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エルフの体はとっても便利です  作者: 南 六三
エルフの体は旅をする
55/156

ピピタちゃんの悪戯


 久々に熟睡しスッキリした感じで目覚めた。

俺が寝ていたのは屋上で、背中には友達になったばかりのサラの息使いと温もりが感じられる。

部屋で眠らなかったのは金貨で雇った護衛連中とペイン達が飽きもせず大声で怒鳴り合っていたので、万が一の事態を収集するのに屋上からだと加勢がしやすかったのと、壁チョロは初日に比べて大幅に減ったのでシャナウ一人に任せたのだ。

もう一人屋上で一晩中天体観測をしていたマカボは登ってきた太陽に向かって瞑想している。

大きく背伸びをして起き上がり、サラの首を撫でてやる。


「おはようサラ、今日もいい天気だね」

・おはよう、ナーちゃん、ゆっくり眠れた?

「とっても暖かでぐっすりだったよ。 ありがとね」


少し気温が下がってきたら長い尻尾を体の上に乗せてくれたのを俺は知っている。

とっても優しい女の子だ。

飲み水が入ったタライの水を交換してやり耳の後ろをゴシゴシ撫でると喉を鳴らしていた。

あぁぁ! 撫でてる俺がめっちゃ癒される。


「ナーム様、おはようございます。 お疲れだったのかぐっすりお休みでしたね」

「やっぱり慣れない土地だから、知らないうちに気を使っちゃってたのかなぁ」

「疲れもそうかもしれませんが、久しぶりに猫と一緒だと安らげるのではないですか?」

「それは、大いにあるかもね、なんかこの猫の匂いって和むんだよなぁ」

「私もそう思います。 昔からドキアは猫の守護獣に守られてきましたから」

「・・・モフの事?」

「はい、昔初めてテパがモフを連れて村へやってきた時は、村中阿鼻叫喚だったのですが村中の人間にモフの賢さを説いてまわったのです。 次第に受け入れられ村の守護獣になったのです」


マカボはサラの背中の毛を優しく撫でている。

 

「ふぅぅぅん、そんな事があったんだ」

「モフとテパが仲良く慣れたのは、ナーム様がいたからと言ってました」


あっ、そう言えばモフが持ってきた芋の差し入れ一緒に食べた覚えがあった。

あれで、少しは仲良くなれてたんだ。

モフもあれでいてシャナウだけじゃなくて、樹海の人間達と仲良くする努力もしてたんだろうな。


「ところで、下の連中はおとなしかった?」

「最初だけでしたね大きな声が聞こえていたのは、その後は食堂が少し煩かったくらいです」

「それならよかった、どうせ今日ここをたつんだし」

「ナー姉ちゃん、マカボ、朝飯の時間だよ!」


階下から階段を登ってきたシロンが声をかけてきた。

顔色が良いからシロンも熟睡できたに違いない。


「サラにお肉あげてから行くね!」

「先行って場所とっておくから」

「それでは、私も洗顔して行くとします」


マカボは一礼するとシロンの後について行った。

氷で冷やしておいた生肉を準備して、サラには食後の出発を説明する。


・友達と一緒、海の上、楽しみ


初対面で威嚇してきたあの時が嘘のように穏やかな眼差し。

ミムナが言ってた「もう野生には帰れない」が俺の心にチクチク刺さるが、成っちゃったものは成っちゃったのである。

俺は、怒ってる猫ちゃんも、ゴロゴロ泣いてる猫ちゃんもどっちも大好きなので責任持って面倒みようと改めて決意した。


 部屋に戻ってみると二人の身支度は整えられていて、もう出発の準備ができていた。

ミムナはアトラに到着した時は『黒柱』の中だったが、帰りは外を歩いて行く気みたいだ。


・姉様おはよう

「ミムナ、シャナおはよう」

「おはようナーム。 サラはどうしてた?」

「はい、とってもおとなしくしてました。 気持ちよく眠れましたよ」


ミムナも急激な意識変化があったサラのことを気にかけていたのかもしれない。

俺も挨拶を交わしてから洗顔やら着替えやら終わらせた。


「ミムナ少し確認して良いか?」

「なんだ?」

「港にずらっと並んでたあの船。 ドキアに向かうんだよな?」

「そうだろうな、奴らのお得意の襲撃を計画中らしいからな」


ソファに座って腕を組む。

いつもは胸までの金髪ストレートにしたままだが今日はポニーテールにしている。

とんがったエルフの耳が強調されてて、とっても可愛い。


「今日の髪型とっても似合ってますねぇ!」

「そうか、それよりもそんなことに気付いて世辞を言う辺り、ナームもだいぶ最初とは変わった感じだぞ?」

「あれ? そうでしたか? シャナ私って変わったかな?」


シャナウはミムナの向かいに座っている俺の隣に腰を下ろし


・とんがった所が少なくなったかな? それでも私は姉様が好きですから!

