山のエルフ
まずは俺たち一行の出自と目的を根掘り葉掘り質問された事、街への出入りは許可されたが、滞在は街外れの見張り小屋になった事を教えてくれた。
長の猜疑心を払拭させれなかった理由としては、この土地の山のエルフは死を呼ぶ黒い存在として古くから言い伝えられていて黒色は不吉な色とされているらしい。
同行者の俺達三人が真っ黒黒黒だったのが死を運ぶ存在に見えたらしく、三人の街からの退去をお願いされたのだそうだ。
シロンなりに食い下がり平和なドキアの話やエルフの慈愛について語ったが受け入れてもらえなかった。
最初のあの怖がりようからすると相当根深いものがありそうなので無理に滞在するのは俺は諦めることにした。
折角シロン達は街外れとはいえ滞在許可は貰えたのだ、同伴者に死を呼ぶと恐れられてる真っ黒黒黒がいては邪魔になるだろう。
この街の情報集めと技術者達の交流が出来れば人間達の歩みの一助になるのだろうから、それを優先するべきだと考えたのだ。
ここでの食事や物資の調達がどの様にして行われているかわからなかったので、俺とシャナウの手持ちの砂金は全部シロンに渡すことにした。
ミムナが貨幣システムについて嫌悪感を持っていたのでここでも使われていないと思うが、物物交換ぐらいは行われているだろう。
俺はレンガの街での黒猫との散歩を諦めてエルフの山へ帰ることにした。
山のエルフの里に帰るとミムナが一人でドキアよりは一回り小さい光る石の前に佇んでいた。
シャナウとサラは『樹皇』で留守番すると言ってたので俺は一人で里に帰ったのだ。
「早かったなナームよ」
「ちょっとね・・・、ここのエルフは怖がられてて歓迎されなかったからね」
「ドキアじゃないからなここは」
「同じく見守る立場で手出しも口出しもして無いんでしょ?」
「地域によって人間達の性格も変わるだろうからな。 同じにはならんだろ」
小さなベンチに座り俺を見る目に俺は写っているが遥か遠くを見つめる眼差しだ。
ドキアと同じく数千年この地を見続けてきた彼女には様々な記憶があるのだろうと思う。
初見の判断で山のエルフとカインの人間達の関係をとやかく言うのは気が引けたので話を逸らすことにする。
「ここの後もう1ヶ所寄るんでしょ?」
「ああぁそうだ。 東のエルフの島に寄る」
「東の島?」
「お前の故郷だった所だ」
思わず飛び上がって叫んでしまった。
「日本だ!」 それこそ縄文時代の日本が観れるのだ。
タイムスリップで18000年前の故郷が見れるなんて、なんて素敵な事だろう。
まぁ、自慢したくてももうあの時代には帰れないのだから旅の土産話をする事もないのだが、なんかワクワクしてくる。
確か古代日本には全土で縄文文化が栄えていたはず。
そこにエルフの村があって見守られているなんて、なんて素敵だったんだ、日本!
「ミムナ日本のエルフの村ってどこにあるの?」
「なんだ、いきなり元気になったな。 さっきまでは落ち込んでいなかったか?」
「だって日本ですよ! 俺の故郷ですよ! そこにミムナが関係してたなんて嬉しくなるじゃないですか!」
「あそこのエルフの里は・・・、今は一番大きな湖の近くにある」
「琵琶湖ですか? 琵琶湖ですね! 琵琶湖なんですね! やっぱり古くからあの辺は栄えてたのかぁ、すっごいなぁ、早く行きたいなぁ、楽しみだなぁ」
「お前にとっての故郷か、なら自分の目でしっかりと観ておくのだな・・・、ピピタちゃんなら空を行くから二日とかからず着くだろう」
ミムナの表情が俺の浮かれ具合に呆れていたのか、かわいそうな奴を見る目だったのは気にしないでおこう。
楽しみで仕方ないのは隠せない。
「よし!」
俺はガッツポーズで全身に力を入れてから立ち上がりあたりを見渡す。
「なんだ? どうしたいきなり?」
「次の目的地が古代日本と分かったら黙っていられなくなっちゃった。 なんかここでみんなの為にできる事ないか考えてみるよ」
首を傾げたミムナを置いて、俺は傍に立て掛けてあった竹箒にまたがりその場から一瞬で高空へと飛び立った。
眼下には小さくなった山のエルフの里。
周囲は背の低い木々で少し離れたところに『樹皇』が浮かぶ大きな湖が見える。
中南米・・・古代遺跡・・・ペルーにある標高の高い湖? 少ない知識で頭に浮かんだのは有名なチチカカ湖。
ここってもしかしてチチカカ湖なのかな? 確かインカ文明発祥の地候補だったか・・・?
