海は広いし大きいし
レムリの樹海に面した石造りの門にある一室を借りてシャナウと一緒に一晩泊まることにした。
サラは色ボケ連中が懲りずに夜這いをかけて来たらゆっくり話ができないだろうと気を使って戸外で番をしてくれていた。
オイルランプで照らされた室内は暗く狭いが、シングルベットが二つと小さなテーブルが置かれていた。
ビジネスホテルのツインルームを中世風にコーディネートすればこんな感じだろう。
ドキアの街から定期的にレムリの警備として戦士が交代要員としてやって来るので掃除も行き届いており居心地はいい。
酒場で話しきれなかった180年の続きに加えて、俺が身に付けたの魂を使った技を見せびらかす。
習慣化した瞑想中にエルフの特殊な体を通し俺が理解したこの世界は幾重にもレイヤーが重なる空間だったってことだ。
前世での知識では物質は原子核の周りに電子が雲の様に囲って型を成していて、雲の中心にはとっても小さな核があり中身はほとんどがカラッポ?くらいの知識だが、その空間には魂が詰まっていた。
いや、重なっていると言った方が良いのかもしれない。
物理学は現象を数式や実験で目に見える形にして理解する為のものなのだろうが、今なら分かる。
形を成しているのは”意思”が望んでいるから。
オンアが言ってた石の魂、水の魂、空気の魂・・・。
あの言葉は目に映る3次元の物質世界は虚像にすぎず、極小の魂の集合体が原子を纏った”意思”の集合体を意味していたと理解した。
「つまりね、簡単に言うと。 私の”意思”で自由になるこの体で触れている空気を、こんな感じで・・・」
薄明かりの中シャナウの眼前に置かれた掌の中心に、小さく光る一点が現れる。
秒でその光は成長し親指大の水晶が形を成した。
物質化現象。
「集めて形にすることが出来る様になったの!」
「姉様すごい! 何も持ってなかったのに水晶が出て来た!」
シャナウは目をひん剥いて喜んでくれた。
こっちの世界に来て俺の先生だったシャナウに自慢できて俺も満面のニマニマ顔だろう。
ただ毎日毎日テパのクッキーとお茶をご馳走になって180年過ごしていたわけではない。
ドキアの記憶を有して転生する人間達が、マスターの称号を重ねて成長していく様を目の当たりにして精神はともかく知識が成長しないのでは哀しかったのでいろいろ試したのだ。
小さな水晶を手にして喜んでいるシャナウは掌に光の魂を集めて水晶に込める。
水晶はLED白色灯を思わせる眩い光を放ち室内を照らした。
「姉様のそれって、何でも出せるのですか?」
「そこなんだが・・・。 まだ、水晶だけ・・・なの」
そう、”意思”の力で物質を生成するにはそのものの理解が完全に成されなければならないみたいで、自然物理学を最後のページまで理解しなければならないのだろう。
多分それは、「魂」と重なる「宇宙の法則」を全て解き明かさなくてはならない壮大な課題。
しかし俺には時間は十分にありそうだから目標は大きいほうがいい。
「私が着替えてる間に姉様はまた遠くへ行っちゃった・・・」
強い光で照らされたシャナウの両目から涙が滴となってテーブルに溢れる。
俺はシャナウの掌に乗せられた水晶を上下から優しく包んだ。
「何も泣かなくても・・・。 シャナちゃんと教えるから! シャナならすぐに出来るから!」
「本当ですか? 絶対ですか?」
「もちろんだよ、シャナ! これからは一緒に研究してあのトカゲ達を蹴散らす力をつけるんだ!」
「・・・酒場では私に留守番させるつもりだったのに?」
ジト目の目尻に涙を浮かべる美人が痛い処を突いて来る。
「あ、その事はですねシャナウさん。 リサイズで身体に馴染むのには時間がかかりますし・・・。 外地ではさっきみたいな色ボケ人間達が危険ですし・・・」
・そんなの私が皆殺しにしてやるんだから、ナーム様は心配しないの!
