火星人2
待合室からの道すがら小声でシャナウと話して分かった事だが、ここは俺が思う老人ホームではなく元老院、火星政府の国会にあたる場所らしい。
案内所脇の衛兵が守るドアにミムナが近づくと敬礼と共にドアが開かれ議場らしき部屋に入室した。
待合室と変わらない広さだったが天井が高く、中央の小さなテーブルを取り囲む形で放射状に席が設けられていてその全てに巨人の姿があった。
遅刻組のミムナの入室を咎める視線もなく皆各眼前に開かれたモニターに集中している。
高位者だろう最も中央に座る白の軍服を纏った席の後ろの唯一の空席にミムナは座った。
それまで後ろについて飛んでたシャナウが行動を決めかねていると、ミムナは自分の肘掛のテーブルを指で示したのでシャナウはその上に降り立った。
振り返り座ったミムナの姿をまじまじと見つめる。
エルフは北欧系の風貌だったが火星人は南アジア系の栗毛。
目鼻立ちはキリッとしていてインド映画に出てくる美人さんが連想された。
ライトグレーのマントの襟の部分に銀細工の飾りが付けられた以外は装飾は無いが、それが覆う身体は健康的な色気が臭ってきそうな程に肌に密着したデザインで、俺の目の前に二つの慎ましやかな丘が自己主張していた。
ナームと対比する為にミムナの胸の前を左右に動いて目測していると、男性の巨人に声をかけられた。
「カラーナ様、飲み物はこちらに置いてもよろしいですか?」
「そうしてくれ。 ナーム邪魔だ、私の胸の前でチョロチョロするな!」
手の甲で押しやられ、トレーに乗ったお茶セットが置かれる。
湯気の出る飲み物を手にとり口にしてテーブルを叩くと端末が空中に現れた。
細く綺麗な指で操作する所作は優雅で貴賓を感じさせるもの、地球での小さなわがまま団長のイメージは無い。
これが本当のミムナの姿なのかと何度目かの驚きを感じた。
場内は至って静かで会議らしい雰囲気は一切しない。
皆眼前の端末を注視し操作をしていて、タイピングの練習でもしているかのようだ。
付いて来たはいいが何をしていいか分からなかった俺は待合室のベンチと同じくテーブルに腰を下ろし足をぶらぶらさせて時間を潰した。
二度お茶の給仕がなされ巨人達の端末操作が終わったのは4時間は経過した後だった。
ドアに近い席の方から物音が聞こえだし退出していく気配を感じた。
・会議は終わったのかな?
・そうみたいですね、地球が危ないみたいですね
俺の後ろで身動ぎしないで立っていたシャナウが答える。
・シャナ会議の内容聞こえてたの?
・はい姉様。 銀星の連中の制圧目標は98%で地球だそうですよ
・はへ? なんでだミムナ?
俺は立ち上がりミムナを見上げる。
眉間に少し力が入っているので機嫌は良くはなさそうだ。
・ちょっとミムナ! ミムナ・・・! カラーナ様ぁ!
問い詰めようと胸の谷間に近寄りシーツの中で両手を振ってアピールする。
俺に視線を向けて立ち上がると大きな右手で鷲掴みにされた。
シーツの穴の位置がズレて周りが見えなくなって、ブンブン振り回されたと感じた後に足が硬いものに触れて何処かに立たされた。
「叔父上達はそれで良いのですか!」
頭上からミムナの声が響く。
穴の位置を元に戻して周りを見ると、中央のテーブル上に立たされた事がわかる。
六角形のテーブルを囲む6人の白の軍服を着た男達にミムナは力説していた。
「未開だなんだと文句をつけて、私に観察だけさせていた地球に行きたい? 今更どの口で言うのか? 兆候はあったのに対処もせず母星を守れなかった事は棚上げか?」
「ラーナちゃん、落ち着いて落ち着いて!」
「モナーゼ長老にも情報は流していたはず、対処しなかった故の現状は同罪なのですぞ!」
六人全員を覇気で威圧し睨みつける。
見た目は30代後半で長老のイメージは湧かないがエルフですら数千年の年月を生きているのだ、彼らの年齢は想像出来ない。
「銀星に対しては対処はしなかったが・・・、事態への準備はしたのですぞラーナちゃん・・・」
「準備? なんですかそれは! さっきの指針説明にはなかったですな!」
何故か六人ともミムナに頭が上がらないのか声は小さくか細い。
ミムナに叔父上と呼ばれた顎髭を蓄えた人物がテーブルを指で弾くと、木目調だった表面がかき消え映像が映った。
島を上空から見た航空写真の様だが、道幅は広く様々な色で区分けされていてパッと見スゴロクボードゲームを連想した。
「これでな、ワシらはな、『永劫回帰』を脱する試練をな、受け入れることにし・・・」
「これは私が送ったただの人生ゲ○ムでが無いですか? これが試練と!」
言葉を詰まらせたミムナは両手をテーブルに付いたまま蹲み込んでしまった。
6人の視線が一旦ミムナに注がれてから俺を見つけ困惑の表情が歓喜に変わる。
「おぉぉぉ、予言者を連れて来ておったのか!」
「これはこれは、ニーチェ殿!」
「感銘受けましたぞニーチェ殿」
各々席を立ち俺を囲む。
巨人の男に土地囲まれ恐怖を感じたところでシャナウが俺を後ろから抱きしめ、離れた席のテーブルに逃してくれる。
後ろで落胆する声は聞こえたが追いかけてくる気配はなかった。
・ありがとシャナ。 でもニーチェってなんだ?
