流星爆弾
火星観光も約束した7日目も終わりミムナの屋敷に俺の操縦で着陸した。
何度こなしても緊張する機体の安定停止を終わらせて、汗のかかない額を腕で拭った。
・ピピタちゃん今日もありがとね! とっても楽しかったよ
「虫多い、火星、キライ!」
・そうですね、お昼に追いかけてきた蜂さんはおっきかったですからねー姉様
・あれはマジで焦ったねー
自分で使ったコンソールを格納して身の回りを整理し、操縦席を後にしかけて最近思い出した疑問をピピタちゃんにぶつけることにする。
・ピピタちゃん私と同じ姿だけど地球での使節団の時人間の手だったよね、どうして?
「欲しい? ナーム」
・何を?
ピピタちゃんは自分の椅子の肘掛横にある引き出しを開き白い手袋を取り出した。
二本の指でつまんで俺の前に差し出した。
「同じだから、ナームも、使ってもいい! キャハ!」
肘まで隠せる長い手袋を受け取るとそこはかとなく喜んでいる様だ。
シャナウが見守る中自分の手を入れると布の内部が膨らみ腕と指にフィットした。
白かった色も肌色に変色して一見しただけでは子供の手に変わった。
今の指は3本なのに思い通りに両手の10本の指が動かせた。
とっても便利なマジックハンド。
「あげる、ナーム!」
・あ、いいよピピタちゃんのものでしょ? 使節団の時と手が違ってたから気になってただけなんだ
反対の肘掛の引き出しを開けて沢山収納された手袋を指差し
「洗濯してないそれ、いらない。 ナームはめたし!」
・あっ! そう・・・。 もらっておきます・・・
とりあえず疑問に思った事は答えてもらったから、意思疎通は進歩したと思っておこう。
洗濯の仕方はミムナに聞くとしてお礼を伝えてからニルヴァーを後にした。
自分達にあてがわれた寝室で備え付けのシャワー室に入りシャナウと一緒に体を洗う。
二人とも体に汗を掻くわけでも無いが、外出した後は気分的にスッキリするのでここ火星でもその習慣は欠かさず続けていた。
二人一緒に入る理由は単純に巨人用の入浴設備が俺一人で使えなかったからだ。
俺はグレイでシャナウは『黒柱』恥ずかしい要素は一切ないのだ気にする事はない。
基本二人は常日頃から裸族なのだから。
グレイの体に大きめのバスタオルを巻きつけて簡易のテーブルに向かい、ここ一週間の整理を行う。
皮膚が乾いた頃緑の蔦がバスタオルをスルリと剥がして薄手の肩掛けをかけてくれる、タオルはいつも通りランドリー籠へ運んで行った。
シャナウは自分の仕事が取られたと最初は怒っていたが、今は屋敷の緑のお手伝いさんにも慣れたらしく俺の代わりにお礼を述べていた。
しばらくの時間俺なりの今後の行動計画を練り上げ布団に入って休むことにする。
俺の知識で火星の科学レベルに到底叶うはずもないだろうが、ひだまりで打ち出された今後の指針とやらには俺たち地球組は何一つ組み込まれていない、自由行動が許された唯一のグループらしい。
ならではの計画、馬鹿にされても構わないから俺の考えを伝えるべきだろう。
明日ミムナに報告する為面会の約束は緑ちゃんを通して済んでいる。
・シャナ最近のミムナは何してるんだろうね?
・下の階の研究室に籠もって何かしているみたいですけど、緑ちゃんの話だと部屋から一歩も出てきてないらしいです。 食事はしてるし睡眠も摂ってるみたいですから心配ないそうですけど。
・それにしても、こんな広い屋敷に一人で住んでるとは思わなかったよ。
・緑ちゃんのお陰ですね。 ほとんどの身の回りの事は手伝ってくれますからね。
知能が低いとは思えないきめ細かなお手伝いをしてくれる屋敷にはほんとびっくりする。
視線を感じることもなく嫌味のないおもてなしに尽力してくれる姿に、これなら結婚してパートナーと気苦労絶えない暮らしをするよりは遥かに快適な生活が送れそうだ。
それが子供が少ない原因の一つなのかとまた勝手な空想をした。
ベットで少し眠気が増した頃、屋敷の緑ちゃんは天井照明を暗くしてくれた。
・ギャー! ピピタちゃんやめてぇー! とめてぇー! 降ろしてえぇえぇぇ!
「まだダメ! ガマンする、ナーム! キャハッハ!」
胸と腰に食い込んだロープが痛いし、遠心力で振り回されて目は回るし、背後から黒くて大きな物体が「シャキ! シャキ!」口を動かして迫ってくるし、マジでもう限界超えてた。
今の俺は両手両足に花粉と蜜がたっぷり塗り込まれたボンボンか付けられてニルヴァーに吊るされ空中を飛んでいる。 いや、引きずられてる。
ついさっきまではこんな事になるとは思いもしていなかった。
早朝ミムナに俺が考えた流星爆弾対策を相談すると数個ある手立ての一つに賛同を得た。
作戦に必要な資材集めに協力してくれと頼まれホイホイついてきた結果、樹液を貪る昆虫達をおびき寄せる生き餌にさせられたのだ。
チラリと見えた地面で巨木を正拳突きと膝蹴りで盛大に揺らしているミムナの姿。
揺れるたびに巨木から逃れ香ばしい俺に群がる巨大昆虫。
もう勘弁してくれー!
