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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
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太古の日本



 カインの町から帰って来た俺はシロン達を『樹皇』に送ってからシャナウとハラバと一緒にエルフの里に戻っていた。

とりあえずカインの人間達と会った内容を里のエルフに報告する約束をしていたからだ。

ここもドキアのエルフと一緒で見守って来た人間に積極的な関与はしていなかったので、ハラバを伴って楽器を持ち込んでの接触だったのだ、今後の彼らの行動に共通の認識が必要と判断されたのが理由だ。

広場に集まった30名のエルフ達の前でシロン達の得た情報も含めて一通り話して俺は自分の席に戻った。


「興味深い話だった。 カインの人間達は前世の記憶を持っていないのは知っていたが、それは死を呼ぶ黒獣への恐怖から山を恐れて近寄る事を避けていたのが大きな原因とはな・・・」


ミムナは小さな胸の前で腕を組み深く考え込んでいる様子だった。

俺はミムナがエルフ達に人間を見守る役目を与えている真の目的が何だか知らされていないので、人間達をどんな方向へ成長させたいのかも判断できない。

ただ動物の本能的な成長であればアトラの人間の様な暴力が支配する社会になっていてもおかしく無い。

貨幣システムを悪行と断じる割にはこれまで人間達に指針を与えていなかった。

記憶の引き継ぐ転生を求めていたのであれば、最初から人間達に死後にエルフの里に訪れる様に仕向ければいいはず・・・。

シロンの話でもモフとして息絶えるときに傍らにいて看取ったテパが「エルフの里に行きなさい」と教えてくれなければ人間としての転生はなかったかも知れないとの事だった。

転生に関してエルフから直接人間には伝えない理由が何かあるのだろうか?

火星から訪れて人間達を見守るミムナ。

銀星からきているグローズに狂気の天才科学者と言わせるミムナ。

彼女の思惑はどこにあるのだろうか・・・。

今度機会を見つけてそれとなく聞いてみようと思った。


「ナームよ、お前が作った楽器で演奏したあの曲に名前はあるのか?」

「あれはですね『コンドルは飛んで行く』って曲です。 成れるならどちらかって言うと自由な物になりたい? みたいな歌詞がついてたかな?」

「耳に馴染んで心穏やかにさせてくれる良い曲だった。 感謝するよナーム。 この地に来てから楽器が奏でる音楽を耳にしたのは初めてだったよ」

「ミムナに喜んでもらえるとは思わなかった。 2日徹夜で作った苦労が報われた気がします」

「音楽と言うものも魂の成長に何らかの影響を与えるものなのかも知れない。 これからのカインの人間達の変化に注目しておこう」

「ミムナ、私達もこの楽器を使ってもよろしいのでしょうか?」


ハラバがケーナを手に持ちミムナに問う。


「日々の務めに支障が出ない自由な時間で扱うのは何も問題はない。 自由にして構わない」


エルフは感情をあまり表情に出さないのが常だが、ハラバは少し微笑んだ様に窺えた。

喜んでもらえた様で何よりである。

太陽はもう西に沈みそうだ、出発予定の時間が迫って来ていた。


「カインのエルフ達よ、これから私達は次の目的地に旅立つがシューロ長老と共にこれからも務めに励んでおくれ」


ミムナの軽い締めの挨拶で俺の報告集会は終わり、俺たち三人は湖の桟橋に続く道に歩みを進めた。

途中ハラバが俺が譲ったケーナのお礼を述べて来たので、急ごしらえの粗悪品である詫びだけ口にして別れた。



 『樹皇』では出航の準備を終えた仲間達が待っていた。

サラは定位置の船倉の扉から顔だけを甲板に出した姿で労いの言葉をかけてくれた。

最初は町で邪険にされたので心配していたが、帰りは子供達と触れ合えたので今は落ち込んだ気分は窺えない。

誤った知識で生まれる疑念が色々交差したカインの住人との接触。

別れ際に渡した音楽が固まったしこりを溶かす素材として、人間達が良い方向へ使ってくれたらと思いながらカインの町がある西の方角に沈む夕日を船尾から見つめて2ヶ所目の訪問地を後にした。


「ピピタちゃん、次の目的地はセトでお願い」

「セト、イク、シュッコ!」


滑る様に湖面を進んでいた『樹皇』は音もなく水面を離れて上昇していく。

ゆっくりと進路を西に向け最初は背にしていた夕日を追いかける様に、星が瞬き始めた紫色の空を飛行する。

眼下に小さくカインの町と平野に点在する集落のかがり火が見えた。

か弱い人間達が集い灯している頼りない明かりだが、家族や仲間を守りながら必死に生きている人間が灯している明かり。

前の人生で彼らみたいに真剣に必死になった記憶はない。

人の為でも、自分の為であっても・・・。

ただ、何となく生きていたのだ。

でも俺はナームになってから十分に変わっているはずだ。

何と言っても今の自分の格好を見ればわかる。

ナームの外見では似合っているとは言え、露出度の高い魔法少女の姿。

単に周囲で喜んでくれる人がいるからだ。

こんなサービス精神が俺にあったなんて信じられないが、自分に笑顔が向けられるのは気分がいいのは事実。

さて、太古の日本に住んでる人間達とはどんな出会いになるだろう?

