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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は友を探す
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日本の森



 小さなピラミッドと切り立った山に挟まれた場所に祠があった。

枯れ葉が敷き詰められた狭い室内に痩せ細った山犬が横になり4匹の子犬が乳を貪っている。

近づいて来る気配に気付き母親が頭だけを上げ犬歯を剥き出しにして威嚇した。


「大丈夫ですよ。 子犬をまた連れ出したりしませんから安心してください」


壮年の男性姿のヨウが少し離れた場所まで歩み寄りいつも椅子がわりにしている石に腰を下ろす。


「彼らはエルフの里へ行きましたよ。 本当にお会いしなくて宜しかったのですか?」

・これからも続く長い時、姉達と一緒に過ごす時間は必ず訪れる


ヨウの問いに老齢の嗄れた声で答えたのは祠の上に浮かぶ小さな光。

光は薄れ霧状になり人影を模した。

現れたのは屋根に座すシロンの姿。


「己の限界を超える次の世界が見えている今は会わない方が良い。 姉達は問わなくても的確な助言をしてくれる。 それは自分の道では無いだろう。 先の道は自らが切り開かねばその先にある壁も打ち破れまい?」

「私は主の教えに従うまでです」

「ところでお前はあの三人をどう見る?」

「仲良し姉妹で姦しいばかりでした」

「・・・そうだな」


シロンは笑みを浮かべたが視線は別の答えを求めているように鋭い。

対するヨウも心得ているのかシロンの問いの真意について語り出す。


「巨体の獣は現状では脅威に思いませんでした。 あの魂の輝きでしたら私と同格の肉体に憑けば互角に渡り合える相手となりましょう」 

「ふむ、サラの身体はエルフの護衛には向いているが直接戦闘には難があるか」

「はい、体格差に頼る意味を私は見出せません」

「後の二人はどうだ?」

「長身のお方は最近接で一矢報いる事は可能でしょうが今の私では近付けないでしょう」

「シャー姉さんの遠距離は容赦ないからな、盾無しには勝機は遠いな」


過去を思い出してか腕組みした困惑気味の顔から青年当時のシロンの声音が漏れる。

仰ぎ見る位置で無表情に対話をしていたヨウの顔に褒美を貰った子供のような笑みが初めて浮かんだ。


「小さいお方は・・・」


言葉細くなったヨウの困惑を見てとって、シロンは笑みの中にも鋭く細められた視線を浴びせ先を促す。


「・・・エルフには似合わない狭量なただの人間に見受けます」


表情を変えずにその先も答えを急かす様にシロンは顎を上げる。


「くすんだ輝きの奥底に黒より黒い闇と同等の相反する光を見ました。 それと強力な枷の様なものも・・・。 難なく勝てそうですし、対処なく消滅させられそうな・・・。 不用意に近づけば身体が六つに別れそうな。 訳が分かりません」


