会いたかった弟
星明かりだけで照らされていた中央に石が高く積まれた広場は、俺が作った光の水晶で明るく照らされた。
便利なエルフの体でも暗闇で長時間周囲全ての気配に気をくばっていては流石に疲れる。
ばら撒いた数個の水晶で今では周囲を取り囲む獣達の姿も難なく確認できる。
この場に身の危険を感じたわけではないがシロンの話に集中するには必要に感じたゆえの照明。
お陰で狐や狸の他にも猪や熊、鹿や兎の姿も識別できた。
皆興味津々の眼差しで俺とヨウの話の成り行きを伺っている様だ。
人と同じ意識レベルの獣達なら後でゆっくりお話でもしたいとふと浮かんだ想いを頭の隅に追いやり神狼の話を続ける事にする。
「白狐のヨウさん。 あなたが言う主の神狼って私たちが探してるシロンの事でいいのかしら?」
・私の事はヨウとだけお呼びください。 ナーム様の事もシャナウ様の事も聞き及んでいます。 勿論サラ様の事もです
「シロンは今どこに居るのヨウ?」
シャナウがおっとり口調で話すヨウに苛立っているのか少しキツイ言い方だ。
サラは円形の広場外周をゆっくり歩きながら、広場に入らず木々の影から傍観している獣達を逆に観察しているが耳だけはこっちを向いているので話は聞こえているだろう。
・心配なさらずとも後ほどお会いいただきます。 その前に私の口から状況説明だけさせて頂きます。
「説明なんて必要ないわ、すぐに会わせなさい!」
「まさかシロンは怪我してたり病気だったりするの?」
すぐに会えない事情に不安を感じ俺が聞くがヨウは首を横にふる。
・昔ここで皆様と別れた後この地の光る石で意識が目覚めたそうです。 苦戦もせずに与えられた己の肉体の死に相当苦慮されたそうです。
二人の問いかけには答えず童話の語りべ如く昔し話を語り出したヨウに呆れて、俺は急く気持ち諦めシャナウの腕を取りヨウの目の前に腰を下す。
俺たちの動きに話を止めたヨウに「どうぞ、そのまま話を進めなさい・・・」と告げる。
・人の身で相当腕に自信を持っていたそうですが、その自分を遥かに超える強さを得る為に幾度も獣に生まれて強さの真髄を探究したそうです。 肉体を操っているのは意識だそうですが、それは全てではない。 意識の底にも外にも身体を動かしている意思が存在するとか。 それらを魂が見守っているとか。 これらは私が神狼から教わった幾つかです。 全て私が理解している事では無いので仮定での話とさせて頂きます。 現在はその先にあるであろう世界の真理について探求している段階だと伺っています。 お二人の隣に並べる強さになる為と・・・。
シロンはまだそんな事気にしてたのか、「俺の命は二人のために使う」口癖だったな、と懐かしい思いがした。
「そんな強くなくったって弟は弟なのに、あいつは本当いじっぱりなんだから・・・」
・弟の矜恃。 だそうです。
「それで? まだ納得の強さを手に入れてないシロンは恥ずかしいから顔を出せない、と?」
少し意地悪く聞いてみた。
・私には神狼の強さを推し量る事はできませんし、負けたと聞く相手の強さも存じませんが・・・。 決して弱いお方では無いとお伝えしておきます。
「だったら早く顔出せばいいのにシロンの奴! だからいつまでも姉様の下僕って私に言われるのよ! ったくぅ!」
シロンは本当に弱いわけではなかった。
あの時の戦闘を実際には見てなかったし、トカゲの連中と戦って勝ったのは俺ではなく俺の中のキョウコだ。
連中の強さを実際には俺は知らない。
さっきまで目の前のヨウに腹を立てていただろうシャナウは、今は姿を見せないシロンに腹を立てているのかムクレッツらの美人さん顔だ。
座っていた姿勢から後ろ足を伸ばしヨウが立ち上がる。
・お連れしますので暫くここでお待ちください
「はへぇ? シロンを連れてくるの? 今?」
「動けないなら私たちが行くわ、ねぇ姉様!」
・そうだわ。 探しに来たのは私たちですもの何処にでも行きますとも!