吊るされた俺を器用に振り回しながら少し離れた巨木へと誘導していくピピタちゃん。
大量の昆虫を引き連れて巨木を何周かしてるとシャナウが近くへ飛んできて俺の体に温水をかけてくれた。
花粉と蜜が綺麗に流されて美味しそうだった俺は、ただのグレイになる。
昆虫達はすぐに俺への興味を無くし誘導された巨木の枝へと吸い込まれていった。
・姉様、すっごい! 完璧な作戦です。 美味しそうな演技も素敵でした!
・あ、あのねぇ・・・。 ミムナにやらされただけだから・・・。 私すごくないから・・・
すぐに昆虫達を追い払った巨木で作業するミムナの元へと吊るされたまま帰えされた。
・ミムナ酷いじゃないか! こんなの命がいくらあっても足りないぞ!
「お前が手伝いしたいと言ったのだぞ? 何を今更?」
ベージュの短パンに白のTシャツ、麦わら帽子が小麦色の肌に実に似合っているミムナが楽しそうに巨木に腕の太さの管を刺していく。
都会から田舎へ夏休みの帰省で帰ってきたお姉さんが、メイプルシロップ採取のお手伝いをしてる感じ。
・あんなおっきな虫がブンブン追いかけてくるとは聞いてなかったぞ! 食われたら死んじゃうじゃないか!
「ピピタちゃんは優秀なパイロットだ、そんなヘマはしないよ。 心配いらない。 さて、急いで2本目に向かうぞ!」
管を運んできた装置に繋ぎ終わったミムナはここへ来る時に使った木の葉の上に乗る。
ふわりと浮かぶと音もなく次の目的の巨木へ向かって飛んでいった。
沢山の装置を積んだトラックの荷台だけのUFOがその後を追いかけていく。
・なんで、なんで私がこんな役目を・・・
・火星では生き物は殺しちゃいけないってミムナは言ってましたからね。 樹液を取ろうとすると襲ってくるらしいですから別の木に移ってもらわなきゃって言ってましたからねぇー
シャナウは温水で洗い流されてしまった日焼け止めのクリームを優しく塗ってくれる。
そして、ウキウキオーラ出しまくりでその上に蜜を塗りたくる。
手足に花粉のボンボンをつけて生き餌の完成だ。
「ナーム、準備、よし!」
ロープの先のニルヴァーから声がしたと思ったら、秒で俺は空中を飛ぶ昆虫の餌になっていた。
ミムナが準備した樹液を採取する装置を使い切った頃には火星の夕方になっていた。
最後の装置に管を繋ぎ終わって巨木を優しくさするミムナの表情は少し寂しそうだった。
「お前達の命の素を使わせてもらうよ、必ず大地は蘇らせるからな・・・」
疲労困憊し精神も病みそうだった俺の耳にそんな言葉が聞こえた。
生き餌で振り回されてる途中で気付いたのだが、俺の提案を実行するのに必要だと話したその日に始めたこの苦行だったが準備が整いすぎていた。
樹液を集める装置も荷台UFOに最初から積んでいたし、俺の日焼け止めも擬似餌セットもニルヴァーに積み込まれていたのはあまりにも妙な気がして違和感が半端なかった。
そもそもの俺の提案は銀星の破片の軌道を変える二つの方法だった。
一つは太陽光の光圧で外へ押し出すもの。
ソーラーセイルを巨大な破片に貼り付けるか、又は集光したレーザーを破片に集中し外側へ軌道をずらすやり方。
もう一つは、バラバラになった破片を集めて大きくすることで引力を発生させ太陽の引力に引かせ内側に軌道をずらすやり方だった。
これはいずれもニルの趣味レーションでは効果があって、前者は比較的小さい物に有効で後者は質量が大きい破片程微小ながら直撃軌道からずらす事ができた。
観測されている質量が大きいコアの破片は4個あってどれも直撃コース。
少しでも軌道をずらせれば火星が粉砕される事は逃れられるだろう。
俺の記憶には火星表面に巨大な渓谷が刻まれてあった事と、二つの衛星があった事。
そのどちらも今の火星にはないのだから、今の危機を脱した結果なのではと考えていた。
ミムナも同じ考えだったみたいで、火星防衛隊では一つ目の軌道外にずらす方法で対処がなされているので、ミムナは破片を火星の衛星にする事で被害を抑える作戦に賛同してくれた。
将来の火星に衛星がある事は情報レベル5プラスなので防衛隊では不可能な作戦らしい。
つまり、最初から地球組でこの樹液集めは計画されていて俺が提案するまでもなかったって事。
俺が言い出したから手伝うのは当然と駆り出され、恐怖の空中疑似餌にさせられたのだ。
うまく使われた感はあるが、無事な体で屋敷に帰れそうだったので火星の為になったのであれば良しとしておこうと無理やり自分を納得させておく。
あとは集まった樹液を加工して粘性のある強靭な糸をミムナが精製して、ピピタちゃんが計算されたコアの破片に巻き付け大きくしてフォボスとダイモスの素を作ればいいのだから俺の出番はないはずだ。
とりあえずは、自分の発案もあながち間違って無かったとシャワーを浴びながら思い至り、俺の知識も満更ではないかなと思い少しは良い気分になった。
その後応接室の端末で火星の歴史でも勉強しようかと足を向けると先客のミムナがまどろんでいた。
・ミムナ、端末使わせてもらっていいかな?
