日本のエルフ達2
海と空を分ける視界一杯の直線が判別可能なくらいに黒い闇を薄れさせ、空が明るさを取り戻して来た。
交代で見張りしていたエルフ不在の昨晩は、遠くで漁火が確認できた以外は何事もなく過ぎていた。
セトの山々には相変わらず生き物の気配はなく一晩中闇に閉ざされていて、警戒監視は右舷に面した海洋に重点を置いていた。
そんな訳で椅子に座って海を眺めての夜明けとなっていた。
到着前にミムナが言っていた通りに火山灰の降灰範囲は大きな低気圧?だかに引っ張られて、だいぶ沖へと遠ざかっていて今はマスクもいらないほどになっている。
明け方の空にはいくつかの星も見える。
見張り役の話し相手?になってくれていたサラは掃除を手伝っているつもりなのか、長い尾を振り回しながら船上至るところを歩き回って火山灰を船外へ吹き飛ばしていた。
「母さんおはよう」
背中から声がかけられ首だけめぐらし「おはよう」と返事をする。
相変わらず二人っきりになると俺を「母さん」と呼ぶマカボが近づいてくる。
この旅で何度か目の二人っきりの朝だ。
俺の呼び方について咎めるのはもうやめておこう、マカボ本人も俺を揶揄いたいだけなのだろうと俺も気づき始めていたから。
「セトの人間も生きるのに必死なのでしょうね。 サラみたいに」
隣に立ったマカボは一心不乱で掃除をしているサラの姿を目で追って笑みを溢している。
「生きるのに必死? サラも?」
「仲間の役に立つ所を知ってもらいたいのでは無いかなっと思って」
「自分の立ち位置とか、必要性をか? 多分誰もさらにそれを求めていないとおもうけど・・・」
俺の視線もサラを追いかける。
可愛い動きで掃除しているが野山で遭ったら命を奪い合う獰猛な黒豹。
並の戦士では5人で倒せるかどうかの獣だ。
「食べ物とはそれほど大事って事だと思いますよ。 我々が生きていく為には食あってこそです」
「あぁ、それでセトの人間も危険を承知で暗い夜の海に糧を求めて出ている・・・か、山に食べ物はなさそうだもんな。 ドキアみたいに保存食沢山貯めてればいいのだけどね」
明るくなって数が減った漁火に視線を移して大漁であった事を願っておく。
「時には新鮮な食材を我が子に食べさせてあげたいでしょ? 母さんみたいに」
「・・・そうだな。 子供の笑顔は親にとって何よりの『賞賛』だものな」
掃除が終わったのかサラが舌を垂らしながら隣にくる。
サラの意を察したのか桶に水樽から飲み水を準備してマカボが差し出した。
「サラちゃん朝から掃除してくれてたんですね。 とっても助かりますよ」
耳の後ろを優しく撫でるマカボの姿に母の頃の前世の記憶が蘇ってくる。
エルフの森に面した町が出来上がって間もなく訪れた長い日照り。
あの時はマカボは3歳だった。
俺は女戦士で町の周辺警備をしていた。
時折迷い込んできた獣を狩っては町のみんなに配っていた、勿論マカボを優先していた。
そんなある日、ドキアの森の食糧が尽きたのか獣達が町の人々を襲い出し人間と獣との厳しい戦いになったのだ。
母親の立場だった俺は参戦を拒まれたが、町の守りなくして我が子の命もないのだからと周囲の反対を押し除けて激しい戦いを続けたのだ。
長い日照りも終わり雨が降り出した頃に獣達との戦いは終わったけれど、深傷をおった俺は治癒する事なく死んだ。
あの時の枕元で悲しそうなマカボの顔がダブって見える。
俺の魂の記憶はモフを含めて今が4回目。
マカボ達はもっともっと俺の計り知れないほどの人生の記憶がある。
彼らはどんな気持ちで周りの人達と接しているのだろ?
俺はどう接していけばいいのだろう?
