」


平坦な林を指差して小さなため息を漏らす。


「・・・。 いつ頃?」

「ずっと、ずうっと先の未来」

「そうなんだ、未来の話しね・・・」


直立姿勢を崩さず飛んでいたシロンが私に近づいて不意に薄魂体を解除し子犬姿になったと思ったら、竹箒のふさの上へ乗っかりしがみ付いた。


・ナー姉ちゃん乗せてね。 疲れた!

「ちょっと、シロンどうしたの?」

・見ての通り僕子犬なんだよ? 体力は無いんだよ!

「何が僕よ!」


振り返って睨んでやったがもう目を瞑ってお昼寝姿勢だ。


「はぁ〜、魔王討伐が心配になってきちゃったわ・・・」

『俺も以前からこんなに簡単に誘導尋問に答えていたのかと思うと、穴があったら入りたいよ』

「ジン、なんか言った?」

『いえ、BGM 変えましょうね・・・』



 雲が赤みを帯びて夜が近いことを知らせてくれる。

流石に上空の気温も低下し肌寒さを感じた頃私の生まれ育った懐かしい山並みが見えてきた。

立ち上る白い煙を見つけて高度を下げると空気に硫黄の鼻につく匂いが混じってくる。

そお言えば、火星から帰ってきてからゆっくり体を洗った記憶がないのに気がつき、無性にお風呂に入りたくなった。

シロンとリンは寝たままなのでヨウに声をかけ休憩することにする。

湯気を上げる沢を下に見る峰に降り立ち周囲を観察する。


「ナーム様ここで休憩するつもりですか?」

「そうよ。 あそこにお風呂作って、温まってぇ、体洗わなきゃ!」

「あそこは死の沢では?」


ヨウが指差す方向を見ると湯気を上げる窪んだ場所の周りに動物の骨や毛皮が数体確認できた。


「そうね、知識がないとあんな感じになっちゃうわね〜。 まぁ見てて!」


岩肌に転がったリンを結んだ腰紐を解きふさの上に寝ているシロンを優しく平らな石の上へ移してあげる。

竹箒に乗って上空へ向かい沢の水の流れと湯気の位置を確認、ミムナの特製ロッドを腰から抜いて空へかざす。


「光子力ビィーム!」


とりあえずそれらしい掛け声を呟き放たれた光の束は、地表に着弾すると轟音と一緒に小さなキノコ雲を作った。

風で粉塵が流された後には小さなクレーターができて沢の水が流れ込む。

シロンが目覚めて上空へ上がってきた頃には露天風呂が完成していた。


「いきなり死の沢で爆発音鳴らすかよ・・・」

「天然温泉のお風呂作ってたのよ」

「あの水に入るのか? 死んじゃったりしないか?」

「この辺の温泉には詳しいのよ。 前に来たことあるし、硫化水素が溜まらない風通しが良い所なら危なくないのよ。 あの動物達は風が無い時に近づいてしまって死んじゃったと思うわ。 ちょうどあの辺は窪んでいるでしょ? そして地面に近い所で呼吸する獣達ばかり」


ゆっくり高度を下げると思った通り沢から降ってくる風が溜まった水面の上を撫でている。

爪先だけ入れてみたら温度はちょうど良い感じだった。


「あぁ〜、もう我慢できない!」


大きな岩の上で服を脱ぎ綺麗に畳んでから思いっきり足から飛び込んでやった。

白く濁ったお湯と硫黄の香り。

これぞ温泉って感じ! ここでお湯に浸かるのは何年ぶりだろう? 体感時間で200年ぶりだろうか?


私の時代では千人風呂で有名な秘湯。

遠くには夕陽に染まった岩木山? あれ? 形が変だけど将来の岩木山、だよね。

冷えた爪先が暖かくなって来て体全体を掌で摩り「美肌になぁれ」と呪文を唱える。

ちょっと待て、私ってこんな風呂の入り方してかっけか?

記憶を辿るといつもカラスの行水で、誰よりも早く上がってビールを飲んでた気がする。

やはり少女の姿で性格が変わってきたのだと実感してしまう。


「はぁ〜ぁ」

・何だよ、さっきまではしゃいでたのにため息なんかついて

「いいの、いいの。 極楽、極楽!」

・相変わらず訳わかんない姉ちゃんだよな


目の前をプカプカ浮かぶ子犬が呟いた。


「あったかいでしょ? シロン」

・ポカポカするぞナーム!


いつ帰ってきたのかリンもお湯に浮かんでいた。

残りの同行者の姿を探すと石の上に私たちを見下ろす白狐の姿があった。


「ヨウあなたもお湯に浸かりなさいな。 このお湯は擦り傷にも打ち身も捻挫も治す効能があるのよ。 この間のキズちゃんと癒えて無いんじゃ無いの?」

・私は見て匂いを嗅いでるだけで満足ですので、お気になさらずに


私はお湯の中で掌を合わせお湯を含ませる。

少しだけ水面に出しヨウに向かって水鉄砲を放ってやった。

狙いは外さず顔面にお湯がかかる。


・何をするのですか! 目が! 目が染みる〜

「このお湯はね、酸性だから目に入ると思いっきり染みるんだよねぇ〜」


前足でしきりに擦っている仕草がいつものヨウらしく無くてとっても可愛かった。


・それを知ってて私の顔にお湯をかけたのですか?

「このお風呂は上がってからもしばらく体に匂いが残っちゃうの。 入らなきゃみんなの匂いで苦しむのはヨウの方なのよ!」


のそりと動きヨウは背を向けて尻尾だけをお湯の中に入れた。

往生際が悪いと思ったが尻尾の浸かった水面が盛り上がり大波になって迫ってきて顔面がお湯の中に飲み込まれる。

「わぁ〜、目が痛い〜」


危うく溺れそうになるのを逃れると背中越しに私を見て嘲りの視線で犬歯を見せつけた。

両手に温泉の水玉を乗せて投擲したが華麗にかわし勝ち誇った遠吠えを返してくる。


・揺れない乳晒して戯れ合わなくたって・・・、疲れを癒すとか言って無かったっけ姉ちゃん?

・ナームの負っけ、リンの勝っち! ナームの負っけ、リンの勝っち!

「ちっこい獣達よ、なんか言ったのかなぁ?」

・体冷やすと風邪ひくよって言いました

・ナームがチッパイ2個で、リンは8っ個。 リンの圧勝なのだ!

「2個と8個? 何それ? 何の数の勝負よ!」

・乳の数だぞ。 沢山の子供に乳をやれるリンは偉いのだ! えっへん!

「そりゃ人間と獣だから違って当然だけど・・・。 ちょっとチッパイって何よ」

・魚を焼いてくれたシャナはおっきかった。 あれはオッパイだからナームのはチッパイ!

「舌打ちのおまけみたいに・・・、あんた達それ程エルフの魔法少女の実力を知りたいのね! 覚悟しなさいね!」

 

それからしばらくシロンとリンも交えた妖怪温泉戦争が繰り広げられ良い懇親会になった。

次は、湖のほとり

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