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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
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灰色の故郷



 『樹皇』が完全に停止してからテト達に指示をして、たたまれたマストに帆を張って天幕を広げさせた。

船倉に押し込められていたサラを解放することを最優先にしたのだ。

床のハッチを開けると目に涙をいっぱいにした顔が出てきた。


・ナーちゃん、目痛い!

「火山灰が目に入っちゃったんだね。 強く擦ると眼球に傷がついちゃうから今洗ってあげるね」


火山灰の微細なものは狭い隙間でも入り込んでしまって黒いサラサラした綺麗な毛並みが、今は薄汚れた灰色猫ちゃんになってしまっている。

目薬代わりに水の水晶を使って洗ってやった。


「もし目が痒くなっても前足で擦ったりしちゃダメだからね! 水晶の綺麗な水で洗ってあげるからそれまで我慢して頂戴ね!」

・わかった、そうするわ、ナーちゃん


その後俺の竹箒でテト達が懸命にブラッシングしてくれていた。

さてっと、次はミムナにこの状況を説明してもらおう。

常に各エルフの村と何らしかの方法で連絡を取っているのだ、この状況を知らないはずがない。

姿を探し見渡すと、まだ操舵席に座っているピピタちゃんの横に佇んでいる姿を見つけた。

近寄ると端末に向かって何やら操作をしている様だった。


「ナム、これ!」


俺に気付いたピピタちゃんがサンマ魚雷の尻尾を持って俺の目の前にかざすので、無造作に受け取り背中に放り投げた。

遠くで「ポチャン!」と音がしたのでリリースには成功した様だが、今の俺には興味はない。


「ミムナ説明してくれ!」

「説明も何も・・・、遠くで火山が噴火して風下のエルフの里が火山灰に覆われてる。 お前の知識にもあるだろ?」


そんな事はわかってる。

日本列島は地震に火山、津波や台風と自然災害が多いところだ、知りたいのはこの現象じゃなくてエルフの里と人間達の現状だ。

ミムナは端末の操作を続けているので背中越しの会話になっている。


「里のエルフ達と見守ってる人間達はどうしたんだ? エルフ達の出迎えは誰もきてないぞ?」

「ナームよ・・・、私はいつも出迎えは要らないと言ってる、セトの連中はそれを守ってくれてるだけだろうに。 それより少し待っててくれ!」


それはそうだが・・・、ドキアのオンアもカインのシューロもミムナには最大の敬意を持って接していた。

ここの里だって想いは一緒のはずだろう。

端末の操作はまだやめてない。


「人間達は? 見守っている人間達は大丈夫なのか?」

「何をそんなに焦っている? どうしたいつものお前らしくもない?」

「だってここは日本だろ? 俺の故郷だ。 俺のご先祖様だって居るかも知れない。 もし、俺のご先祖様が死んだら俺が消えちゃうじゃないか!!」

「何だ、そんな事か・・・」

「そんなこととは何だ!」


背中を向けたままのミムナの細い肩を掴もうと手を伸ばした。

手が肩に触れそうになった瞬間、俺の視界が暗くなった。



 波が磯に当たって砕ける音が聞こえる。

閉じられた瞼の中の眼球が外は明るいのを感じさせてくれる。

そうだ、ミムナ!

俺は跳ね起きて混沌とした意識から覚醒した。

いつもの見張り用のベンチで眠っていた様だ。

眠っていた?

いや違う、ミムナに掴みかかろうとして意識を失ったのだ。


・姉様大丈夫?


振り返るとシャナウがベンチに座っている。

多分膝枕をしてくれてたのだろう。

自分の体に意識を向けて異変がないか調べてみる。

少し背中に鈍い痛みを感じるが、その他は異常は無い様だ。


「シャナ、俺はどうしたんだ?」

・ミムナのシールドに弾かれたみたい・・・

「シールド?」

・自己防衛で自動発動する重力波で姉様は弾き飛ばされちゃったの


何だそれは? と思いながら辺りを見渡すとミムナはまだ操舵席の横でこちらに背中を向けている。

まだ、端末の操作をしているのだろう。

その他はと言うと・・・。

その重力波とやらにはじき飛ばされた俺がぶち当たった手摺りがあった場所は、かじり取った様に破壊されていた。


「シャナ、俺ってどこまで飛んで行ったの?」

・あそこまで・・・


シャナウの指が指し示す方を見ると、接岸している岸壁を取り囲む入江の岩肌に火山灰が積もっていない場所があった。

距離にして300mは有りそうな場所だ。


・姉様、ミムナが待ってて・・・

「あぁ、わかっている。 ミムナは自分の最優先事項を消化中だった・・・」


俺はシャナウの言葉を遮って俺の失態を反省する。


「ミムナにいつも気安く話しかけていた・・・、少し甘えすぎていたかも知れない。 誰でも重要な執務中に邪魔をされたら怒るだろう、少し熱くなりすぎた・・・」

・多分ミムナは怒ってはいないと思うけど、寝ている時と端末触ってる時は体に触れない方が良いみたい

「そんな取扱注意があったなら、早く教えて欲しかった・・・。 俺どのくらい寝てた?」

・15分くらいかな? 

「そうか、シャナがここまで連れてきてくれたのか。 ありがとう。 それでミムナは今何してるんだ?」

・多分、原因の究明だと思う

「究明?」

・そう、この災害が作為的なものなのか自然によるものなのか


何じゃそりゃ? 火山噴火なんか作為的に起こせるものか・・・。

いやまて、俺の知識ではそんな事は無理だと言っているが、火星や銀星の技術ならどうだ?