周りにはピラミッドも見えなければ空中都市も見つけられないが、少し下った山の中腹にカインの街が見えた。
何かエルフに抱く恐怖を和らげる手立てはないものかと竹箒で飛びながら少ない知識で考えてみる。
そうだ、名案が浮かばないときはこれだ!
器用にあぐら座になってから両手の人差し指を下で舐めてこめかみをグリグリしてみた。
広い湖面の上を悠々と飛ぶ猛禽の姿。
水際に鬱蒼と茂ったアシ。
・姉様! 何してるんですか?
風切音と一緒にシャナウが近づいてくるのが見えた。
『黒鎧』は色んな所に突起部があるので高速で移動すると風を切り裂く音が大きく鳴るのだ。
モガ服無しで飛べてる俺は竹箒に仕込んだ風の水晶のおかげだが、シャナウの『黒鎧』はどんな原理で飛んでいるのだろう?
空気が噴き出す音がしてるから、どっかにバーニヤでも付いてるのかな?
「シャナか。 なんかカインの人間と仲良くなる方法がないかなって思ってさ」
・虹とオケ回しでみんな喜んでましたけど?
「俺達は人間と同じ大きさだから本当の山のエルフとは思ってなかったんじゃないかな? 黒いのがダメだっただけみたいだし」
・見守りのエルフとしては人間にどう思われていても役目は変わりませんから、姉様が悩まなくても大丈夫ですよ
「誤解されてるままなのはなんか嫌でさぁ」
俺はゆっくり高度を落として『樹皇』へ向かう。
それを追いかけてきたシャナウが俺の周りを器用に体制を変えながら飛ぶ姿。
「チィーン!」
どっかで音がして思い浮かんだ。
俺はアシのしげる湖畔へ降り立ち、岸に打ち寄せられている乾いた茎を拾い集めた。
・姉様これ集めるの?
「シャナも手伝ってくれるかい? このぐらいの太さの乾いた奴いっぱい欲しいいんだ」
俺は人差し指と同じ太さの茎をシャナウに見せる。
シャナウは訳も聞かずに手伝ってくれた。
しばらく拾い集めて両手がいっぱいになったところで俺達はエルフの村へ帰った。
「なんだそんな枯れたアシの茎なんか拾ってきて?」
開口一番、ゴミを拾ってきた子供を叱りつける口調でミムナに言われてしまった。
「これで笛を作るんです! ゴミじゃないですから!」
そう、俺はこれで笛を作るのだ。
ペルーと言えば、アンデス。
アンデスと言えば、コンドルは飛んでいく。
この茎であの素朴な音を奏でる笛を作るのだ!