・さあぁ? 私には分からないですね
「生まれた地で成されなかった目的を他の星で? なんと無責任な! 他の惑星の連中の笑者になりたいのか!」
ミムナは立ち上がり六人を睨みつけるとバツが悪そうにオズオズ席に戻り着席する。
「ラーナちゃんそう怒らんでも・・・」
「母星を滅ぼす指導者を、私以外の誰が責められるのか?」
しばらくの間沈黙があったがモナーゼ長老が小さく手を上げ発言許可をミムナに求める。
俺は火星の上下関係がわからなくなって来たがミムナが顎で発言の許可を出した。
「予言者ナームを紹介してもらっても・・・いいかな?」
一瞬ミムナの身体から怒気が膨らんだ様に見えたが俺達を振り向き手招きする。
シャナウに抱えられて六人の座るテーブルに戻された。
火星の意思決定機関の最上位者達だ、自分の手でシーツを取り胸の前で抱えて頭を下げる。
・初めまして、ナームです
「違うな。 名は体を表す。 今はグレイ山上と名乗りなさい」
ミムナと接していた時とは別人の声音でモナーゼが口にする。
「ミムナ団長から受けたお前の詳細情報で我が星は大いに惑わされた、が道を得た。 今の時点では感謝している。 『行き詰まりの解決策は打開策ではなく方向転換だ!』 このトイレに吊るされた標語には目から鱗が落ちたよ。 そして『ツァラトゥストラはかく語りき』は興味深かった。 火星の民の目的の為には選択肢の一つとして『永劫回帰』に飛び込むもやむなしの声もあがったよ」
・あのぉ、何の事でしょうか?
熱く語りだしたモナーゼの話の内容がさっぱり理解できなかった。
右手で大きな頭をかいているとミムナが後ろで解説してくれる。
「情報レベル5プラスの以前のお前の視覚と聴覚のみのデータだけだが彼らはそれを見ている」
・はへ? 私の50年の人生の全て・・・?
「そうだ」
恥ずかしくて目眩がする・・・。
人間の姿だったら赤面してるか青くなってるかだが今の俺の顔色は何色だ?
人には言えない恥部が俺の記憶の中には五万とあるのだ、顔を3本指の手で覆いへたりこむ。
「心配するなグレイ山上。 情報閲覧にはフィルターがかけてある文明文化以外の私事は除外してあったから恥ずかしがる事はないぞ。 記憶の中には輝かしいものがあったのだからな」
慰めにもなっていない。
スキャンはされたとは知っていた。
ミムナが見たことも知っていた。
しっかし、ここの連中に俺の記憶に残っていないトイレの標語まで見られていたとは知らなかった。
顔を覆った手を退けてミムナの方を下から見上げた。
「すまん。私は全部見た」
・わぁぁぁぁー
泣きたかったが瞼を閉じないグレイの体には涙腺もなかったので涙は出なかった。
それもまた悲しかった・・・。
「そこでだ、この時間軸の枝の一本がグレイ山上の未来に向かっているとして間違いない兆候が銀星の爆散と影星だったミビの出現だ」
「銀星の影に隠れた衛星・・・」
「それはグレイ山上の時代に地球の周りを回る衛星になる。 もう軌道を少しずつ変えていて火星への脅威は脱している。 計算では4600年後には安定した地球軌道へ投入できるだろう。 銀星の侵略はその時期だと予想している」
俺は頭を抱えて蹲っていたが銀星の衛星が地球の月になる話はきちんと聞いていた。
銀星のトカゲ連中は生きたまま人間を喰らう連中だ。
自らの星のエネルギーを枯らした末地球に侵略して人間も星をも喰らい尽くす気だ。
火星を荒廃させる流星攻撃も卑怯だが、力持たない地球を襲うなど俺は許したくない。
力なく立ち上がり七人の火星の巨人を見渡す。
・地球を・・・、火星の進んだ技術で地球を守ってはくれないのですか?
「地球を守る? それは地球に住む者達がやるべき事だよ。 火星の生物は命をかけて守り荒廃の中でも生き延びる道を探る」
「そして死んでいった者達を地球で受け入れろと?」
「全てでは無いよミムナ。 お前が送って来たこの人生ゲ○ムをクリアした者が防衛戦で体を失った場合に資格を与えたいと考えている」
「その者達で地球を銀星連中から守れと言うのですか叔父上?」
「大攻勢は4600年後、17500年後にはグレイ山上の未来。 ワシにはどんな戦いになるのか想像もつかんよ。 時間の余裕があるのか無いのかも判断つかん。 ただ、ワシらの生存目的には必要なイベントになるであろうよ」
流星攻撃で火星はこれから687日間の防衛戦が繰り広げられる、そして3%の生存者。
幾らの火星人の魂が地球に行くのか知らないが、月の到達までにその魂達と防衛戦の準備をしろとミムナの叔父は言っているのだ。
俺の前世はトカゲ連中が支配していないのだから、未来がそれならば侵略に打ち勝ったはずだ。
ミムナが言っていた火星人による地球侵略は俺の想像していた形では無いもので実行される事にもなる。
今の人間達ではトカゲ連中と戦って勝機は見込めないが、超科学を有する火星人の魂が人間として転生してくれるのであれば対抗策は取れるのでは無いか?
火星人は地球を助けないが、地球人に生まれた火星人は地球人なのか?
「それで叔父上、私の今後の任務は先ほどの指針では表明されていなかったが?」
「王宮への復帰は認められない。 継続して地球観察の任だ・・・を、お願いしたいカラーナ・ミ・ムナ王女殿下」
「私に・・・母星から逃げろと?」
「平に伏して”知る者”の役、お務め願います」
6名全員が席を立ち両膝をつきミムナに向かって頭を下げた。
ミムナが火星の王?
次は、ミムナの部屋にて




