村人との交渉
部屋の中には男二人と女性一人、いずれもツヒトより年配の老人に見えた。
土間に準備された腰掛けをツヒトに勧められ俺とシャナウは腰を下ろす。
いつの間にか女の子の姿になったリンが俺の膝の上へ座る。
シャナウの眉尻が上がるのを感じこの場で騒ぎを起こしたくなかったので片手で諌めておく。
「わしゃイワジじゃ。 この村で一番の年寄りでいつ死んでもおかしくない年寄りじゃ。 何の力も持っとらんじじいじゃよ? 昔話に聞いた空飛ぶ娘さんと話なんかして良いのかの?」
正面に座る痩せこけた白髪の老人が最初に口を開く。
残りの二人も背中を丸くして生気の失せた風貌。
この三人で大丈夫なのか心配になって土間に正座するツヒトを見ると、大きくゆっくり頷いて見せた。
「私はナーム。 こちらはシャナウ。 ドキアから人探しに来た話は岬でしましたが皆さんはご存知ですか?」
「もちろん聞いとるよ娘さん。 普通の人間は空は飛ばん。 飛ぶのは鳥と妖怪と・・・昔話の娘さんぐらいじゃ。 船に乗って海から来ちょるおなごが飛ぶ昔話は爺さんの爺さんが話しててのぉ。 この辺の者はみんな知っちょるよ。 命拾ってくれたお方じゃそうからな。 ・・・それで、探し人は見つかったかえ?」
記憶と言葉を探してか途切れ途切れにゆっくり話すイワジに不安が増して来たが、耄碌した年寄りを邪険にしてはいけないと話を急く自分の心にブレーキをかける。
それは時間経過で自分にも訪れる姿なのだから。
あれ? エルフの俺も歳をとるとオンアみたいになるのかな? オンアは最初からあの姿だって里のみんなは言ってた気がするが。
「はい、そちらの方の用件は済みました」
「なら良かったの娘さん・・・。 そしたら、こんな年寄りに何の話かの?」
「山の妖怪達の話です」
年寄り三人衆はそれまで囲炉裏の炎だけを俯いて見ていたが、初めて顔を上げ俺たちを凝視する。
俺とシャナウの美貌に驚嘆する事なく視線は膝の上のリンに向けられた。
爺さん二人は訝しぐ表情だったが、婆さんの顔には笑みが浮かぶ。
「リン久しぶりじゃな? 懐かしいなぁ、里へ降りて来れる様になったんかい?」
横向きだった体を億劫そうにこちらに向けてシワだらけの手でリンを手招く。
スルリと俺の膝から滑り降りてテクテク歩いて婆さんに近づいた。
「お仕事で空飛んで来たのだぞサクヤ! なんかシワクチャの婆さんになった。 背は変わってないな。 もう死ぬのか?」
「そうじゃのもう死ぬじゃろうなぁ。 河原で遊んだあの頃が懐かしいのぉ、リンちゃん」
「リン知り合いなのか、そのお婆さん」
「サクヤだナーム。 前河原で見張りしてた時にいっぱい遊んだ。 くるみ拾いの手伝いもしたぞ。 ウネウネした虫もいっぱい集めてやったのだ」
「そうじゃったなぁ。 お陰で絹糸がいっぱい取れたんじゃったなぁ」
絹糸が取れるウネウネとか蚕の事だろうけど、聞く限り仲良かった様だ。
それに反し爺さん二人は厳しい表情がランクアップした。
「サク婆! 妖怪と話なんかすんじゃねぇぞ、散々騙されて痛い目見てきたじゃろうに! ・・・娘さん達なぜにこんな性悪妖怪なんか連れちょる? よりにもよって、村に入れちまうとは・・・」
「性悪妖怪? リンがですか?」
「そうじゃとも、そいつは『通せんぼのリン』じゃ。 川と山を登る人間をな、騙して崖から落としたり、遠くから小石をぶつけてきたり、苦労して集めた薪を川に流したりと数えきれん悪さばっかりしよる妖怪じゃよ!」
森を守る為に人を遠ざけると割り当てられた仕事だが、どう見ても弱そうなリンは武力を行使して村人を遠ざけていたわけではなさそうだ。
俺の知るほのぼの系意地悪妖怪で任務を遂行していた。
「この『通せんぼのリン』が村の人間達の邪魔をしていた訳はお知りですか皆さん?」
「そんなもんは知らん!」
年寄りらしからぬ激情の声音で叫ぶイワジにシャナウさんが反応しかけたので、俺は椅子から立ち上がり囲炉裏の近くへ歩み寄る。
「少し私の話を聞く時間をいただいて構わないかしら? この村の事だけじゃない、ここの島々の事を」
「・・・島々の事・・・、じゃと?」
「そう、白い大男と大犬様が守っている山々の事・・・」
俺はできるだけ噛み砕いてゆっくりと、南西の火山が噴火して死んでしまったこの辺一体の山々を緑豊かな森に再生させたエルフと妖怪達の話を聞かせた。
年寄りでも知る由のない、島国とは言っても広い日本の土地の話も、人を害する野生動物も含めてエルフと妖怪のそれぞれの立場と思いも含めて差し障りない程度で語った。
野生の獣達との折り合いが付けば今でも森の中腹までは入れる話も添えておく。
話おえても老人三人衆の反応は無く、爺さん達の疑念の表情は晴れない。
今までの自分が常識と思っていた事を否定されたのだ、普通は簡単には受け入れられないだろう。
まして年寄りは頑固者が多い。
一気に交渉して最善の回答を得る事はこの家の戸口で諦めていたので今日の所はここが引き際か? と思って一旦椅子に座ろうと囲炉裏に背を向けた。
「人間は山に登っちゃいけないんだぞナーム!」
いきなり囲炉裏に栗を放る奴が現れた。
こいつ、獣妖怪の広場で俺とヨウがしていた話聞いていなかったのか? いや、今の噛み砕いた話を聞けば俺に対してその言い草にはならんだろ?
