セトの夜
甲板の中央にサラを含めた使節団の全員とセトの人間達が集まっている。
面持ちは皆暗く悲しみを眼差しに乗せて、物言わぬ屍となったシロンを見つめている。
前世の記憶を幾つも引き継ぎ、生と死、出会いと別れを経験しているドキアの人間達でも、今生での別れは悲しむべき出来事の様だ。
セトの人間達は自分達の命を救う為に戦い命を落とした戦士を、異界からの救世主の如く拝んでいた。
俺はこの世界に来てからの記憶は30日程度。
しかし家族同然、本当の弟の様に感じ始めていたシロンとの突然の別れは胸の奥に固いしこりとなって痛みとなっていた。
マカボ達の手でゆっくりと布に包まれていく様を、ただじっと側で見守っていた。
「ナーム様、シロンの体は如何しますか?」
テトの言葉でミムナの顔を見ると腕組みして目を瞑り身動ぎ一つしない。
意見を聞きたかった俺はシャナウの方を見る。
本当の弟の様にシャナウは接していたのだ、落ち込んでいないわけがない。
顔をセトの遠い山々に向け何かを目で追っているかの様だった。
「ドキアの葬儀のやり方で構わないのでは無いかと思います・・・」
小さく告げると3人は深く頭を下げた。
「それでは、この地のエルフの里の近くに埋葬したく思います。 よろしいでしょうか?」
マカボの言葉でもう一度二人の反応を確認したが変化がなかったので同意してやった。
3人は準備があるのかその場から姿を消したのでミムナに近づき話しかける。
「ミムナ、シロンの遺体はこの地のエルフの里近くに埋葬することにします」
「・・・ああ、そうだな、人間達の扱いは人間達に任せる事で問題はない・・・」
「さっきの事、怒ってますか?」
「怒る? 私は腹を立てているのでは無いよ。お主、キョウコとやらが手を出さなければ私が蹴散らしていた・・・。 ナームの行動の自由はミムナの名を持って保証しているのだ好きにして良いが・・・」
「核でしたか? 卵でしたか? あの玉のことですか?」
ミムナはくるりと背を向けてハンモックに向けて歩き出し、指で付いて来いと合図する。
ハンモックに腰を下ろし俺に向き直り
「ナームはさっきキョウコとして暴れた時の記憶は?」
「はい、全部見ていました・・・」
「ふむ、奴らは自分達は不死身で無い事を誰も知らないと思っている。 そしてそれを誰も疑っていなかった。 本国では私と数名の学者以外はな」
視界の端でマカボ達がシロンの私物などを痛いの周りに並べ、遺体を囲む様に座り何か話し始めている。
今生のシロンにまつわる思い出話の様だ。
時々笑い声が聞こえ、そして嗚咽も聞こえてくる。
ドキアの別れの儀式なのだろう。
「それだと、今日でリザードマンの不死身説は崩壊したって事ですか?」
「私の仮説では奴らにはコアがあって数匹の上層階層のメスしか新たな命を誕生させれない。 そして、コアに魂と意識が宿って肉体はどんなに損傷しても再生する。 損傷次第で時間はかなり必要とすると予想している」
「それじゃ、あの4個のコアも時間をかけて元どおりになる?」
「ふむ、これまで幾度か銀星との戦があったが、奴らを完全に活動停止させる方法が分かっていなかった。 ・・・それをお前が、キョウコが教えてくれるとはな・・・」
「なんか、不味かったのですか?」
頭を両手で抱えて軽く床を蹴る。
深いため息とともに小さく揺れるハンモック。
「・・・ここから先は、情報レベル5プラスになる私からは話せない内容だ。 後、お主が知ってしまったリザードマンの秘密はそれ以上の極秘。 成り行きとは言え私の管轄範囲を大きく逸脱してしまって・・・。 根本から計画を練り直ししなくては・・・」
「やっぱり、まずかったですよねぇ。 ちょっとゲスい女の様でしたし、なんとか辞めさせようとあの時頑張ってはいたんですが・・・」
「可能であればキョウコともう一度会話をしてみたいものだが、なんとか思い出せないか? 彼女の記憶とか何か?」
あの瞬間激痛が走った胸の中心に両手を当てて深く意識を向けてみるが、感じるのは仲間を失った感傷だけ。
首を横に振りミムナに無理だった事を告げる。
「・・・そうか。 今後何かわかったら正直に教えてくれると助かる・・・。 しっかし、不確定要素のお主をお遊びのつもりで誘った成果がこれ程大きく成るとは。 この世界は・・・全く愉快なところだよ」
玩具扱いに怒ったらいいのか、自分の所業に誤ったらいいのか分からなかったので、一つ小さく頭を下げて無言でシロンの元へ戻った。
3人の会話を聞くために俺はシロンの側に座った。
それは俺の知らないとても興味深いものばかりだった。
樹海最強の獣モフの話。
テパの息子として初めて人間として生まれた頃の話。