日本の尺八に似た縦笛のケーナと長さの違う筒を束ねたアンタラ。
俺に作れるのは「の様なもの」だが、それでもなんとかやってみるつもりだ。
意気込みだけは日本行きもあってか自分の中で盛り上がっているのだ。
ミムナと地元のエルフ達が遠巻きで見るのを気にせずに、俺は暗くなっても作業ができる光る石の前を陣取って作業に没頭することにした。
明かり取りで開かれた窓からは日の光は差し込んでこないが、晴れた青空は太陽の高さを物語っていた。
東に山を背負う形の斜面にできたこの町は山の影になっていて朝日が登って明るくなっても薄暗いままだった。
ここに泊まって二日目の朝を迎えたが、薄暗い部屋の中にはまだ光の水晶の明かりが灯されている。
備え付けの2段ベット上で寝ていた俺は狭い部屋の中で朝食の準備をしているマカボの姿をただ目で追っていた。
「母さん起きましたか?」
「おはようマカボ・・・。 ・・・母さんは、やめてくれよ・・・」
「二人っきりの時はいいではないですか、母さん?」
音を出さない様に気を使いながら2段ベットから降りて身支度を整える。
一度外に出て洗顔を終わらせてから部屋に戻るとテーブルの上には湯気を上げる器が2個準備されていた。
食事の前のお茶をマカボは用意してくれてたみたいだった。
「テトとガレはもう少し寝かせておいてやろう。 昨晩は遅くまで旅の日誌を取りまとめてたみたいだからな」
「だいぶお酒も入ってましたがね」
俺の向かいにマカボが座り一緒にお茶をすする。
「母さんは何で前世は女性を選んだんですか?」
「何でいきなりそんな昔話を持ち出すんだマカ?」
「カインの町でいろいろ見聞きして生前の記憶や前世の記憶の事を考えていたら、武術一筋だった母さんの事を思い出しましてね、シロン母さんが何で生まれてくる時に女性を選んだのかなって不思議に思いましてね」
マカボは両手で器を包み普段と変わらぬ表情で俺を見つめていた。
そう、俺は2回目の人生でマカボの母親だったのだ。
モフとしての生を終えた後1回目はテパの所で男性として目覚めた。
優しく勤勉だった母に見守られて俺は自由に成長することができた。
シロンの名を授けてもらいシャナウとナームの助けになりたくて人生の全てを武術に捧げたのだ。
年老いて終えた1回目の人生で人間の肉体の限界までは到達したと確信しているが、全力で戦える時間の短さを思い知らされた人生だった。
2回目の誕生の機会を得た時に産んでくれる母親を選べる事が分かった。
高空から見下ろす大地にいくつもの光る器があって女性のお腹に光が宿っているのが分かった。
その光の中に入れば誕生できるのだと直感した。
そうだ、あの時は集落から遠く離れた所にある光が気になって近づいてみたら薄汚れた毛皮を纏った女性が悲しげな顔で夕日を見つめる姿に心惹かれたのだ。
ナームが時々見せた遥か遠くを見つめる仕草、シャナウがナームの消失で放心した姿がそれに重なって見えて「元気にしてあげたい」ただその理由でお腹の光と同化したのだ。
「俺は・・・性別を選んで婆さんの所に行ったわけではなかったんだ。 寂しそうだったから俺が元気付けてやろうと思っただけ」
「母さんらしいですね・・・。 小さい頃からおてんばで相当困らせたって婆ちゃんが言ってましたから寂しく思う暇なんか無かったんでしょうね・・・。 でも婆ちゃんより先に死ぬのはちょっと・・・」
マカボは俺から視線を窓の外に向けて目を細める。
数人の人の気配に気が付いたのだろう。
「俺も死ぬつもりであそこに行ったつもりじゃないぞ。 マカボもまだ小さかったし纏まりかけていた町も気がかりだったからな。 あの日照りさえ続かなければ良かったが、今更の話だな。 すまなかった、マカボ。 寂しい思いをさせて」
「誤って欲しくてこの話をしたんじゃないですよ母さん。 ただ、ナーム様やシャナウ様を慕うシロンが何で女性で生まれたのかが不思議で一度聞いてみたかっただけです」
「まぁ、何だな・・・。 笑顔にさせたかった、それだけだな」
「ゴッホン! もう、起きてもいいかな?」
別の2段ベットの下で寝ていたガレが咳払いと一緒に声をかけてきた。