「とんがった所?」

「魂が纏う光の事だよ」


目には見えない俺のオーラみたいな物が最初とは少し変化があるようだ。

やはり、言動が見た目に引っ張られて少女化しているのだろうか?

背筋にぞくっと悪寒が走ったのは、変質者の階段を登っているのではないかと中年男の視線を感じたからだ。

首をめぐらし見えた鏡には綺麗な金髪のエルフの少女が写っている。

しかしその中身は中年男なのだ。

ナームの顔がぼやけて昔の自分の顔が蘇る。

胸だけ隠すタンクトップと膝上のスパッツにミニスカート。

底の厚い黒の編み上げブーツ。

幅広の腰ベルトには金の装飾過多なロッドがくっついている。

魔法少女の顔はおっさん!!

もう一度身震いしてミムナをみると、面白い見せ物でもみている仕草で顎に手を当ててニタニタしている。


「どうした? 顔色が急に悪くなったぞ?」

「・・・少し、見てはいけない犯罪者・・・が見えまして」

・不審者ですか!


シャナウが半腰で戦闘態勢をとったので、「俺です!」とは言えなかった。


「あ、ごめん気のせい、気のせい!」

「ふふっふ! それより話があったのであろう?」

「あ、そうそう。 条約に違反しない戦闘行為について確認したかったのです!」


俺の心の動揺を楽しんでいるようなミムナの笑みには少しイラついたが、ドキア防衛について聞きたかったのだ。


「会合で聞いた話では、火星の武力と銀星の武力の行使可能な範囲はどこまでなのです?」

「ふむ、まずは戦力として火星側に属するのは私とラーラス本国からの二人とエルフ達が120。 これらが管理する大陸以外での武力行使は禁止。 破られた場合は戦争行為だな。 銀星の連中はグローズの他に200体は地球に来ているはず。 全てこの壁の中にいるはず」

「そこは明確にされていないんですね?」

「奴らは擬態が得意でな・・・、交わした文書は信用しとらん。 さっきのは最低ラインだ。 より多くの戦闘員をこの大陸全土に伏せていてもおかしくは無い。 そんな連中だ」

「どこから武力行使になりますか? 使用武器とか大小とか?」


ほとんど俺と同じ魔法少女姿のミムナは小さな胸の前で腕を組み感がえ込む。


「武力行使対象は、さっき言った本国の絡みの戦闘員だ。 侵攻目的とみなされる行為全てが対象だ」

「全て?」

「普段は入ってもならないと言う事だ。 今回は条約締結の会合の場だからな。 昨日の闘技場の事も余興とばかりに楽しんでいるだろうよ。 ったく、戦闘どころか悲鳴上げて逃げ回るあの姿・・・。 たいそう楽しんでくれただろうよ」


細められた中で嘲りの光を灯しているが、俺の考えた最善策だ言い訳はしないでおこう。


「それだと、ここの連中がドキアを襲う事も縛れない・・・。 けど、ドキアの人間がこの地で戦闘行為しても条約違反にはならないって事ですね」

「そう言う事だ、地球に誕生した人間はどちらの勢力だろうが全くの自由だって事だ」

「武力だけじゃなくて、文化の侵略もありますからその辺が厄介ですね」

「人間達が双方の大陸を出ないで交わらないでもらいたかったが、ここの連中はそうはいかないらしい・・・」


ミムナはため息をついていた。


・シロン達が戦ってここの連中やっつけちゃいましょ! あいつ一人で何とかなりますよ! 姉様! やらせましょっ!


シャナウは拳を握って物騒な話を俺に力説するが、俺はシロンに虐殺を指示は出来ない。


「シャナよそれは無理だ」

・何故ですかミムナ?

「今回は使節団の一員になってるから、本国側とみなされて彼奴らにつけ込まれる」

「それじゃ、何も手出ししないで今回はアトラを離れることになりますね」

・姉様、何もなく無いです! 可愛い戦力のサラを仲間にしたんですから、アトラは大打撃です!

