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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
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 先を飛ぶミムナの速度は凄まじかった。

飛び立ってすぐに爆音を撒き散らしたので瞬間に音速は突破している。

俺も負けじと竹箒に鞭打って何とか小さな点となったミムナに追従していた。

シャナウは青黒い光を纏って俺の隣を飛んでいて昔テレビで見たヒーローを思い出した。

シャワーで水が流れ出た箇所から強力な圧縮空気が放出されているみたいで、後方にはソニックブームを盛大にまき散らしている事だろう。

俺の飛行が周りに迷惑をかけていない事を祈ろう・・・。

ゆっくり飛んで一時間ほどの距離だったので5分とかからずに船へは戻れるはずだ。

ミムナの慌てぶりだと重大事件が発生してそうで心がざわつく。

なんだかんだで出発まで5分くらいは準備に使ったので『樹皇』のみんなが心配だ。

 青空の向こうに火山灰のカーテンがかかっている。

南に発生した台風に引っ張られて到着した頃よりはだいぶ南下したみたいだ。

おかげで『黒柱』も微粉塵の影響を受けずに動ける様になったのは助かったが、黒いカーテンはこれから起こる事態を不気味に暗示しているかの様に自然の脅威を誇示している。

思った通り時間はかからずに高速で飛ぶ俺の眼下に入江は直ぐに確認できたが、異様な物体も視界に入ってきた。

三角形の黒く巨大な物体が入江に突き刺さる様に出現している。

磨かれた黒曜石の様な表面に幾つかの人らしき姿があり、ミムナはそれに向けて降り立つ様だった。

俺もシャナウもそれに続いて見慣れない海上の黒曜石の床に立つ。

着地してシャナウが速攻で背中の突起に手を掛け何かを引き抜くと、器用に展開されたそれは身の丈はある盾に姿を変えていく。

変形途中の盾を左手に持ったままミムナの元へと駆け出した。

状況がまるでわからない俺は周囲を観察しながらゆっくりとミムナに近づく。

降り立つ前に確認した黒曜石上の影はリザードマンが5匹と人間が4人、それと丸く蹲ったサラだ。

ミムナはサラとリザードマンの間、サラを庇う様な立ち位置になっていた。

シャナウはミムナの右前でミムナを守る位置。

あのいつもは天然キャラのシャナウがこの対応、背筋に悪寒が走りミムナに近づく俺の足も少し速くなった。

サラの横を通る時荒い息遣いと憤怒の念は感じたので、もしかしたらリザードマンに怪我でもさせられたのか? 俺の眉間にも苛立ちの縦皺が寄るのを感じる。

ミムナに近づくともう話は始まっていたみたいだ、不可侵圏外の海上でのリザードマンとの会話が・・・。


「・・・やはりそうだったか! ゲハハハハハッ! 地球派遣の団長殿はお主だったかっ!」


後方に4匹の完全武装したリザードマンを従えて、一歩前に出ている一際体格の良い一匹が話す。

声の主も完全武装だが、装備品は明らかに上位者としての装飾がなされているが下品さは隠せていない。


「何を言ってるか? グローズは最初から知っておるわ。 お前如きに名乗ったのは話に筋を通すためだよ」


ミムナは腕組みした仁王立ちの姿勢で自分の機嫌が悪い事を隠さずに早口で言い放つ。

細められた瞼、眉間に寄せたシワ。

何よりも、俺でも見える赤いオーラを纏い、時々青白い閃光が稲妻の如く飛び出している。

海上のこの場がとても気に入らない様だ。


「なぁーに、近くを通りかかったら可愛いペットの餌が海中にいっぱいだったのだ。 ゲハハハハハッ! 食べさせてたらこんなに島の近くまで来てしまっての、気がついたら団長殿の船があったので挨拶しに来たまでだよ。 ゲハハハハハッ! 」