首をめぐらし2段ベットに目をやると、上のベットの手すりの隙間からテトが覗いているのも見えた。
なんだかんだでここにいる連中は皆古くからの知り合いだ、変な気遣いしやがって困った奴らだ。
「目覚めたのなら気を回さずに起きてきたらいいじゃないか」
マカボは二人のお茶の準備を始めるのか席を立つ。
うなじをかく俺の姿をニタニタ笑みを浮かべて二人が見つめてくる。
「俺も気になってたんだ。 ちょうどあの頃はテパも孕ってたからシロンは何で他の所に行ったのかな?ってな」
テトが俺の隣の席に座りながら肩を叩いてくる。
「そうだぞ! テパの所なら食事はうまいし教育熱心だし超高倍率だけどシロンなら繋がりも深いから優先権はあったろ?」
ガレも俺の昔話に参加してきた、本当にこいつらはお節介で物好きな連中だ。
「テパは自分で幸せを掴みとれる力を持ってるだろ? そこだと俺は幸せに溺れそうになりそうだったんだ。 俺の求める成長には妨げになるかな・・・、と思った」
「そうだな・・・。あいつを子供に持っても、母親に持っても幸せは保証されちゃった感じはあるな。 って!それが一番じゃないか!」
テトは俺の首を両手で掴みかかって力一杯に振り回す。
「ちょっと、テトやめてくれ。 苦しい苦しいいぃ!」
強い力で締められた腕を引き離しテトを遠ざけるとテーブルに項垂れてぶちぶち文句を言い始めた。
「俺はなっ! 俺はずうっと、ずうっと昔からテパを知ってるんだ・・・」
「知ってる、知ってる・・・」
ガレが頷きながらぐちの相手をしてやっている。
「それなのに一回も結婚した事ないし、親兄弟になったこともねぇんだ・・・」
「知ってる、知ってる・・・。いつも幼馴染のいい友達だもんな」
「そうなんだよ・・・、友達なんだよ・・・」
「ハイよ!」
二人の前にお茶を差し出しマカボが席に座る。
「今回はマカボの所に生まれてくるし、いつになったらテパと家族になれるんだろぉ・・・」
「何も朝からそんな愚痴を漏らさなくても」
「マカボ! マカボ! お前はいいよな! テパのお父さんなんだから家族なんだから!」
「そうですね、幸運でしたね。 テパは本当に可愛いですから」
「クソォォォォォォォォ!」
テパは本当にみんなに可愛がられている。
男の連中で世間話する時には時折登る話題で「家族に成りたい人」ナンバーワン!をずっとキープしているらしい。
テトのお茶を啜る音を聞きながら理由をいろいろ考えてみたが、理想の女性を絵に書くとテパになる。
単純にただそれだけだった。
「シロンそろそろ?」
「あぁ、そうだね何しにきたか聞きに行きますか」
見張り小屋は町外れなのでこれまで訪ねてくる人はいなかったが、さっきからしている窓の下の気配の理由をそろそろ聞きに行くことにする。
扉を開けて窓の下を見ると子供の姿があった。
俺の腰くらいの身長の女の子と少し背の低い男の子だった。
「どうしたんだい? ここはよそ者が居るから近づいちゃいけないって言われてたんじゃないかな?」
男の子を庇う様に立つ女の子がもじもじとうつむきながら言葉を紡ぐ。
「あ、あのぉ・・・。 今日、帰っちゃうんですよねドキアの皆さん?」
「そうだよ。 今日の夕方出発予定だから、昼前には町を立ってエルフの山へ登るよ。 それがどうかしたのかい?」
「そ、そのぉ・・・。 最初に来た黒くて大きなネコさんはもう来ないのかなって・・・」
「サラか。 どうだろうね・・・。 迎えに来るとか言ってなかったから何とも言えないね。 サラに、黒いネコちゃんに会いたかったのかい?」
もじもじしている少女の肩先からチラチラ顔を出す男の子は俺の目を見ながら
「ボクは怖くないもん! 触れるもん!」
あぁ、そう言えばここ2日町でサラとナー姉ちゃんの話題が町中のトレンドだったので、いろんな人に声を掛けられ同じ話を何回もさせられたっけ。
俺が長の家で話をしている時に「黒獣」に触れた男の子達は勇者扱いで持て囃されていた。
多分この男の子はサラに触れるチャンスを逃してしまったのでいじめにでもあってったのかもしれない。
「ナーム様なら来るんじゃないかな?」
