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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は友を探す
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妖怪達



 日が暮れて上流から川で冷やされた風が流れ降って来る。

頬を伝い風になびく髪がエルフの長い耳をさすり何だかこそばゆい。

ナームの小ぶりのお尻の下にはフカフカの猫毛の絨毯があって快適そのものだ。

縦揺れも横揺れも感じさせない本物の猫足サスペンションに乗って夜闇を進む。

背中の俺達に最新の注意を払って驀進してくれているサラには感謝だ。

「喜んでもらうのが嬉しい」これはミムナが言った生きてる意味の一つだが、俺が嬉しく思って撫でる背中をサラも嬉しく感じてくれているのがわかる。

一人で来ていてはこの感覚を感じれてはいなかっただろう。

みんなでここへ来て良かったと思う。

さりげなくナームの腰に当てられた後ろに座るシャナウの手の温もりも温かい。

エルフの身のこなしなら落猫は考えにくいし、万が一があっても怪我することなど考えられないのにナームを思って添えられた両手。

これほどまでに俺を嬉しくさせてくれている二人に俺は何かを返せているのだろうか?

感謝の気持ちを伝える言動は出来ている実感がないのが心苦しい。

闇を流れる景色を見ながら「山上時代」の記憶が過ぎる。

いくつも変えた仕事の中で線路保守の仕事があった。

営業が終わった後電車の通る線路を点検整備する内容のそれで沢山の経験をさせてもらった。

深夜に入ったいくつもの線路の中でも東京駅から荒川までの新幹線の線路は信じられない程に曲がりくねり、尚且つ起伏も激しかった。

急なカーブでは左右のレールの高さが心配になるくらい違っていてコンクリート製の枕木が盛大に傾いている。

管理者曰く、「線路は走行速度に合わせて三次曲線で計算され作られているから乗ってる人は急カーブを通ってるなんて知らないさ」との事だった。

実際その場所を新幹線に乗って通った事はあるが、テーブルに乗せられた紙コップのコーヒーはこぼれる事は無かったし表面の揺れすらも見られなかった。

あの頃はただ「日本の技術の力」くらいにしか感じていなかったが、それの根幹はミムナの言った言葉だったのではないかと今では感じる。

喜んでもらう、称賛を得る為に行う行動。

それらを得た時に自分の心に湧き上がる温かさ。


そうだなぁ、あの時はお金だけがその対価だったか・・・。


移動する速さと快適さに見合って新幹線の運賃は普通より高価だ。

高い金を払っているから当然と思っていたが今では根本的に違う感じがする。

乗ってもらう人が、より早く、より快適にと努力してきた人達は本当はお金だけが目当てでは無かったのではないか?

利用者の笑顔と称賛。

それを求めた技術者もいたのではないか?

結果としては金儲けの道具にさせられて志は塗りつぶされる。

称賛をお金で支払うそこには本来の喜びの気持ちは微量にしか込めれていないだろう。

人によっては高すぎる料金だと不平を込める者もいるだろう。

貨幣制度が産む持たざる貧しい人々が得た喜びすら打ち消してしまう罪な制度になっていたのかもしれない。


そう言えば自分の仕事のミスが原因であそこの会社を辞めたが、世話になった仲間達に何も返せないままこっちに来ちゃったな。 思慮深く慎重な行動・・・。 今も出来てないがあの時もう少し周りが見れてたら違う結果になってたんだろうなぁ。 いろんな経験をさせてくれたみんなに今更感謝しても仕方ない話か・・・。


両手でサラの柔らかい背中の毛を感謝の気持ちを込めて優しく撫でる。

今の俺は自分の気持ちを素直に表せるくらいには成長した、と思っている。

セトの村を後にして河原を上流へと暫く歩き始めてからすぐに険しい山に挟まれた空間は薄暗くなった。

夜目は効くエルフであっても歩みの速度は遅くなりサラの進言でシャナウと二人で背中に乗せてもらって、もう一時間は経っただろうか?

言葉少なくなって考え事をしていたら腰に当てられたシャナウの手に力がこもった。

程なくサラの歩みも速度を落とす。

異変を感じ前方へ注意を向けると人影があった。


「女の子?」

「女の子ですね」

・狸の娘ですね

「?」


ゆっくりとなった歩みでだんだんと近づいてきた人影は俺の目では女の子にしか見えない。

歳は10歳くらいに見える黒髪オカッパの少女。

セトのエルフに似た装いで河原に佇んでいる。

良く見ると体はうっすらと光を纏っている様で闇に浮かんでいる。


・何者か!