マカボの母親時代の話。
ここに集まった連中は、それぞれの人生でお互いに深く関わりを持った人生を送っていて、笑いあり涙ありの数え切れないエピソードがあった。
セトの住民も交え昼食を間に挟み、長く続いた思いで話も夕暮れの頃にはシロンの次の誕生の話で盛り上がっていた。
男か女か、人間か獣かと・・・。
そしてまた最強の戦士を目指す鍛錬馬鹿に必ず成るだろうと・・・。
埋葬用の道具を準備して船から降りようとする一行とミムナが話をしていた。
今は太陽も山向こうに没していて辺りは薄暗くなっている。
本来であれば、もうこの地を離れドキアへの帰途についてるはずだったのだ。
急ぎの旅では無いと言っていても人間達の足で火山灰の積もった山を登るのは危険だし、エルフの里へ徒歩で行くには片道2日は必要だろう。
シロンの為に『樹皇』を向かわせる事にしてくれたみたいだった。
人間達とはあまり関わりを持たないミムナも、使節団の人間達に気を回してくれたのだと思う。
後でお礼を言っておこう。
音も無く宙に浮く『樹皇』にセトの人間達は驚愕していたが騒ぎはすぐに収まり、赤く染まった山並みを眼下にゆっくりとエルフの里へ向けて空中を飛ぶ。
一際高い頂に到着して全員が降り立つ。
ミムナの合図でシャナウの拳の一撃が山頂に深い穴を穿つ。
3人がシロンの遺体を穴の中央へ優しく滑り落ちていく。
穴の大きさからいくと底で遺体は立った状態だろう。
俺のロッドで飛び散り粉砕された小石を少しずつかけていく。
ガレが埋まっていく穴の中央に柄を下にシリウスを突き刺した。
自分が打った最高の剣。
ドキア最強の戦士の剣。
次の生涯もまた最強を目指すだろうシロンに相応しかった剣だった。
切っ先を天に向けて進水式に誓ったシロンの言葉が、剣と共に引き継がれる様に願いを込めて一緒に埋葬される。
誰も言葉を発しない中、俺は星が輝き始めた空を見る。
俺の知る秋の終わりの星座が並んでいた。
季節は少しズレている感じはしたが、南東の地平線にちょうどおおいぬ座が登って来るところだった。
そう、全天で一番明るく輝くシリウスがある星座。
ガレから剣を受け取る時にシロンが「強そうな名前を付けてくれ!」と俺にせがむので、安易に頭に浮かんだ一番を教えてやったらかなり喜んでくれたのを思い出した。
まぁ次も一番を目指すのだろうから、何処にいてもすぐに見つけてやれるだろう。
心の痛みがスゥーっと消えて少しだけ楽になった。
そうさ、またきっと会える!
小石が少し盛り上がった所で風を止めると、マカボが腰の布袋からクッキーを数枚取り出し地面に並べる。
「シロン、ここに私とテパの思いのカケラを置いていきます。 ・・・またいつか会いましょう」
小さく呟いたのが聞こえてきた。
そして俺達はシロンの眠る頂を後にした。
『樹皇』はセトの人間達の小さな漁村に立ち寄り、船積みされている保存食と一緒に彼らを下船させた。
ガレが鉄製の農具と釣竿も渡すと、彼らは目にいっぱいの涙を浮かべ感謝の言葉を述べていた。
船上でマカボがこれから大雨が来て、大量の火山灰の土石流が発生する可能性を話していたので、彼らは自分と家族の命を守る為の最善の道を探す数々の選択をしなくてはならないはずだ。
大きく手を振り飛び立つ『樹皇』を見送るセトの住民達をみながら、シロンが救った命がこれからも生きながらえ繁栄する事を願っておく。
最終寄港地を後にした使節団は出発地であるドキアの樹海を空路で目指す。
頭の中では「ちょうど地球を一周する旅になるのか?」と初めての体験で唇の片方が笑みの形になる。
全て手放しで喜べる楽しい内容にはならなかったが、俺を誘ったミムナの言葉通りに掛け替えの無い体験が出来た事は事実。
ナームの左腕に師の教えを刻み込んだキョウコ。
ミムナは俺のブロックされた過去人生の一人と断じていたが、俺には全く想像がつかない。
俺の断絶された前世の記憶に何か大きな秘密があるのかもしれないと思うと、不安のマグマが心の中に湧き上がって来る。
遠くの空に輝くおおいぬ座を見上げ、モフの姿に書き換えてみた。
腰に巻いたモフの毛皮を撫でながら、あの頃の癒されていた思いで不安を閉じ込める。
これから歩む人生? エルフ生? 広い世界を見て回るには十分に長い時間が俺には用意されているのだ。
後悔も反省もしたく無い。
「どんぉんと、来やがれってんだ!」
両拳を小さな胸の前に引き寄せガッツポーズしてやった。
傍目で見たら少女の可愛いポーズだが、キョウコにキモオタオヤジとまた呼ばれそうで背筋に冷たい汗が流れてきた。
隣のシャナウに悟られない様に鼻歌まじりで自室に戻る俺であった。
次は、進むべき道




