ミムナの推論
挨拶をして部屋へ入るといつもの端末前に見慣れた幼女のミムナの後ろ姿があった。
振り返らず応接セットを小さな指で差すので仕事中の邪魔は避けて小さく返事を返し大人しくソファーに腰掛ける。
さほどの時間を待たずに急ぎの仕事を終わらせたのか勢いよく回転椅子を回して飛び降りると大股で近寄って来た。
「お前ニビに行ったな!」
人差し指が俺の眉間に突き刺さる勢いで繰り出されて、思わずのけぞって避ける。
「はへ? 行きましたけどって言うか、拉致されて連れて行かれたって言うか・・・」
ミムナの顔は厳しい表情のままだ。
背もたれに後頭部がぶつかって逃げきれなくなった眉間にグリグリ人差し指が食い込む。
「痛い、痛いですミムナ!」
「誰かと会ったか? 話はしたか? シルフは居たのか?」
「ちょっと離れて離れて、本当痛いですミムナ! んっとですねぇ、おっきい結晶が小さくなって我は誰とか、お前は特異点とか、私も訳わかんないんです。 2〜3時間拉致されていた筈なのにシャナはどこにも行っていないって言うし・・・、ミムナはそれから口を聞いてくれないし・・・」
人差し指を刺したままの姿勢で少しの間硬直し、賢者タイムを挟み冷静さを取り戻してくれた。
「すまんな・・・、少し私も不意な未知に焦っていた・・・。 ナームの見た記憶の最初から話してくれ」
「未知?」
「・・・ニルヴァーから離れてからの記憶を全て話せ!」
有無を言わせぬ語気で急かされ俺は拉致されて船外で見た記憶からできるだけ詳細にミムナに伝えた。
話の途中の”忘憂の特異点”の所で閉じられた瞼が一瞬反応したが、俺の話を最後までおとなしく聞いてくれた。
いつの間にか入って来たシャナウが入れたお茶で喉を湿らせ、俺が話終えてから若干の時間を経てミムナが語り始める。
「私の計画と予定を大幅に組み替えなければいけない事態になっていたとは・・・。 しっかし・・・。 まぁ、仕方あるまい・・・」
「あのぉ、話が見えないのですが、説明してもらっても?」
「お前の分からないところはなんだ? お前が奴らと会った張本人なんだぞ?」
「そのぉ、拉致したあの結晶達の正体は? なんで私には話した内容の記憶はないんですか?」
ミムナの瞼はまだ開いていない。
深い思考の最中はいつも視覚情報を遮断する癖は知っているので、相当な情報処理を会話と並行して行なっているのだろうと感じる。
「私が説明する前にお前の知識を確認しておく。 世界の次元の理解はどのぐらいか?」
「次元ですか? 1次元の点が線になって線が面になって、そこに一本増えて3次元? 時間経過を入れると今の世界は4次元ですか? お化けや神様はその上にいるので5とか6次元存在?」
「お前の考える神様とは何だ?」
「そうですね・・・、水をワインに変えたり、病の人を直したり・・・、水の上を歩いたり海を割って道を作ったり出来る存在ですかね?」
「であればお前は神様だな」
「そんな訳あるわけないじゃないですか! 私が神様とかって・・・」
俺の隣に座ってお茶を啜っているシャナウが「全部姉様は出来ますから、神様ですね!」などと小声で言っている。
いやちょっと待てって・・・、自分でエルフが使える不思議能力を考えてみる。
人の病気は治せないし海を割って道は作れそうにないが、普通の人間からすると長寿で異能を使いこなす存在はある意味”神”的な存在なのかもしれない。
しかし、俺がそんな大層な存在な訳はない。
反論しようとしたがミムナの小さな掌がそれを制していた。
「お前の知識は今はそんなものだろう。 だから私がこれからする話は理解できまい。 後で思い出してお前の回答を見つければ良い。 お前が閉じ込められた三角錐の入れ物は”元始核”6次元以上の空間だ」
「原子核? 周りを中性子が飛んでる物質の最小単位?」
「違う! 物質世界と並行存在する意識界のものだ。 それらがお前の目で確認できたのだからその空間は0次元」
化学も物理も並み以下の知識の俺は頭髪から湯気が出そうなくらいに考えたが理解できない。
出来るはずもない。 0次元は点も存在しないって意味だろ? そこにあの結晶がいるのは矛盾があるがミムナは何かの根拠があって言っている。
「・・・無理に理解しようとするな、私の仮説も交えて話している、お前の知識の遥か先の話をしているのだから聞き流しても構わん。 問いの答えを要求されても説明するのに何百年もかかりそうだからな、後で自分で何とかしろ。 そしてお前が話をした結晶の意識体はおそらく・・・、10次元の存在」
