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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
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日本のエルフ達1



「ぴーっ、ピーッ」

ホイッスルの音が背中から聞こえ俺は波打ち際に浮かんだ竿先のウキから『樹皇』の方に視線を移した。

甲板上で上空を高く指差す『黒柱』の姿があった。


「何か落ちてくるぞ! シロン!」


隣で竿を出していたテトが声をかけてくる。

上空に目をやると小さな黒い点が落ちてくるのがわかった。

さっき飛んで行ったナー姉ちゃんみたいだ。


「随分と早い飛び方? 落ち方だなナーム様」


腕組みしたテトが感心した様に呟く。


「どうしたんだろな? 空の上でなんかあって気でも失ったのかな? さっきみたいに」

「大丈夫だろ、変な笑い声が聞こえるから。 あれってナーム様の笑い声だよな・・・」


ガレの疑問にテトが答えていた。

それにしても速度が速すぎる。

いくらエルフは飛べるとは言え、瞬時に速度をゼロには出来ないだろう。

などと考えているうちに落下速度そのままに海に落ちてしまった。

大きな水柱が上がって衝撃の大きさが音として伝わってきた。


「ぴー!」


またのホイッスルの音に視線を移すと『黒柱』が俺と水柱を交互に指差していた。

「大丈夫だろうに・・・」と呟く俺の背中をテトが労をねぎらう様に優しく叩いてくれた。

心配しているシャー姉ちゃんが空を飛んで行けば早い話なのだが、この細かく降り続ける砂のせいでいつも通りの行動ができないらしい。


「じゃあ、ちょっと見てくるよ」


呟きだけ残して俺は乳白色の海面へ飛び降りた。

体を水中に入れる事なく水面を疾走する。

海の戦士になった俺はもう余裕で水面を走れる様になっていたのだ。

最初は大きな水飛沫を上げなければできなかったが、今は小石が水面を叩く位に小さな波紋だけが軌跡となっている。

落水した時に出来た波紋だろう大きなうねりを三つ程飛び越えて落下地点まで到達するとそこだけ海の色が蒼くなっていた。

乳白色の濁りは海の表面だけで深いところまでは達していないのだろう。

落下の衝撃でかなり深くまでナー姉ちゃんは沈んでしまった様だ。

足踏みしながら腕を組んで海中まで様子を見に行こうか悩んでいたら海中から気泡が幾つも浮かんできた。


「ポワン、ギャハハはははぁ・・・。 ポワン、キャハハはははあぁ・・・」


気泡が弾ける度にナー姉ちゃんの笑い声が聞こえる。

全く、エルフは非常識だ。

俺達人間の常識外とは言え、特にナー姉ちゃんは予想のいつも斜め上だ。

そう言えばいつからだろうか?