とっても楽しみだ。

 船尾から地上をしばらく眺めていたが、完全に沈んでしまった太陽は地表を黒に染め上げて何も見分ける事ができなくなった。

『樹皇』での俺の席である操舵席の後ろのベンチに向かうとシャナウが暗闇の中何やら手を動かしている。


「シャナ何やってるんだ?」

・姉様! 何回やってみても風の音が鳴らないんです!


目を凝らしてみると、ケーナを口にあて空気を流し込んでる様だ。


「シャナこれはね、生身の柔らかい唇じゃないと綺麗な音は鳴らないと思うんだ。 穴を押さえてる指だって空気が漏れてるでしょ?」

・エェー! 『黒柱』じゃダメなんですか? 太鼓じゃない綺麗でいろんな風の音やってみたかった・・・


表情は窺えない兜だが物凄く落ち込んでる波動はビシビシ伝わって来た。

慰めようと隣に腰を下ろそうとした時、俺の脳天に何かが当たってそれが膝の上に落ちる。

俺が使っていたアンタラだった。

どこから降ってきたのか上を見かけたが犯人はすぐに分かった。

俺の前の操舵席に座る航海士がシーツの中の左手で俺を侮蔑する仕草をしていた。

人差し指なのか、中指なのかはわからないが指を一本立てているのは分かった。


「ナム、へた!」


ついでに音が出ないのは俺の責任になってるみたいだ。

何でこいつは俺がこれを作ったって知ってるんだ?

桟橋を離れる直前にエレベータから現れて操舵席に座ったはずだ。

この際だからお互いのコミニュケーションについて一言指導してやろうと腰を浮かせた所で背もたれの上に置かれた見慣れない物に気がつく。

黒いサンマ魚雷の吊るされた上に翼を広げた黒い鳥が飾られている。

凝視すると表面はカーボンの様な繊維で光沢があった。

これはあれだ、小型偵察機だ。

『樹皇』を運んでいるエルフの船でピピタちゃんが新たに工作した飛行偵察のドローンに違いない!

これを使って俺を監視してたのか? ミムナの指示か? いや違うな・・・、俺の行動報告ならいつも一緒のシャナウで十分だ。

サンマ魚雷もミムナの知らない所だったみたいだし、ピピタちゃんの暇つぶしで俺が覗かれていたのか・・・。

シャナウに向き直ると表情がない兜の顔で俺に懇願の念波を飛ばしてくる。

ちょっと怖い。


「分かったから・・・、二人が使えるの作ってみるからちょっと待ってて」


俺は席を立ち船倉からいくつかの素材を手にし、甲板の上で内職をする羽目になった。

吹くだけで音が出るホイッスルでも作ってやろうと思う。

折り畳まれたマストに光の水晶をぶら下げて作業を開始すると、星を観察していたマカボが近寄ってきた。


「悪いなマカボ。 明るくすると星が見え辛いだろ?」

「いえ大丈夫ですナーム様。 観察の主体は明るい星ですから十分見えます。 それより休まなくても宜しいのですか? 他のみんなは船室で休んでますが」

「私の体は心配いらないよ、エルフだからね。 それより熱い視線から逃れるには自分の手を動かさなければならない時もあるんだよ!」


俺の話でマカボの視線は船尾へ向き、操舵席と後ろのベンチに座った2名の視線に気付く。


「なるほどですね。 理解しました。 ナーム様も色々と大変ですね」

「大変? まぁー自分で好きでやってる事だから意外と楽しんでますがね」


俺は木工作業の手を動かしながらマカボの顔を伺うと何やら物言いたげな表情をしていた。


「どうしたマカボ、言いたい事があるなら聞いてやるよ?」

「ナーム様に申し上げるのも何なのですが・・・、アトラとカインでテパへの土産を探したのですがこれと言って目新しいものが見当たりませんで・・・」

「そうだろうな、素材も技術も今のところはドキアが一番だな」

「はい。 そこでナーム様の作ったケーナとも思ったのですが、なにぶんテパはまだ幼いので私でも音が出ない物をお土産に渡すのも、喜びも半減してしまうのではないかと悩んでおりました」

