帰り道にて
高空を流れる雲と木の葉に乗った火星人の群れを俺は野原に寝そべって眺めていた。
樹脂集めを2日手伝ったが3日目から俺の仕事は無くなってしまって、今は暇な時間を空を眺めて潰している。
二日目の夕方にラーラスがミムナの屋敷を訪れてミムナの樹液集めの奇行理由を聞いていた。
次の日から多くの火星人が集まってきて樹液集めの手伝いを申し出て、俺の擬似餌試練は終了したのだ。
火星人は全て防衛団に組み込まれているが休息日は設けれれているらしく、女王派の有志がその時間を利用して集まってミムナの計画に助力してくれていた。
シャナウとピピタちゃんには役割が与えられたが俺はハブられた。
なので、草原で一人でここ数日はふて寝である。
葉巻型の宇宙船が視界の脇に現れて屋敷の脇に着陸する。
加工された樹液を積み込みに来た船だろう、もう何度も訪れて火星公転軌道先にある銀星の破片へ往復している。
順調にフォボスとダイモスは成長している事だろう。
直撃すれば火星も粉砕してしまいそうな破片があるのだその軌道を変えるのは並大抵ではないが、その質量に指向性を与えた手法。
自分の住む星を砕きその質量を他の星へ向ける銀星の技術とは? と考えてみるが全く想像もつかない。
もしかしたらトカゲ連中は野蛮なだけではなく火星の技術を上回る超科学文明なのでは無いかとさえ思えた。
そして、火星を荒廃させて地球を手中に収めようとするトカゲ連中の意図。
考えてはみるものの何一つ頭に浮かんではこない。
種の繁栄は生物の基本欲求とミムナは簡単に答えていたが、火星人にはそれとは別の命を営む理由が存在していて何らしかの目的達成の為に生きているらしい。
ミムナに目的について聞いたがはぐらかされてしまった。
「命の目的は自分の魂が見つけるもの、他人から知らされるものであってはならない」
山上時代もナームに転生してからも生物の基本は子供を残し繁栄を促すくらいにしか考えていなかったが火星では別の事が生きる理由みたいだった。
自らの星を爆散させたトカゲ連中も火星人と同じで種の繁栄以外の道の為に生きていたら?
地球を襲う目的はただの貪りくらい尽くすだけの侵略では無くなるのでは?
火星人の転生による地球侵略も真なる命の目的達成の為にも必要だと火星の長老達は言っていた。
グレイの大きな頭の中でここ数日堂々巡りの思考を繰り返していると右肩に何かが触れる感触があった。
重い頭を傾けて視線を向けると懐かしい火星人の小さな姿があった。
ゼリー状の半透明のクラゲが佇んでいる。
これぞ火星人! と最初に見つけた時に嬉しく思った火星の固有生物、ジル。
知能は地球の小動物並みで土の微生物を主食物とする生物で草木の栄養分を排出する生態系を担っている存在。
地球で言えばミミズ? みたいなとっても大切な存在だろう。
草原でふて寝の自問自答をするように成ってからできた友達だ。
俺はジル子と名付けて暇つぶしの相手をしてもらっている。
今日も遊んでもらいたいらしく触手でしきりに俺の肩を突っついてきていた。
声も念も発してはいないが何だか仕草で意図は分かる。
起き上がり近くの小枝を拾い遠くへ放り投げるとジル子はゆっくりな動きで何本もある触手を動かし小枝へ向かって行った。
空の青さと周りの緑を体に受けてエメラルド色に輝く体で拾った枝を振り回しながら俺の元へ戻ってくる。
・偉いねぇジル子
プルンプルンした頭部を撫でてやり小枝を二つに折ってからまた放ってやる。
枝に向かって動き出したジル子を子犬みたいで可愛いなと思いながら、草原で軟体生物と戯れるグレイの絵面を想像して非常識さに笑えた。
俺の常識の狭さに笑えるのだろう。
普通の生活、普通の幸せ・・・、自分が昔欲していた物は自らが閉じこもった狭知の壁の中のものだったと今なら分かる。
地球を離れ火星を知って世界は広い事を知ったのだ。
こんなふざけた星が宇宙には幾千幾億とあるのだろうから、日本で普通とか人並みとかを求めてた俺は「井の中の蛙大海を知らず」? 「お山の大将」? まぁ、大学にも行ってないのだから地球や日本を真に理解してるはずもなく、井戸の中でも大将には成った訳ではなく負け犬だったあの頃の人生は狭い視野と考えで生きていた感は否めない。
落ち込みそうに成った意識を振り払いジル子が持ってきた小枝をまた小さくして放る。
そして又戻ってきたジル子の小枝を小さくすると俺の手から小さな枝を触手で絡みとり触手の付け根の口だろうところへ持って行き体内に取り込んだ。
俺は遊んでくれていると思っているこのやり取りは、ジル子にしてみれば食べ難い小枝を細かくしてくれる相手としか考えていないのかもしれない。
そう、物事の受け取り方は一つではない。
メガネをかけたエセ小学生が「真実は一つ!」とか言っていたが、あれは都市伝説だ。
事象は一つでも人の数だけ受け取り方があって愛も正義も悪も無数の数存在しうる。
目の前に居る真の火星人と遊んでいてこんな事を考える俺もいかがなものかとため息をつきたく成って空を見上げると俺を迎えにきたのだろうニルヴァーの機影が見えた。
・姉様ぁ、屋敷へ戻りましょ
着陸したニルヴァーからシャナウが姿を現し飛んでくる。
返事を返してジル子に手を振って別れを告げた。
・姉様、やっぱりダメでしたよ。 ジルちゃんは地球へ連れて行っちゃダメだって
・そうなんだ、仕方ないね
俺が連れて行きたいと言った訳ではないが、一緒に遊んでいる姿を見て気に入ったと思ったシャナウがミムナに伺いを立てていたらしい。
今の俺は空気も食物も必要としないグレイの姿で火星で活動できているが地球とは全く違う環境の惑星だ、異なる惑星で生物が生息する事は容易ではない事は俺でも簡単に想像できた。
小枝を欲してだろう伸ばされた触手を別れの挨拶に見立てて俺も手を振ってやった。
日焼け止めを塗ってても高温になりかけて火照った体にシーツを被りニルヴァーに乗り込んで屋敷へと戻った。
「ナーム地球への帰還は明日だ、準備しておけ!」
応接室へ入るなりミムナが語りかけてきた。
・明日ですか? いきなりですね・・・。 準備も何も、ないですが。 お土産とかは持って帰れないんですよね?
