妖怪伝説1
エルフの船が連結されていないので水中翼船航行の速度とはいかなかったが、かなりの高速航行で航海は順調だった。
多少外洋のうねりで揺れには悩まされたが嵐に見舞われなかったのは付いていたと言えるだろう。
河口の街レムリを通過してから4日目の昼に懐かしい見覚えのある古代日本の入江が見えてきた。
草木の枯れた火山灰に覆われた山々は緑に変わり、復興が順調だったのを感じさせる。
以前接岸した岸壁には大小の船がひしめきあって停泊していて、陸には大勢の人影が確認できた。
「アトラみたいに専用の岸壁とはいかないみたいですね姉様?」
「そうだね、漁船とか交易船がいっぱいだもんね・・・」
ブラック・JK姿に着替えた俺は背伸びをして周囲を見渡し停泊場所を探がしながら答えた。
シャナウもお揃いのとんがり帽子を右に左に振って接岸できそうな場所を探している。
入江の真ん中でどうしたら良いものかと首を傾げていると、呼子の音が波の音に混じって聞こえた。
岸壁側ではなく波止めの役割をする岬の方で両手を大きく振って合図する人間の姿が見えた。
船を近くまで寄せるとボロの布切れを身につけた漁師風な中年の男だった。
「あんたらここに何の用かね?」
口の前で両手でメガホンを作り大声で聞いて来る。
俺は操船をシャナウに任せ岬に飛び移りとんがり帽子をとって軽く会釈してから。
「ドキアの樹海からの旅の途中で立ち寄ったナームと言います。 数日あの船を停泊させたいのですが」
「ドキア? 旅? 何か交換物を持ってきたわけじゃ無いのか? 小娘」
「あのぉ! 小娘には変わりはありませんが、名前はナームと言います。 おじさんは?」
日焼けのしすぎで肌は黒黒としていて、髪にも髭にも粉の様に潮がついたナームの体には触れて欲しくは無い見た目の男。
カピカピに固まった髭を撫でながら胸を張って答える。
「わしゃぁな小娘! この港の岬守のサルダじゃ! 荒らし屋とかの、ワニとかの、海からやって来る悪いやつが来ないか毎日見張っとるんじゃ。 小娘のお前とじゃ話にならん! 親かあの船の船長を呼んでこい!」
少し髪は伸びたが見た目は15歳の少女と言ったところだ。
魂は50+240+180=470、見た目に引っ張られて益々精神年齢は若返った感はあるのでこのおじさんに信用してもらえる自信は無い。
俺より見た目が年長さんのシャナウだが、面識が無い人間が礼を失した態度をとると極端に冷徹になるので相手をさせる訳にはいかない。
少し悩んでからサラを呼ぶことにした。
威圧したいわけでは無いが面倒事をを回避するには、見た目で簡単に力を理解させる強大な獣に頼っても良いのでは無いかと考えたのだ。
身軽に跳躍してきたサラは俺の隣に並びサルダに鼻先を向け匂いを嗅いだ。
荒い鼻息を一つするとサルダは吹き飛ばされてしまった。
「わ、わっわぁぁ! ピッピー!」
口に咥えた呼子を盛大に吹きながら、後方でんぐり返りをして正座姿勢になったサルダはひれ伏した姿勢で動かなくなった。
「おじさん大丈夫? 怪我しなかった?」
まさか鼻息で転ぶとは思ってなかったので焦って背中を摩ってやる。
サラも困った表情になってしまった。
「わ、わ、わしゃまだ死にたく無い! どうか、どうかお助けください! 大猫様ぁ!」
・大猫様?
