うるさい俺
頭上に輝く満点の星のおかげでかろうじて水平飛行が分かる。
朝早くドキアの街を出発して休憩もなしに東に向かって飛び続けもう深夜だ。
ブービートラップ解除の俺の近々の目的に対して今向かっているのはセト。
ピラミッドとスフィンクスがある場所は銀星が管理する反対側の西の大陸。
以前は条約更新時期以外火星直轄のエルフが立ち入れば戦争行為とみなされる為簡単には行けなかったが状況が変化している、地球担当者トップ会談をミムナが打診してくれている。
奴らはどこまでこちらの内情を知ってるかはわからないので、出席するのは前回同様にナーム姿の私となる。
万が一の強襲に備えてミムナの持つ戦力はドキア防衛だ。
ミムナにしてみても火星の同胞が地球侵略の為に転生する準備を1秒でも早く終わらせる為に”雲落ちの巨人”の洞窟を離れられない。
会談になったらナームの体をリモートするつもりらしい。
しかし、グローズの城があるアトラに行くにはさすがに少女姿の俺一人では門に入る前に揉めるのは簡単に想像できた。
忍者みたいに忍び込んでの親玉の暗殺も考えたが、話し合いで平和に解決できるのであればそれに越したことは無い。
まずは空を飛べる気心が知れた強力な戦力の調達。
獣妖怪の地を後にして30日は過ぎている、流石の子犬も少しは大きくなったはずだ。
まだ目覚めてなかったらシロンには悪いが今回は叩き起こすともう心に決めている。
火星も銀星も地球侵略計画が進行している。
今地球に住むものが動かずしてただ空を見上げていても双方の力に翻弄され自由を奪われる未来しか想像できない。
ましてミムナが教えてくれた銀河中央から膨大な宙賊を呼ぶと言うベルを銀星の連中が使わないとは言い切れない。
ベルを叩き壊す!
二つの侵略者の対応はその後仲間のみんなで考えれば良い!
難しい話はミムナに任せて銀星管轄地での俺の自由行動を勝ち取れれば信管を破壊するチャンスを掴める。
そうは言っても常に状況は変化するだろう、俺の思惑通りに事が進むと甘く考えているわけでは無い。
銀星爆散当初心配された連中の武力侵攻はなく、人間どうしでの戦闘も勃発はしていないのが奇妙なくらいなのだ、奴らが裏で何かを画策しているのは当然と考えるべきだ。
情報が戦いを制するのだろうが、私の手元には何も無い。
「ふぅー」
ナームの体に少しの疲れを感じ小さな唇から不安な気持ちを吐き出した。
「ザザァー、キュイーン。 ぷっ・ぷっ・ぷっ・ポォーン! 時刻は午前0時に成りました・・・」
ラジオのチューニングが合う音の後、かなり昔に聴きなれた時報の音がどこからか聞こえて来た。
「今夜は新月。 いつもは姿を隠している小さな星達も、暗い夜空を流れる天の川に恋して懸命に瞬き、ひこぼしとおりひめに嫉妬し地上に尾を引き流れ落ちる星達。 皆さんはどこでご覧になっていますか? パーソナリティーのジンです・・・」
音は右耳から聞こえてくる。
どこかで聞いたセリフ。
遥か、途方もなく離れた時間をこのラジオ電波は飛んできたのか?
時空の裂け目をすり抜けて俺のイヤリングが受信したのだろうか?
「恋人と空を眺めている、あなた。 海辺の道でテールランプを追いかけている、あなた。 お仕事でトラックを運転している、あなた・・・」
速度を落として少しばかり高度を下げた。
星明かりに照らされた海岸を叩く波の音と磯の香り。
呟くようなゆっくりとした話し方をする落ち着いた男性の声。
深夜一人で海岸をドライブした記憶が蘇ってくる。
「そんな、あなた、の為に今夜私が用意した曲。 聞いてください・・・」
目尻に熱いものが込み上がる。
なんて、なんて、懐かしいんだ・・・。
「アイ♪ ラァーヴゥ♪ ユゥー♪ 今だけは かなしぃ・・・」
「おい! お前が歌うんかい!」
「プルプル、ガチャ! もしもし、パーソナリティーのジンです。 リスナーさんのお名前は?」
アカペラであの有名な尾崎を歌い出したかと思ったら、私のツッコミに反応して今度は生電コーナーになった。
さすがの私もここで気がついた。
「お前こそ誰だよ!」
「私は夜のジェットストリームアタックのラジオパーソナリティーのジンです。 受話器の向こうのお嬢さん、お名前は?」
「・・・ナーム・・・」
「こんな真夜中に満天の星明かりを浴びて一人飛ぶ、魔女っ子ナームさんですね?」
「誰が魔女っ子だ! どこでみてる? ピピタちゃんのカーボンカラスか?」
以前俺をストーカーしやがったドローンを探すが、姿は見えないし気配も感じない。
「ナームさんは何の曲をリクエストしますか? 聴きたい曲はありますか?」
私の反論に反応せずラジオを続ける、こいつふざけてんのか?
