黒猫ちゃん
シロンがしっかり役割を果たしてくれてとっても頼もしかった。
なぜならブラック・JKが優勝したりシロン・ヌケサクが優勝したりしたら、ドキアに対する脅威が増すからだ。
侮られていた方が対応は楽だろう。
戦うのならば相手の戦力分析は正確に見極めなければならない。
強敵に立ち向かうには、戦略も戦術も練りに練らねば打って出る事は出来ない。
ただの感情論で戦争なんか初めても精神力で勝てやしないのが現実だ。
アトラの連中もヌケサクドキアの武力を大いに侮ってくれるだろう。
そう、常に自分の全力を出し切る必要なんか無いのだ。
俺はシロンの頭を撫でながらそんなことを考えていた。
後半が終わってから直ぐに始まった決勝は思惑通りだった。
防御に重きを置いたビローは盾に隠れて相手の隙を突いた槍を繰り出す戦法だったが、黒豹の前足の攻撃に呆気なく盾は崩壊した。
崩れた体制を肩から一咬みにされ数度振り回されて、白目を剥いたところで勝者の確定に至った。
シロンの戦力分析で残したビローは正解だったのだ。
観客席では外れた札が舞い散り、スミスは青い顔で震えて、テト達は大はしゃぎ。
今は席の後ろで黒豹が前足に頭を乗せて寛いでいる。
応援札を交換した結果俺達は大金を手にした。
大穴の黒豹”強牙”に大枚叩いたのだ、この人数で宿屋に5年、奴隷の上物女なら200人は買える。
もちろん調教師に払う分は微々たるものだ。
少しは色を付けてやったので上機嫌で酒場へ出かけて行った。
「それでナーム、この黒猫どうするつもりだ?」
ミムナが細い目で見つめてくるので決意を込めて口にする。
「飼う!」
・やったぁ姉様ぁぁぁ! 猫ちゃんよかったねぇ! これから一緒だねぇぇぇ!
シャナは『黒柱』の姿で黒豹に抱きつき首筋に頬擦りしている。
シロンは黒豹の前で座り、じっと見つめている。
「ナー姉ちゃん、やっぱり山に帰してやった方がいいって」
「やだ! 連れて帰る! ここにいちゃ、また捕まって人間達のおもちゃになって殺されるんだぞ!」
「ナームよ。 お前は砂浜の砂の数より多い虐げられた命を全部救う気か? そんな力がお前にあるのか?」
「・・・私にはそんな力は無い・・・です。 ただ、この子は守ってあげたいって感じただけです・・・」
「シャナと同じか・・・?」
「シャナウと?」
「お前達の・・・魂の色の話だ・・・、ただの、猫好きだと言う事だ!」
何かを含んだ言い方だったが、ミムナも反対な訳ではなさそうだ。
俺もシロンの側へ行って黒豹と向き合う。
・ねぇ、お話ししましょ?
・ナームちゃん?
・そう、私はナーム。 あなたと友達になったのよ
・友達になってくれたナーム。 もう叩かれない
黒豹はゆっくりと瞼を開けて俺の姿を見る。
その瞳の色に純粋な優しさを感じた。
・あなた名前はあるの?
・なまえ・・・知らない
「艶があってサラサラな毛並みだから、・・・サラだ」
いつから居たのかミムナが隣で前足を撫でて命名していた。
・サラちゃんだ、可愛い名前ぇ!
「なんだか、モフの名前の付け方と一緒な気がするが?」
「そうだ、私が名付けたのだ。 名は体を表し体はまた名を示す」
・私の名前はサラ・・・、みんな友達・・・
おとなしい黒豹の性格が分かったのか、テトとガレとマカボは背中の暖かいサラサラの毛皮の上で寛いでいいる。
ドキアの連中は本当に猫好きだ。
「でもよくあの短期間で野生の豹と会話出来たな、ナー姉ちゃん」
「そうなの? 良く分かんないけど? 出来た」
「何を今更。 あれだけ己の魂の光を浴びせておいて!」
「え? 私なんかしたのサラに?」
「モフが私たちの話を理解するには二年はかかったのだぞ。 それまでシャナが無意識だろうが魂の光を浴びせてた。 さっきのナームの魂の光はそれを遥かに超える量だったよ、まったく」
「あれなんかマズイ事しちゃいましたか?」
「終わってしまった事はどうでも良い。 モフと同じで人間レベルの魂にサラが昇華しただけだ。 もう、山に帰って野生での生活も出来まい。 それだけだ・・・」
ミムナのサラを見る目には憐憫な瞳の色が伺えた。
「サラ、ごめんな。 俺のわがままでお前を変えてしまったらしいな」
シャナウの反対側でサラの頰肉を両手で揉みながらシロンは小さな声で話しかける。
「お前が目の前で殺されないで済むようにしたかっただけだったけど、俺と同じになっちゃいそうだな・・・」
・サラはもう叩かれない、それだけでいい。 友達と一緒にいたい
俺はなんか重大な事をしてしまったのだろうか?
