進むべき道
空は快晴で暖かい、風がモガ服の裾を揺らす早朝。
日課の”捧げ”も終わり樹海の空中広場に集まっていたエルフ達は、各々の務めに散っていく。
世界一周した使節団がドキアに帰ってきてから10日ほど過ぎていて、行動に制限が無い俺は気ままなエルフ生活を送っていた。
人間サイズの俺は相変わらず集団から浮いているが、誰もが暖かく接してくれてとても居心地がいい。
戦闘服?の魔法少女のコスプレは綺麗に畳んで部屋の衣装箱に入れてあるので、今は薄手の白のモガ服姿で広場の御清めを手伝っている。
手に馴染んだ竹箒を懸命に振り回し、落ち葉と塵を階下へ吹き飛ばした後、部屋の入り口に立て掛けて終了。
『黒柱』姿のシャナウは「姉様、私着替えて来るから!」と言葉を残し、街に到着後ミムナと一緒に”雲落ちの巨人”の所へとっとと行ってしまった。
故に街にあるエルフの館に行く務めは、毎日俺一人だけだった。
しかし、今日は”捧げ”の後の御清めが終わっても街には向かわない。
なぜならば、溜まりに溜まった疑問をオンアにぶつけるべく、広場の中央にたたずむオンアに向かって歩みを進めているからだ。
長老達で何か打ち合わせでもしているのか会話を交わしていたが、俺が近付いていくとオンアと目が合った。
長老達との会話を打ち切る仕草をして「ついてこい」と手招きする。
俺が言葉を掛けなくても気持ちが伝わっているのは何よりなのだが、里のみんなに俺の思考がバレバレでない事を祈っておこう。
オンアの部屋へ招かれると思っていたら、星見のピラミッドへ案内された。
狭く急な石段を登って行くと、巨大な樹海の木々を眼下に収める屋上にでた。
花の敷き詰められたここで目覚めた記憶もつい最近のものに感じるが、それから起こった出来事の多さは無価値に思っていた俺の前の人生を凌駕しそうな濃密なものだ。
中央に胡座座になったオンアの正面に俺も同じ姿勢で座る。
「今日は良い天気じゃの?」
「そうですね、雨の季節は過ぎて木々が生き生きしているのが感じられます」
「ふむ、良い傾向じゃ」
「良い? 何がですか?」
どこから取り出したのか水筒と器を二つ取り出し飲み物を準備しだした。
手渡された器を口に運び一口いただく。
いつものレモネードでは無く、緑茶に似た味がした。
「小さく震え固まっていた子猫が、嬉々として世界を見る心境に成れたことじゃよ」
「・・・そうなのでしょうか? あまり私は実感ありませんが、いろいろな人と出会い、いろいろな場所を見てきて、今を受け入れなければとは思っています」
「それで、良いのじゃ。 自分を見つめ認めてやらねば耳に届く音も雑音となり、瞳に写る景色も虚像となる。 心で感じる思いにも雲がかかる。 それでは真実は見出せまいからの」
オンアも喉を潤してから視線だけ空に向けた。
上空を『鳳』が朝食を探し旋回している姿があった。
「私は真実が見れる様になってますか?」
「ふむ、準備ができた。 そんな所かの?」
最初は痴れ者の魂と言われた俺だが、少しは前には進んでいるとオンアは認めてくれたと思っておこう。
「あの・・・、あの光る石とは何ですか?」
「これまた遠慮のない問いかけじゃな? ハッハハハ」
「これから先、知らなかったではすまない事態が起こるのが怖いのです・・・。 自分の大切を守る為にもっと世界を知りたいのです」
「無知は罪かね?」
「いえ・・・、知ろうとしない事が罪だと今は思っています」
背筋にピリピリと殺気が近付くのを感じる。
しかし行動を起こそうと言う気持ちは湧いてこなかった。
目の前のオンアが絶大な安心感を放出していたから任せておいて良いと感じたのだ。
俺を射程に捕らえた『鳳』が背中に爪を伸ばした時、オンアは器を持たない手をゆっくりと振る。
バッシ!っと背中で急反転する気配を感じ、強風が俺とオンアの髪の毛を激しく揺らした。
「落ち着いておるの?」
「・・・、何も問題は無いと思ってはいましたが。 何をしたのですか?」
オンアの手からは炎も水も風も放たれてはいないのは感じていたが、それだけだった。
「簡単じゃ。 お主を食べたらお腹を壊すぞ! と、あ奴に教えてやっただけじゃ」
毎日の主食がどんぐり一個だけのエルフを食べてもどれ程の栄養価があるかは分からないが、お腹を壊すほど毒素が溜まっているとも思えんが、『鳳』は快くオンアのお告げを受けいれてくれたのだろう。
オンアの微笑みに苦笑で返しておく。
「さて、では私の知る全てを見せてあげようではないか・・・」
オンアは瞑想の姿勢になって俺にも真似ろと合図する。
以前何度かやった瞑想。
ゆっくりと、深く深呼吸を繰り返す。
皮膚に触れるモガ服の感触が薄れ、次第に床の冷たさも感じなくなり、自分の中心に淡く輝く光の玉に意識が吸い込まれて行く。
何度か見た黄金の世界を感じる領域。
・何が見える? ナームよ
オンアが語りかけて来る。
耳に聞こえる声では無く、心に響く声。
俺は閉じていた瞼を開け周囲を見る。
実際のナームの肉体が目を開けたわけではない。
魂の目を開けた。
そんな感じがした。
空は深夜の如く暗く星が輝いていた。
太陽は暖かい日差しを感じるものの、サングラス越しに見る様に直視できた。
以前と同じで世界の全てが黄金色に縁取られ、風に揺れる葉が輝いていた。
・空には星も太陽も見えます。 そして樹海が黄金色に輝いています
見えたままをオンアに告げる。
・広場の石は見えるかの?