シャナウからリンを庇う立ち位置をとりながら振り返ると、最初に出会った川原と同じ姿勢で俺を睨んでいた。
こんな状況で俺に火中の栗を拾わせる?
厳しい爺さん達の視線がリンに注がれる。
横目でチラ見する俺へ向けられた視線は「それ見たことか!」を物語っていた。
内心頭をかきながらリンに近づく。
「どうしてリンは人間が山を登っちゃダメだって言うの? お仕事だから?」
「山の木を切ってぺんぺん草だらけになったら獣の餌は人間! どっちもいなくなる!」
「少しなら切っても大丈夫じゃない?」
「ダメ! さっき船から見た。 山の下ぺんぺん草だらけだった!」
そお言えばサルダが示した野生動物との境界線がはっきり分かる30mぐらいの高さまで伐採された後は草しか茂ってなかった気がする。
リンは木を切っても新しい木を植えない人間の所業に怒っている様だ。
これまで獣妖怪総出で森を豊かにする為に木々を育ててきたのだ、この想いは当然か。
「皆さんは木材も木の実も手に入れられないと邪魔をするリンを嫌っていますが、自分達で木を切っても植樹しないのですか?」
「木はあんなに山に繁っちょる! 植えるなど・・・そんなの待っちょれんわ!」
人間としては長生きだろうイワジの言い分は分かる! その気持ちは十分に分かる。
俺も小学校の社会科見学で近くの公園に植樹した桜の木を早く大きくなれと毎日見に行って変化の無さに肩を落として帰ってきた日々の記憶がある。
人間の感じる時間では木の成長は遅すぎて実感できないのだ。
「姉様、ここの人間には短い一生しか感じられてません。 諦めましょう」
「・・・リンちゃん。 あのぺんぺん草の山肌に木を植えたら・・・。 植えたら悪さはやめてくれるのかのぉ?」
サクヤ婆さんがか細い声でリンに問いかける。
「植えただけじゃダメ! ぺんぺん草とこの木が花咲いて実がなったら・・・お仕事やめてもいいか神狼に聞く」
「そうかい、そうかい。 あたしらが木を植えて実がならねばリンちゃんはお仕事やめられないのかい・・・」
「そう、お山にはいっぱいいっぱい木が繁んなきゃダメなの!」
リンの顔はむくれっ面だが頭を撫でるサクヤは大事な大事な孫をあやす表情だ。
この村でも獣妖怪の所でも俺達の力は示されているので、強引に話をつける事は可能だろう。
しかしそれでは双方に蟠りを残してしまう結果となり信頼しあえる共存者のへの道も絶たれよう。
ここが落とし所かもしれない。
「あなた方が妖怪に邪魔されずに山の恵みを手にするには、あなた方の手で伐採してそのまま放置された山肌に木を植える必要があるみたいですね。 どうしますか? これまで同様に山の妖怪達と不仲のまま浜で暮らしますか? それとも山の恵みを分かち合う為に木を植えますか?」
「そんな「通せんぼのリン」の話なんぞ・・・」
「イワ爺、良いではないか。 ワシらはもう先がないじゃろ? 息子や孫達が山へ入れるのなら木を植えるくらいは容易かろう? ここは信じてやっても良いではないかな?」
「あたしはリンちゃんの話を信じるよ。 それとなぜかここのみんなを大事に思ってくれている空飛ぶ娘さんの言葉をの」
サクヤと今まで無言だったもう一人の爺さんの言葉に渋々頷き三人の意見がまとまった。
「それでは山の獣妖怪達と白の大男には私の方から話を通しておきます」
「リンちゃんが河原仕事から解放されます様に大犬様によろしく伝えて下さい」
「サクヤ、リンは仕事がなくなるのは困るのだぞ! 仕事が無い獣は仲間外れにされるのだぞ!」
「リン大丈夫よ、心配しないで。 ヨウにはちゃんと次の仕事もお願いしてあげるから」
「ならいい」
サクヤの膝下から立ち上がり俺の方へ歩み寄ってきたので俺はシャナウに目配せして退室を示した。
簡単な別れの挨拶をして戸口に向かうと後ろにいたリンが語り出す。
「サクヤ。 死んだら山を登ってこい。 また遊ぼう」
「・・・死んだら?」
「そう、死んでから。 今のシワクチャサクヤじゃ遊べない」
「・・・死んでから山を登ってリンちゃんと遊ぶ・・・」
「そう、忘れるなサクヤ!」
セト村の長老達との話し合いは何とか終わって俺たちは一旦『樹皇』に戻ることにした。
次は、墓参り