母としては今は接する事はできない・・・。
今はモフの頃から願っていたエルフの守り人と成れたのだから。
「また一人で考え事ですか? 遠くを見て黙り込む癖は変わってませんね」
「・・・人間として生きるのは難しいなと思ってね」
「そうなんですか?」
手すりに背を預け俺と向き合う形で空を見て目を閉じるマカボ。
「アトラもカインも見たけど、前世の記憶がなくても人間は生きている。 そっちの方が楽なのかもしれないと思ってね」
「・・・私の母の頃の記憶は邪魔な記憶ですか? シロンにとって苦しいだけの記憶ですか?」
いつもひょうひょうとしているマカボが見せない怒った様な真剣な顔で俺を見返していた。
そんな事はない。
前世の記憶があるからこそ俺は目的を見失う事なく、3回の人生の毎日を鍛錬に集中できた。
「いいや、その個人個人の事ではなくてですね・・・。 記憶が残るドキアの人間達と残っていない人達の人生観について・・・」
「私は樹海の中央にあるピラミッドを長くに渡って纏めていました」
俺の話を遮り唾がかかる距離まで顔おを近づけたマカボが早口で喋る。
「人と人の大きな戦も3回! それも皆過去の記憶を持っている旧知の人間同士での戦! 何故だと思いますか? 和解出来る事なく殺し合うのですよ!」
「・・・・」
俺には何も答えられない。
視線を外し俯くことしかできない。
「今の人生を生きる為です! 今宿しているこの体の人生を真っ当する為です。 今の自分と仲間が生き延びる為に旧知の魂とも戦ったのです」
心の底から絞り出す苦渋の選択をした過去生の記憶の話。
「そうだぞシロン! 俺とモゼは相当前だが殺し合った中だど」
いつの間にかまたお節介が二人俺の後ろに立っていた。
「俺の所も食う為、生きる為には必死でな。 岩山の獣達が姿を消した大昔の日照りでモゼの集落と戦をしたんだど、双方で半分くらい仲間を失ったかの?」
「何を言うか! お前達が放った火のおかげで森の殆どが焼けてなくなって生き残ったのはほんの僅かだったよ!」
腕組みしているガレをテトがこずきながら文句を言っている。
「まぁ、あれだ!」
「なんだよ?」
「過去の記憶はどうあれ、今を生きるってことだど!」
「・・・ごっほん。 さっきの私の話に落ち着いた、でよろしいですか?」
マカボが迷惑そうに後ろの二人を交互に見つめる。
今初めて知った、マカボの前世はモゼがったのか。
やはり古くからエルフと接していた人間達は一つ処に集まるものなのかも知れない。
「今の人生は自由てことだ。 前の記憶を反省するもよし、過ちを繰り返すもよし!」
「そうだど! それを誰も咎めないど! なぜならばそれは其奴の人生なのだからな!」
テトの言葉に賛同したガレが胸を張っているのが解せないが、そうなのであろう。
記憶に縛られることなく自由に生きていいのであろう。
「シロン、今の人生を楽しんでください。 私が『母さん』と呼ぶのが悩みの原因なら謝ります」
マカボの顔には少し寂しさが伺えた。
「いや別に謝らなくてもいい。 俺こそ心砕いて話せるみんながこの人生の近くにいてくれてとても助かってるし心強いと思ってるよ」
「なぁんだ。 ナーム様がいないから寂しいだけだったのか?」
「なんでそうなる?」
声が裏返ってしまった。
「あんなにちっこくて可愛くなったナーム様。 いつも側で守ってあげたいもんな! いないと寂しいもんな」
こいつら馬鹿か?
馬鹿なのか?
俺の全力でナー姉ちゃんにかなう筈ないのにエルフを守るとか?
ましてや変な恋心持ってるとか勘違いしてないか?
気安く弟みたいに接しているから勘違いされてるのかも知れないが俺は知っているのだ、大きな隔たりの先にエルフ達の存在があって常に俺も平伏す側である事を。
人の身では越せない大きな存在である事を。
「シロンのお悩み相談はこのくらいにして朝食にしますか? もうお日様も登ってきた事ですし」
マカボが変な方向に進んだ話をおしまいにする皆んなの空腹へ、食への欲求に訴えた。
「そうだど! 腹減って起きたらシロン達が変な話ししてたから忘れてたど!」
「じゃぁ俺はサラちゃんの朝食準備する」
「私も昨晩の残り物を温め直します」
俺の周りに集まっていたみんなはそれぞれに散って行った。
ドキアの街ではこんな話をする機会は無かった。
旅の途中ならではの会話なのだろう。
心底この使節団に連れてきてもらえてよかったと思う。
人間達とより一層近くになれた感じがする。
本当の仲間になれた感じがした。
椅子に座ったままで背伸びをしてから立ち上がり、日課の鍛錬を始めようと体を動かし始めた時沖の異変が目に飛び込んできた。
朝方の陸風の影響で鏡の様に平坦な水面の一角が突如盛り上がり巨大な何かが姿を現す。
「ピッピッピーッ!」
警戒を意味するホイッスルの音に操舵席を振り向くと、いつ現れたのかピピタちゃんの姿があった。
そして、鳥ちゃんが沖に向かって飛ぶ姿があった。
次は、日本のエルフ3