サラの威嚇のこもった唸り声に少女は動じず答える。


「そこの化け猫。 ついてこい」


感情を感じさせない無機質な声音で呟くと森に向かって歩き出した。

上品に歩く後ろ姿のお尻の辺りに短い尻尾が垂れていた。

狸が少女を装っているのは間違いないようだ。

どうしたものかと考えながら目だけで追うと森の入り口で立ち止まり振り返る。

無言でこちらを見ている姿は、どうやらついて来るのを待っているらしい。


・ナーム様どうします?

「ついてこいと言われてもなぁ」

「そうですよ、女の子の振りをした狸ですよ? 無視しましょ姉様」


ふと「注文の多い料理店」の話が頭をかすめた。

森に入って自分がご馳走になってしまう童話。


「うぅぅぅぅん・・・。 やめとこう。 セトの村とも交流は失敗したし、このまま情報も無しにあの子に付いて行ったら揉め事しか起きない気がする」

「そうです、狸の言葉なんか聞かないでオトさんに先に会いましょ」

「だね。 変な狸が居る事は分かったからエルフの里に先に行こうか」


シャナウの賛同も得てサラは上流に向け歩き出す。

少女姿の狸も気になったが、シャナウとサラが変な妖術で化けた狸がそこにいるのに疑念を持っていないのが解せない。

まだこの時代で俺が知らない常識があったのか? 

獣が人に化けるのは当然のことだったのか?

ここ180年過ごして知らなかった現実に少し不安になった。

何事もなかった様に少女が立っていた場所を通り過ぎて進む背中にまた声がかけられる。


「ちょ、ちょっと待って化け猫!」

・待たない。 こっちは用は無い


歩みを止めないサラが感心なげに答えた。


「待って、待って! 猫さん待って! あ、猫様待って!」


さっきまでとは打って変わって焦りの感情が出まくった声音だ。

ゆっくり進む背中から振り返ると、血相を変えた表情でテケテケ追いかけてきている。

必死に駆けて来るのは狸の歩幅が狭いせいなのか?

少しだけほっこりした気分になった。

やっと追いついた少女がサラの前で両手を広げ立ち塞がる。


・ナーム様こ奴食ってもいいですか?


サラは鼻先を少女に近づけ盛大に匂いを嗅いだ。


「食べちゃダメ! 食べちゃダメですぅ! 私は猫様のただの案内役ですから!」


恐怖と混迷が混じった表情の口から大量のヨダレを出して両手をバタバタさせている。


・人の身を半端に装って、未熟者め・・・。 口から汗など人間は流さんのだぞ!


サラの思念に苛立ちが混じり始めたのを感じ背中から河原に降り立つ。

大量のヨダレを最初は誤解したが、サラの言葉で納得した。

獣は人と違い全身から汗を流さない。

体温調節は激しい呼吸や唾液の蒸発で行うものが多かったはず。

俺たちをご馳走にしたくてヨダレを流してたと瞬間思ったのは誤解のようだ。

ちなみに馬は全身から汗を流し猫は足の裏からだったかな?

変な事を思い出し今度サラの足の裏を入念に嗅がせてもらおうと心の隅に書き留めておいた。

少し不便に思えてきた少女を間近で見ると両の眼は以上に大きくて鼻の脇には細くて長い髭も数本あった。

異様な妖怪狸と言うよりお間抜け子狸みたいに見えてきて可愛く思えてきた。


「少しだけ話を聞いてあげます、狸さん」

「姉様も物好きすぎます、こんな失礼な狸の相手するなんて」

「狸? 私は人間の女の子ですよ? な、何をおっしゃってるんですか?」

・おい子狸! 人の身を装うならこの位やってみろ


サラの声に振り返ると両耳の間に光が輝き始め次第に人の形になる。

霧の様だった人形が地上に立つ頃にははっきりと人間の姿になって隣に立った。

ボキアを思わせる妖艶な女性のスケスケモガ服姿だ。


「サラ、なの?」

「はいナーム様のサラです」


頭上のサラは瞼を閉じて佇んでいて、目の前のサラは笑みを浮かべて俺を見ている。

何度も見比べたが・・・、わからん。

いや、知らなかったのか?