首をめぐらし石を探す。
エルフの里は一際太く背の高い木々が密集した森、光る石は中央に位置する為結界の外にあたる星見のピラミッドからは見えるはずはないのだが・・・、はっきりと確認できる。
何故ならば、小さな光の粒が至る所から石を目指して飛んでいて、目が眩むくらいに輝いていたのだ。
・小さな光の粒が、たくさん集まって行く様に見えます
・一つ一つが、魂なのじゃよ
・魂ですか?
・土にも草にも、木も虫達にも命があり魂いがある。 もちろん、動物や人間にも魂があって大地を通して循環しているのだよ
ならば、この飛んでいく幾億もの光達はオンアが言ったもの達の死んだ魂なのだろうか?
これほど常に生物は死んでいるのか?
・これほど死んだ魂を集めて、エルフは何をしようとしているのですか?
・お主は今まで目に映る物、触れれる物しか意識してなかったから、生と死で分けて感じている様じゃの? ワシにはそうは見えておらんのじゃ?
・どう言う事でしょうか? 生物の中に魂があって、死ぬと魂だけになるって事じゃないんですか?
・わしはこう思っとるのじゃ。 土の中にある魂は植物の中に移って濃さを増す事を喜んでおる。 草は虫や動物に食われる事でまた濃さを増し喜びを感じておると。 そして稀だが魂の中で固有の意識を芽生えさせる者が現れ”意思”もつ動物になる。 魂はいつでも満ちていて形をなすか、なさないかの違いがお主の言う生死なのだと。 形をなさない魂は時間をかけて細かく小さく分かれて土となる。 里の石はその流れの手助けだけをしておるのじゃ。 太陽が海の水を温め雲に変え、雨で大地を潤して海へと流れる
・では、あの光る石は太陽の様な仕事をしているのですか?
・正確には自然の営みを少し早くしてやってるってところじゃろうて。 パッシッ!
オンアが胸の前で手を合わせているのが見える。
拍手の音で黄金の世界から元の世界へと視界が戻ってきたみたいだ。
ミムナはあの石をエルフに管理させているって事は、魂の循環のサイクルを促進する為なのだろうと思う。
火星からこの地球に来て生物じゃ無く魂の進化の促進をしている?
目的は見えてこないが何かの計画のためなのは間違い無いだろう。
「光る石を使って循環を早めている理由はなんなのですかオンア?」
「さぁて、それについてはわしには見当もつかんな」
ミムナの何かの研究なのか、それとも火星の民の計画なのかは俺も全く想像がつかない。
「あと、今回いろいろな町や人々を見てきましたが、ドキアの街の人間には前世の魂の記憶があるのですが、他では記憶を引き継いでる人間には出会いませんでした。 ドキアには何か特別な理由があるのでしょうか?」
「はて? わしもこのドキアの地しかわからんのでな、確かな事は言えんが・・・。 石に集まって来る魂のほとんどが大地と大気に帰って行くのじゃが、”強い意志”を持つ魂は新たな器を求めて旅立っておる」
「記憶を持って生まれるかは”強い意志”を持っているかどうか?」
オンアはゆっくりと首を横に振る。
「それはわからん、それぞれの魂が選ぶ事じゃろうからな。 魂に刻まれた記憶は消える事は無いと思っちょるよ。 石の記憶、風の記憶、火の記憶、水の記憶、光の記憶。 皆遥か昔は小さな塵だと言う事を、思い出すか否かは、自らの”意思”が決めるのよ」
何となくは思っていたが、とてつもなくスピリチュアルな話の内容になってきた。
神や悪魔、天国や地獄。
今のオンアの話はそれらを内包する遥かに大きな仕組みの話に思える。
便利に使っていた色々な魂を封じた水晶、それらの魂と俺の魂との違いは”強い意志”があるかどうか?
俺の魂の記憶にキョウコの人格が存在しているみたいだが、それを思い出せないのは”俺の意思”が決めていることになる。
理解は出来るが納得は出来ない話・・・。
俺が山上の人生50年として生きて、スピリチュアルな存在は信じていなかった。
いや、最後に変な通販にハマってあんな儀式をしたのだから、少しはそんな世界の存在に期待していたのかもしれない。
いや、待て・・・。
俺が孤独な引き篭り中年になって、死を渇望してても無様に生きていたから・・・。
あの儀式セットに出会った。
あれがきっかけで今の俺があるとするならば、全ては自分の計画で・・・。
ここに来る為だった?