「ジルを連れて行く許可は出来ないとシャナウに伝えていたが?」
・それは知ってます。 何かご当地の民芸品とか温泉まんじゅうとかみたいな物があればオンアとかに配れたりするかなぁ、なんて・・・
「遊びに来た訳ではないのだ、土産は無事な姿と話だけにしておけ」
・そうします・・・。 帰れるって事は、火星の難曲は脱したと?
「お前の記憶に残る火星の姿を難曲を乗り越えた姿とするならばな。 今のこの地の姿に戻すまでに時間にして5万年はかかるだろう・・・」
想像もできない途方もない時間に目眩を感じながらも、俺が来た時代の3万年後にはこの緑豊かな火星が蘇り巨大昆虫や恵み豊かな巨木と土を耕すジル達の時代が蘇る見込みがあるのであればと納得しておく。
「それと帰り道ついでに調べ物をするからな!」
・お任せしますよ、ミムナに・・・。 あ、ちょっと待って! いきなり手伝えってこの前の蜂蜜塗れなんてのは勘弁してくださいね!
挑戦的な美人さんの笑みを浮かべて俺を見るミムナは何か企みが有りそうだったので先に釘を刺しておく。
「二ビを調べに近くに寄るだけだ、心配いらん!」
・銀星の侵略計画の本隊の?
「そうだ、お前の知識で言う”斥候”ってやつか?」
火星の王女本人が行うべき役割では無いと思うのだが、火星の叡智であるカラーナ・ミ・ムナでなければ知れぬことも有るかも知れ無い。
絶句と承諾の意を込めて視線を床に移し肩を丸めて部屋を後にした。
地球に帰る途中に敵本体の威力偵察? 何事も起こらず無事に帰れる気がしないのは俺の思い過ごしであって欲しいと心から願って布団をかぶって火星最後の夜の眠りについた。
翌朝「金柱」の鎧姿でミムナは現れた。
景色を見渡し屋敷を見上げるミムナの姿に感情は何も窺えないまま、誰も言葉を発せず乗船した。
王女の地球出立儀式もセレモニーも見送りの姿も無い小さな屋敷のポートをピピタちゃん操縦のニルヴァーは音もなく離れあっと言う間に宇宙空間へ達した。
・銀星軌道上、二ビルへ、しゅっこ!
俺とシャナウは操舵席後ろのベンチへ座りミムナはピピタちゃんの隣の席。
速度はどのくらい出ているのか全く分からない。
比較になるものが何も見当たらない空間。
ただ、正面の小さな光の点が少しずつ大きく成ってきているのだけがわかった。
腕を伸ばした先の10円玉くらいの大きさに光が成長した頃
・相対速度、合わせた、キャハ!
体感では10分も過ぎてはいないだろう。
この速度が銀河レベルで速いのか遅いのかは俺には何も分からないが、俺の知識に有る人類の技術レベルでは数年かかる火星旅行だそれに比べればワープみたいなものなのか?
光速を越してたら時間は巻き戻ってたりはしないか?
足り無い知識の中で思考していると視線の先でミムナは端末を操作し始める。
ベンチのシートベルトが解かれたのでミムナの席の後ろに近寄りモニターを覗き込む。
将来月になるニビの姿が多角面からの映像が映されていてその中の一枚には彗星の様に尾を引いているものもあった。
・予想通り推進剤は水か
ミムナの呟き。
・どう言うことミムナ?
・銀星は元々表面が陸1海9の星だった。 爆散後の水の観測がされていなかったのと小さいとは言え星の質量を移動させ尚且つ地球の衛星軌道へ投入するエネルギーの根幹が遠くからの観測では判明してなかったのだ。 奴らはニビの内部に大量の水を含ませ、水の分離核融合反応であの巨体を操っているのだ
なんとも訳わからんが、動いている物の動きを止める時もエネルギーは必要とするはず。
地球軌道近くなった時にはブレーキが必要だ。
それってまさか・・・。
・地球の海面上昇?
・察しが早くて助かるよ。 月の軌道投入の時期に大量の水が地球に降り注ぐ・・・、しかし・・・足りんな・・・
端末を忙しく操作していたミムナは胸の前に腕を組み小首を傾げている。
・何が足りないのミムナ?
・山上の時代の地球の重力と比べ水が増加して質量が増えたとして、銀星の塵が降り注いだとしても5%質量が足りない・・・、計算が合わないな。 他に何か見落としがあるのか・・・
・!ポーター波、検出、増大! 指向性! 増大!
ピピタちゃんが大きな声で叫ぶ。
・指向性だと! 目標はなんだ!
慌ただしくなった二人が何を言っているのか理解できずただ成り行きを見守っていた。
・姉様の体が光ってます!
シャナウの言葉に自分のグレイの腕を見ると白く光っている。
ミムナを見るとベルトを外し俺に手を差し伸べる所だったが、俺の手に触れる前に姿が視界から消えた。
次は、月の結晶




