妖怪伝説2
サラを中心に一気に30人ぐらいの漁民達にかこまれてしまったが、武器を手にしていても皆腰は引けていて怯え顔だ。
普段は海に糧を求めて勇ましく漁をしているのだろう、全員がサルダと同じく日に焼けた肌と身に付けたボロ布は塩の粒がこびりついている。
それぞれ手にしたモリは全てサラに向けられ威嚇しているのだが足はガクブル状態。
問答無用で襲いかかってきたら全員海へ叩き落としているところだが、囲んだだけで踏みとどまったのは横すわりで寝そべっているリラックスモードの猫の癒し姿勢のせいかもしれない。
あとは俺とシャナウの美貌のせいだろうか。
「サルダ無事か? 怪我は無いか?」
「この妖怪に襲われたのか?」
「オメェらどこから湧いて出た?」
口々に喚き散らす纏まりの無い連中。
話を要するに、岬守のサルダが緊急呼子を吹いたので何者かの襲撃と思い集まってきたみたいだった。
そう言えば、サラの鼻息で吹き飛ばされた時に、咥えていた呼子が何回か聞こえた記憶がある。
大きく動いて刺激したくはなかったので、シャナウとサラは座ったままでいいと目で合図して俺だけ立ち上がり軽く会釈する。
「セトの皆さんこんにちわ、私はナームと言います。 そして座っているのはシャナウと猫の友達のサラです。 海の向こうのドキアから人探しの為に来ました」
サルダは落ち着いた顔で黙って座ったまま難しい顔で考え込んでいる。
疑心の表情が消えない武器を持つ連中は
「この立派な妖怪が友達?」
「小娘が船に乗って来ただと?」
「何かのまやかしに決まっちょる!」
「皆! 騙されるな! あの船にはまだ仲間の妖怪がいるかもしれんぞ!」
好き勝手言いたい放題だ。
「・・・弟! この娘さん達は、弟を探しに来たのだそうじゃ」
サルダが大声を張り上げて周囲をいったん黙らせた。
「・・・なんじゃサルダ! お前さんもうまやかしにあてられたんじゃなかろうな!」
「そうじゃ、そうじゃサルダ。 おなごが船に乗って来たなんぞ信じられるか、何かのまやかしに来まっちょる。
聞き分けのない人間達にうんざりしているサラの思念は良いとして、シャナウさんは細められた瞼で膝に置いた両掌が空に向いている。
自分の事では普通のエルフ並みに寛容なのに、ナームが絡むと何故か冷徹な一面が出てくるシャナウ。
俺が”くる”前にミムナはどんな接し方をしてたのかほんと気になる。
囲んだ人間達に危害が及ぶ前になんとかしなくてはと口を開きかけた時、またサルダが大きな声を出した。
「わしゃ、大猫様のまやかしにかかっとらんし、この通り怪我もしとらん! ドキアの大妖怪のサラ様は・・・爪も出しとらん! こんな近くに妖怪がおるっちゅうのに誰も血を流しとらん。 今まで間近に大妖怪が来て人の話を寝そべって聞く事ってあったかい村の衆?」
囲んでいる漁師達は無言でサラを凝視する。
可愛く顎下に置かれたサラの前足には、サルダの言う通り爪は見えないし呆れた表情の目蓋は半開きだ。
可愛くてワシャワシャしたくなる姿だ。
「妖怪は村の子供を攫っては喰らう。 この大猫が違う証拠でもあるのかサルダ!」
「そうだ! 俺の娘も森に入って帰ってこないのは獣妖怪に喰われたからじゃ! 海の向こうのドキアから来たとしても獣妖怪には変わらん! 信じられっか!」
セトの村と山に住む獣との間には根深い諍いがあるのだろうが、子供を攫って喰らうとは穏やかではない。
ドキアも今では落ち着いているが、人間と獣達との間では過去に何度も衝突があった。
人間が生活範囲を広げれば全ての動物達と共存できないエリアができてしまう。
この村も人の数が増えて、豊かになった山々に生活場所を広げようとした結果もめているのだろう。
「おばば様の言葉・・・。 昔語りのおばば様は空飛ぶ船に乗った黒い大猫を従えた空飛ぶ娘達に救われたといつも言っとる。 大妖怪は我らの仇でもこの大猫様は違う! ・・・気がする」
「獣憑きのおばば様か? あんな・・・、戯言・・・。 信じられるか!」
サルダがこの地の有名人らしいおばば様とやらの話を口にした途端、囲んだ半数の男達の眉間にシワが寄る。
嫌悪と違う困惑の表情だ。
空飛ぶ船の話は誰もが知る話なのだろう。
「そうだ! こんな娘っ子が二人だけで海向こうのドキアから来られるもんか! 嘘にきまっちょる!」
なんだか話が進まない。
セトの村人達の誤解を解くには少し時間を空けた方がいいみたいだ。
とりあえず一旦船に戻って夜になったら飛んでエルフの里へ行こう。
「おおおぉぉぉぉぉ!」
いきなり漁師の男達が響めきの声を発する。