俺の魂の記憶は、ここに導く為に、山上の人生を設定したのか!
「私が今ここに居るのは・・・、私が決めた事・・・」
オンアは何も言わずじっと俺を見つめている。
今脳裏に浮かんだ考えは受け入れがたいが、長いものに巻かれ、流れに身を任せていた人生だったが、長い者、流れを作ったのは自分では無いのか?
この時代に来て何かしら俺がやらねばならない事があるのでは無いか?
記憶を持つ魂についてオンアに質問して、キョウコとコンタクト取れる方法があればと思っていたが、俺が内包するとんでもない疑問が浮上してしまった。
デザートを食べ終わってからメインのステーキが出された感じ?
せっかく登った崖の先に、雲に隠れた途方もなく高い崖を見上げた感じ?
難問に挑もうと意を決してオンアに疑問をぶつけたが、答えにたどり着くには先が長そうだ。
肩を落とすと、ため息が漏れた。
「さて、一歩前に足は出たかの?」
オンアの微笑みはいつもより慈愛を増していて、喉元に詰まっていた息が動き出す。
「・・・はい、何とか。 でも、向かう先はまだ見えませんが・・・」
「歩まねばその道も出来まい?」
「ハハハハハハ・・・。 奈落に足を滑らせない様に気をつけます・・・。 オンア長老、今日は私の疑問に答えてくれてありがとうございます。 それで・・・、今の話は情報レベルに牴触する内容は含まれていますか?」
・禁足事項です!
人差し指を頬に当て、小首を傾げるオンアの胸元に水晶玉が揺れる。
ふつふつと音がする、俺の血管の中で血液が沸騰する音が!
「ミムナかぁぁぁぁぁぁー!」
立ち上がりオンアの胸ぐらに掴みかかろうとする右手を、必死の思いで左手で止める。
・まぁ、腹を立てるなナームよ。 私も心配してるのだ、今後の成り行きをな
「盗み聞きとは・・・、性格悪すぎですよ!」
「すまんかったの、ナームよ。 途中からミムナが居るのをお主も知っておると思っチョったが、感じておらんかったか」
「・・・にしても、オンア長老、何ですか?あの仕草は!」
「お主が気兼ねなく話せる様にミムナの真似をしてみたが、不評だった様じゃな」
何と! 俺に気を使って茶目っ気を装備したと言うのか?
2千年を越すエルフの長老が?
荘厳なイメージが音を立てて崩壊して行く。
・それよりも、せっかくの機会だ私も答えられる質問には答えても良いぞ!
「ミムナの地球での目的!」
常に考えていた疑問を即答する。
オンアは我介せずの表情でお茶を啜りながら横目で遠くの山々を見ている。
以前も”雲落ちの巨人”の計画を俯瞰し察すると見えて来る事があると話していたので、薄々知っているのだろう。
・まぁ、端的に言えば『地球侵略』みたいなぁ?
「何の冗談ですかそれは? それだと、銀星のトカゲ連中と一緒では無いですか!」
・だから、簡単に言えばと行ったでは無いか。 話はもっとややこしいのだよ。 お前の視野がもっと広がれば状況も見えてこよう
「・・・そうですね。 疑問に正確に答えてもらうには、正しい質問をしなくてはなりませんもんね!」
・そうだとも! せめて、キョウコの記憶を取り戻してくれねばな!
言われなくても俺も過去生の記憶があるのならば取り戻したい。
そう思って転生に関わっている光る石について知りたかったのだから。
「何とか頑張ってみます!」
・そうだな、私も手助けはするぞ! 今度機会を作って預言者ナームを本国へも連れて行ってもいいと思ってる
「火星ですか? 宇宙旅行ですか? UFO乗れるんですか?」
スピリチュアルな話から、一気にSF的な話になった。
どちらかと言うと、お化けや妖怪の話よりUFO特集のTV番組が好きだった俺は身を乗り出してオンアの両肩を揺さぶって話に食いついた。
・今直ぐとは言えんが、機会は作るつもりだ。 千年先か2千年先かは言えんがな
何と! 俺とエルフの時間感覚が違っている事を失念していた。
一年、二年ならまだしも、桁が3つも違えば俺にとっては永遠と等しく感じてしまう。
目眩を感じながらも俺がしなければならない事をする。
「絶対ですよ! 絶対連れてってくださいね!」
・あぁ、分かった約束するよ。 だからお前も魂の深淵と話ができる様に頑張ってくれ!
よし! 言質はとった! 俺がナームの体を大事にする限り簡単には魂だけの存在にはならないはずだ。
シロンの死と、理解できない身体能力を見せつけたキョウコの出現でかなり凹んでいた気持ちが一気に浮上して来るのを感じる。
過去世への転生だけでなく、宇宙旅行も経験できそうで俄然やる気が出てきた。
「オンア長老、ミムナ。 話を聞いてくれてありがとうございました」
オンアに深く頭を下げてから立ち上がり、気合を入れたガッツポーズをしてから俺はスキップしながら星見のピラミッドを後にした。
屋上に一人オンアを残したまま・・・。
次は、あれからのドキア