ここは俺の知る18000年前の地球とはいえ、ミムナやグローズは俺の知る文明を遥かに凌駕した存在だ。

惑星間移動をこなす数千年生きられる存在。

ピピタちゃんの工作さえも理解できない俺がわかる訳もない。

ミムナが少し待てと言ったのだ、おとなしく待ってみよう。

船上を見渡すとテト達の姿は見当たらなかった。

天幕の下で寛いでいるサラに声を掛けると「食事、用意」と言っていたので食材の現地調達に出かけたのだろう。

岸壁に並んで竿を出しているのが見えたので魚釣りをしている様だ。

まだ痛む背中の筋肉を後ろ手に撫でながら太古の日本であろう山並みをしみじみと眺める。

黒に近い灰色に覆われた世界。

まるで水墨画の世界だ。

日本のエルフの里は大きな湖の近くと言ってたので海に面しているならば大阪辺りなのだろうか?

まだミムナは端末を操作しているので俺はグルグルアースを使えない。

ならば、自分で確認するしかない。

ブラッシッングに使っていた竹箒の水晶の残りを確認してからまたがり甲板を軽く蹴った。

真上の高空を目指し一気に上昇する。

船は確認できないが、入江がかろうじて判別できるくらいまで上った。

高度は3000m位だろうか。

空気はかなり薄くなってるだろうがエルフの体には影響は出ない。

頭痛もなければ息苦しさも感じない。

感じているのは自分の焦燥感が抑えられなくて行動した結果得た痛い背中。

深く深呼吸してさっきの自分を思い返す。

「俺が消えちゃうじゃないか」

確かに俺れはそう言った。

生に執着しないで死のうとまで考えていた前の人生。

転生しこのナームの体を得て俺は死の恐怖に怯えている?

そうなのか?

俺はこの世界で生きたいと思っている。

死にたくないと思っている。


「はっは・・・、あはっはっはぁ!」


なぜか口から笑いが漏れる。

頬を伝う熱いものを感じる。


「生きたい!」


なんて素晴らしい言葉だ。

そして、恥ずかしく温かい言葉。

薬に頼って酸素マスクをつけてまで生に執着する人間を俺は以前の人生で軽蔑していた。

なのに今は違う感情が胸の奥から湧き上がっている。

今の俺の欲望に金銭や物質や性欲はない。

渇望しているのは仲間と一緒に歩む時間。

一人の時には毎日に変化が無くてつまらない日々だったけど、こっちの世界で仲間が沢山できた。

エルフの体にナームの歴史付きで始まった過去転生だったけど、もう俺にとっても大事な仲間が沢山いる、だから俺は生きたいんだ。

また、笑いが口から漏れる。

大きく深く息を吸い込んだ。


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


遠くで燃えるだけの太陽を見つけたので思いっきり叫んでやった。

何だかとってもスッキリした。

さっき焦ったいた自分が子供に感じるくらい一気に成長した気がする。

俺はもう一度深呼吸をしてから高空へ登ってきた目的を果たすべく眼下の太古の日本をゆっくりと眺めた。


「あれ? あれって琵琶湖じゃない。 瀬戸内海だ」


一番大きな湖と言っていたので琵琶湖だと思い込んでいたが、俺の知る18000年前の今は海面位置が下がっている為か瀬戸内海が大洋からは閉ざされて大きな湖に見える。

『樹皇』が接岸した入江は四国の東側にあたる場所だ。


「あれ? あそこって何県だったっけ?」


そう、地理が中学レベルの俺はついでに成績も悪かった。

それに、東京へ出たのも高校卒業してからの東北生まれだ。

淡くて薄い記憶を辿っているうちに頭の中には正確な日本地図が浮かんできた。

ナームの脳には記憶されている筈もないのだが意識を脳内に向けると鮮明に見えてくる。


「鳴門海峡があそこの川で・・・、今『樹皇』がいるのはこの辺だから・・・、徳島県の東南ってとこか? まあ将来は海中だけど。 そして、この俺の横に横たわる火山灰の雲はどっからっと・・・」


もう少し高度をとって火山灰の雲のでどこを見ようとしたが無理だった。

方角は九州南部なのだろうが、雲の壁は見上げてもどこまでも続いている。

巨大な火山噴火は火山灰を成層圏まで噴き上げるとか読んだことがあるから、それかもね。

何だかさっきから心が軽くなったので、深く追求するのはやめて『樹皇』に帰ることにする。

さっきから俺の近くを飛んでる黒い翼の鳥も何だか迎えにきた様に感じた。

ピピタちゃん作の鳥ちゃんが俺を覗くくらいに暇になったのだろうから、ミムナも一区切りついたのだろう。

竹箒を両手でもって足からの自由落下。

ミニスカートがめくれてバタバタ音がしている。

誰かに見られても膝丈のスパッツを履いてるのだから、大丈夫!

風圧で頬の肉がプルプル震えて、瞼が時々裏返ってる。

涙流したかなり変な顔だろう、でも誰も見てないのだから大丈夫!

風圧には揺れない流線型の胸。

ほっとけ!

何だか楽しいから、いいのだ!

生きてるって楽しいのだから!

次は、日本のエルフ達

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