「そうだな、それなりの情報とサラを連れて帰れるんだから欲張らないで素直に帰りますか」


その後俺たち三人は、シロン達が待つ一階の食堂へ向かった。


 食堂へ着くとシロン達はもう朝食を終えたみたいで水の入ったジョッキを前にくつろいでいた。

席に着くとすぐさまいつもの女性の店員が声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、朝飯は、た、た食べるかい?」


回っていない口調に店員の顔を見ると、目の下には深いクマができていて、一気に老けた感じだ。


「お姉さんどうしたの? 顔色悪いね。 体調でも悪いの?」


心配になって聞いてみたが、ゆっくり首を降って小さく「大丈夫」と呟いた。

俺たちは、食事は必要なかったので水だけを頼むと、揺れる霧のように厨房へ姿を消した。

厨房を指差してシロン達を見ると説明してくれる。


「昨日ナー姉ちゃんが道端で雇った護衛達がいただろ? あいつらが律儀にここの食堂で休憩したり、宴会したりで、あの店員さん忙しかったから帰れなかったんだって・・・」


何と言うブラック食堂! 

いつもここのテーブルに座ると担当してくれていたから、丸一日は仕事してそう。

過労死しちゃうだろ!

言われて気が付いたが、昨日の朝はまばらだった客が今日はほぼ満席。

各テーブルに大皿に乗った肉や片付けられていないジョッキが山積みになっているし、さぞかし忙しかった事だろう。

陽も高くなったのに、まだ酒の注文をしている奴もいる。

揺れる霧が水の入ったジョッキを二つ手に近寄ってきた。


「は・い、 おま・ち・どぉ」

「お姉さんごめんね、相当忙しかったんでしょ、悪いことしちゃったね」


溢れそうなジョッキを直接店員の腕から受け取り、顔の前で手を振ってみた。

ちょっと向こう側へ逝きかけていそうだ。

パシッ! と小気味よい音がお姉さんのお尻の辺りてしたと思ったら、ミムナの小さな手が添えたれていた。

男がやったら後ろに手が回る行為だ。


「店員さん、早く交代してもらって休んだ方がいいよ」


半目だった瞼が開き光が灯る。

体に纏った薄い霧も消えて背筋が伸びたお姉さんは返事もせずに厨房とは違う扉から出て行った。


「ミムナ何したんだ?」

「可愛いお尻を触ってやっただけさ」

「どこのセクハラおやじだよ!」


俺が見ても霧散しそうだった魂の霧の対処をミムナはしていたに違いないが、同性とはいえお尻はいかがなものかな? と少し羨ましく思ってしまった。


 朝食も済んだので宿を後にして『樹皇』へ戻る。

サラは声を掛けると一人で屋上から降りてきてドキアの一行に加わった。

早々ミムナはサラの背中によじ登り乗猫での帰還だ。

魔法少女のコスプレで黒猫に乗る? ってか、何処かのお殿様か!

多分これがしたかったので、ポニーテるになって『黒柱』の中に入らなかったのであろう。

上機嫌の笑みで高いところから街を見渡しているのは可愛いから突っ込むのはやめておこう。

アトラの一番通りに行き交う人間は、上陸直後の視線とは明らかに違っていた。

大半がドキアの気前の良い姫さん一行を見る目で、残るは船乗りらしい連中の飯のネタを見る視線。

昨日金貨をばら撒いた成果は確実に出ているだろう。

程なく港門に到着したら、門番が立っていた。

真新しい皮の鎧に高価そうな剣を携えて俺たちを迎える。

小さく一礼すると門はゆっくりと開いた。

先頭の『黒柱』に向けて


「次のお越しの予定はありますか」

「遠い、遠い、先になる」

「承りました」


『黒柱』の代わりに乗猫のミムナが答える。

俺に向かって顎を上げて促すので、腰に付けている銭袋を袋のまま手渡す。

闘技場で儲かったお金の残り全部だ。

1000年の労賃としては全然足りないだろうが、ここは鱗族の管理地なのだ雇用主は奴らだ。

俺達が渡すのはチップみたいなものなのだ。

ゆっくり自動で閉まる扉を確認して、門番の男は仕事について周りに睨みを利かせる。


 俺には二日ぶりの『樹皇』だったが、ドキアの香りを感じて少し肩から力が抜ける感じがした。

とりあえずは、一番の目的だった条約更新は終わったのだ。

どちらの思惑が優位になったかは今の時点では分からないが、ミムナの機嫌が最悪でないところを見ると許容範囲だったのだろうと思う。

アトラからはお土産に持ち帰る様な特出したものは無かったので、船積みしたのはテト達に運ばせたサラ用の肉の塊が数個だけだ。

サラが船に乗ってすぐにピピタちゃんが駆け寄っていく。

小さな足でサラの前足を蹴っていたので駆け寄って話しかける。


「ピピタちゃんどうしたの? 猫ちゃんいじめちゃダメでしょ!」

・ナーちゃん、白くて小さいの、何です?

