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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
終わりと始まりの野営
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どんぐり



 朝日が昇って間もない洗面所は林間のキャンプ場並に薄暗く混雑する。 

トイレを使う事は殆どないが女性の身だしなみには綺麗な水は欠かせない。 

ここは女性専用になっているので毎朝姦しい限りである。 

この雰囲気は馴染めないと思いつつも順番待ちして歯磨き洗顔を終わらせる。


「ねぇナーム、昨日のあの風シャナウの仕業でしょ?」


顔馴染みのボキアに声を掛けられた。 

見た目は背格好もシャナウに似ていてメリハリある体。 

髪は後ろで大きな三つ編みにしているのでオンアと同じ巫女をしているのであろう。 

目尻が少し下がった優しそうな顔立ちなのでシャナウの姉さんに見える。


「ごめんなさい、私がやめさせれば良かったのに。 騒ぎになってますか?」


同伴者の連帯責任を感じ先に謝っておいた。


「ナームはまだ記憶が回復してないのですから、気を付けなければならないのはシャナウの方です! 全くあの娘は行動力は有るけど考えなしだから困ったものだわ」

「ごめんなさい」


も一回謝っておく。 

性根がなかなか治らない自分に言われた気がして内心頭を下げた。


「いいのよ、本当にナームは謝らなくて! 今度悪さしたら私がきつくお尻つねってあげるから、何かあったら教えてね」


笑顔で手を振りながらボキアは部屋への橋へ向かって行った。

皆小声で、家の幹が大きく揺れたとか、風の影響で蜘蛛が部屋へ入ってきて大変だったとか、帰宅したら木の葉だらけで掃除した等、いつも平和なこの村では大事件に成っていた様だ。 