モフの頃いつも優しくしてくれたシャー姉ちゃんの側にはナーム様がいた。

そう、あの頃はナーム様と俺も呼んでいた。

いつの頃からか姉ちゃんみたいに感じたけれども・・・。

モフの頃の記憶を辿っていると黒い影が笑い声が篭った気泡と一緒にゆらゆらと浮かんできた。

仰向けで浮かんできたナー姉ちゃんは笑い声そのままで俺を見つけて


「どうしたのシロン?」


と聞いて来た。

何が楽しいのか口元はニマニマしたままで。


「シャー姉ちゃんが心配してたから見に来たんだよ」

「あら、ありがとう!」


普通に地面に立ち上がる様に海面に立ち、一瞬で衣服を乾かす。


「何かあったのか姉ちゃん?」

「・・・大した事ないの。 空は広いし、海も深いし、どっかで山まで噴火してるし。 地球も生きてるんだなぁって思ったら何だか嬉しくなっちゃって!」

「何だぁそれ? 訳わかんないや」

「あぁっ! そうだ帽子!」


片手を頭に乗せて帽子が無いのに気付いたらしい。

辺りの水面を見渡して見当たらなかったので上空に目をやると遠くにヒラヒラ落ちてくるとんがり帽子が見えた。


「俺が拾って帰るから姉ちゃんは早く帰ってシャー姉ちゃんに何でも無いって知らせてやってくれよ」

「あら、優しいのねシロン。 街の女の子にもそうだったら、すぐに奥さん見つかるのに」

「俺は誰にでも優しくしてるぞ! って言うか、俺の結婚相手は時期が来たらテパに紹介してもらう事に決めてるんだ」

「時期?」

「そんな事はいいから、早く『樹皇』に戻ってくれよ」


その場で足踏みしている俺の姿に「小さいの漏れそうなの?」などと聞いて来たので「とっとと行ってくれ!」と大声で叫んでからとんがり帽子の落下予想海面へ向かって駆け出した。