ヨウの額には薄らと汗が滲んでいる。

恐怖からなのか困惑からなのか親しい者ですら判断できないだろうが、シロンは満足げにうなづいた。


「お前の見立ては大きく外れてはいまい。 総合判断はいかに?」

「対処なしです。 現状敵対すればここの獣衆は即座に殲滅されるでしょう。 見方であれば最上の存在です」


即答したヨウに満足げに大きくうなづき、シロンは大きく手を広げた。


「私の意はすでに決している。 この地の獣衆は彼らの最上の見方に成る為だけに存在する。 目指すは彼らを凌駕する強さそれのみだ」

「ここの皆主より頂いた分御霊、存分にお使いください」


ヨウの視線は祠の上のシロンでは無く入り口に凛々しく座る灰色の毛並みを持つ子犬に向けられている。


「神狼。 彼らに会わせた子犬はいかがされますか?」

「今生の兄弟で恐れずお前に近づけた彼はナー姉ちゃんあれだけの時間接した。 面倒はお前が見てやると良い遠い親戚同士だ、良い鍛錬相手になるであろう」

「犬が親類・・・ですか?」


困惑か頭痛か眉間にシワをきつく刻み母親のお腹で丸くなって眠る茶色の毛並みの子犬に近づく。


「幼い時期にナー姉ちゃんの魂に当てられた者同士だからな」

「私が昔あの方の魂に当てられた?」

「お前にはナー姉ちゃんの移香が最初からあったよ。 記憶にないのか?」

「はい、存じません」

「強く育ててみよ。 さすれば理解できよう」


灰色子犬はのっそり立ち上がると母親のお腹の横に座り目を閉じた。

ヨウは困った顔と笑みを混同させ一礼してからその場を去っていった。




 朝の”捧げ”に滑り込みセーフで間に合った俺達は以前当てがわれた同じ部屋を借りることができた。

昨日のセトの村人とのあれこれや、獣妖怪とのなんやかんやで睡眠不足だ。

今生のシロンと言われた子犬とも楽しく遊べたし充実した疲労感が心地よい。

シャワーを浴びてホコリと匂いを洗い流した後ベッドへ盛大にダイブしてやった。

少し目を閉じて瞑想すると疲れた感覚はすぐに和らぐ。

シャナウもシャワーと洗濯を終えて隣のベッドへ腰掛けた。


「姉様、子犬の話をきちんとしましょう。 私は納得してません」

「私も納得できませんナーム様」


いつの間にかシャナウの隣に妖艶サラが座っていた。

サラの巨体は洞窟の中には入れなかったので、外の茂みで休んで貰っていたがシロンの子犬の話には参加したかったのだろう。

俺もサラが使っている妖術みたいなのが気になっていたのでちょうど良い。


「シロンの意志を尊重する。 それで良くないかな?」


うつ伏せだった俺はのっそり状態を起こし二人の正面に座り直す。


「ナーム様だって分かったはずです。 あの狐は嘘つきだって!」

「狐ですよ狐! ちょっとは賢いかもしれないけど姉様に向かってあの態度は許せません! 一回炭化させてやった方がいいです」


いつにも増してシャナウは俺の為に憤激してくれていて嬉しいが、上からの言い回しも100%嘘だと思う子犬のシロンの件も何らしかの目的達成に必要に駆られた結果ではないかと感じていた。


「まぁ、まぁ。 二人の話は十分理解してます。 あの白狐が連れてきたのはシロンではないでしょう」

「知っていながら・・・、どうしてですか姉様?」

「シャナは嘘を付かれるのは許せないですよね?」

「当たり前です! 相手を故意に騙すなど魂腐った相手です」

「嘘つきは背中にクロスの3本爪刻んでも足りません!」


これほどシロンの事で熱くなるのは本気で心配しているからであろう事はわかるのだが。


「彼も、シロンももう大人です。 あの白狐の嘘にシロンの意思が少しでも有るのなら、私はその嘘を受け入れたいと思いました。 だってシロンがこれからやりたい事は私達を故意に遠ざけても成し遂げたいことなのでは無いかと感じたの」

「姉様だってそうでしょうけどシロンが困ってたらいくらでも手も知恵も貸してあげます。 足りない物はミムナに頼んだっていいのだし・・・」


俺の記憶にない程シャナウは過保護になってる気がする。

リサイズで過ごした180年の間にミムナの所で何かあったのだろうか? 逆にシャナウが心配になってきた。

俺は立ち上がりシャナウを両手で強く抱きしめる。


「シャナも知ってるでしょ? シロンは優しい子です。 だから昨夜の嘘も優しさからの嘘です。 

無事なのが分かったし新しい仲間もできて成長しているのも感じたでしょ? 彼が自ら会いに来るまでみんなで見守ってあげましょ。 サラもお願い。 強くなって帰ってきた彼が自信を無くすくらいにみんなで強くなって、見下してあげるくらいじゃなきゃ最強を目指す弟のお姉ちゃんじゃないでしょ?」


「むふ、そうね『黒柱』なんか被らなくても姉の威厳を思い知らせねば、ね」

「妹扱いした鼻っ柱に尻尾パンチを喰らわせてやります!」


俺の腕の中で変な呟きと、耳元で物騒な呟きが聞こえたのは今回は無視しておこう。

次にシロンに会う時の受難がこの時に決定したのは俺の記憶から綺麗に忘れ去られていた。




 「話は変わるけどあの狸や白狐が使ってた妖術みたいなのサラも使えたんだね? 知らなかったよ」


妖艶サラが何の事だか分からないと目をパチクリさせる。


「姉様はその薄魂体の話をしてるんじゃない」


いつもの元気を取り戻したシャナウがサラの大きな胸を隣から揉む仕草をして見せる。

なんて破廉恥な? と思ったが、シャナウの手は形の良いサラの胸の中に手首まで吸い込まれ指先は飲み込まれた感じに見えた。


「薄魂体って何それ? 初めて聞くんですけど?」

「ドキアの街で時々この姿でお会いしてましたけど? 私だと気付いていなかったのですか?」


美人さんの目と口が見開かれて台無しになっているが、サラの表情に雰囲気が似ていて吹き出しそうになった。

傘の東屋での日々を回想してみたらその中に今のサラの姿があった。

あの時は「人間の美人さんでもモガ服着て外出するんだ?」ぐらいにしか感じなかったが、年老いたテパの代わりにお菓子やお茶を運んでくれてた。 

あれって、いつも後ろで寝ていたサラの擬人化だったのか・・・。


「すみません分かっていませんでした。 でも透けてたら物とか持てないんじゃないの? 実態ない感じだし」


俺もシャナウと反対側に座って太腿に手を伸ばしてみた。

視覚では有るであろう肌を通り過ぎても触感はなく掌はシーツに触れる。

太腿から俺の腕が生えている奇妙な絵面だ。


「局所だとちゃんと物に触れるんです」


サラの伸ばされた手が俺の太腿に向かって伸ばされ置かれた。

人の手の食感がある。

いやそれより多い情報のサラの手が触れてる感触があるのを感じた。


「凄いなそれ! いつから出来てたのほんと知らなかった」

「ドキアの街に来て人間達と門の外を警備する時に思念波で会話できる人が居なかったんでいろんな人に相談してたんです。 そしたらマカボが教えてくれました」


何それマカボ凄いな!