両手で海上を示すリザードマンの仕草で俺は周囲を見渡すと、海面には数えきれない数のワニが浮かんでいた。

アトラの城壁内部で見かけた尋常な大きさでは無い恐竜と言われても信じる程の大きさ。

体長は優に15mは有りそうなワニである。

俺を楽に丸呑みできる口から何かの肉がはみ出している。

白くブヨブヨしているそれらは、津波で流されたこのセトの野山に住んでいた動物達の水死体の様だった。

口からはみ出した肉の中には明らかに人の部位であろうものも見て取れた。

胃液が逆流しそうな感覚を飲み込みミムナの話の邪魔はしまいと奥歯に力を込める。


「挨拶とはな・・・、方便を使えるくらいに人間に染まっては国でいじめられるぞ?」

「ゲハハハハハッ! それは問題ない! 問題ないのだぞぉ、ミムナ・カリーマロス団長殿!」

「問題ない? 何がだ?」

「グローズ閣下がそう仰っていたからだぁ。 わしらは宇宙に選ばれた崇高な唯一無二の不死身の生命体! 肉も命も文明も喰らう上位者なのだ。 行いは全て正しい! ゲハハハハハッ! 」

「はっ? 本国から離れてこの地球で宇宙の覇者にでもなったつもりか? まったくもって幼いとしか言えんな」


呆れた素振りのミムナの周りの青い稲妻が量をます。

シャナウは盾に何かの力を蓄えているのか、大きな黒い盾が時折虹色に輝いている。

俺の後方を気遣う気配があったので、俺も気になってサラが心配で振り返った。

丸く蹲るサラはお腹の所に何かを抱えているらしく前足と後ろ足で何かを囲っている。

ミムナとリザードマンの会話も心配だったが、即戦闘が開始される訳では無さそうだったのでサラの元へと歩み寄った。


「サラ、もう大丈夫だよ! ナームもシャナウもミムナも来たから、もう大丈夫!」


視線をリザードマン達に向けて威嚇の念を解かないサラは俺に気付いて鼻先だけを向けてきた。

優しく鼻の上を撫でてやるとゆっくり瞬きをする。


・ナームちゃん・・・、ナームちゃん・・・! あいつら・・・!

「そうだね、あいつら野蛮なトカゲさんだからもう近づいちゃダメだよ・・・」

・あいつら・・・、シロンを・・・

「シロン?」


そう言えばシロンの姿が見えない。

あいつは必ず先頭に立っていそうだ。

どんな危険があってもドキアの仲間の前にも、エルフの前にも立つ奴だ。

ものすごく嫌な予感がする。

周囲を見渡しサラが全ての足を使って大事に抱える何かに目が止まる。

モフの毛皮が見えた。

いつも肩から袈裟懸けにしている毛皮だ。

床には血溜まりが見える。

黒い床だったので最初は気付かなかったが盛り上がったそれは明らかに血の池だった。

抱え込んでいたサラの足をゆっくりと動かすと、シロンの姿がそこにはあった。

大量の出血の為か唇はもう紫色になっていて顔面は蒼白。

左腕と右足が膝から下が無かった。

多量の出血はそこからのもので今は止まっている様だ。

うっすらと開けられた瞳に輝きが戻り俺の顔を見て笑みをこぼした。


・エルフの民よ・・・、ナーム様よ・・・。 私はお役に立ちましたか?


シロンの頬に手を添える、冷たい・・・。

太くたくましい首筋に手を添える、脈は無い・・・。

もう彼は、シロンは死んでいるのだ。

残された魂の力を使って俺に話しかけているのだ。

俺の心臓の横、胸の中心に痛みが湧き上がる。

サラの意識からシロンが死に至った光景が流れ込んでくる。


「シロン・・・、あなたはドキアの民を守る為・・・、セトの民を守る為に戦ったのですね・・・」


リザードマンの船が現れて災害で生き残ったセトの人々を喰らい始めた姿を見過ごせず、エルフ達が戻って来るまでと、時間稼ぎするつもりで矢面に自ら立った。

人外の彼の力を持ってしてもリザードマンには敵わず俺達が到着する直前に勝敗は決した。


「シロン! エルフの民のナームの名を持って、家族である貴方に惜しみない称賛を与えます・・・」


痛み出した胸は激痛に変わっていたが、俺の両手からは黄金の光が溢れて薄れゆくシロンの魂へ降り注ぐ。

俺が今できる最高の賞賛の光。


「また会いましょうシロン・・・」

・ナー姉ちゃん・・・、またね・・・


遺体に残留して俺を待っていたシロンの魂は何処かへ抜けてしまい、目の前にはただの屍だけが残った。

血に濡れたモフの毛皮を優しく外し自分の腰に巻く。


「サラ、お願いシロンを『樹皇』へ運んで頂戴・・・」

・ナームちゃん、わかった

「シロンを守ってくれてありがとうね、サラ」


胸の痛みは熱く爆発しそうだ。

何がエルフは便利だ!

