闘技場前半
俺と黒豹は試合場の中央に立って睨み合っている。
他の連中は開始の合図と共に一斉に壁際を目指し背中からの攻撃を回避していた。
さて、これから黒豹と二人三脚の戦いの開始だ。
・じゃぁ黒猫ちゃんここの連中一人づつやっつけて行こうね!
・私はどうしたら良いかしら?
・まずはプランAで私が怒ってる猫ちゃんから逃げるフリをするから追いかけて、その先の敵を猫ちゃんの体で押しつぶして頂戴
・わかっったわ、やってみる
ブラック・JKは黒豹にに凄まれ体を震わせてビビって見せながら後ずさる。
「おい、あの黒い帽子のチビ、ビビってる、ビビってる! お漏らししちゃうんじゃねえか?」
「なんでこんな試合に出させられてんだ?」
「昨日来たドキアのヌケサク連中の一人らしいぜ」
「名前はブラック・JKだってよ!」
「なんじゃ? そりゃ?」
「連中はみんなヌケサクらしいぜ!」
「チゲぇねぇ! この中で戦おうなんて意味わかってねぇぜあいつ!」
「ここで女の肉がバラされるとこなんてなんて初めて見れるぜ、今日はツイテル」
「この前半じゃ黒豹の解体も見れるって言うしな!」
・姉様ぁ! みんなやっつけちゃえぇ!
シャナウの言霊の応援は眉間に届くが、近くの観客からは少女の惨殺を渇望する声が多く聞こえる。
全くありがたい。
しかし、こっちはルールを守って黒豹勝利を掴むまでだ!
まずは一番邪魔な飛び道具のジャグリング野郎を片付けに向かう。
居場所を確認した後、ブラック・JKは恐怖に耐えきれない少女を演じて、黒豹との対峙をやめ一目散に駆け出す。
もちろん両手を上に上げ、女の子走りだ。
「キャァァァァァ! 怪物だぁぁぁぁぁ!」
「おいおい! あのドキアのチビ逃げやがったぜ!」
「ありゃ、確実にお漏らししてるな!」
「怪物だってよぉ、うけるわアイツ!」
観客からは一斉に笑い声が上がる。
黒豹はネズミを追いかけるように、右に左にと逃げ道を狭めるように後ろを追ってくる。
一直線に壁を背にするジャグリング野郎の元へ。
片手に竹箒を持ちながら悲鳴と共に走り寄ってくるブラック・JK。
それを追いかけてくる黒豹。
「おいおいなんでこっち来るんだよあの黒チビ! 俺に助けて欲しいてか?」
男は黒豹に向けて速度の乗った投げナイフを投擲!
当たらない!
「あれ? 手前で剣が消えやがった」
投げた本人は剣の行方を探している。
そう、ブラック・JKの持つ竹箒はガレに作らせた特注品、中に詰め込めるだけの魂の水晶が仕込まれているガレと一緒に考えた魔法少女アイテムの一つだ。
涙目で逃げ込んで来るブラック・JKの周りには投擲される剣など吹き飛ばす、風の障壁があるのだ。
二投目!