「私にも出来るのかな?」

「誰にでも出来るとは言ってなかったでしたが、『意識高い系』は簡単だって言ってました」

「姉様なら簡単ですよ。 物質化まで出来ちゃうんですから! ほら見て私だって!」


サラの胸の前まで伸ばされた掌の中央に小さな光が生まれ霧となって人形をなす。

何とシャナウの1/10ミニシャナウがそこに現れて、サラの巨乳目掛けてサンドバック打ちを始める。

見た目は裸眼で見れる3DAR映像で実に興味深い。


「シャナウ様変な所突っつかないで下さい」


サラの実物大と比べて実用性は無さそうだが、サイズが自由自在なのなら小さいのを初めに練習としてイメージした方がいいのかな?


「それってどうやってるの? 教えてサラ?」

「そうですね、私の場合は胸の奥にある魂の泉から柄杓で掬って体の外に出します。 そこに眉間から意識を注いで形を整えてから潜り込むって感じですかね?」


今の説明だと俺の知るスピリチュアルの幽体離脱的な内容と一緒か? 昔と違うのはここへ来てからの知識で、魂のありかと意識のありかが体の中では分かれていて肉体と魂体は別の原理で動いてるって事だ。

神速の手刀を繰り出す時はいつも眠っている魂体を極限までに肉体と同期させ活性化させていたっけか?

目を閉じて自分の体内を隅々まで確認し、胸の奥底の魂を分ける作業を試みるがなかなか上手くいかない。

何度か試してみたが簡単な事ではなさそうだ。

練習してたらそのうち出来るだろうとすぐに諦めた。

なぜなら、部屋の入り口にエルフの気配を感じたからだ。


 「ドキアから来られた方々。 お話があります中央の広場までお越しください」

 「わかりました。 すぐに向かいます」


俺の返事を聞き直ぐにエルフの気配は立ち去って行った。

俺は二人を促して中央の広場へと向かった。




 広場となっている洞窟内の空間にはこの地のエルフが全員集まっていた。

身長差もあってかエルフ達に圧迫感を感じる。

円座になった中央の椅子を勧められ俺とシャナウが席に着くと遅れて妖艶サラが席に座る。

最初はエルフじゃないからと遠慮して席を外そうとしたが、誰かが出席を許可して連れ戻された様だった。

古くから知る姿変わらぬエルフ達とは言え、馴染みの薄い仲間達の中央の席は少し緊張する。

俺たちの前にオセとオトの顔が見えた。

この地ではこの二人が主導的な立場だったはず。


「ドキアの同胞の方々、里に到着後時間を置かずしてお呼びたてして申し訳ありません。 この地の復興成った森について意見をお聞きしたかったのです」


床に座った姿勢のままオセが口火を切る。

俺たちは椅子に座っているが人間サイズなので視線の高さは同じに成っている。

気配りが行き届いていて何よりだ。


「この地はこちらの里が管理しているのでしょ? 私達は部外者となるでしょうし、今回はミムナ抜きの人探しの旅で立ち寄ったのですよ?」

「存じ上げております。 なので現状の理解からなる見解だけお聞かせください」

「見解だけならば構わないですが」

「ありがとうございます」


その後オセが説明してくれたこの地の現状はこんな感じだった。

火山灰に覆われた山々に緑が戻ってきた頃、獣達も苗を育て栗系の植樹を大幅に行ったのだそうだ。

それも広範囲に渡って俺の知る日本全土に植樹してまわった。

食物が多くなって人間より小動物が先に増え、それを捕食する中型大型の獣達が山全体を支配している。

一方人間達は山には入れず海岸で細々と生計を立てていて現在では双方敵対関係になっている。

本来のエルフの立場であればどの様な状況でも容認する立ち位置だが、度々この地を襲う自然災害でこのまま三者が折り合いを付けられねば山も獣も人間も無に帰ってしまう。

それは忍びない。そんな内容だった。

珍しく同胞以外の生存を危惧する発言に驚きはしたが、元々ただの中年オヤジだった俺には賛同は出来た。

しかし、ミムナやオンアの立場で考える全ては自然に任せて自らの成長を促す事にも賛同できる。

ドキアは自然と自主性に任されていたが、途中からほんの小さな俺の欲望が発端で大きく変化した。

今でもその是非は自分では判断できないが、なるべくは自分が関係しない方が良いのではないかと思っている。

そう、後で起きる様々な問題を俺の責任にされたくないからだ。

説明を聞きながら考え事をしていると、途中からオトが話を引き継ぎ獣の集団を説明し出す。

近隣は大きく4つの地域に綺麗に区分けされ、それが統括管理されているらしい。

どこぞの大手保険会社みたいだ。

その本社機能がこの地にあって社長の名前は「神狼」本部長の名前は「ヨウ」と言うらしい。

ここで流石の俺も理解した。

この地のエルフ達はこう言いたいのだ「外地のエルフのお前達が持ち込んだ問題に責任とれ!」と。

次は、俺が仲介役?

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