イヤリングの水晶は通信機の役割はするが念を飛ばすから耳で直接聞ける音は出ない。
出来るのは着信を光で知らせるぐらいだ。
新しい機能が実装されたのなら可能だろうが、この相手は私の記憶にあるラジオ番組と好きな歌を歌いやがった。
ミムナの奴、研究で行き詰まって私の記録を引っ張り出して嫌がらせでもしてるのか? ならば。
「マイケルジャクソンの・・・、スリラー」
「・・・それでは。 がぁはっはっはっはぁ。 じゃか じゃんじゃんじゃん。 じゃか じゃん じゃん じゃん じゃん。 It's close to midnight and something evil's lurking・・・」
私はもう飛ぶのを諦めて近くの砂浜に降りた。
打ち上げられた乾いた流木を見つけて腰を下ろす。
私が一人でドライブしている最中に大声で歌ってた歌い方とそっくり。
自分が息詰まったからと言って俺の記憶からこんなの引っ張り出して、気晴らしの為かなんか知らないが悪意を感じてしまう。
「わかった、わかった・・・。 もう、歌はいいよ・・・やめて頂戴ジン! はぁぁぁぁ!」
「一人で夜空を飛ぶ魔女っ子の疲れを癒すにはラジオが良いかと思ったのですが、お気に召しませんでしたか?」
「お前は、あれか? ニルと同じ感じか? 山上の記憶から作った擬似人格なのか?」
「・・・そんなところです。 休憩もしないで飛び続けるので少し心配になりました」
「自分では意識はしてなくても少しは焦っているのかも知れませんね・・・」
「今回はシャナも連れづに初めて一人で行動するのですから、エルフと言えども少女の体。 疲れは判断をあやめかねません。 休憩は大事です」
AIの擬似人格に言われるまで気づかずに私はナームの体を過信し過ぎて酷使していたのだろう。
手足の先が冷えていて少しだけ動きが鈍くなっているようだ。
「それじゃ、ここで少し休んでいくよ」
光の水晶に魂を注ぎ込みオイルランタン程度の明るさに調整する。
周囲は暗さを増し光で切り取られた丸い砂浜が浮き上がる。
「音楽はいかがですか?」
「何が聞ける?」
「ナツメロとアニソンですかね? 演歌も少々歌えますが?」
「やめとく。 自分で鼻歌歌った方が気が晴れそうだ。 ところでミムナは近くにいるのか?」
「ここにはミムナはいませんよ? ”雲落ちの巨人”の研究室でしょ?」
「お前、あの端末の部屋から通信しているんじゃ無いのか?」
「俺はスタンドアローンです。 現在はどことも接続してませんが?」
耳からイヤリングを外してランタンにかざして見る。
以前から付けている水晶と何も変わったところは無いのに、この中に独立した擬似人格を再現するなんて火星の技術は相当なものだ。
ミムナのマッドサイエンティストの二つ名は伊達では無いなと今更ながら感心してしまう。
「って事は、シャナの代わりの鈴の役目を担ってるわけだ?」
「想像にお任せしますが、ミムナから受けた情報で手助けするのが本使命です」
「それに私の擬似人格を使うか・・・、まぁいい。 名前は? ジンだけか?」
「ジン ジロー・・・です。 ミムナがそう呼んでます・・・」
「ミムナにしてはまともな日本人名だな。 モフとかサラは見た目で付けられた名前だったからな。 よかったじゃ無いかジン ジロー」
「・・・はい」
私はミムナと敵対する気は毛頭無いのだから行動を監視されていても何ら問題はない。
勝手な判断と行動で小事が大事になる前に注告してくれるのならばこちらとしても助かる。
同行を認めて力になってもらった方が良さそうだ。
「それじゃぁ、これからよろしく頼むよ ジン」
「こちらこそ、よろしくお願いします ナーム」
AIとは言え会話ができただけで伏せっていた気分が晴れいていく。
何につけ一人での行動は視野が狭くなってしまうのだろう。
独りじゃないってだけで背筋を伸ばし前を見極める力が湧いてくる感じがした。
※
いやー、マジ良かった。疑われずに同行を承諾させる作戦をミムナと相談して本当良かった。俺が「さっき生まれた双子の俺です!」なんて話しかけられてたら、水晶玉なんか金床の上に乗せてハンマーで砕いてたわ。このまま俺は俺で目的達成のためにナームを助けて俺自身の生きる道を探してやる。さすがに今のフルネームは言えなかったが、絶対に別な体になって ジンジロGEタマ を 卒業 してやる!!
次は、獣妖怪広場