剣は途中から軌道を変えて明後日の方向へ飛んでいく。
もちろん黒豹には届かない。
ジャグリング野郎はその場を動かず、手持ちの剣を連続で投げるも届かない。
表情に困惑と焦りで玉の汗が噴き出す頃
悲鳴を上げたままのブラック・JKは真正面にまで到達する。
「おいチビあっち行けぇぇぇ!」
男の叫び声と同時に直前でブラック・JKは身体を翻し右直角に進路を変える。
黒豹は追いかけて来た勢いそのままに止まりきれず、左肩から壁に激突してしまった。
派手な音と地響きが伴って観客は歓声を上げる。
「あの黒豹もあったま悪いんじゃねえのか?」
「それより、ほれ! 黒チビが逃げちゃったじゃねえか」
「なぁんだよ! せっかく目の前で剣で串刺しか、爪で肉が裂かれるとこ見れると思ったのにぃ!」
悔しがる観客の下で黒豹はゆっくり立ち上がり、軽い脳震盪を首を振って見せる。
再びブラック・JKを見つけて歩き出したその場所には、ジャグリング野郎が白目を向いて倒れていた。
前歯は折れ、鼻と口から血を流している。
「おいおい、一人やられてるぜ! なんだ? とんだ間抜け野郎だな」
お応援札を買った連中からのブーイングと笑い声が観客席を一周する。
悲鳴と共に逃げるブラック・JKと追撃者の黒豹は次の標的に向かって進んでいた。
時計周りで壁際に貼りつき様子見の長剣使い達を掃除する為。
「きゃー、どいてどいてぇぇぇ!」
ブラック・JKは竹箒を前方に向け大きく左右に振りながら尋常じゃない逃げ足で突進する。
瞼はあまりの恐怖の為、閉じられていて前は見えていない、設定。
壁を背に周囲の出方を慎重に伺っていた剣士達は、ブラック・JKの猛烈な逃げ足の速さに対応しきれずに右往左往していた。
「キャァぁぁぁ! 助けてぇぇぇ! 殺されるぅぅぅ!」
「馬鹿か? こっちくんな!」
躊躇し足を止めて剣を構えたところをすかさず竹箒の大振りのなぎ払い。
風を纏った竹箒に叩かれて長剣使いの一人が空高く観客席の方へ飛んでいく。
かなり高く舞い上がり、観客席の真上に落ちる。
逃げ遅れた連中の上に長剣使いが激突して悲鳴が湧き上がった。
受け止めるのは殺し合いに興じる観客だ、ブラック・JKの心は全く痛まない。
数人は同じやり方で場外に退場してもらった。
残りは大剣使いと少しは強そうな長剣使いの二人だ。
大剣使いは暫く前から中央に陣取り俺の逃げ方を見ている。
黒豹との共同作戦を見抜いているようだ。
もう一人も器用に立ち位置を変えているのでかなり戦い慣れしていると言えよう。
同じ作戦は効きそうに無い。
今度はプランBだ!
・黒猫ちゃん次の作戦いっくよぉ!
・ハイ、任せて!
猛烈な突進に疲れてヘトヘトの少女を演じながら長剣使いの方へ後退りで近づく。
動きの遅くなった標的を黒豹はネズミを捕まえる前に弄ぶ子猫のように、前足で左右からの攻撃をブラック・JKに仕掛ける。
「やっと黒チビ疲れたみたいだな? これであの黒豹に噛み殺されるところが見れるぜ!」
「あんな竹箒で前足の爪を交わせる訳ないだろに? やっぱ、ドキアのヌケサクだな!」
・姉様ぁ! 後二人! 後二人ぃ!
観客は戦いが中央へ移った事で、前半の戦いが終盤に差し掛かってきた事に歓声を増していた。
強烈な前足の攻撃を竹箒で受けつつじりじり後退し、背中の長剣使いとの距離を詰めていく。
背中に剣士の気迫を感じながら、大剣使いを見ると肩に剣を担いで余裕の素振りで成り行きを見守っている。
マジで作戦バレてるっぽい。
ブラック・JKが剣士の間合い近くに入った時、上段に構えていた剣をブラック・JKの背中に振り下ろす。
ブラック・JKが切られるのを予想して観客から歓声が上がる。
しかし、ブラック・JKは考えられない速さで前転しながら黒豹の前足の間をすり抜けて、黒豹の背後へ逃れた。
捉えた!と思った剣は空を切り地面に突き刺さる。
呆けた顔を上げると黒豹の凶悪な牙が剣士の目の前に迫っていた。
地に刺さった剣を構え直す隙もなく、鋭い爪が長く伸ばされた前足が長剣使いを横一線に払う。
血飛沫と共に真横に吹っ飛び、派手に地面を転がり動かなくなった。
参加者が一人減って場内は盛り上がりを増してきていた。
「あおぉぉ! 俺の金がぁぁぁ!」
「お前あんなのの札買ってたのか? 馬鹿だろ?」
「しっかしあの黒豹強いな! 解体見れんのかな?」
・姉様ぁぁぁぁ! 後一人、後一人ぃぃぃ!