「サラちゃんは優しいのねぇぇ! 姉様は”おいてけぼり”しようとしたのにねぇ?」
・”おいてけぼり”反対です! ナーム様はいつも人間達に言ってるではないですか。 何事も一人で決めてはいけないし、焦ったり急いだりしちゃダメ! 話し合って意見を纏めることが大事って!
番をしているサラに俺達の会話が聞こえていたらしい、この場で同行許可の話題に持ってかれると部が悪い。
せめて、長老達との話し合いの場まで返事を濁さねばいけない、できれば気ままな一人旅がしたいのだ。
「・・・はい、そうします。 お話し合いはホント大事だから、旅の話はエルフの里へ帰ってからにしましょ?」
「明日が楽しみ!」
・ねぇー! シャナうさま!
シャナウとサラも久しぶりに逢ったはずなのに、いきなりの共同戦線。
猫好きは猫は好きって事なのかな?
その後は他愛もない話を3人で朝まで楽しみ、早朝カリーロとガレに見送られながらエルフの里への帰路についた。
「それじゃナーム達よ、気兼ねなくゆっくり世界を見てくれば良かろうて」
「あ、・・・はい。 わかりましたオンア長老・・・」
「長老行ってきまぁす!」
・お暇頂き感謝します長老
それぞれの挨拶をして長老会議の席を後にした。
俺の後ろにはシャナウ、そしてサラ。
エルフの里の中央広場から街のエルフの館へ向かう吊り橋の上、俺はさっきまでの会話を思い返す。
シャナウは俺がレムリに視察に出掛けたすぐ後に里に帰って来てたみたいで、ドキアの樹海の変化については長老達とテパにいろいろ聞かされていたらしい。
ついでに言うと、俺が世界を知る為に旅の計画を立てている事も知っていて、長老達には事前に根回ししておりエルフの里を離れる許可をシャナウは貰っていた。
ベイロの堅苦しい言い方を訳せば「猫の首に鈴」。
キョウコと言う強大な力を内包した俺がどこの陣営に属するか、これは火星側では重大な関心事。
完全なる自由を認められている俺の所在地を報告してくれる同行者は必要だったって事だ。
俺としてはエルフの里のみんなも、ドキアの樹海の人間達も大好きだ。
裏切るとかそんな気持ちは一切持ってないし、出来る限り力を貸したいとも思っている。
しかし、ミムナは俺を不確定要素と言い切りそして完全自由も与えている。
真意はどこにあるのだろう?
などと考えていたらエルフの館に着いた。
受付の女性に声をかけてから俺の定位置の傘の東屋へ向かう。
そこにはテパの姿があった。
両の手で湯飲みを包み小さく丸くなった老婆姿のテパだ。
「おはようテパ」
「おはようございますナーム様、シャナウ様。 レムリの街はいかがでしたか?」
「そうね、相変わらず外地の奴らは守銭奴と色ボケばかりだったわ」
「そうでしたか、求める変化はなかなか望めませんでしたか。 シャナウ様はおの格好でおい気になったのですか?」
「もちろん! テパが作ってくれたモガ服ですもの!」
純白スケスケモガ服をヒラヒラさせてテパに微笑む。
俺の困った顔とサラのウィンクで全てを悟ったテパは優しい笑みを浮かべる。
「楽しかった視察で何よりだったではないですか?」
「そう・・・、楽しかった、かな? あっ! それとシロンがいるらしい情報もあったわよ!」
「ほほぉ、それでは3人で何処かへ出発なさるのですかな?」
全てを見通しているテパの言葉。
歳をとっても高い知性と感は鈍ってはいない様だ。
「もちろんよテパ! 一人はダメ! 話し合って多数決を取れる数じゃないとねぇ、サラ?」
・そうです、テパさんの言ってた奇数じゃないとダメなんですよねぇ、シャナウ様?」
