飛行術1
濃厚な緑の臭気が体に纏わりついてむせ返りそうになる周りの空気を、日の光が暖めて快晴の空へ飛ばしてくれる。
空中集落で唯一日当たりの良い場所である中央広場の床の上、日光浴しながら星が見えそうに蒼い蒼い昼の空を眺めていた。
食の欲求を満たせる希望が湧いたオンアとの会話の後なので気分はすこぶる良い。 肉も魚も米もパンも何もかも恋しく感じるが、不思議な事に何十年も傍から無くした事のない嗜好品の酒とタバコの欲求は湧いてこなかった。
まずはやっぱり肉かな?
などと考えていると待ち合わせの相手が到着する。
「姉様ァお待たせしました!」
シャナウがモガの装いで駆け寄ってきた。
「今日の日課はキチンと終わったんだね?」
「勿論、完璧に終わらせてから来たよー 全力で急いで終わらせたー」
終わらせた! を強調しているからには、数日前の偽腹痛でサボリ早退してきたのでは無さそうだ。
次の日ボキアにこってり絞られたのが効いたのだろう。
「シャナウ先生、今日の訓練よろしくお願いします!」
腰から上を90度曲げ深くお辞儀をする。
クネクネし始めたが気にせず
「服装と持ち物はこれで良いでしょうか?」
シャナウを持ち上げたままの口調で目の前で回って見せた。
実際自分は教えを乞う側でシャナウは先生だ、暫くは持ち上げたままの方が使い勝手は良さそうだし。
「はい、服装完璧です。 その腰の袋には水晶は入ってますか?」
慣れないモガ服は腰の辺りが広すぎて吊り橋移動時は足元が確認し難い。
部屋で見つけた細い紐でモガ服を絞る様に腰に巻いている。
ぶら下げた袋をシャナウに手渡す。
中の水晶を手に取り数個確認してくれた。
「ちょっと違うのが入ってますが、風水晶が4個あるので今日の練習には十分ですね!」
シャナウは機嫌よく笑いながら袋を返してくれた。
ナームの部屋のツボから袋に詰めただけで、水晶に他の種類があるなんて知らなかった。
水晶は見てもどれも同じだったから。
腰紐に結びながら聞く。
「水晶は風だけじゃないんですか?」
「そだねー、普通使うのは4種類かな? 姉様は他に幾つか使えるみたいだったけど? 今の姉様は記憶が戻るまで、風水晶使いをまず目指しましょうね!」
「・・・わかりました。よろしくお願いします」
クネクネしながら向きを変え吊り橋を渡り始めたシャナウが落っこちないか気にしながら跡を追うのであった。
集落の外周を囲む吊り橋の一角に到着した。
少し先に開けた空き地が見える場所だ。
何度か通った場所だが俺は村の外へは出たことが無い。
「ここから先は守護石の外だから、少し気をつけてね!」
いきなり物騒なことを言われ。
「気を付けてって? シャナこの先危ないの?」
村の中では一度も危険など感じた事がなかったので少し腰が引ける。
「獣たちが村へ入ってこない様に、周囲には守りの水晶配置してあるんだけど、ここから先は獣達は自由に生活してる」
「え? 襲って来たりするの?」
一歩足が後ろに引ける
「いきなり出会っちゃうと向こうもビックリするから、時々抱きついてくるの」
抱き付いてくる? 何だか眉間の奥がズキンとうずき、軽く目眩がした。
「シャナの部屋の敷物みたいな大きな獣が抱きついて来たら大怪我で済まないだろ?」
あの敷物は生きていたら、俺の身長と比較して体高で1.5倍、体長では3倍になりそうな体格、猫型の肉食獣で近接戦では勝ち目は見込めそうに無い。
「姉様は私が守るから大丈夫! 安心して! あそこにモガだけで一回降りて見せるから、ここで見ててね!じゃー、先行くよ!」
安心どころか心配が増す言葉を残し、広場を指差しとっとと空中へダイブしていった。
両手両足を広げ架空していく姿はまさにモモンガ。
地上高20mの吊り橋から50m先の広場へとシャナウは到達する。
器用に両足で着地に成功したシャナウは振り返り片手を振りながら。
「姉様ー! ガンバッテー!」
シャナウの教え方は“見て覚えろ!”の職人肌だったらしい。
トホホな気分だ。
15mの高さから普通に真下に落ちても以前は怪我もしなかったが、飛ぶとなると気分は違う。
腰紐を解き素肌の腰に結び直し両手両足を広げる。
バタバタと布を体に貼り付けて全身で空気の密度を感じるイメージを作ってみる。 背中と脇の下に汗が滲むのを感じながらも決意して
「ナームいっきまーす!」
大きく叫び、同時に状態を前へ倒し橋を蹴った。
腕と足の間、広い布が風を受けバタバタ音がする。
が、頭から地上に落ちる飛び込み姿勢になる。
極度の集中で落下速度がゆっくり感じる中足を一度すぼめ、上体の空気抵抗を増やし何とか水平に風を受ける姿勢が取れた。
「できた!」
と思った瞬間地面が目の前でうつ伏せのままハードランディング・・・。
口の中に入った落ち葉を、ペッペと吐きながらのそりと立ち上がる。
「姉様大丈夫?」
全速力で駆けて来たシャナウが体についた枯葉をはたき落としてくれる。
自分の体を確認したが怪我はしてないみたいだ。
一番気になった両胸の低反発も大きさが幸いしたか損傷なしだ。
嬉しかったが少し悲しい。
「大丈夫だけど、シャナウ先生!飛ぶ前にイメージとか、コツとか少しは教えて欲しかったです!」
頬を膨らませ言ってやる。
「姉様なら大丈夫!だって・・・、ちゃんと飛べた!」
またテヘペロする師匠であった。
後ろを振り返り飛び出した吊り橋を確認したら、真下に落ちた訳ではなかった。
目測で20mは目指した方へ飛ぶ? いや、少し遠くへ落ちたのだ。
もちろんシャナウには及ばないが初回でこれなら自分に合格点は出せそうだ。
「よし! じゃぁも一回行ってくる!」
踵を返し吊り橋の大木へ向う。
今のイメージ忘れる前に飛ぼうと急ぐ心に。
「姉様! 待って待って!」
シャナウの制止する声で振り返る。
「どうした? シャナ? 飛び降りの練習でいいよね?」
「多分もう要らない。 姉様はもう水晶使った練習の方が早く上手くなると思うの」
「え? モガでの滑空が基本じゃないの?」
「そうだけど、今ので十分だと思う」
「一回しかやってないよ。シャナの所まで届いてないし」
シャナウが降り立った場所と自分の落ちた場所を指差し問いかける。
「私がここまで飛べるまで、一年かかった・・・。 今の姉様、記憶無くても体が覚えてるんだと思う、早めに水晶使った方が怪我少なくて済む」
一年かかったって?
シャナウはドジっ子だったのか?
運動音痴でも努力家で何度も落ちて怪我だらけになって頑張ったのを、前のナームは見守ってたんだろうなぁ。
俺の怪我を心配してくれるシャナウに頷き承諾する。
「あそこで少し水晶の説明するね」
シャナウの指差す場所に、一本柱に屋根が葺いてある笠みたいな東屋があった。
次は、飛行術2