「かまわぬが、今日は頑張ってくれたのだ疲れているだろうから休んでいた方がいいのではないか?」
・火星の知識を少しは頭に入れておきたくてね。 後学の為にね
ここは応接室だ、ミムナはいつも自室で食事をしているが、今飲んでいるのは夕食用の糖質が入った飲み物だろう。
相手が欲しくてここで食事をしていたのかもしれない。
少しは可愛い所は残しているのだろう。
それとも演技か?
アルコールなど飲んで理性を希薄にする習慣も無いだろうが、今のミムナはやけに艶っぽい色気を発していた。
緑ちゃんの手伝いを得てミムナの向かいのソファーに座り端末で調べ物を始める。
気になっていたのは観光で見つけた巨大人面岩と近くにあったピラミッドだ。
俺の知識では都市伝説だったので嘘か捏造と思っていたのだが、実際に身近で見て驚嘆した。
大きさもだが細部まで作り込まれた王冠を付けた男性の顔。
端末の地図で人面岩を拡大すると説明文らしき吹き出しが現れたが、俺が読める文字では無かった。
残念と思ったが向かいに火星の王が居るのだ知らない事はないだろうから素直に聞くことにする。
・ミムナ、火星観光でおっきな人面岩見つけたんだけどあれってお墓か何か?
半目で色っぽいお姉さんの唇の片方だけが上がる。
「あれが気になったか?」
・俺の時代にも砂に覆われた姿で写真に写ってたのがあって気になってたんだ
「あぁー、そんなのがあったな・・・。 あれはな、食事を知らせるベルだよ」
・ベル? レストランとか宴会場とかに使ってるのか?
「違うよぉー、その星の生き物が食べ頃に成った時に音を鳴らすベルだよぉー」
ミムナの顔は絵本を読み聞かせる保育士が魔女の真似をして園児を怖がらせる時の表情だ。
・マジか? 誰か他の星から食べにくるのか!
「そうさぁー、顔の中には宇宙船が隠されてて、文明が進んでそれを起動すると・・・」
・起動すると・・・?
「ピラミッドがぁー、ピッカー! って光って・・・」
・ひ、光って・・・?
「銀河中央から宙賊があっと言う間に集まってぇー、何もかも持ち帰ってしまうのさぁー」
いつもはしない変な仕草まで付けて俺を怖がらせたいみたいで少し面白かった。
水溶性の糖質を摂取すると酔っ払いみたいになるのが火星人の体質なのかも知れない。
・まっさかぁぁ。 本当の話ししてる? ミムナ
「嘘や冗談じゃないんだよぉーナーム、あれは本物のブビートラップだよ」
俺を茶化したいらしいが瞳には真剣な色が窺える。
「もう信管は私が抜いてあるから作動はしないけどね」
・宇宙人て太陽系の外にも居るんだ・・・。 それも危険なのが・・・。
「銀星の連中が可愛いくらいに思える連中がこの銀河の中心にうじゃうじゃ居るよ・・・。 あんなトラップが太陽系の惑星全部に作ってあるよぉー」
・地球にも・・・?
「ナームは知ってるだろ? 似たような石造りの・・・」
・エジプトのピラミッドとスフィンクス?
「あの大きな猫の体の下には宇宙船が埋まっていてぇ・・・、起動させちゃうとピラミッドが、ピッカー。 巨大戦艦がドヒューって何千隻も飛んできて・・・。 焼け野原さぁぁ」
・何それコエーよ、ってゆうか今の地球にピラミッドとスフィンクスあるの?
「グローズの管理地だから手出しはできないけど、もうあるんだよぉー」
・作動しないように信管壊して! お願いミムナ!
「その前にグローズをなんとかしないとねぇぇ」
・私頑張る! 地球帰ったら真っ先にグローズやっつけにいくよ!
「期待しちゃうよナームー!」
ミムナは俺のツルツル頭を両手で撫でて片手をひらひらさせながら応接室を出て行った。
なんだか酔っ払いの姉さんに成ってた・・・。
今後火星人の食事の席には同席しない方が賢明そうだと感じた。
次は、帰り道にて