サラの魂の昇華?
ただ話をしたいと強く思っただけなのに。
「さあ、そろそろ宿屋に帰るぞ。 みんな満足しただろ?」
ミムナの号令に全員承諾して闘技場を後にする。
いつもは娯楽の為に死闘を繰り広げるこの場所は、今日だけは一つの命も失う事無く会場は閉ざされた。
ドキアの一行は宿屋に到着したが黒豹が入れる部屋がある筈もなくサラの同伴は拒絶されたが、さすがにアトラではお金の力は絶大だ。
主人に特別料金を払うと、満面の笑みで屋上を貸してもらえた。
夕飯にはまだかなり早い時間帯だったが、途中で買ってきた生肉を黒豹にあげながら、今はサラと俺の二人きりだ。
会話をしていると、サラの思考はまだ幼稚園児みたいに拙い。
人間社会の知識がないからそう感じるのかもしれない。
住んでいた森のこと、家族のこと、闘技場に来るまでの話を教えてくれた。
俺もドキアの樹海のこと、エルフのこと、ここに来た使節団の仲間のことを話す。
そして、双方に住んでいる人間達の事を話した。
サラはここからだいぶ離れた東にある森で生活していて、人間の事はあまり分かってはいなかった。
時々姿を見かける道具を持った猿ぐらいにしか考えておらず、捕まって暴力で調教されたのも痛いのを我慢すれば肉が食えて空腹を感じない。
ただそれだけでおとなしく言う事を聞いていたらしい。
寝そべったサラのお腹に背を預けて動物と人間の違いについて思いを馳せる。
想像、夢、嘘、愛、道具・・・
俺の知識の中にある、人間が人間たる所以の所有物、動物と格別する持ち物。
まとめて言えば『イヴが食べたリンゴ』になるのだろうが、他の動物も同じリンゴを食べれば人間と同じに慣れたのかな?
以前のモフが人間と同じ思考をしてたのはリンゴを食べたからか?
ミムナが言う魂の光の照射がそれにあたるのか・・・。
まぁ、そんな細かい事はどうでも良い。
今の俺のコスプレに合った仲間が増えたのだ。
ちょっとデカすぎて空飛ぶ竹箒には乗れないだろうが、魔法使いに黒い猫。
毎日の散歩が楽しくなるのは間違いない。
考えに没頭しながらニマニマしているとシロンから夕食の誘いが合った。
サラには壁チョロに用心してと伝えて一階の食堂へ降りていった。
昨夕と同じで食堂は大勢の客で賑わっていた。
しかし、かなり様子が違っていた。
そう、俺達が座ったいつもの席にギラつく視線を浴びせるヤカラが殆ど全員だったのだ。
監視役の少なかった朝食が懐かしい。
「ナー姉ちゃん・・・、ちょっと居心地よくないな・・・」
シロンは周囲をさりげなく見渡してため息をついた。
席にはシャナウとミムナは見当たらないので夕食に参加はしないようだ。
「まぁ仕方ないだろうな・・・」
「何ででしょう?」
技術者3人にあまり俺の言葉に合点がいって無いみたいだったので小声で説明する。
「まずは、私たちはこれから略奪に向かう先の人間である事。 そして、昼の闘技場でボロ儲けした事。 遠征に向かう船乗りの他に地元のヤカラに目を付けられた。 そんな所かな?」
「サラちゃんの札で金貨を貰って来たからみんなの機嫌が悪い?」
「意味わかんねえよ!」
テトの疑問にシロンも続けた。
「みんなはドキアとここでは何が違うと思った?」
「臭い!」
「マズい!」
「ウザい!」
「酒がある!」
マカボ、テト、シロン、ガレ、みんな一斉に答えてくれる。
「そう、いっぱい違うとこあるよね。 小さい子供も見かけないし、楽しい笑い声も聞こえない。 人が家畜みたいに鞭に打たれて働かされていて、人殺しを見物する場所まである」
俺の言葉にそれぞれの考える仕草で違いを探してくれているようだ。
「みんながドキアにいた時は毎日どんな思いで過ごしてたのかな?」
「毎日テパの笑顔が見たい!」
「街のみんなが喜ぶ物を作りたい」
「姉ちゃん達に褒められたい」
「ナーム様と挨拶を交わしたい!」
ガレが大声でガッツポーズする。
「ガレ、何でそこまで私との挨拶にこだわるかなぁ!?」
「我ら”ナム殿挨拶したい3兄弟”は、結成してからその為だけに日々を過ごしているだど! 今んとこ俺が一歩リードで1回挨拶、ガルとガリは0回! このまま首位を・・・ッ、あいたたたたッ!」
