シャナウとの再会
ドキアの街から南方にある交易都市レムリ。
ここは外地の人間に唯一解放されている場所で物々交換のみの交易が行われている。
金銀鉄の加工品と香辛料を求める域外の商人が訪れる交易の街。
俺はエルフの民としてドキアの街以外に時々全域を視察するのだが、レムリは楽しみにしている街の一つだ。
何と言っても外地の人間達の生の声が聞けるのだ、情報収集にはもってこいの場所なのだ。
夕暮れ時が近づいた港に直通する幅広の通りを左右に立ち並ぶ商店、交互に見ながら俺が向かっているのは街一番の情報が集まる酒場だ。
黒のとんがり帽子に黒マント、竹箒を持つ手の反対にはリードを握って歩く俺。
人通りの多い店じまい間近の道で俺様の行手を阻む人は誰もいない。
まぁ小娘の俺様?を認識して往来している街の皆が道を開けてくれている訳ではなく、側の巨大なサーベルタイガーの威厳なのだが面倒事が起こらないのは助かる。
もちろん俺を知っているエルフの見守りの民達も大勢このレムリの街に勤めていて、皆に敬意を持って迎えられているの。
だが俺を知らない外から来ている商人はそれよりも多い。
当初の小娘一人の視察で何度も問題が起きて、街の長から俺一人での行動自粛を要請されているのでリードの先には露払い役のサラが随伴していると言う訳だ。
知らない人が見れば街の有力者のペットを散歩させている使用人にしか見えないだろう。
レムリの民も俺を見つけても軽く頭を下げるだけで済ませてくれている。
武器屋や防具屋、装飾店に宝石店。
品質も品揃えも様々な店が軒を連ねて、どの店にも地域外からの客の姿があり透明なガラス越しの明るい店内では商談中の状況が見て取れる。
交換品としてレムリに持ち込まれる品は鉱物と油が主な品で、少量の毛皮と酒もあった。
加工技術が進んでいるドキアが荒らし屋や海賊の襲撃を回避する為、製品を欲する外地の人間に平等に取引する場所として特別に開放している出島みたいに近年発展して来た場所。
最近では板ガラスも人気だと言うが、船での運搬は大変だろうに、と他人事ながら心配してしまう。
サラを見つけて両脇に壁を作る怯えた顔の来客達を気にする事なく進んだ先に目指した酒場が見えて来た。
「サラ、護衛ご苦労様。 ありがとね。 用が済んだら声掛けるから屋上で食事でもしながら待っててくれる?」
・私も中に入った方が良くない? 大丈夫?
「大丈夫! 大丈夫! 今日はその為にブラック・JKの格好して来たんだから、心配ないって」
前回視察時何も考えもせずにスケスケモガ服で入店したら、色ボケした外地の客に商売女と勘違いされて大立ち回りしたことがあった。
俺自体には勿論何も危害はなかったが、店内の備品には多大な損害が発生してしまい店長には迷惑をかけてしまった。
気を失った客達の中央でエルフに対する無礼な振る舞いを詫びる店長の姿が思い出される。
あれは失敗だった。
今日は前回を反省して、しばらく封印してあった魔法少女の格好だ。
帽子と黒マントを取らなければ色ボケ連中のターゲットにはされないはずだ、多分。
入り口で「じゃぁね!」とサラに手を振ると、ハイ!と返事して飽きらめたのか素直に屋上へ駆け上がっていった。
店内と3階にあたる屋上との距離なら俺とサラは普通に会話ができるので問題が起きたらすぐに対処出来る。
「お邪魔しまぁす」
小さく声をかけてから重い扉を開けて店へ入る。
客は20人くらい居て席が半分埋まっていた。
数人の視線が俺を品定めしていたが、店の掃除婦が来たくらいの認識で済んだ。
帽子のせいで人外美少女の顔も見えないし、足首まで覆うマントのおかげで女性特有の胸とお尻のあたりの体の膨らみも判別しづらい、ほっとけ!