治癒の魔法や蘇生の魔法なんか使えんではないか!

自分に怒りがこみ上げてくる。

異世界転生のご都合主義の治癒魔法なんかここには無い。

いや、俺には使えない。

サラがシロンの屍を優しく咥えて持ち上げた時、右手に固く握られていた剣が床に落ちて甲高い音が響いた。

そして俺の胸の奥の痛みが爆発した。


ドックン!   ドックン!   ドックン!


ゆっくりとした足取りで落ちた剣に歩み寄り、俺にとっては巨大な剣を拾い上げる。

右手に持ち切っ先をシロンに向けた時どこからか奇声が聞こえた。


「ギャハ、ギャハハハハッハ! こんなところでおっ死んじゃったw!」


周囲を見るも声の姿は見えない。


「ヒッサビサに会えたと思ったら、すぐにおっ死んじゃうなんて。 本当信じられなぁい! あっ! でもあれねぇ? そうだわよねぇ! 教えは身を以てって言ってたもんねぇ! あらやだぁ! こんな所で師は教えてくれたのですねぇ!」


ゲスな声音に言葉遣い。

それも、ナームの声。


「ちょっとは使えそうな剣なのにぃ! 使いこなせないとぉ、おっ死んじゃうんですねぇ? あっ! それっとぉ、食いもんもぉ、女もぉ、自分の命もぉ・・・!  弱いと取られちゃうっ!」


慣れた手付きで剣をふるいサラに向かってあっち行けと合図する、俺。


「くどくど、くどくど、嫌になるくらい、くどくど言ってた師の教えってぇ、体験談だったんですねぇ? これはこれで、発見! メモっておきますねぇ!」


器用に剣を回転させて切っ先を指先でつまむと、肘に当てて文字を刻み始める、俺。

左腕に激痛が走り刻まれる文字は読めないが、流れ出た血と刻まれた文字はすぐに消えてしまった。

不思議な感覚で自分の行いを見ていたが、ナームの体に起こった異変に戸惑っていた。


「師の教えは大事! っとねぇー」


視力はある。

周囲の音もナームの声も聞こえる。

触った感覚、肢体をうごかしてる感覚もある。

ただ・・・、それは俺の意思によるものでは無かった。


・なんだこれ? どうしちまったんだ俺は?


教えを刻み終えたナームはくるりと向きを変えて、リザードマンと会話をしているミムナの方へ歩いていく。

ミムナの隣に着くとシリウスの切っ先を床に突き刺し、腕組みをして首だけミムナに向けた。


「ちっこい・・・火星の王よ!  まだ話は続いちゃうのかい? って言うか、本当ちっこいな!」

「? ・・・誰だお前は?」


会話の途中で話しかけられたのが気に食わないのか、呼ばれ方が気に食わなかったのか、多分両方だと思うがあからさまな嫌悪感の眼差しを向けてきた。


「私は王では無い。 地球観察団の団長だ・・・、山上・・・では無いな、お前?」

「キャハハハ、解っちゃう? わったっしわぁー。 キョウコ!」

「キョウコ?」

「さっきまでのクソハゲオヤジじゃぁ無いんだな、これが!」

・クソハゲオヤジ? 俺のことか? 俺は剥げてはいなかったぞ、坊主頭なだけだ!

「クッソハゲヒキオヤジは黙ってて! キモイ!」


俺の心の声が聞こえたのかキョウコと名乗ったナームの体の主導権を持った奴が答える。


「そうねぇ、キョウコはぁ、郷子って呼ばれてたりぃ、強娘って呼ばれてたりぃ、狂狐ちゃんっても呼ばれてたんだよぉー! そん中では狂狐ちゃんがイッチバン気に入ってるけどねぇ!」

「山上の奥に潜んでて奴か・・・、なんで今・・・現れた?」


訝しむ表情で腰のロッドに手を掛けたミムナが腰を少し落としてナームと向かい合う。


「キャハハハ、 あのトカゲちゃんと遊びたくなっちゃたのぉ! なんてったっえぇ、シンローを殺しちゃったんだものぉー、師は言ったのよ、敵討ちは無意味だってね! でも、遊ぶ位は構わない! だって殺さないんだから、うふ、キャハハッハハ!」