「おじさん、安心して! この猫さんは襲ったり暴れたりしないから安心して」
顔面を地に付けて正座姿でジリジリ後退りするサルダの腕を強く握って上体を起こさせる。
サラを初見で泡食ってるのは分かるが怖がりすぎだろこのおっさん。
額に汗を浮かべてサラを視界に入れまいと必死に力を入れて頑張る眼前に回り込む。
「大猫様! 大猫様! 頼む・・・、頼むから見逃してくれぇ! わしゃ死にとう無い!」
「死なない! 死なないよ! 意味なく殺したりしないわよ! サラは優しい猫ちゃんなんだから!」
両頬を掌に包んで強い意志を込めて、涙で潤んだサルダの瞳を睨みつける。
震える体が次第に収まり、冷静さを徐々に取り戻し凝視していた両目の焦点が俺に合ってきた。
「大丈夫? おじさん。 猫さんが乱暴者だったら私が食べられちゃってるでしょ? 私の言ってる意味、分かる?」
腰に手を当てて駄々をこねる園児を諭す様にゆっくり言葉に出す。
「本当か? 娘さん、その大猫様は・・・、暴れんのか?」
「もちろん! 私のお友達だもの。 ねぇ、サラ?」
・このおじさん、初めて見るのかな私みたいな猫?
猫とサラは簡単に言うが、立った状態で俺が頭を傾げる事なくお腹の下を通れる巨体。
この時代に生息している事を知っている人間でも、目の前にいきなり現れれば卒倒するのは当然だろう。
サルダが立ち上がるのに手を貸してやり、背中と膝についた砂を優しく払ってやる。
錨を下ろして『樹皇』を錨泊させていたシャナウも俺達の隣に並んだ。
「サルダのおじさん、私たちは山のエルフに会いたいのだけど・・・、エルフって知ってる?」
「・・・エルフじゃと? 山の上に住んどる白の大男たちの事か?」
「そうそう、ちょうどあの山向こうにある高い山だったと思うんだけど?」
「わしゃ、知らん!」
「へぇっ?」
太い腕を胸の前で組んで言い切った。
大男達が山に居ると言ってたのに知らないとほざいたサルダにカチンときた。
「わしらセトの村は海の恵みで生活しとる。 山の事など知らん!」
「いや、さっきの山に住んでる大男の事が居るって言ってたでしょ? 多分私の会いたいエルフってその人達のことだと思うんだけど?」
何が気に障ったのか俺の問いに背を向けて見張りを続けようと震える足で歩き出した。
するとサルダのお腹にサラの長い尻尾が唐突に巻きつく。
「こら、何をする! やめてくれろー大猫様! 食わんと言ったではないか、騙したな小娘!」
モフモフのサラの尻尾で拘束されたサルダは、もがき暴れるが体を持ち上げられて俺の前に連れ戻されてしまった。
今度は俺とシャナウが腕組みして問いただす。
「ねぇサルダのおじさん。 私達はここの村にも、住んでる人間達にも面倒かけるつもりは無いの。 探し人がいるから色々話が聞きたいだけなのよ?」
「姉様! 話の聞けぬ人間はほっといてあっちの村の人間たちに聞きましょう」
「猫様! 大猫様! 離してくだされ! 堪忍してくだされぇ!」
サラに目配せしてサルダを解放してやると、またその場にへたり込んでしまった。
恐怖を相当我慢してるのは分かるが、セトで今回初めて話をする第一村人だ。
村に入る前に集められる情報は集めておきたい。
カインでの失敗を繰り返して時間を無駄にするわけにはいかない。
サラに声をかけて首にぶら下げてあるリュックから水筒とカップを取り出し、アイスレモネードを注いでサルダに手渡す。
「おじさん、これでも飲んで少しは落ち着いて。 こんな若くて綺麗な小娘の話、少しは聞いても損はないでしょ?」
シャナウと自分の分も用意してサルダの前に座り先に二人で喉を潤す。
不審そうな顔のままカップに口をつけて「冷たくて甘い」と感想を口にして一気に飲み干した。
空になったカップに2杯目を注いで、しばし無言の時間を過ごす。
晴天の昼。
遠く海上を流れる白い雲。
潮騒の合間に時折聞こえるカモメの鳴き声。
深い深呼吸をしてからサルダが語り出した。
「わしゃ妖怪大猫様は初めて見た。 そしてこんな小娘を連れているとは聞いたこともないし、ドキアとは猫妖怪の治める土地だったとは知らんかった・・・」
「あのねおじさん違うから! 何か勘違いしてる様だけど、ドキアからは来たけどドキアは妖怪が治めてたりしてないのよ。 妖怪?」
こっちに来てから初めて効く単語に思わず聞き返してしまった。
日本の昔話ではよく出てくる不可解な現象を簡単に片付ける便利な言葉。
何事も理解できない事の責任は八百万の神々の成した事。
責任回避癖のある日本人の詭弁で生まれた迷信だと思っていたが、こんな時代にもその言葉を使っていたのかと感心してしまう。
「そうじゃろ? 人間が勝てそうもないその巨体は長い時を生きた証。 そして妖怪は言葉巧みに人を惑わす・・・」
・私が人を惑わす? なんて失礼なおじさん! 海に落としてもいいかしらナーム様!