「・・・・」

「如何しましたか?」

「あぁぁ、わかった、わかった。 テパには俺も何かと世話になってるし、何と言っても可愛いから喜びそうな楽器を作ってみるよ」


マカボは片膝の姿勢から、平伏姿勢となって感謝の意を表す。


「ナーム様に不遜なお願いとは存じますが、可愛い娘の為伏してお願いいたします」

「いいの、いいの! そんなにかしこまらないで! 何回も言うけど友達だし仲間なんだから!」


平伏したまま後退り再度恭しく懇願した後マカボは星空の観察の為舳先へと消えていった。

困ったものだと左右に首を振ると絡みつく視線を感じてしまった。

その先にはハンモックの網の隙間から瞳を輝かせる美少女の光る、そう、本当に光った瞳があった。

彼女も欲しかったのであろう。

よなべを覚悟で俺はせっせと手を動かした。


 翌日の昼には大一つ小一つのホイッスルと、リコーダーが完成した。

朝からテトとガレが手伝ってくれたので、細かな細工と彫刻が施されたいかにも民芸品チックな楽器が完成したのだ。

表面の磨きも手を抜かなかったので見た目もなかなかだ。

完成してからすぐにシャナウとピピタちゃんには渡しておいた。

シャナウは空気が排出される体の至る所で音を鳴らして喜んでくれた。

ピピタちゃんは嬉しいのか常に咥えているらしく、呼吸をする度に「ピィー、ピィー」音がしている。

そして、何が楽しいのかイルカの鳴き声で笑っていた・・・。

ミムナの手にはまだ渡していない。

今後の製作はガレとテトにやってもらうので、細かな採寸をさせていた。

渡すのはドキアに到着して旅が終わった頃で良いだろうと二人には伝えてあるので、簡単に採寸が終わってもミムナに渡さない様にとお願いしておいた。

「ピィー! ピィー!」うるさいのは船尾の二人で十分だ。

かれこれ3日は不眠でエルフの身体は別としても流石に精神は疲れている。

日本到着予定まではまだ一日以上あるので、静かな自分用の船室で休む事に決め俺は甲板を後にした。


 扉がノックされる音で目が覚めた。

船尾に面した俺の部屋は小さな明かり取りの小窓が天井近くに設けられている。

常夜灯代わりに灯していた光の水晶よりは明るい外明かりだったので時間帯は夜ではなさそうだ。

返事を返して身支度を整えた後扉を開けて甲板に出る。

辺りは眠りについた時とは景色が一変していた。

白? いや、灰色の世界。

最初は雪かと思ったが、歩みを進めた足にまとわりついて来たのは細かな砂だった。

辺りを見渡し人の数を数えたら乗船している仲間は全員甲板に出ていて、頭も覆うポンチョみたいな物を着込んでいる。

顔にはマスクもつけていた。

甲板の船倉への扉は閉ざされてサラは確認できなかった。


・姉様おはようございます


シャナウが駆け寄ってきて俺のマントととんがり帽子、それとマスクを手渡してくれた。

渡される順序で身につけながら、俺の頭の上には疑問符が量産されていた事だろう。


「・・・おはようシャナ。 ・・・これはどうしたんだ?」


両手で周囲の一変した甲板の景色を示す。


・そろそろ最後の寄港地に着くからってミムナが言ってました

「日本に着く?」


周囲で一番小さい人影を見つけて歩み寄った。


「ミムナこれって・・・」

「そうだよ、火山灰だよ」

「もうすぐ日本なんでしょ? 日本の近くで火山が噴火したの?」

「・・・多分もうすぐ降灰域を抜けるから、話は後にしよう」


ミムナは手の甲で俺にあっち行けと促す。


「でも・・・」

「降灰中の空気はできるだけ吸い込むな、マスクがすぐに使い物にならなくなるぞ!」


邪険にあしらわれたがミムナの言葉には一理ある。

無駄な呼吸で綿布を重ねた応急のマスクでは微小な灰は吸い込んでしまうだろう。

甲板に数センチ積もった灰をすり足で掻き分けながら船首へ向かう。

濃霧の中を進む感じで視界は数十メートル。

何とか船首にいる人影が認識できる有様だ。

前方の見張りをしているシロンに近づいて後ろから肩を叩いた。

シロンは振り返らずに頷きだけ返してきた。

隣で前方を凝視していると降灰域を抜けたのか視界が回復してきた。

『樹皇』は海上をゆっくり進んでいたみたいで、灰色に濁った海の先に灰色の陸が見えてきた。


「ピィィィィー!」


船尾からホイッスルの音がしたので振り向くとピピタちゃんが俺を手招きしていた。

船尾に向かって歩いていくとピピタちゃんの大きな声がした。

初めて聞く大声だ。


「重い! 沈む! ナム、そうじ!」


俺に船上に積もった灰を掃除してもらいたいらしい。

沈む! とまで言われたら拒否する事はできない。

急いで欲しそうだったので、魔法の竹箒で掃除してやる。

強風で積もった灰を吹き飛ばし、こびりついた灰は高圧洗浄で洗い流した。

掃除が終わってからピピタちゃんを見ると、シーツの中で右手で指を一本立てている。

親指であることを祈っておこう。

各自で服に着いた灰を落とし新しいマスクに変えた頃、入江に入った『樹皇』は岸壁に接岸した。


次は灰色の故郷

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