「ごめんねサラ、この子はピピタちゃんって言って、この船の操舵士さんなんだ」

・みんなの、友達

「そう友達だよ。 こらこらピピタちゃん。 猫ちゃん蹴っちゃダメでしょ? どうしたの?」


無言のままで一生懸命蹴り続ける姿にどうする事もできずに、ミムナに助けを求める。


「どうしたんですかぁ、ご機嫌悪くなっちゃいましたかぁ」

「黒いの、重いの」


そのピピタちゃんの答えに思い当たった。

この船は高速船だ。

積載可能な重さに関してはとてもシビアなはずだ。

ワンボックスの車より一回り大きいサラは重量はかなりあるだろう。

困った。


「それじゃぁピピタちゃん。 水樽何個下ろしたら許してくれるぅ?」


ミムナの問いに指を二本シーツの袖から出して答える。

遠巻きに見ていたテトに指示するとすぐに清水の樽の蓋が開けられ水が海に捨てられる。

蹴り続けていた足が止まり、片手を高く上へあげた。

サラもその動きを見てとって撫でやすい様に頭を下げる。

ピピタちゃんも猫を撫でたかったんだと思ったら、長い髭を数本強引に引っ掴むと力を出して引っ張り出した。


「あらあらぁ、ピピタちゃんまだご機嫌が悪いんでしゅかぁ?」


まだサラに不満があるらしい。


「こっち、こっち」


頑張って引っ張っているがサラは痛さも感じていないらしいが困惑している。


「サラ、ピピタちゃんについて行ってあげて」

・わかったわ、ナーちゃん


ピピタちゃんに引かれて進んでいくと、甲板下に荷物を下ろす床の扉の前で止まった。


「黒い、重い、下入る」


テトがすかさず床の扉を開けて荷室を整理し始める。

ピピタちゃんは船体の重心が高いのもお気に召していなかった様だ。


「サラゴメンね、この中に入ってくれるかい? 上の扉は閉めないから安心して」

・大丈夫、みんな友達


素直に甲板下の船倉に体を滑り込ませて顔を上げる。

ちょうど頭だけ甲板に出る形になった。


「よく、できま、した」


それだけ言うとサラの鼻の上を一回撫でて操舵席にとことこ歩いて行った。

言葉足りずで手間をかけさせた文句を言おうとミムナを睨むと、無言のまま両手で「抑えて抑えて!」と合図していた。

何でミムナはピピタちゃんの扱いだけは他と違うのだろう?

本当の自分の娘だとか? 弱みを握られているからだろうか? いろいろ変な詮索をしてしまいそうだ。

形式ばかりの帆が張られ船は動き出す。

ゆっくりと岸壁を離れ、海上門を抜け、”荒らし屋”の連中の船が幾隻も並ぶ姿が見渡せるところで速度がゆっくりとなった。

操舵席の後ろの定位置に座っていた俺は不審に思ってピピタちゃんの顔を覗き込んだ。

シーツの穴の奥の瞳と目が合った、と思ったら目の前に魚がぶら下がる。

ピピタちゃんが魚の尾っぽ持って二人の眼前で揺らしている。

出来れば会話をしたいのだが、ピピタちゃんは行動が先行するタイプらしい。


・姉様、そのお魚さん持って欲しいみたいですね?


シャナウの助言を受けて手にした魚は、さんまを一回り大きくした感じの黒い魚だ。

間近で見ると『黒柱』の表面によく似ている。

近くにいるミムナは腕を組んで首を傾げている。

あいつでも何なのかわかっていなさそうだ。


「ナム、魚、捨てる海」


逡巡して俺は黒いサンマを海に放った。


「ナー姉ちゃん港から一隻船が近づいてくるぞぉ!」


舳先で監視していたシロンが大声で叫ぶ。

ピピタちゃんの奇行に集中しすぎて俺たち三人は気づくのに遅れてしまった。

視力に意識を集中させると一層だけ帆を広げ『樹皇』を目指している船の姿が見える。

舳先に長槍と鞭を肩に巻いたペインと大剣使いのブロンが見える。


「ミムナどおする? 戦っていいのか?」

「ちょっと近すぎるなぁ、直接は手は出したく無いな」

「じゃぁ逃げるか。 『樹皇』の足だとあいつらは絶対ついてこれないからな」


俺はピピタちゃんにお願いしようと振り返ると、目の前に妙な物を差し出された。

ピピタちゃんの小さな掌に乗る四角い箱の上に赤い突起がある。

俺の見立てでは、クイズ番組に出てくる解答ボタンに見える。

ミムナはまた腕組みして首を傾げている。

お前が連れてきた操舵士なんだから俺に丸投げするな!


