あれからのドキア
俺の定位置である傘の東屋がある公園は大勢の人出で賑わっていた。
所狭しと立ち並ぶ屋台に人が群がり、串焼きや菓子、飲み物を手にして笑みを浮かべて去って行く。
広場に設けられたステージ前の良い場所を取ろうと皆急ぎ足だ。
夕暮れも間近な時間帯だが祭り用に増設された照明のおかげで昼間の様に明るい。
この日の為にドキアの至る所から集まって来たであろう、見慣れない服装と見慣れない顔の人々が多い。
そう、今日は夏至の日。
街で行われる年に一回のお祭りの日なのだ。
普段であれば俺も夕刻にはエルフの里に帰るのだが、食べ物に釣られて来賓よろしく遠巻きに参加していた。
目の前の水滴が付いたガラスのコップには炭酸入りの果実酒が入っていて、傍らのプレートにはハムやチーズが綺麗に盛られている。
向かいに座る長老と一緒に遠くのステージに視線をむけ催し物が始まるのを待っていた。
程なくして進行係が姿を現し、祭りの開催を宣言し演目を紹介して行く。
毎年同じ内容なのだが演目毎に歓声が上がるのは、皆今日のお祭りを楽しみにしていたのだろうと思う。
そして笛と太鼓に合わせて演劇が始まった。
船を模した垂れ幕から戦士が現れ、異国の町で哀れな猛獣を悪者から助ける話。
旅する一行が太陽を疑う町に赴き、音楽で太陽の素晴らしさを解く話。
灰色の町を襲う蛇の悪者と戦士が戦い破れて、太陽が悪を焼き尽くす話。
そう、『樹皇』で世界一周した使節団の物語だ。
戦士が破れて床に倒れると決まって会場から嗚咽が漏れて、悪が焼き尽くされるクライマックスにはいつも大歓声が湧き上がる。
俺も戦士が倒れるところではあの光景を思い出していつも目頭が熱くなってしまう。
心の痛みはそう簡単には消えないのだと痛感する、俺の大好きな演目。
「ナーム様、また思い出されているのですか? シロンのことを」
向かいに座る老婆がシワがれた声で語りかけて来る。
「全員無事に連れて帰って来ると約束したのに、守れなかったのですから・・・。 忘れてはいけないことでしょ? テパ」
老婆は顔をステージに向けたままで目蓋を閉じて、遥か昔を思い出すかの様に俯く。
「彼は・・・、シロンは戦士の成すべき事をしたまで。 ナーム様が未だ心痛めていては彼も悲しむと思いますよ?」
俺を気遣う優しい眼差しで見つめて来るテパに首を横に振って答える。
「一言小言を言ってやりたいのに、なかなか帰ってこないアイツに最近は腹を立ててるのです。 私は忘れていないのにシロンは忘れてしまったのではないかなって思って少し寂しいのです」
・絶対忘れたりしてません! 何か帰ってこれない事情があるはずですナーム様!
「サラはいつも優しいですね。 そうですね。 何か事情があるのかもしれませんね」
俺の肩を鼻で突っついて来たサーベルタイガーのサラの顎を優しく撫でてやる。
あれから・・・180年。
街は大きく発展して人間達の転生も何度も見て来た。
目の前の老婆姿のテパも生まれ変わって年老いた姿だ。
護衛役で後ろにいるサラに至っては10回以上は獣として転生している。
以前獣として生まれると記憶が無くなると聞いた事があったが、全てに当てはまる訳では無いらしく、しばらく姿を見せないと思ったら小さな子猫の姿で帰って来るドキアの街の守護神みたいな存在だ。
「そろそろ探しに行こうかと思っているのだけれど・・・」
「シャナウ様ですか?」
「そう! 着替えるとか言って”雲落ちの巨人”のところからまだ帰ってこないの!」
『黒柱』姿になるのに確か数日だったから、直ぐに戻って来ると思っていたのだが、まだ姿を見せないし連絡もしてこない。
最初は心配で何度も様子を見に行ったが「生体工学は繊細な作業なのだ!」とミムナに軽くあしらわれキャロルちゃんに八つ当たりしては慰められた。
「ナーム様はシャナウ様が戻られたらシロンを探しに行かれるのですか?」
「そうしようかなって思ってる。 前に行った他のエルフの見守る人間達がどうしてるか気になってるしね。 街に顔出す私の代わり役のシャナウが居なくちゃ出掛けられないのよねぇ」
ステージ上では長剣を両手に持った戦士姿の数名の男達が、息のあったキレのある剣舞を披露している。
幾度も船団の襲撃からドキアを守った戦士達の勇姿に観客からも歓声が上がっている。
「ナーム様はお一人で行かれるつもりですか?」
「そうよ。 エルフで自由に動けるのは私だけだもの」
当然だ!と口にするとテパは呆れたとばかりに首を左右に振ってジト目で俺を見つめて来る。
またも鼻先で肩を突っつきながら
・無理! 一人で行くなんて絶対無理! シャナウ様も行くけど私もついて行くもの!