男達の視線は徐々に上を向き、口は拳が入りそうなくらい開かれる。
俺もつられて視線の先を目で追った。
シャナウが浮かんでた。
黒のマントを潮風に靡かせ、肩の位置まで広げた両手にはそれぞれ赤い輝きを灯している。
「姉様を! 姉様を、嘘つきだと! 曇ったままの眼を持つ人間よ!」
「シャナちょっと待っ・・・」
力の行使を止めようと言葉を掛けたが間に合わず、シャナウの両手から赤い光が放たれる。
小石が落ちる速度で岬の両側、外海と港側の海面へゆっくり落ちて「ジュゥ!」と音をたて輝きを消す。
威嚇のダミーかと思った瞬間。
左右に轟音と共に盛大な水柱が立ち上がった。
「姉様の言葉が嘘だと言う者! 前に出なさい!」
人間を直接狙わなかった威嚇とは言え、さっきのは本気の一撃だ。
港の水面は地震で波打つプールの状態。
直接被害が出ていないのを確認して胸を撫で下ろし周りの男達を見る。
半数は腰を抜かした状態でシャナウを見つめ。
残りの連中は最畏怖状態の土下座。
駆け引きや嘘を常用しないエルフにとっては、頭ごなしに疑念をのたまう人間達を理解できないし許せないのかも知れない。
俺の知るエルフの中でもシャナウはとっても素直な愛すべき性格を持つ娘なのだ。
同行を承諾した時からこんな状況が来る事は薄々想像していたので仕方がない。
人的被害が出なかったのを良しとしておこう。
もう普通の人間として接するのは諦めて俺もシャナウと同じ高さまで浮き上がる。
姿勢を正したサラの耳の位置に、黒衣の少女が左右に浮かぶ形だ。
「おおぉ! やはりおばばの空飛ぶ船の空飛ぶ黒娘の話は本物じゃったのか・・・」
サルダが正座姿で両手を上げ大仰に叫ぶ。
他の連中は全員が最畏怖姿勢で地面に額を押し付けている。
「セトの人間。 私達は人探しにドキアから来た。 協力は強要しない、邪魔をするな!」
隣のシャナウが風の魂を使い高圧的に声を周囲に轟かせる。
吹いた風で村全域にまで確実に届いているだろう。
俺が求める村人との邂逅とはならなかったが仕方ないかと諦めることにする。
古代の日本人を人として肌で感じ知りたかったのに、と強腕を発揮してくれたシャナウをチラ見する。
半目に開いた瞼のシャナウはいつもとは違う冷徹な美人さん。
隣で見てる俺の背筋が「ぞわっ」っと音が出て、身体が硬直しそうなくらい美しい。
雪女の微笑で男達が動けなくなるのは、心奪われ見惚れてしまったからだと思う。
M男の自覚が無い中年男魂の俺ですら、いつも近くに居る親友と知っていても動きが止まるのだ。
異国から来た初見の美人さんが、宙に浮かんで発する迸る冷たい視線。
異を唱える者は誰も居なかった。
人通りの無い村の道を俺達3つの影が進む。
夕暮れ時が近付いた忙しい時間だろうにだ。
「邪魔をする者は容赦はしない! 皆に伝えよ!」
岬で漁師達にシャナウが言い放った言葉のおかげで、男達は一斉に方々へ散っていき
もう俺たちは腫れ物状態。
まぁ、当然こうなるわな・・・。
エルフの里がある洞窟の下に川が流れていたので、取り敢えずはその山の麓までいける川まで歩く事にした。
もちろん空を飛べば1時間しないで着けるだろうけど、村の雰囲気を知りたかったのと妖怪ともめているらしかったので歩きでしか感じられない情報も欲しかったのだ。
「姉様を嘘つき呼ばわりした割には誰も姿を見せないとは、根性が無さすぎじゃ無いですかねここの人間達は。 ねぇ、姉様?」
「・・・根性とかどうかは別にして、知らなかったんじゃ無いかな? 同じ人間の姿でも桁外れの力を持っている連中が居るって世界」
・知らない相手だからって全てを疑うとか、失礼しちゃう!
「そうよねぇー、失礼されちゃったわよねぇー、サラ!」
・ねぇー
山を背にした家や店が片側に連なる海岸沿いの細い道。
サラは器用にスキップしながらついて来る。
無礼な人間たちの事は狭い船倉から解放されて自由がきく広い大地でトイレが出来た事で、もうどうでも良くなったみたいで機嫌がいい。
さっきの会話で感じた思念も、この地の人間の事など微塵も気にかけていない。
そぶりだけはシャナウに合わせている感じがした。
同伴してくれている二人は俺を大事に思って手助けしたい一念なのは分かっているのだが、俺の考えていた通りに物事を進めるには俺への思いが強すぎて二人の行動が悪手に出でしまう。
俺も二人を大事に思っているから突き放す訳にもいかないので仕方がない。
世の中は思い通りにならないのは世の摂理なのだろう。
摂理の責任はミムナに丸投げして俺も気分を切り替え妖怪の領域へ続く河原を見つけ上流へ歩みを進めた。
妖怪達