シャナウは意に介していないからこの現象は当たり前のことの様だ。


「見苦しいその姿をやめなさい!」


呆気にとられている俺の目の前でサラは少女のオデコを小突いた。

お間抜け子狸少女の姿がかき消え、小さな狸の姿が足元に現れた。

後ろ足の間に大きな尻尾を抱えたむっくり肥えた狸。


・ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい! まだ修行中なんです、食べないでください許してください! 未熟者ですみません!


頭を上下に動かしサラに向かって許しを乞う姿。

ドキア以外で人並みの意識を持ち会話ができる獣が居た事にびっくりだ。

ついでにサラが人の姿になったのもびっくりだ。


「私たちはこの先のエルフの里に用があって来た。 邪魔をするな!」

・ハイハイ、でしょう、そうでしょう。 で、あろう事は知ってます。 ただ、でも、その前に一緒に行ってもらいたい所があるんです。 私の役目なんですぅ〜


ただただ懇願する子狸に妖艶なサラも困った表情になる。


この場のみんなに色々聞きたい事が出来てしまったが、優先順位は子狸。

こんな暗闇で延々話はしたく無い。


「まずはついて来てほしい理由を教えて頂戴狸さん」

・私は人間なんぞと話はしたく無い! あっちへ行ってろ! 用があるのは化け猫様だけっつ! 痛い痛い! やめてください! ごめんなさい!」


話の途中からシャナウに片耳を摘まれ持ち上げられた子狸はまた盛大にヨダレを垂らし出す。


「おい狸! 私の目を見ろ!」

・ヒィッ。 えぇぇぇ!


瞬間シャナウと子狸が見つめ合って子狸が硬直した。

え? 死んだ?

河原の石の上へ戻された子狸は剥製の置物みたいに動かない。

咎めようとシャナウを見ると額に人差し指を当てて困った表情。

妖艶サラは可愛そうな者を見る目で動かなくなった子狸を見つめている。


「シャナ、幾ら何でも殺さなくても良かったんじゃない? まだ詳しい話聞いてなかったし・・・」

「・・・ナーム様こ奴は死んでません。 情報量が魂の器を超えたのかと・・・」

「少しだけ姉様の素晴らしさを判らせようとしたんですけど・・・、少しの半分も行かない所で意識がどっか行っちゃったみたいです・・・」

「か、帰って来るのか? その、子狸の意識は?」

「ナーム様心配要りません。 帰ってこなかったら私の血肉の糧になって貰いますから無駄にはしません」

「それって死んじゃうだろ?」

・た、食べないで下さい! 食べさせないでくださいナーム様!


留守にしていた意識が帰って来たのかさっきまで剥製だった子狸は俺の足にまとわりついて目を潤ませ懇願して来た。

狸と言えば、鍋かそば? 食べ物しか連想しなかったが足下に抱きついて懐かれると可愛く思えて来る。


「ならば狸! 姉様にお前の目的を偽りなく話せ!」

「はい、はい。 わかりましたシャナウ様。 お話しします。 話させていただきます!」


俺の素晴らしさとやらを強引に贈られた子狸は、俺とシャナウへの接し方をコロリと変え緊張しながらもその理由を話してくれた。



 子狸は自分はリンと名乗りこの河原でいく年もいく生も人間を遠ざけ心通う猫が来るのを待っていたのだそうだ。

それは記憶の始まりで山の主と約束を交わした内容。

成就するまで役目を継続しながら修行と鍛錬を行い山を荒らされない様に守る事だとか。

訪れる猫の名前は聞かされていなかったが、力あるお方故話を聞き入れて貰う為に人の姿を装う術も学んでいたのだそうだ。

自分の知る限り猫は人間に媚び売るだけの低脳な獣だと思っていたので、と正直に話しサラに再び小突かれる一幕もあった。

話は前後して主観が多すぎて理解しづらかったが、性根は悪い奴では無さそうだ。

結局、サラに山の主様に会って貰い自分の使命を完了させたいらしい。

光水晶を囲んだ三人に身振り手振り時には踊りを交えて必死に伝えようとしてくれたリンを少し黙らせてから三人で相談する。


「なんでサラだけなんだろ? サラが来る事を予想してるって事はシロンだろ? 山の主って?」

「ですわね。 姉様や私の事は今の話には出てこなかったですわね」

「こんな未熟者を案内人とかにして・・・、シロンには言いたい事が沢山ありますから、まずは山の主とやらに会いに行きましょナーム様!」

・ごめんなさい、ごめんなさい。 未熟者でごめんなさい!