 何とか落水する前に帽子を回収した俺が『樹皇』に帰るとエルフ達は操舵席に集まっていた。

何やら難しい顔で話すミムナとナー姉ちゃんに気圧されて、無言で帽子だけ渡して今晩の食糧調達の釣りを再開した。

ナー姉ちゃんの当然の無事を報告して釣りを続けている皆の釣果を聞くと皆一様に首を横に振った。


「この濁りで全然釣れないな」


テトがため息と一緒にこぼす。


「もし釣れても食べれそうに無いしな・・・」


ガレが視線を向ける波打ち際に大小様々な魚の死骸が打ち上げられている。

この降り続ける細かな砂のせいで水の性質が変わったのでは無いかとマカボが言っていた。


「さっきナーム様を迎えに行った沖だと、深いところは綺麗な色をしていたみたいだけど」


俺が見た話を伝えると


「サラの夕食の為にピピタちゃんに沖まで船を出してもらうか?」

「それはいい考えだけど・・・、誰がお願いする?」

「俺やだよ!」

「オイラもだ!」

「私もあの航海士さんは苦手です」


と三人とも俺を見て来た。

いくら気安くエルフと接していても俺もあのシーツを被ったあの子は苦手だ。

まともな会話が成立する気がしない。


「ごめん、俺もちょっと・・・」

「そうだよなシロン、わかるよ」

「サラちゃんには保存食で我慢してもらいましょう。 話せばわかってくれるでしょうあの子も」

「5日は食べないでも普通だから大丈夫だと思いますよ、俺の経験から言うと」

「そうだよな、モフのシロンが説明すればサラも納得してくれるよな」


ガレの言い方がなんか引っかかるが、まあ気にしないでおこう。

モフの頃は7日に一度子鹿を食べれば充分だったし、最悪小さな鳥でも我慢はできた。

アトラで準備した肉も凍らせてあるやつがまだ有るので心配はいらない。


「皆さんがいつもの保存食で良ければ、新鮮な魚は諦めますか・・・」

「大丈夫だよマカボ。 保存食と言ってもいつもいろいろ工夫してくれてるから、飽きがきてる訳じゃないし、美味しいし」

「そうだよ、いつも腹いっぱい食わして貰ってるのに文句なんか無いど」


食事担当のマカボにガレとテトが優しい声をかける。

この三人もほんとに昔から仲がいい。

俺が知らない遠い昔からの古い古い知り合いだと聞いている。


「それでは釣りは諦めて、甲板の掃除でもしますか?」

「そうだな、そろそろ掃除しないと?」

「だな・・・、耳元でピー! とかやられそうだからな!」


食糧の現地調達を諦めて仲良く『樹皇』に戻る事にした。

 戻ってからすぐに役割分担をして掃除を始めた。

思った通りにうっするらと積もった細かな砂は集めるとかなりの量になった。

裾が灰色になったシーツを被ったピピタちゃんは掃除が終わった甲板を一通り歩き回った後、「いつも、綺麗、よし!」とマカボに告げるといつもの扉に姿を消した。

俺はサラのいる天幕に入って食事の説明をしてやる。

首の後ろを撫でながら新鮮な食材が入手できなかった訳と、冷凍肉の話をする。


「少しでもいいからできれば新鮮なのがいいんだけどな、ごめんなサラ」


俺には会話になってるかどうかは細かく判らないが、喉をグルグル鳴らしているので理解して承諾したと判断しておこう。

ナー姉ちゃんの言う通り本当に優しい黒豹だ。

夕食にはまだ時間があるので俺は背中をサラのお腹にあずけ少し休む事にする。

夜には見張りも必要だし、さっきの海上歩行は身体にかなりの負荷を掛けている。

「いざと言う時の為に、戦士は休める時に休まなければならない!」とナー姉ちゃんに言われている。

休憩も戦士の仕事なのだ。

 甲板を歩く数名の足音で目が覚めた。

少しは眠れたみたいで体もだいぶ楽になっている感じがした。

半目の状態だが足音の方に目をやるとマカボとナー姉ちゃんが近くで話をしていた。

薄暗くなった空を見てもう夕食の時間はとっくに過ぎていることがわかって跳ね起きた。

少し気を抜き過ぎていたか?

これじゃ使節団の護衛役の戦士として失格だと言われてしまう。

立ち上がり体に付いた砂を払い落としてマカボの所へ行った時には、もうナー姉ちゃんの姿は無かった。


「マカボごめん! 少し寝過ぎたみたいだ」

「大丈夫ですよシロン。 ナーム様もゆっくり休ませてやってくれと言ってましたし、ミムナ様もここの見張りはピピタちゃんがやってくれるから心配いらないと言う事ですから」

「あれ? それでエルフのみんなは?」

「たった今、御三方ともこの地のエルフの里へ行かれました」


マカボが示す方に目をやると、星の見えない暗がりに二つの黒い点が見えた。

ついさっきマカボとナー姉ちゃんが話してたと思ったのに、完全に目が覚めるまでちょっと時間がかかったみたいだ。


「3人とも行ったの?」

「そうです。 『黒柱』さんはナーム様の竹箒に一緒に乗って、ミムナ様は予備の竹箒に跨って行きましたよ。 明日の夕方には戻ってくるそうです」


それで点が2つしか見えなかったのかと納得する。


「それで、俺たちにここでの仕事とか役割とかは?」

「特にない様です。 この地の人間の里は遠いそうですし、この火山灰とかでほとんどの人間は死んだか遠くへ逃れたらしいですから。 交流は難しそうです。 こまめに掃除! が仕事ですかね」


足元を見るともう薄らと火山灰が積もっている。


「エルフの里は無事ってことか・・・。 ここのエルフの里ってどの辺にあるんだろ? 遠いのかな?」

「どうしましたか? ナーム様とシャナウ様が居なければ寂しいですか?」

「そんな寂しいとかじゃなくて、緊急時の対応とかあるでしょ? 俺は護衛役だし!」

「大丈夫です。 その辺の打ち合わせは済ませてありますから。 双方にもし何かあっても連絡はピピタちゃんが取れるそうです。 エルフの里もここから北西の山の中腹で、ゆっくり飛んで1時間だそうですから・・・。 シロンの役目も分かりますが、ここはエルフが見守る土地。 大事は起きませんよ」


両手で呆れた素振りをしてから背を向けて歩き出す。


「ちょっ、マカボ」

「夕食の準備ですよ。 今日は少し遅くなりますけど、もう少し火山灰が積もった後にみんなで掃除して、その後の食事です。 それまでもう少し体を休めておいて下さい、シロンの体力には期待しているのですから」


背中越しにそう告げると厨房のある部屋へ入っていった。

辺りは水晶の照明があって薄暗い。

ドキアもカインもエルフの見守る土地で獣以外では危険を感じた事は無い。

しかしここセトは獣の気配を感じないのが逆に居心地が悪い。

残された俺はもう一度サラのお腹に寄りかかり、背中に温もりを感じながらもう少し休む事にした。

生き物の気配を感じない灰色の山並みに覚えた恐怖を奥歯に噛み締めて。

次は、日本のエルフ達2

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