ガレは額に両手を当ててのけぞった。
なんかむかついたので額に風の斬撃をお見舞いしておいた。
こいつがいる時はいつも向かいの席に座る必要がありそうだ。
「私は思うんだ・・・。 ドキアのみんなは周りの人の笑顔や幸せを思って過ごしてるけど、ここの連中の頭の中は金だけ! 命をかけてお金だけを追いかけてる」
「金ってそんなに良いものか? ドキアだったら川底の砂をすくえば直ぐに集まるのに?」
テトが首を傾げる。
「山の渓谷に行ったらゴロゴロ転がってるぞ? 俺はナーム様の為に何回も拾いに行ったど!」
ガレも挨拶確保の為かもうアピールしてくる。
「多分、そこが一番違うんじゃ無いかなぁって思う・・・、ちょっと待っててみんな。 お姉さぁん! 注文お願い!」
ギラつく視線の客達を切り盛りしていたいつもの店員が駆けてくる。
「はい? あぁ、あんた達かぁ。 注文かい?」
「そう、お姉さんおすすめの夕食お願い大人4人と子供一人で」
「酒はどおすんだい? 4つ持ってこようか?」
今朝とは違いとても素っ気無い。
「お姉さんどおしたの、機嫌悪そうだけど?」
「あん? あんた達のせえで変な客ばっかり集まって来やがって、商売にならないんだよ! ったく!」
「ありゃりゃぁ、ごめんねお姉さん。 ちょっと闘技場で儲けちゃったんだ私たち」
「そうなんだってな嬢ちゃん。 スミスの奴ときたら町中に言いふらして回ってるよ。 おかげで、こんなだよ!」
食堂中を腕で指し示して呆れてしまった顔をする。
ギラつく目の連中は夕食とっている様子はなくつまみも無く酒だけ煽ってそうだ。
売り上げには協力してくれていない。
「ごめんねぇお姉さん、じゃぁこれ! 迷惑料も含めて今晩の食事代渡しとくね」
俺は横に座っているシロンの腰の銭袋から大金貨を一枚取り出して店員の手に乗せてやる。
店員の瞼が目玉が落ちるくらいに開かれて俺を凝視する。
「じょっ、嬢ちゃん、あんたこの金貨の価値知ってんのかい?」
「もちろん、しばらくはこの宿貸し切りに出来る金貨でしょ?」
「こんなもん、晩飯代に払って良いのかい? 黒鎧のお偉いさんに怒られないかい?」
「大丈夫! お姉さんは心配しなくていいよ。 今日儲かったから気分がいいんだ、みんな!」
見渡した仲間は縦に首を振る。
店員は数回小躍りして
「後で返してったって返さないからね! こんな大金貨なんて初めて触ったよ! 今飯じゃんじゃん持ってくるから待ってな!」
不機嫌はどっか飛んでいき、ギラつく連中に目もくれずに厨房へスキップして行った。
「あのお姉さんとこっち睨んでる男達の差は、ただこれを持ってるか持ってないだけの違い。 みんなも私にも金属でしか無いけど、ここではこれが気分を上下させる力を持ってるんだ」
俺はテーブルの上で歪な銅貨を回してみせる。
店員の態度の急変の理由が小さな金の塊なのをシロン達はまだ納得はしていなかった様だが、溢れそうな笑顔と一緒に次々と運ばれてくる料理の皿に面食らっている。
頼んでいない酒まで運ばれて来て、すかさずジョッキを手にしたガレがテトとシロンに睨まれる。
渋々手を離すガレに、「適度に飲むなら許してやる」と告げるとちびちび飲んでいた。
全員お腹いっぱいになっても無くならない料理をそのままに食堂を出ようとすると、店員に呼び止められる。
「嬢ちゃん嬢ちゃん! また来ておくれよぉ! 待ってるわよぉ!」
「またねぇ!」
盛大なお見送りに投げキッス付きだった。
「さて、みんなはどうしたい? また、夜の街でも見に行く? 物騒な連中引き連れて」
「いやぁ・・・、 なんか随分と多いですね・・・」
「面倒事が起きそうだからやめておきますか?」
周囲に多くのヤカラと野次馬に囲まれて、テトとシロンが呟く。
「今晩はゆっくり部屋で休んでおきますかナーム様?」
テトの進言に周りの反応を見ると頷いている、おとなしく部屋にいた方が良さそうだ。
俺も頷き返して宿屋の入り口に向かおうと足を向けた時に人混みの中から声が掛けられた。
「おいこら、てめえらドキアから来た連中だってな!」
振り向くと日焼けした浅黒い肌で太い鞭を肩に担いだ大柄の男が立っていた。
次は、荒らし屋の頭