「まあ待って待って、この土地の常識を聞いてからにしましょ。 何か理由があるのよ」
「猫様はお怒りか?」
「まっさかー、面白そうな話だからもっと教えておじさん」
サラと俺の会話に一転また怯え出したサルダをなだめ、話の続きを促す。
「大犬様と白い大男。 ここら一帯の山は妖怪のそいつらが縄張りにしておって、山からの恵は少ししか手に入らん。 あんたらが探しているのが白い大男達なら諦めるんじゃな!」
「なんで?」
「山には登れんからに決まっておろう?」
「山に登れないの?」
「わしら人間が入れるのはあの高さまでじゃ、その先は大犬様の土地」
指先で背中に連なる急峻な山々を指差す。
平地から30m程登ったところから緑の若葉を大きく広げた木々が茂っているが、その下は背の低い草だけが生い茂り樹木は見かけない。
目に見える範囲は全て線を引いた様に山肌が区分けされていた。
「あの先には行けない? なんで?」
「なんでなんでとしつこいのぉ。 あんたらの探しとるのが山の上におるのなら妖怪の取り巻きの獣に邪魔されて登れん、と言っておるのじゃ」
怯えていた気持ちは落ち着いたのか俺のしつこい問い掛けに、くどい! とばかりに語気を強める。
無表情な綺麗な顔の眉間に縦縞が浮き上がるシャナウの太腿をポンポンと軽く叩きなだめて自分なりに考える。
セトの村の人々はカインと同じでエルフの存在を誤認しているらしい。
火山灰で一度死んだ山々に種を撒き苗を植えここまでエルフ達は緑豊かな姿に変えた。
180年で人間達は少なかった数を増やし村を成すまでにはなったが、山の恵を全て享受するに至っていなく獣達に邪魔されているらしい。
舟や家を作る為に木を切り出したくても出来ない状況。
それはエルフの意図するところなのだろうか?
ドキアもカインもエルフの里のみんなは人間達に極度な干渉はしていなかった。
見守りの森や湖は大切にしていたと思うが、里の聖域以外は自由にさせていた。
あの狭い洞窟に住んで居るセトのエルフ達が人間の自主性を奪う決まり事を見守りの地に設けるとは考えられない。
「弟なの・・・、探しているのは私たちの弟なの」
「白の大男があんたらの弟? 身の丈は若木の大きさの?」
「違うの、昔ここで別れて見失った人間の弟。 名前はシロン・・・」
視線を埋葬された山の頂に向け口籠る。
背中を温かいシャナウの手が撫でてくれる感触がした。
二人の悲しい思い出だ。
「シロン? わしゃこの付近に住んどる連中の名前は全部知っとるけど、その名は聞いた事なないのぉ」
「そうなのですか・・・。 一つ聞いてもいいですか?」
「なんじゃね? 弟を探して遠いところからわざわざ難儀な旅をしてきたのなら、わしの知ってる事は教えちゃるよ」
俺はガレから譲り受けたペティナイフを懐から取り出しサルダに見せる。
流石に海の男らしく片手で器用に回しながらグリップと刃を真剣に見定め
「こりゃ、ツヒトのナイフだな。 村にいる腕のいい鍛治師が打ったやつだ」
「あぁ良かった! 村へ行けばその人と話ができますか?」
大勢の足音と怒号が遠くから聞こえてきた。
サルダから視線を外し村の方を見ると、モリらしいものを手にした漁民が束になてかけてくる姿があった。
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