少なくなった視線を受けながらテーブル席を交わしてカウンター席の端に座った。
竹箒を立てかけると女性の店員が注文をとりにきた。
最初は怪しい人間を見る表情だったが、近づくにつれ表情は硬くなり動きもぎこちなくなり、しまいに眼前で片膝を突いて動かなくなってしまった。
「お姉さんどうしたの? お腹でも痛いの?」
すぐさま立ち上がりエルフに対する平伏姿勢をとった店員に駆け寄り強引に立たせる。
腰にぶら下げていた小さな砂金袋を無理やり渡し可愛くウィンクして見せる。
血色の悪くなった顔を何度も上下させ、俺の意図を理解した合図を返してくれた。
「な、ナーム様?。 ちゅ、ご注文を承って、い、よろしいでしょうか?」
「ごめんなさいね。 またいきなり来ちゃって。 今回は迷惑かけないで帰るから・・・」
「め、迷惑なんて、そ、とんでもありません! 前の来店は10年も前の話ですし、先代の店主からはナーム様から”挨拶”頂いた自慢話・・・しか聞き及んでいませんし・・・」
恐縮しまくる中年の女性店員をマジマジと見つめて、前回の騒動を思い返す。
メチャメチャになった店内のお詫びに何か出来ないかと尋ねたら”挨拶”がしたいと言われてハグをしたのを覚えている。
そう、この街が大きくなる前から外交の窓口になった所にはドワーフの民が多く関わっていて、何故か俺との”挨拶”を競っている風習が残っている。
ガがつく三兄弟の影響だろう。
先代の面影がある彼女は娘とかだろうか?
「それじゃ、”挨拶”しましょ?」
「えっ!」
そう言いながら店員に近づき強引に抱擁してやった。
年の離れた姉妹の再会の図。
知らない人が見たらただそれだけだ。
俺は女性とのハグには全く抵抗感はない。
しかし、男性とのハグは特別に親しくなければ遠慮したい。
俺には男と抱き合う趣味はないのだ。
この地で200年近い時間を過ごしても精神年齢の成長はしていないおっさんなのだ。
強く抱きしめてから離れて席に座って自分とサラの分の注文を伝えたら紅潮した頬で快活に返事を返し厨房へと姿を消した。
速攻で運ばれたホットミルクとクッキーを頂きながら8割ほど埋まってきた周囲の客達の噂話に聞き耳を立てる。
アトラの東の穀倉地帯で奴隷が不足している話。
金鉱が発見されシュメの街で酒と女が不足している話。
イルナの豪族が大量の剣を集めている話など様々だが、交易商人の腹の探り合い程度の金儲けの話だ。
少し離れ席ではレムリの街の警備の穴とか、ドキアの財宝のありかとか物騒な話題を小声で交わしている輩もいるが、服装から実力の乏しいコソ泥だろうと判断できたのでほっといても良さそうだ。
あの程度ならレムリの守備隊が本気を出さなくても十分対応出来る。
なぜならば、域外に流通させてある武具の品質はドキアの2流品。
最先端の品は防衛用として秘匿していて一切流通させてはいない。
この街で手に入る武具だが外地では特級品扱いで、それを凌ぐ性能を持つ武具がある事を彼らは知らない。
まして、人と獣の混成守備隊は樹海への外地人の侵入を一度たりとも許したことはないと、輪廻転生の精鋭の戦士達が胸を張って教えてくれていた。
隊の話では嗅覚の優れた獣部隊が「身を隠して入り込もうとする連中を尽く発見してくれる」
と報告してくれていたので少数の賊など心配に値しない。
俺が注意を払わなければならないのはトカゲの連中だ。
アトラの人口が急増し大陸に大きな都市が2つ誕生している。
どちらも武力を至高として富が搾取され、支配する者される者と分かれている街。
俺にとっては懐かしい匂いはするが敗者として繰り返される輪廻転生は願い下げにしたい場所だ。
下克上を目指す波乱万丈な人生はドラマになるだろうが、俺は今の生物全てが安寧を永続しているドキアが理想郷だと確信している。
この地に危害を加えない程度の野蛮な文化は気にしないが、勢力を東に拡大して来ている蛮族は陸続きですぐ目の前に迫っている。
シュメの街は火星と銀星の不可侵条約線付近にできた街。
遠くない将来に大規模な侵攻があるだろう事は想像できるので、そのての情報は俺も生で聞いて損のない話、なので時折こうして足を運んでいる。
もちろんドキアの人間達も細心の注意を払って監視しているだろう事なのだ。