獣の検分が終わったサラもシャナウに混じってヨウに詰め寄る。
・ご心配なさらず、こちらでお待ちください
言うなり尋常では無いスピードで跳躍して石段の上へ姿を消した。
態度は横柄に感じていたが、あの落ち着きと今の身のこなし。
ヨウは相当武闘家としての腕は立ちそうだと感じた。
「姉様! 行っちゃいました。 追いかけましょう!」
「ま、待ってシャナ! 連れてくるって言ってたんだから大人しく待ってましょ」
・あいつ何か隠してそうで心配
「そうよ何か隠してると思うわ、絶対に! ねぇサラ!」
息の合った二人同様に俺自身もヨウに対して疑念を拭えないでいるがヨウの出方を見てからでも遅くはあるまい。
不満をぶつけ合っていた二人の会話が数分続いたが石段の上の気配に気付き不意に止む。
15段はある石段は小さな階段ピラミッド、その最上階にヨウの姿があった。
立ち去った時とは逆に苛立ちを覚えるくらいゆっくりと降りてくる。
その他に獣の影も見えないしシロンの意識も感じない。
何度目かの落胆を覚えて浮きかけた腰を地べたに下ろす。
右のシャナウは掌を空に向けているし、左のサラの前足には鋭い爪が見えた。
やっぱり事前情報無しだと俺の行先は揉め事しかないのかな?
諦め気分で地面に視線を落としていた先にヨウが降りてきた。
「シロンを連れてくるとか、狐! 騙したな!」
・こちらが神狼です
「はへぇ?」
「え?」
・ん?
ヨウの両前足の間にちょこんと座る茶色の毛をした子犬がいた。
生後一ヶ月くらいか腰の座りが悪くクネクネお尻を振っている。
可愛い!
神狼と言っていたから北米とかユーラシア北に生息している勇敢な姿を想像していたが。
豆柴みたいに可愛い子犬だった。
「このちっこい犬が・・・シロン?」
「姉様、騙されてはダメです。 私はシロンの魂を感じません!」
・そうよ、シロンの匂いがしないわ!
両脇で異を唱える二人を無視して俺は子犬に近づき抱き上げる。
いやがりもせずに持ち上げられた鼻先を自分の眼前に近づけると数回匂いを嗅いで舐めてくれた。
「シロンの意識が表面に出てくるのはいつごろになるの?」
・それはわかりかねます。 この頃にお会いした時もありますし、命を無くす寸前の時もありましたから。
「それじゃ、いつか分からないじゃ無いの! いい加減な事言わないで!」
・これくらい幼くても私には匂いで判別できます。 シロンじゃ無いですこの子犬は!
どちらかと問われれば俺は猫好きだ。
が、しかし。
この位のちっこい犬は別だ。
まぁ正確には山犬だろうしニホンオオカミとも呼ばれる種類だと思う。
記憶だと大人になっても中型犬より少し大きい位で、狐と大差無かったはず。
お世辞にも強さを感じる獣とはならないだろう。
真実を疑れば何もかもが偽物になってしまうし、自身の心も病みそうだ。
「いいじゃ無いか二人とも! この子はシロンだ。 それでいいよ!」
この決して強大ではない身体に宿って最強を目指すとシロンが決めたのだ。
そして神狼を名乗っているのだ。
「シロンこっちこっち。 おいでおいで!」
地面へ下ろし少し離れて手を叩くと、よちよち近寄ってきて掌を舐めてくれる。
もういい、まじでこれがシロンでいい。
そう思った。
俺のはしゃぎっぷりで二人のヨウに対する敵愾心は削がれたらしく呆れた視線を俺に向けてくれている。
深夜を回ったシロンとの再会からひたすらに遊んであげて空が白み始めた頃、眠気に負けた子犬は俺の膝の上で眠った。
眠ってからも俺はシロンに話しかけこの地が大事な故郷である事と俺の知る妖怪の話を沢山してやった。
ヨウは片時もシロンから目を離さず最新の注意を払っていた。
大事にしているのはこの子が本当のシロンだからか、欺瞞の為かは最後まで判断はできなかった。
またく真意が読めない気の抜けない狐だ。
遠くの峰から朝日が登ってくると授乳の為親狼の元へ戻すと言われシロンと別れた。
晴天のせいもあってか気分はすこぶる晴れ渡っている。
どうあれ蟠っていた気持ちの落とし所は見つけたし子犬と遊んだのは楽しかった。
未だに浮かない表情のシャナウとサラは後で一区切りつけれるようにフォローしておこう。
長く悩んでも仕方がないのだから。
シロンを親元へ戻したヨウはすぐに帰ってきてエルフの里への近道を教えてくれた。
この時間なら急げば朝の”捧げ”に間に合うはず。
この獣妖怪達の話もシロンの話もエルフの誰かは知ってるはずだ。
ヨウの話の裏も取れるだろう。
もしも嘘だったら実力を行使してでも真相を問いただせば良いだけ。
頭の中がすっきりした俺はサラ達に声をかけて妖怪達の獣ピラミッドを後にした。
次は、日本の森