・姉様、その赤いの押して欲しいんっじゃ無いですか?


またもシャナウの助言があって俺は赤いボタンに手をかけて、押し込む。

プシュゥ! ポッン!

白い煙が飛び出してピピタちゃんの手に乗ったボタンは粉々に壊れて床に落ちてゆく。

俺を含めた三人は意味が分からず呆然としているがピピタちゃんだけは、お腹に手を当てて笑っているみたいだ。

イルカみたいな笑い声を聞きながらミムナを見るがまだ考え込んでいる。


「姉ちゃん達、どおするよ? 結構近づいてきたぞ! 俺が出ようか?」


またしても、ピピタちゃんの奇行に気を取られていて接近する船の事を忘れていたが、嫌らしい笑い方をしたペインの顔が判別できるほど近くに迫っていた。

もう一度『樹皇』の速度を上げてもらおうと声をかけようとした時、太鼓を叩く様な音が聞こえた。

音は迫っているペインの船から聞こえる。

そして、音が鳴るたびに船は少し揺れている様だ。

ペイン達が戦闘準備しているのかと思ったが、舳先の二人は何やら慌てている様子。

『樹皇』に向かって直進していた進路もずれて入江から外海へ向かって進んでいる。

太鼓の音も鳴り止まないが、何だかペインの船が傾き始めた。

パチン!

音がした方を向くとミムナが胸の前で手を打って明るい笑顔をしている。

難題がとけてさっぱりした顔だ。

操舵席の前のグルグルアースのモニターを操作すると地図上に高速で動く光点と船影が写っている。


「さっきナームが海にすてた奴がこれだ! こいつが水中で奴らの船底に穴を開けているんだ」


光点と船影が交差する時に、ペインの船から太鼓の音がなる。

分厚い船底の木を貫いてる音だったのだ。

ピピタちゃんを見ると椅子の肘掛に乗せた四角い板を指先でなぞっている。

俺がボタンを押して粉々になった底の部分が、コントローラーだったみたいだ。

ってことは、あのボタンは水中黒サンマ魚雷の起動ボタンだったって事か?

何で最初っから言葉で言えないんだピピタちゃんは!

首に浮かんだ青筋を両手で掻き毟っているうちに、ペイン達の船は完全に航行不能となっていた。

海面では10人ぐらいが水音を上げながら叫んでいる。

船はゆっくりその脇を通る

俺はテトに言って空になった水樽を二つ投下させる、海の男は敵であっても助け合うのだ!

あっ! 今の俺は少女だった。

手摺にもたれかかり泳いでいる連中に声を掛ける。

昨日俺を取り囲んで捕まえようとした顔見知りの連中だ。


「ペインのおじさぁん! お見送りありがとぉう! この樽につかまって、頑張って生きてねぇ!」


水面でくるくる回る掴み辛い二つの樽を、罵声を交わしながら必死になって奪い合っている。

一番近い岸までは2kmはあるだろう。

海で戦う男なら泳いでいけるはずだ。

幸運を祈ろう。

とりあえず両手を合わせて祈っておく。

ミムナは溺れる連中を気にする事なくピピタちゃんと何やらやっていた。

近づいてモニターを覗くと、光点は港近くで高速で動いている。

顔を上げて遠くになった港を見ると大きく傾いた船の姿が何隻も見てとれた。


「これで、一年ぐらいの時間は稼げたな」

・ピピタちゃんは偉いねぇ、でも、もっとお話も上手くなろうねぇ


シャナウはピピタちゃんの頭を優しく撫でて話しかけていた。

もっと意思疎通が取れれば変に気を揉んだりしなくていいのにともどかしさで痒くなったひじを俺は掻き毟るのだった。

外海が近くなったところで、帆はたたまれマストも折り畳まれる。

あとは、もう完全に操舵士ピピタちゃんの仕事だ。


「それじゃ、ピピタちゃん次の目的地のカインにお願い」

「カイン、いく、しゅっこ!」


ミムナの号令にピピタちゃんが返し、船は速度を増していく。

次の目的地は火星側の管理地カイン。

次は、カインの地

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