「10次元? 6次元の上にまだなんか有るんですか?」
もうお手上げだ、目には見えない魂の世界は5次元か6次元なのかとは思うがその上は想像すらできない。
呆けているだろう俺の顔を薄目を開けて確認し小さくため息をつく。
「これはお前がわかりやすくする例え話だが・・・。 小さなチリの中にある物質の原子核が1次元としてそれは生まれたばかりの赤ん坊とする、連なり増えて石や水となり2次元。草木となって3次元の1歳児、自らの欲求で動く動物が時間を感じ4次元の3歳児、意識と思考する人間が幼稚園児。 魂を理解して命紡げるドキアの民は小学生低学年。 魂を意のままに使いこなせるエルフの民は高学年かな。 魔法少女のお前は中学生にしておく。 私はその上だから高校生のお姉さんだ!」
目の前で小さな胸を張るが何だか例えが微妙にわかりづらい、が文句は言うまい。
「人間からすれば小学生の高学年からは神様だな。 お前が会った存在は遥か年上の仙人みたいな奴だ!」
「神様の上に神様が居て・・・、そのずっと上の存在。 全知全能の? 宇宙を作った?」
「宇宙を作ったのは仙人の産みの親。 11次元以上の存在・・・と私は推論している」
あまりにも途方もない話で全くもって理解の範疇外だ。
正直途中から考える事は停止していたのですんなりもう一つの疑問をミムナに聞く。
「・・・なぜ会話内容を私は忘れているのでしょう?」
「お前が”忘憂の特異点”だからであろよ」
ミムナは処置なしの仕草を両手を天井に向けてした。
「それも意味がわかりませんが・・・」
「気まぐれ、暇つぶし、何かの余興かな? まぁ、そ奴らのおもちゃにされて時間を逆行し魔法少女にさせられた。 そんな所だろ・・・、お前がそいつらの知り合いでなければだがな!」
言葉の最後に思いっきり疑り深い眼差しを俺に向けて来たので身体を使って全力否定してやった。
「冗談じゃないですよ! 知り合いに神様の仙人なんて居ません!」
「まぁ元々のお前の魂にかけられたロックが私でも解けなかった理由が分かったから私は少しばかりスッキリしたし俄然やる気も沸いたぞ。 私の人生にまで関与して来た高次の連中をギャフンと言わせてやる!」
小さく立ち上がってガッツポーズを決めると端末のある壁際のモニターに向かって歩き始める。
「あのぉ私はこれからどうしたら?」
「以前と変わらん。 お前は自由に行動すればいい、それが奴らの思惑だろうから。 そうだな、報連相だけはしてくれると助かるが?」
語尾の最後で振り返り、さっき額に食い込ませた人差し指をまた俺の顔に向ける。
「・・・そうします。 ひとまずブービートラップの解除・・・ですかね・・・」
「分かった、私は本国の地球侵略の準備とグローズの調査に忙しいから緊急の連絡はこれでよこせ」
小さな尖ったエルフ耳にぶら下がっている水晶の玉を指で弾いて見せる。
のっそり立ち上がり部屋を出ようとする俺にシャナウが付いて来た。
「シャナウ、お前はこの地の防衛役だから今回はナームに同行してはダメだぞ!」
「えぇえぇえぇー。 姉様のお世話しちゃいけないんですかぁ?」
「今回は緊急事態で私も手が離せん。 キャロルちゃんと一緒にこの地の守備をしてもらう。 これは団長命令だ!」
再度不平の声をあげたが渋々うなだれて肩を落としてソファに座り直す。
「姉様気をつけて、寝るときはお腹冷やさないでください・・・」
力なく振る手に親指を立ててウインクで応えてやってから部屋を出た。
頑張れしゃナウ!
全くもって訳がわからん。
次元とか神様とか仙人とか・・・、俺は世界が目に写るものだけではないって事をついこの前知ったばかりだ。
いや、180年くらい前だったか? それから進歩してなかったって事か?
広い廊下を一人歩き外へと向かう。
途中魔法少女セットに着替えて竹箒が床を引き摺る音をBGMに不思議満載だった初めての宇宙旅行と火星観光がとんでもない内容になってしまったなと改めて考える。
誰のどんな思惑で俺がこの時代にきたのかは全くわからないし想像もしたくない。
今の俺は俺以外の何者でもないと、俺が信じる限り変わらないはずだ、多分・・・。
エルフの少女の体だけど地球人としてやらなければならない事を探して全力でぶつかる他あるまい。
俺には大事にしたい仲間がいるのだし、今回の旅で一層地球が大好きになったのだから。
次は、さぁー冒険の始まりだ!