「そうだど、あの方ならもう一度この町を見たいだろうから」
「間違いないな、迎えに来る振りで様子を見にくる」
見張り小屋の中からそれぞれの声がする。
俺もナー姉ちゃんは来ると思っているが約束はしていなかったし、サラも一緒に来るとは限らない。
「ちょっと約束は出来ないんだけど、待つんんだったら中に入って休むといいよ」
二人はお互いを見つめて互いに頷くと俺の後に続いて見張り小屋の中に入ってきた。
朝食の準備が整ったテーブルに子供用の席を増やし俺達は食事をすることにした。
子供達にはマカボがこの土地の材料で作ったクッキーを配り、水晶から清水を器に注いでやる。
その仕草を目をひん剥いて注視する姿にマカボは親切に説明していた。
エルフより貸し出された水晶とそれを扱う白く光る小さな石の話。
光と水、火と風。
一通り使って見せながらエルフの民の話をする。
食事を終えた後も子供達はマカボの話を熱心に聞いていた。
食後の片付けと見張り小屋の掃除を終えた頃、外から鳥の泣き声が聞こえてきた。
キィー、ヒョォー
猛禽系の鳥の鳴き声だった。
兄弟だろう二人の子供は急に怯えだしお互い抱きしめテーブルの下に姿を隠した。
「どうした? お前達?」
「死の鳥が・・・、黒い死の鳥がやってきた!」
震わせたからだから絞り出した怯えた声で答える。
「二人を頼む!」
俺は三人に子供達を託して剣を持って外に飛び出した。
もう太陽は東の山の峰から姿を現していて周囲の草原を眩しく照らしている。
空に目を移すと10羽近い鳥の影が確認できた。
大きな翼に短い頭と尾が見えたので鷲の種類だろうと察するが、『鳳』程の大きさではなく翼幅は俺の身長位の普通の大きさの鷲だ。
「大丈夫だ! 普通の鷲だ。 10羽位が上を飛んでるだけだ」
「黒い大きな鳥でしょ? 死を運ぶ鳥だよ!」
確かに翼は黒いが旋回しながら小動物を探してる様にしか見えない。
あれが死を呼ぶ黒い鳥か? 俺には普通の大鷲にしか見えないな。
山から降りてくる冷たい風が頬を撫でる。
日の光を受けて温まった平地が空気を暖めて上昇気流を作っているのだろう。
大鷲達はその風に乗って高空を旋回しながら朝食を探しているのだ。
子供ならウサギと間違われて襲われそうだが、大人なら心配はいらないと思えた。
「大丈夫だよ大人と一緒ならあいつらは襲ってこないよ。 もし襲ってきても俺が守ってやるから外に出てみてみるといい」
見張り小屋の中に声を掛けると、マカボ達にしがみ付きながら二人は外に出てきた。
空を見上げる顔の怯えの色は消えていない。
「あれが死を呼ぶ黒い鳥かい?」
「・・・そう・・・、死の谷に居る死の鳥・・・」
その言葉で二人が怯える理由が何となく分かった。
町でも聞いた話だがここの町は山から降りてくる黒い死の使いを防ぐ役割と、湖から流れる川を平地へ分ける役割をしているらしかった。
下に広がる平野に均等に水が行き渡る様に水門を設けて調整している。
降雨量が少ないらしく長い日照りが続くと、かんばつで平野の民はいつも戦争を始めるのだそうだ。
そして死者はこの町に運ばれ近くの谷に葬られ、そこには大鷲が現れて骸の肉を貪る。
鳥葬が行われると不思議と雨が降り川の水量が増して下の平地を潤すのだ。
多くの死人を出すかんばつを呼ぶ鳥、死者を貪り雨をもたらす鳥として彼らは恐れているのだろう。
「大丈夫だよ。 あの鳥にはそんな力は・・・」
突然山から吹き下ろしている風に、鳥の鳴き声とは違う風の音が混じってきた。
聞いた事のない風の音だった。
「シロン!何だこの風の音は!」
テトが俺に近寄り聞いてくる。
「初めて聴く風の音だ・・・。 でも何だか恐怖は感じないな」
異変を感じたのか町中が慌ただしくなり、槍を担いだ男達が走って来て見張り小屋を取り囲んだ。
「お前達が死の鳥を呼んだのか!」
「よくも禍いをカインに持ち込んでくれたな! ただじゃ済ませないぞ!」
俺は剣を下ろし両手を上げて抵抗の意思が無い事を示す。
残りの3人も俺と同じく手を上げている。
続々と町から武器を手にした男達が集まってくる中で、マカボにしがみ付いていた子供が叫んだ。