一層険しくなった顔で瞳を金色に輝かせミムナが問う。


「キョウコ、お前は何を知っている? いや、どこまで知っている?」

「・・・全部。 そう、クッソチキンハゲオヤジになるまでね! でも、ここへ連れてきてくれた事はものぉすごく感謝してたりする! この体を貸してくれた火星の王にもね!」


剣を手に取り体をくねらせ踊り出すナーム。

ミムナの闘気は上昇して閃光する稲妻が空気を切り裂く音を出し始める。


「どうした? 仲間割れか? ゲハハハハッハ! これは良いものが見れそうだ」


俺達の成り行きを見ていたリザードマンが愉快に笑い出す。


「あーぁ! トカゲちゃんと試合するのよぉ、さっきの続きねぇー。 あなた達は死合でいいのよぉー、さっきみたいにねぇー! でも、狂狐はお遊びの試合なのだけどねぇー」

「ほっほぉ? シロン・ヌケサクの次は掃除娘か? 大丈夫かアトラの闘技場の様にはいかんぞ? さっきの奴みたいに瞬殺だぞ?」


大きく広げられた硬質な鱗を纏った腕を優雅に広げる。

後ろの取り巻き達もゲラゲラ笑い出す。


「瞬殺? その割には変な物が転がってるが?」


ミムナが指差す方に黒い鱗が付いた肉片が転がっている。

長い爪が付いたリザードマンの手首だ。


「あぁー、そいつを餌にしたら瞬殺だったのだよ。 ワシらは不死身だからな! そんなの痛くも痒くもない。 ほれ?」


シロンに切り飛ばされ再生したのであろう左手を軽く振って見せる。

鱗の色から見てシロンの相手はミムナとの会話相手なのは間違いなさそうだ。

まだ踊り続けているナームは手から時折何かを放出している。


「さってっと! 準備運動はできたから行くのよぉ!」


視界がブレ直後リザードマンの鎧が眼前に現れる。

後ろの取り巻き連中の1匹だ。

そしてすぐに視界がブレた。

また、眼前に1匹現れ、すぐにもう1匹が現れた。

俺には何をしたのか全くわからなかった。

そして、背を向けてゆっくり歩くながら、黒鱗のリザードマンへ歩み寄る。

背中から近づくナームに気が付かず棒立ちしている相手に左の拳を叩き込む。

大きく横に飛ばされながら呻き声を上げて振り返った。


「ごめんねぇ、もう、試合始めちゃってってぇー」


ケラケラ笑いながら軽く話すナームに怒りの視線を向けるリザードマン。

何かを言いかけた時に後ろで重い物が倒れる音がした。


「お前が・・・、やったのか?」


後ろの取り巻きが3匹床に倒れていて、残された1匹は氷に閉ざされて氷柱と化している。


「そうなのぉ、師の教えでねぇ。 強者は弱者をいたぶるのはダメだって言うのがあるのぉ。

でも、遊ぶのは構わないって思うのよねぇ、わ・た・し・は」


左手に持っている3つの鉄の塊を氷柱の足元に放る。


「そ、それは・・・。 俺達の・・・。」

「そうね、核だっけ? 卵だっけ? なんでもいいけどぉ。 潰れたら復活できないんだっけかなぁ?」

「貴様ぁ! なんでそれを知っている!」

「あらまぁ、秘密だった? あらまぁ、ざ・ん・ね・ん・ね」


明らかに動揺しているリザードマンの闘気が増した感じがした。

左手でシリウスを器用に回しながら間合いを無視して近づく。

激情の闘気を纏った左の拳がナームに襲いかかってくる。

スピードは速いがシロンと同等か少し速い程度だ。

体格差があるので普通の人間なら一撃で粉砕されるだろう。

多分シロンはこれを横薙ぎで切り飛ばしたのだ。

ナームは鋼の様な拳を剣で受け流し懐へ逃れ、左手を胸の鎧へ添えた。


「きっさまぁ!」

「あらやだ、汚いよだれ垂らさないでぇ!」


鎧を押しやり左手でよだれの付いた右肩をみずで洗い流す。

後方に倒れ込んだリザードマンは両肩から先は無く、両足も腿の付け根から先が無かった。

激痛が走っているのか呻き声を発しながらもがいている。


「あらまぁ、瞬殺出来ないみたいねぇ。 手足生えないのねぇ?」

「・・・何をした?」

「な・い・しょ! 最後はこれね! このウネウネしたのって嫌いなのだけどぉ! やっぱり尻尾はモフモフじゃ無いとねぇ!」