やっぱりこの3人はどっかで繋がって口裏を合わせていたのかも知れない。
俺一人の意見では丸く納めるのは最初から無理だったのだ。
根回しが足りなかった。
「4人目の水先案内人は要りませんか? ナーム様」
トレイにお茶とお菓子を乗せた少年が現れた。
テパの店の孫息子のモゼ君12歳。
「おはよモゼ君。 嬉しいけど今回はよしとく。 セトに行って戻って来るだけの予定だから」
使節団で一緒に世界一周したマカボの現生の姿だ。
一人でなら世界一周も考えたが、同行者が多ければ中途半端な準備では前回の二の舞になりかねない。
シロンを探しに行くのだから人間を抜きにしたエルフと獣のタッグの方が良いのではにかと考えていた。
モゼも子供とは言えない体力と知識、そしてシロンとは浅くない繋がりがあるのは知っている。
しかし、行方が完全に判明していない今回は遠慮してもらおう。
「そうですか、わかりました。 それでは戻られましたらお話をお教え下さいますか?」
「もちろんモゼ君! ちゃんと帰って来るから、楽しみに待っててね!」
「はい、よろしくお願いします」
可愛い栗毛の頭をガシガシ撫でてやった。
「それでお三方はセトまでの移動はどの道を行かれるのですか? 陸ですか? 海ですか?」
そうだ、それだ!
最初は一人の計画だったので海岸沿いに飛んで野宿を考えていたのだが、同行者が増えて一人は飛べない。
今更お留守番してくれなんて怖くて言えないし、どうしたものかとさっきから悩んでいたのだ。
「海を行くのよモゼ!」
シャナウが隣で大きな胸を張って答える。
「えっ! そうなの?」
シャナウは腰につけたポーチから何やら取り出し俺の前に広げて見せた。
銀色の風呂敷サイズの布だ。
どこかで見たことのある風呂敷だけど・・・。
「『樹皇』の整備は終わっとりますぜ! ナーム様!」
モゼ君の後ろから右手の親指を立てた弟のテト君10歳が姿を現す。
何でいつもこうも近くに転生するのか分からないが話が早くて済むのは助かる。
テパの膝の上によじ登りお菓子をねだるテト君の顔を見て思い出した。
この布は『樹皇』でミムナが操船していた時に尻に敷いていたマントだ。
って事は・・・。
ここにいる連中も含めて長老やミムナまで俺の旅の邪魔、いや、手助けをする為に知らない所で動いていてくれたのだ。
感謝しておくべきなのだろうけど・・・、またミムナの掌の上で上手く使われるのではないか?と疑念が過った。
あれから180年、シロンの件にきちんと一区切りつける為の旅。
俺以外にも心にしこりを隠している仲間もいるのだろうから邪推せず好意に甘えておこうと思った。
一度の世界一周航海をしてから一度も離岸することが無かった『樹皇』だったが、エルフとドキアの人間を結ぶ絆の船として常に整備されていた。
俺にとっても懐かしくいろんな意味で思い出深い船。
今は前後のマストは中央にたたまれ高速走行状態になっている。
火星技術の銀のマントを被せた操舵席に座り、ナビモニターを見ながら巨大な物を意のままに動かす。
メカニカルなものに接する機会の無い樹海生活で忘れていた運転する感覚は楽しいい。
青い空、白い雲、穏やかな外洋を水面と一緒に風も切り裂き疾走する船。
強い日差しを浴びた甲板にはほぼ全裸のシャナウが甲板に寝そべり日光浴をしている。
サラは特大ハンモックでお昼寝中。
何だか気分はセレブリティになった感じだ。
セトの現状の情報は少ないので不安はあるが、ともかく悩んでも仕方ない。
まずは安全に目的地に到着できる様、ナビの設定ルートを着実にトレースして道なき海上を走らせた。
次は、妖怪伝説