「それでここからその山の主が居る所まで遠いのかい?」

・ぴょんぴょんぽーんて感じですぐです

「分からん・・・」


その表現で俺達に分かってもらえると顎を上げ胸を張ってる意味がわからん。

サラにまた弄られながらも俺たちの同行を急かすのでシロンだろう山の主の所へ案内してもらう事にした。


 足の遅いリンを途中からサラの頭の上に乗せ案内させ森の中を進む事約2時間。

ようやく目的地であろう場所が見えて来た。

リンが説明したあの変な距離感は山を二つ越え深い谷を渡った先の意味だったらしい。

星明かりで見える峰々の中腹に巨石が段を作る広場があった。

俺達の来訪を知ってか数多くの獣の気配を感じるが敵対の意識は微塵も感じない。

数は50を超えていそうだ。

ゆっくり近づくといち早くリンはサラの頭上から降り石段に向かって駆け出した。

途中で女の子の姿になり石段の手前で正座の姿勢をする。


「おぉぉぉぉぉ、山の主よぉぉぉぉ! お約束! リンはお約束守りましたぁぁ!」

「リンよ案内ご苦労であった。 長い間お疲れ様でしたね。 褒美は明日の朝与えましょう」


最上段の一段下に壮年の男の姿が現れてリンにねぎらいの言葉をかける。


「あ、ありがとうございます! あ、あの・・・」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「主様は? 主様の姿を、お言葉をぜひ・・・」


立場はかなり上な存在なのだろうが少し横柄に感じた。

・狐ですね、あれは

小さな思念でサラが囁く。


「リンよ心配するでない。 山の主は何時も皆と一緒なのだ上辺の意識に惑わされず待っていれば良いのだ、もう下がりなさい」


食い下がろうとしたリンが言葉を飲み込み渋々段前から離れ周囲の獣達の気配に紛れて消えていった。


「遠きドキアの地より来られた方々こちらへ」


手招きされたので俺とシャナウはサラの背中から降りてゆっくりと石段に近づく。

隣のシャナウも後ろのサラも何か機嫌が悪そうだ。

壇上の男の言い回しと態度が気に入らないらしい。

エルフは上下より節度を重んじる。

つまり相手を慮った態度と言動だ。

彼にはそれが足りていない、そんな感じを受けた。


「招かれたから来てやったけど・・・、なんかやな感じ」


俺は壇上の男に向けて他の二人の分も含めた正直な気持ちを言葉にする。

少し驚いた素振りをして一瞬虚空を見つめてから納得した表情で小さくうなづく。


「これは失礼しました。 人の姿の方がお話ししやすいかと考えていましたが不興だった様ですね」


言い終わると壮年の男の姿は薄れ本来の姿を現わす。

白い毛並みの美しい立派な狐。


・人の姿は偽りの姿であってもこの身に宿る私の魂は変わらない。 会話は魂通しがするものでしょ? ドキアの方々?

・ナーム様周りにシロンを感じませんわ

「何だぁ、無駄足だった様ですね姉様。 あんなの相手しないで里へ行きましょ」

「シャナ折角ここまで来たのだからあの狐さんの話を聞きましょう。 手掛かりくらいは教えてくれるでしょから」


シロンに会えるとばかり思っていたので俺自身も気落ちしてしまった。

相手をしてくれたのは上から目線の狐さんで気もそがれてしまったのも事実だが、サラを呼んだ理由だけでも聞いておこう。


「私はナーム、ドキアのエルフよ。 そして同じくシャナウと親友のサラよ。 なぜ、サラをここに案内させたの?」


狐はゆっくりと石段を降り俺達と同じ位置に降り立ち綺麗なお座り姿勢になる。


・私の名前はヨウと申します。 この地の主「神狼」に仕える者でございます

次は、会いたかった弟

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