「ダメダメぇ! 二人ともちゃんと務めがあるんだから。 私がやってるエルフの館への顔出しだって、元々はシャナの役割だったのよ? サラだって街の防衛って言う大事な仕事があるんだから!」
カインの里もセトの里もかなりの距離はあるが、俺一人であれば十分飛んでいけると確信している。
あれから180年、俺もただ毎日お茶だけ飲んでた訳ではないのだ。
驚異の身体能力を発揮したキョウコに刺激を受けてエルフの身体の使い方を研究し、毎日鍛錬を重ねる事で数々の能力開花に至っている。
自然界の魂の扱い方に至っては、水晶を媒体としなくても扱える様になったし、魂で世界を感じる術も上達した。
少女の柔らかい筋肉が少しは硬くなった実感もある。
まだ武闘家女子とまでは言わないが、新体操女子には近づいているのではないかとナームの体の成長を頼もしくも思っている。
時間の経過で進歩がないと言えば、過去生記憶の回復のだ。
ミムナの所で魂のスキャンも再度試してもらったがセキュリティ解除には至らず、ボキアに頼んで退行催眠にチャレンジしてみたが、山上時代より昔を見ることは出来なかった。
もしかしたらこの時代にもう俺の魂が存在していて、相互干渉する事でなにかしらのブロックがかかっているのかも知れない?とミムナは話していた。
あの時のキョウコの話だとシロンと何か深い繋がりがあった。
シロンの死に直面して一時的に枷が外されて表に出て来ただけかも知れないが、ミムナの事も彼女は知っていた様子。
この時代に俺の元の魂が輪廻転生を繰り返していようとも、ナームの体を持つ俺は俺の思考で行動する他ない。
テパとサラはお互いに見つめあって「一人でなんか行けないよねぇ」と声を合わせて変な節をつけて歌い始めている。
シャナウの日頃の言動から俺に付いて来そうな気がするが、ミムナから行動の自由を貰っているのは俺だけなのだ。
邪険にする訳ではないがエルフに掟があれば破らせない方がいいに決まっている。
それに今まで沢山の人達に助けられて来たから、自分一人でどこまでできるか試してみたいと思う気持ちもある。
火星と銀星のそれぞれに地球の侵略計画があるのだ。
俺は自分で客観的に判断できる材料を集めなくてはならない。
いざと言う決断を下さなければならない時、与えられた情報だけでは正確な判断はできないと思う。
これからの事に思い巡らしていると祭りの進行係がこちらに近付いて来るのが見えた。
俺の前に片膝を付き深く頭を下げる。
「ドキアを見守る偉大なるエルフの民よ。 敬愛するナーム様よ。 太陽の恵み豊かなこの日に集まりし民に、尊き姿を拝謁する喜びをお与えください」
さっきから誰でも見れる東屋でお酒を呑んでいるのにこの美辞麗句。
これも毎年のことなので構わないが、尊大に受けて立ち上がる。
スケスケのモガ服にスケスケのストールを纏いステージに向けて宙を舞う。
サービスで今回は衣服を光らせてみた。
明るく照らされた広間に集まった祭り参加者は、頭上を飛ぶエルフの少女の姿を感嘆の眼差しで仰ぎ見る。
見る人が見れば空飛ぶ光るクリオネかも知れないと思い苦笑が漏れる。
ステージにふわりと着地し会場をゆっくりと見渡した。
「弛まぬ努力を重ねるドキアの民よ。 太陽の恵み豊かなこの日に、皆の笑顔に今年も逢えて嬉しく思います。 山の街造りも順調と聞いています。 今日この場に来れなかった人達にも私が感謝し喜んでいた事をお伝えください。 エルフの民ナームの名を持って称賛いたします」
両手を広げストールを天女の羽衣に似せ浮かせてから、夜の空に虹の橋を掛ける。
感謝の想いと共に体から放射される光が人々に降り注ぎ感嘆の声が漏れ聞こえる。
祭りの主催者から要望されてる事ではないが、毎年ただでご馳走になる訳にもいかないのでサービス出演してやってるのだ。
とりあえずは、他のエルフが来た時には強要しない様にと釘はさしてある。
俺のわがままを街のみんなに何度も聞いてもらっているからこそのお礼のつもりだから。
荘厳な曲が流れ出して空中演舞を披露して俺は元の東屋へ戻った。
背中から俺への称賛の声が掛けられ、手にした花弁が天に向け投げられ宙を舞う。
東屋から群衆に向け片手を上げて挨拶して祭りの演目は終了した。
後は朝日が昇るまで呑んで食べて異性を探しての真夏の一晩を彼らは楽しむ。
テパとサラに退席を告げ俺は後ろ髪を引かれる想いでその場を後にし、エルフの里の自室へ向かうのだった。
次は、シャナウとの再会