振り回した剣を尾の付け根に叩き込み切り飛ばす。

飛び散った血が止まると胴体側の切り口がピンク色に被覆して再生が始まる。

左手にロッドに持ち伸び始めた尾に火炎を浴びせる。

出来たばかりの皮膚が焼かれて激痛にのたうち回るリザードマン。

火炎が止むと黒焦げになった表面にヒビが入り、また再生が始まる。

元の半分くらいに伸びた尾をまた切り飛ばし、新しい尾に火炎を浴びせる。

肉の焼ける匂いと絶叫が辺りに満ちている中、ナームはケラケラ笑っている。


「これって、切っても切っても伸びてくるよねぇ? なんでだろうねぇ? 面白いねぇ?」

「グギャー、アギャー、やめてくれー、ギャー、頼むもうやめてくれー」


何度も同じ行為を執拗に繰り返し絶叫は絶え、痙攣だけして反応は小さくなった。

それでも尾の再生だけは止まらなかった。


「ねぇ? 瞬殺はつまらないでしょ? 遊びの試合はこのぐらいしなきゃねぇ?」


次に振り下ろされた剣は骨盤あたりを両断してリザードマンを輪切りにした。

切っ先で腰骨の中央を弄り、鉄色の玉を取り出す。


「また会いましょうねぇ、トカゲちゃん!」


剣の腹に器用にのせたそれを氷柱のリザードマンの足元に転がす。

左手をかざすと氷柱は溶け、息を吹き返した残った取り巻きが先頭姿勢をとる。


「・・・お前えええええ! ただで済むと思うなよ!」

「あらやだぁ、あなたも試合したいのぉ? それ持って帰らないと、本当に死んじゃうんじゃ無いかなぁ? せっかく1匹だけ残したのにぃ? 全員死んじゃっていいのかなぁ?」


ナームと足元の4つの玉を交互に見てから、腰の剣にかけた手を離し大事そうに玉を手に取る。


「クッソなんて姿にしやがる・・・。 こんな辱めはあんまりだ・・・」


空に向かって甲高い咆哮を一度放つと背を向けて歩き出した。

周囲の海上にいたワニ達が一斉に海中に没して姿が見えなくなる。


「ちゃんと親玉に言うのよぉ? 試合したんだって! 試合したかったらいつでも気軽に声かけてねって!」


トボトボ歩く後ろ姿が陽炎の様に揺らぎ瞬間で掻き消えた。

微振動が足に伝わり床が沖合へと動き出す。

ナームは厳しい顔をしたミムナ達の元へ歩み寄った。


「あらまぁ、そんなに怖い顔しないでぇ、殺しちゃいないんだからぁ。 ただの試合、お・あ・そ・び!」

「何がお遊びなものか! 奴らの不死身の秘密をバラしておいて!」

「あらやだぁ、火星の王だって知ってるでしょぉ?」


さっきまで具現化していた闘気は薄れて、眉間に寄せたシワも薄くなっていく。

見る見る困惑した表情になって、しまいには両手で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「があぁー。 これで戦略の大幅な見直しがぁー。 キョウコとやら、詳しい話を聞かせてもらうぞ!」

「あらやだぁ、それは無理なのねぇ」

「なぜだ! お前のしでかした計画破綻の責任は取ってもらうぞ!」

「だってぇ、今はキモオタオヤジが優先だからぁ、いろいろあってぇ・・・。 じゃあね!」

「おい! 待てコラ!」


体が重くなり俺はへたり込んでしまった。

沈み始めた床が海水で洗われ始め下半身が濡れ出す。

ナームを支配していたキョウコは姿を消し、俺に主導権が戻ってきたみたいだ。

立ち上がりミムナに向かって首を横に振る。

ミムナは口を開けたままで肩から首が落ちそうなくらいに垂れ下がり落ち込んでしまう。


・とりあえず『樹皇』へ戻りませんか・・・?


シャナウの進言で沈みゆく銀星の船を後にして、一旦帰ることにした。

それぞれで固まって震えるだけの生き残ったセトの人間を抱えて空を飛ぶ。

『樹皇』は目と鼻の先だがかなり遠くに感じる。

俺の心の中にはシロンの死と言う重く苦しい想いと、キョウコと言う謎の意識への困惑が渦巻いていた。

次は、セトの夜

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