「ねぇ! あれ見て何か飛んでくる!」
その声に俺は東の山の方へ目を向けると、鳥とはあきらかに違った影が高空を飛んでくるのが見えた。
竹箒にまたがって飛ぶナー姉ちゃんと大きく手を広げた山のエルフの姿だ。
「山の黒獣だ!」
「本当の死を運ぶ獣だ!」
俺達を取り囲んでいた男達は一番近い見張り小屋に我先にと逃げ込み扉を閉めた。
10人以上は居ただろうから中は鮨詰め状態だろう。
その他に俺達に詰め寄ろうとしていた男達は走って町に引き返して行った。
子供達は取り残されてマカボにしがみ付いたままで空を見ている。
視線を空に移すと旋回する大鷲の中にナー姉ちゃんが浮かんでいて、妙な風の音もそこから聞こえてくる。
一際大きな黒い影のエルフが大鷲の群れに近付くと、旋回をやめて散り散りに逃げて行った。
二つの影は大きく円を描きながらゆっくりと降りてきた。
風の歌を纏いながら。
山肌から吹き下ろす風にはいつの間にか肌を震わす太鼓の音も聞こえる。
空からの風の歌と山からの太鼓の音はなぜか優しく心穏やかにさせてくれた。
「これが音楽・・・」
俺は以前ナー姉ちゃんから人が歌う歌以外に風や木や鉄が歌う話を聞いた事があった。
それは音楽と言うものらしい。
ドキアの街では人の歌と太鼓の音しかなかったので、それ以外に音を奏でる物は無いのかと聞かれた事があったが意味が分からなかった。
少し離れた高台に降り立った大小二つの影にもう二つの姿が加わった。
太鼓を叩くシャナ姉とサラだ。
4つの姿が優しい音楽と共にゆっくりと近づいてくる。
閉められた窓の扉が少し開き辺りを見渡して周囲を伺う気配は感じたが外にててくる勇気はなさそうだ。
だいぶ遠いが歩みを止めて俺たちに近寄ってくるのは、頭上に虹を浮かべ黒衣を纏わないナー姉ちゃんだけとなった。
それなりに気を使って黒を町に近付けるのは避けたみたいだ。
登場自体で町の連中は恐怖に怯えていたのだから、何とフォローしたらいいのか考えたら頭が痛い。
風の音はナー姉ちゃんの口元から聞こえてくる。
長さの違うアシの茎を束ねた何かを器用にずらしていろんな音を出している。
こんな変な事を考えるのはナー姉ちゃん位だろうが子供達には受けは良かった様だ。
さっきまでマカボにしがみ付いていた二人はいつの間にかナー姉ちゃんの隣にいて風の音が鳴るのを不思議そうに見つめている。
音を出すのをやめて背中に担いだ皮の袋から同じく束ねた筒を取り出して子供達に渡して音の鳴らし方を教え始めた。
何をしたいかわからないが、子供達が怯えずにナー姉ちゃんと接しているのだ後は任せる事にする。
せっかく迎えに来てくれたのだ、一緒に帰ろうと三人に目配せしてから荷物の残った見張り小屋の扉を強引に開け放ち中の男達を強引に外に出した。
「何をするお前! 俺はまだ死んでいないぞ! 死の鳥に食わせる肉はないぞ!」
「お前達子供を拐っていくつもりか!」
「いいから、いいから外に出て・・・、俺たち荷物取ったら山へ帰るから」
「そうだ、子供も拐わないし腹も減ってないんだ」
全員部屋から押し出して自分たちの荷物をまとめ忘れ物と掃除の確認をする。
世話になった部屋のテーブルに小さな砂金袋を一つ置いて外に出た。
ナー姉ちゃんを遠巻きに囲み槍を突きつけている男達をすり抜けて町から出てきた子供達が内側で取り囲む。
風の音色を奏でる筒の束をそれぞれ受け取ってナー姉ちゃんの真似をしながら音を出し始める。
ナー姉ちゃんを笑顔で取り囲む子供達と緊張しながら武器を手に外側で取り囲む大人達、何とも対照的だが戦闘になるほどの緊張感は感じられなかった。
俺達が遠巻きにしばらく状況を眺めているとナー姉ちゃんがずっと丘の上で音楽を奏でていた影を呼ぶ仕草をした。
音楽の風と一緒に降りてくる姿に大人達の輪が崩れ子供達の壁になる様に立ち塞がる。
内心では危害を及ぼす危険は無いと感じているはずだが、それを山の黒獣の恐怖の言い伝えが上回っている様だ。
シャナ姉ちゃん達は槍の間合い二つの所で止まり草の上に腰を下ろす。
サラと山のエルフのハラバもそれに倣った。