トカゲ勢力の人間が増える分には問題はないが、増えすぎた人間達は火星と銀星の条約など関係なしにドキアヘの侵攻を目論んでいて近年動きは活発になってきている。
白髪の武闘集団が暗躍している噂もあって、後押しをしているトカゲの真意を見定めねばならない。
「まぁ、もう少し時間がかかるか、今ではないか・・・」
「そうなのですか? ブラック・JK殿」
俺の呟きに答えた声の主が隣の席に座る。
この姿をその名で呼ぶのは数名しかいない、あの使節団参加者だけだ。
浅黒い筋肉質の体格に至る所に収納の付いた服を着込む人懐っこい笑みを浮かべた20歳位の青年のガレがいた。
「挨拶はしないぞ!」
「あれ? さっきはカリーロと”挨拶”してたではないですか? 古い知り合いの私とは?」
「なんだ? 見てたのか。 私からの称賛を欲してるのかなぁ? ならば、報告と現物を見ねばなるまい。 ほれ、何か見せなさい、山の街は完成したのかね? それとも、シロンの情報でも掴んだかね?」
両手をワキワキさせて催促するとガレは年相応の困った顔をして両の手を天井に向けた。
「相変わらずシロンの話ですか? もう180年ですよ? 帰ってこないのは忘れちゃったんじゃないですか?」
俺はほっぺたを膨らませて呆れ顔のガレを睨んでやった。
「そんな可愛い顔してもダメですって。 前にも言いましたが、セトの光る石に引かれたのならあの島で産まれてるでしょう? 少ないけど交易はあるんですから、覚えてたらすぐに帰ってきてますって・・・」
「イィィィッダ! 意地悪ガレなんか嫌いだ! シロンは私の事忘れたりしないんだぞぉ!」
歯をひん剥いてからカウンターに向き直りミルクを一気に飲み干す。
「そんな子供みたいな態度とっても騙されませんからね。 見守りのお務め代わりがいないから仕方ないでしょ?」
そうだ、俺にはドキアでやらなければならない事がある。
エルフの館に通うのもその一つだが、山の街の建設があるのだ。
いつ起こるか分からない海面上昇に備えて、ドキアの住民が移住して安全に暮らせる場所を確保するのが急務となっている。
それが完成しないうちは安心してドキアを離れられない。
「それで? 山の街の建設技術者がこんな河口の街で何をさぼっているのかな? 気兼ねなくシロン探しに旅立ちたいブラック・JKの大事な時間を伸ばしてくれているガレさん?」
カウンターに突っ伏したままで顔だけ向ける。
とんがり帽子の大きい鍔で俺の表情は見えないだろうが、別に怒っているわけではないのはガレも知っているだろう。
こんな子供みたいな態度をとっているのも半ば演技だと周囲のものは皆思ってくれている。
人間たちが気安く接しやすくする為の俺の優しさだと。
「避難用の洞窟も住居も穀物倉庫もみんなできましたって。 あとは耕作地の整備と灌漑用のダムだけです。 それも間も無く完成しますから安心してください。 今日ここに居るのは高地で栽培できる作物の種を探しに来ていたからですから、さぼっている訳ではありませんから・・・」
カリーロに注文していた酒とナッツが運ばれてきて、隣で晩酌を始める。
見守り役のエルフと気安く話しているガレの態度を、カリーロは厳しい眼差しで咎めているが気にせず喉を鳴らしながらビールを飲む。
「酒を飲みながら、さぼっていませんと言われてもなぁ・・・」
「今日の私の仕事は終わったんですから、いいじゃないですか。 それより珍しいものを手に入れたんですが見たくないですか?」
「なんだ? 勿体ぶって。 私に意地悪したいだけなのか?」
「そんな訳ないでしょ・・・。 道でブラック・JK見つけて、これ見せたくて追いかけてきたんですから!」
右膝のポケットから皮で包まれた20センチ位の細長い物がカウンターに載せられた。
ガレの瞳は俺の反応を楽しむようにニタニタ笑を浮かべている。
皮ベルトをグルグル巻きされた物を手にとりゆっくりと解いていくと小さな手刀が姿を現した。
大人の男が片手で握るとちょうど良さそうな柄と同じ長さの刃が付いた使い込んだペティーナイフだ。
「果物ナイフか? 何か珍しいのか?」
「あれ? 気付きません?」
目の前で両刃の刃先をまじまじと見つめていると先端をガレが爪先で弾いた。
持った掌に小さな衝撃が加わってから微振動が続く、続く?