今後は自分の行動にもシャナウの行動にも注意しようと感じた朝だった。

 オンアに頼まれている最低限の日課と自分の幹周りの掃除が終わると、後は日暮れまで自由時間だ。 

シャナウは私の付き添い役を買って出ているが果たさなければ成らない日課は有るので、今日は正午まで俺一人っきりだ。


 吊り橋渡りの復習を兼ねて食料倉庫まで遠回で調達しに行く事にした。 

これまでは歩く事に全集中しなければ成らなかったが、今は多少の考え事と景色の鑑賞しながら橋を揺らさず小走りで渡れる様には成っている。

正直考え事と言っても、夢の中なのか、あの世の世界なのか、異世界なのか悩む事は少なく成った。 

なぜなら、分からないものは分からない。 

まずは身近な問題を少しずつ解消して生活の基盤を整える事を考える事にしたからだ。ここでの生活には慣れて来たがそれなりの不満も幾つか湧いて来たから。

 男のエルフが同じ橋を渡って来たので手を先に挙げ自分から細い手摺に飛び移る。 

朝の挨拶と先を譲ってくれたお礼を短く述べられたので、こちらも短く挨拶しておく。 

先に道を譲るのは女性だからでは無い、単に体重が軽い方が細い手摺に負担が少ないのでここでのマナーに成っているらしいからだ。

この事には不満などは思わない。

一番の不満は食べ物だ。 

これから行く倉庫に食べ物が保管されているのだが、団栗である、団栗だけである。 

1日に口にするのは団栗一個だけなのである。 

この食材豊富に見える樹海に住んでいて美味しい食べ物は一回も食べていない。 

飲み物は柑橘系に蜂蜜入りなど有るが種類は圧倒的に少ない。 

いくら向こうで拘りの無い粗末な食生活だったにしても今ほど貧しさを感じたことは無かった。

塩気も辛味も旨味も満腹感も感じない食生活は欲求不満が溜まってしまう。 

総合栄養サプリ団栗を一個飲んで水を少々。 

この体はそれだけで活動できるので尿意も便意もまだ一回も感じないのだ。 

それでもトイレがあるので行ってはみたものの用を足すことは無かった。 

便利といえば便利だが物足りない。

どうしたら良いか考えていたら倉庫に到着していた。

中には数人の先客がいて各自手持ちの袋に並んだツボから団栗を詰め込んでいる。

挨拶を交わして自分も袋に10個ほど詰め倉庫を後にした。


 正午まではまだ時間があるので、目的地をオンアの家にして又遠回りで向かう。 10日分の食料が手にした小さな袋一つとは。 

トホホな気分だ。

理由を幾つか考えてみたが、エネルギー変換効率が素晴らしく良いこと。 

調理する事無く皮付きで飲み込んで排泄されない素晴らしさ。

低エネルギーで動かせる身体。 

なんと気付いてビックリしたのだが心臓はほぼ止まっている。 

これは語弊があるが心拍数が0.3回/分が平均値で過度な運動しても1に満たなかった。 

忘れた頃に一回トクンと動いている。 

常識の遥か上を発揮する身体能力なのに、全く訳が分からない体だ。


「ナームですがオンアは居ますか」


家の扉の前で問いかける。


「ナームか? 誰も居ないから入っておいで」

「ではお邪魔します」


一言断って布の扉を捲り入室する。

以前と同じ場所に座ると飲み物を出してくれた。 

今回は木苺の味。 

ますは昨日の突風事件を謝っておく。


「昨日は村の皆んなに大変迷惑をかけたみたいで申し訳ありませんでした」


キョトンとした目をして


「たまには事件があった方が変化があってええじゃろうと思っておるが、原因のほとんどがシャナウじゃからな」


事件のことは気に求めていないが問題児が気がかりらしい。


「ナームに付いて歩く様に成って大人しかったんじゃが、まー仕方なかろうて」


お目付役だったらしいナームの中身が別人になって止めが効かなくなったって感じか?


「やっぱり俺が来たせいですね・・・」

「気にするで無い! それより何か用があったのじゃ無いかな?頭を下げにだけ来た訳じゃなかろ?」


気を取り直し疑問に思っている事を聞いてみる。


「この食べ物なんですが」


団栗の袋を目の前に置き


「これ以外の食べ物を口にしたらダメでしょうか?」


困惑した表情を作り考え込む。 少しの間をあけて


「前に見たお主の記憶で見る限り同じ人族じゃったから、前に食していた同じ食べ物を食べても問題はなかろうが。 わしは進めぬな。」

「なぜでしょうか?」

「まず、多量の食べ物を摂っても体内で使われなかったものは、ただ排出されるだけ。 食べるものを集めるにも排出されたものを処分するにも労力が増える」


全くもって道理である。思わず頷いてしまった。


「それとこの身体じゃが木の実、特に団栗以外を食すと心の臓が早く動き出す。」

「?」

「わしにも深い理由は分からんが、体で使われる様にするために体が働いているようじゃ。つまり無駄に体を酷使しとるという事じゃな」

「心臓は動かない方がいいとゆうのですか?」


ちょっとビックリして急いで聞き返す


「心の臓が完全に動かなくなれば、体全てが動かなくなるのはお主も知っておるのじゃろ?」

「勿論です、死んでしまいます」

「動くものは何時かは止まるものじゃ、長く使えた方が良くはないかね?」


そういえば何かの本で読んだことがある。

アポトーシスだったか? 

心臓のDNAには生涯可能な心拍数が記録されていて最長120年は鼓動可能と・・・。


「なんと無くわかった気がします。 ただ、他のものを食べる機会があったら食べる許可を頂けますか?」

「ナームの体はもうお主の体じゃ、好きにするとええ。 じゃが、大事に思うてくれるなら他の食べ物を口にしても、この団栗は一日一個は口にしてくれると嬉しいのじゃが?」

「勿論ナームの体はこれからも大事にします。 無理には他の物を口にする事はありません。ただ美味しいものを時々口にしたいと思っただけです」


オンアはにこやかに笑いながら


「ナームの体を大切に扱ってくれるなら何も問題はなかろうて」


と言ってくれた。 

食べ物に希望が持てたのでストレスの解消ができそうだ。


「お主の旨いものが手に入ったら儂にも分けてくれるか?」

「勿論、美味しいものを見つけたら一番最初にオンアの所へ持って来ましょう」


この長い時を生きてきたオンアが喜びそうな、旨い物探しの楽しみが増えた感じがした。

次は、飛行術1

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