「黒の獣よ! なぜに山から降りてきた!」
子供の盾になっている男の一人がハラバに槍を突きつけて声を張り上げる。
ナー姉ちゃんが子供と大人の盾を掻き分けて突き出された槍の前に胸を張り立ち塞がった。
俺は全力で駆け寄り抜刀し槍を粉砕する。
「この人に傷を負わせる者はエルフの見守りし同胞であっても俺は絶対に許さない!」
俺の言葉で大人の盾は数歩後ろに退いた。
滞在した二日で俺は町中の腕自慢と模擬戦をし、剣舞を初めシリウスの切れ味などを見せつけている。
この町には俺を倒せる奴は一人もいないのだ。
俺の戦闘力を間近で見た男達が黒獣より俺を恐れてくれていれば想いは届くはずだ。
ナー姉ちゃんは俺の服の裾を引っ張って後ろに下げさせた。
「コホン! 皆さん始めまして、私は遠く海を隔てて離れた所にあるドキアの樹海からきたエルフのナームです。 数日お世話になったこのシロン達と一緒に旅をしています」
俺は剣を鞘に納めてナー姉ちゃんの横で片膝をついて周囲に気を配る。
いつの間にか集まっていた人の数は増えていて凄い人だかりになっていた。
「私はここの山のエルフと町に住む人々の暮らしを見る為にきました。 人間に危害を加える気持ちは毛頭持っていません。 あなた方が恐れている山のエルフですが、彼らはここから上にある湖の水が枯れない様に見守っています。 いくらこの地で雨が降らなくても流れ出る水が枯れた事は無いでしょう? それは、あなた方を見守る役目の山のエルフが力を貸してくれているからです。 今日降りて来てもらったこちらのエルフはハラバと言う名前です」
名を呼ばれたハラバは座ったままで軽く頭を下げる。
座った姿勢でも大人の身長ほどもある巨体である、普通なら恐怖が先立ち逃げ出してもおかしく無いのだろうがなぜか集まった人達はナー姉ちゃんの話を黙って聞いていた。
「私は皆さんにお礼がしたくて山から降りて来ました。 それは私の旅の仲間であるあなた方と同じエルフの見守る民である4名を受け入れてくれたお礼です」
傍らにあった膨らんだ皮の袋から細い穴の開いた棒を一本取り出して袋を正面の男の前まで持って行って手渡した。
「これはケーナと言う楽器です。 この音色で古くからいい伝わった山の黒獣への間違った恐れが、少しでも薄れたら穏やかにみんなが過ごせる。 そう願い作って来ました。 さぁ、みんなで風の歌を奏でましょう!」
シャナ姉に目配せすると太鼓の音が鳴り始め、唇に添えた細い棒から風の音色が響き出す。
ハラバもナー姉ちゃんと同じ穴の開いた棒から風の音を奏で始めたが音色が低く太い音が辺りに響いた。
大人の壁の間から子供達がすり抜けてナー姉ちゃんの前に整列して音を出し始めた。
不揃いだった音色が次第にまとまり、山から吹き下ろす風に乗って町の隅々まで届いている感じがした。
袋を受け取った男が中からアンタラを取り出し腰を下ろし子供達の真似をして練習し始めた。
いつしか立っている大人の姿は無くなり曲を聞き入る者、練習する者ばかりとなって巨人のハラバの姿を恐れる気配は何処かへ飛んでいってしまった様だ。
太鼓を叩いているシャナ姉の横でサラは前足に顎を乗せておとなしくしている。
子供達のタッチアンドゴーを気にする事なく目を閉じて音楽に聞き入ってる様だ。
監視小屋に来た男の子も触れたのか小躍りしながらサラの周りを駆け回っていた。
しばらくの音楽の時間を経てからナー姉ちゃんは立ち上がりカインの町の住民を見渡してから話し始めた。
「カインお町の皆さん! ドキアの樹海から来た私達は旅立ちますが、ハラバはこの地を見守る山のエルフの民です。 これからは山の獣、空の獣、野に住む獣、正しく恐れる事をお願いします。 また訪れる事ができたらたくさんの風の歌を聞かせてください」
大人達は誰も返事を返さなかったが、嫌悪や恐怖を表情に出す人は誰もいなかった。
この短時間で起きた出来事に思考が追いついていないのかも知れない。
子供達は別で笑顔で手を振って俺達を見送ってくれた。
俺達は来た時と同じ道をナー姉ちゃんの奏でる音楽と一緒に登り始めたが、進める足はとても軽かった。
次は太古の日本