10センチの刃の部分が振動しているのが分かる、幾重にもなった素材が混じった刃紋も見える。
「ん? 小さいのは珍しいけど震える剣・・・だよね? これが珍しい?」
ドキアの戦士が持っている剣と同じ超振動刃のようだ。
「そうです、ちょっと鍛え方は甘いけど原理はドキアの剣と同じです」
「原理は? だってこれ最初に作ったのガレでしょ? それもだいぶ前に」
「そうです、ナーム様がお眠りの前に課題として出された最強剣の一角、超震える剣。 これの製法はドキア以外には一切出しておりませんし、打った剣もあの一振り以外またしかり」
「ってことはこれはドキア以外で作られたってことか?」
俺は真顔でもう一度しっかりと手刀を見つめる。
特徴である振動はもう治まっていて鈍い鋼の刃紋だけ見える。
粗悪な鋼製品は出回っているが俺の知る限りでは技術レベルの最先端はドキアだ。
それに追いつこうとする技術を持つ集団がいるとは思ってもみなかった。
「どこで手に入れたんだガレ?」
「昨日港をぶらついてた時に干し肉を食ってた船乗りがいましてね、たまたま使ってたナイフの刃先が見えたんでそれとなく話を聞いてみたんです。 そいつはこれの使い方も知らないで使ってたみたいでレムリの品と交換で譲ってもらったんです」
ガレは俺の手から手刀を受け取り俊速で空を撫でる。
空気を切り裂いた刃先が振動している様を俺に見せながら微笑む。
「喜んでるみたいだが、ドキア以外でこんなのが作られてたら脅威だろ!」
まだニタニタをやめないガレを睨むと、観念したとまた両手をあげる仕草をした。
「これを持ってた船乗りはこれを東の島で手に入れたって言ってました」
「東の島? それってセトの事か?」
「そうです。 絹の織物を交易品として扱ってる島だそうですから間違い無いでしょう」
「と言う事は・・・」
俺の顔に笑みが溢れるのを、何度もうなづきかえしながらガレも破顔する。
「セトにシロンがいる!」
「多分間違い無いでしょう。 シロンの剣シリウスもこれと同じ原理ですから製法もシロンなら知ってます。 記憶を残して生まれ変わってる可能性はあります」
「さっきまでシロンは忘れてるから帰ってこないって言ってなかったかしら、ガレ?」
「絶対はないですし、もし記憶があっても帰ってこないのなら、何かしらの問題があっての事」
「そうね・・・、糠喜びで行ってガッカリするより、可能性として考えた方が良いと言う事ね?」
「その通りです。 ナーム様」
ガレは真顔で椅子から立ち上がり両手を胸で交差させエルフに対する礼をする。
称賛を受ける時のドキアの民の仕草だ。
長年探していたシロンの行方に手掛かりの糸を見つけてきてくれたのだ、称賛の抱擁に値する。
俺も立ち上がり両手を広げてガレに近づいた。
・ナーム様厄介そうな客がきますわ
サラの呼びかけに歩みを止め入り口に目を向けると、大勢の気配と一緒に扉が乱暴に開かれた。
「オラァ、酒だ酒! 酒持ってこい!」
「やっとこさ、丘に上がったぜ、腹へったからメシだメシ!」
「さっさ! 頭こっちの席開けまっせ!」
7人の見るからに荒らし屋の格好した連中が入ってきた。
元々この街に集まってくる連中は商人とは言え、長い船旅をこなせる連中。
行儀の良い者を探すのは困難だが、稼業が荒らし屋ともなれば野良犬とハイエナくらいの差になる。
港がよく見える景色の良い窓際に座っていた先客を蹴散らし席を確保すると喚き散らした。
「何度言わせんだぁ? はよう酒持ってこいや!」
「食いもんもたんまりもってこいっつってんだろ?」
「店の者どこじゃ、はようせいやぁ!」
カリーロと数名の配膳係が先客のグラスと皿を移動させ対応始める。
何気に立ったま見ていたが、なんか称賛する気分ではなくなり椅子に座り直してため息を付いた。
港街の酒場だ平穏な一日が珍しいとは思うが、こんなあからさまな連中も珍しい。
隣の席に座り直すガレが変だったので様子を伺うと顔を真っ赤にして両手を震わせ涙ぐんでいた。
「どうしたガレ?」
「称賛が、俺の称賛が、挨拶ゲットの予定が・・・」
「まぁ、なんだ。 そのうち、またあるわよきっと」
周りの喧騒で聞き取り辛くなったが意図する事はわかった。
「そのうち、またって・・・。 俺にとっては一生に一度有るか無いかの挨拶チャンスなんですよ! あいつら絶対許さない!」
体を震わせ立ち上がろうとするガレの袖を掴んでなだめようとしたら、サラからまた呼ばれた。
・わぁお、新しいお客さんよーナーム様!
ごった返してきた店内の人混みの向こうの扉がゆっくりと開いた。
そこには、純白のスケスケモガ服を着た人間サイズのエルフが立っていた。
次は、シロンを探しに