今試合場で立っているのは三人。
中央でさっきからニヤつく顔で戦いを見ていた大剣使い。
巨大な剣を振り回すだけの筋肉バカでは無いらしく、眼光鋭く俺と黒豹を交互に見ている。
ブラック・JKを敵と思ってくれるのは嬉しいが、それは美少女には失礼だ。
「お前達、仲がいいな?」
「なんの・・・ヒッヒッ、事でしょう・・・フッフッ?」
ブラック・JKは息を切らせながらうそぶく。
「とんだ茶番だよ! 遠征の前の肩慣らしにと思ったら、俺の相手全員肩付けちまいやがって、全く。 俺の楽しみ盗むんじゃねぇよ!」
「ちょっと・・・ヒッヒッ! 意味わかんない・・・フッフッ!」
「なにしらばっくれてるんだ? 掃除の嬢ちゃん? まあいい、かかってきなよ!」
大剣を両手持ちにしてブンブン振って見せる。
こりゃちょっと手古摺りそうだ。
続いてプランCだ。
・黒猫ちゃん作戦変更です。 お相手お願いします
・はい、わかったわナームちゃん、任せておいて!
俺は竹箒を杖に膝を地に付ける。
そして肩で大きく息をして疲労困憊の戦意喪失演出だ。
それを目ににして大剣使いは肩を竦める。
「やっと俺も運動する番が来たって訳だ。 お前東の森に住んでた黒豹だろ? しばらく前に罠にかかって捕まったって間抜けな奴!」
「・・・」
「おりゃ、人も狩るが、獣狩りも得意でなぁ!」
「・・・」
「お前の屠殺料も少しは貰ってるんだ、その分は働いてやるよ、終わったらそのチビひん剥いて5体バラバラにしてやるよ。 客はみんなそれを見に来てるんだからな! 覚悟は出来ててここにいるんだろぉ?」
「きゃぁ怖いぃぃ!!」
ブラック・JKは恐怖で身が竦んでその場にヘタリ込む、感じかな?
そして一人と一匹は俺を無視して対峙することになる。
何せブラック・JKは後でどうにでも料理出来るヘタレ美少女になってしまったのだから。
会場も実質上の前半クライマックスと知ってか歓声が上がる。
大剣使いに応援が多いのは札の売れ行きが多かったせいだろう。
じりじりと間合いを詰める両者は、双方共相手の隙を狙って位置取りを変えて行く。
大剣と凶悪な爪が空を切り裂き弾き合う。
大剣使いの剣捌きは鋭く、黒豹の爪を紙一重でかわす身体能力も研ぎ澄まされていてかなりの手練れだ。
数度打合いが続いた手に汗握る局面でその時は来た。
俺と黒豹が大剣使いを挟み込むその時が。
そう、大剣使いは完全にブラック・J Kに背を向け死角となる時が。
そしてブラック・JKは手に持った竹箒を大剣使いに向けて空高く放った。
ゆっくり放物線を描いて飛んだ竹箒は空中で柄を下に落ち始める。
そう、大倹使いの脳天に向けて。
黒豹は絶妙なタイミングで視線を上に向けると、つられた大剣使いも顔を上げた。
水晶がぎっしり詰まった見た目の重量を遥かに超す竹箒の柄が額にクリーンヒットし脳味噌を揺らす。
よろめく大剣使いに渾身の横薙ぎ肉球パンチ!
これまた派手に土煙を巻き上げながら壁まで転がって激突した。
土煙が晴れると大剣使いは口から泡を垂らして白目を向いた。
観客からは怒声が上がる。
「あの黒豹やりやがった!」
「調教師は誰だ? 凄腕の奴だろ?」
「こりゃ、返金が大荒れだ、番狂わせだぁ!」
「俺の金返せ! このやろぉぉぉぉぉ!」
・姉様ぁぁぁ! 猫ちゃぁぁぁぁん、やったぁぁぁぁ!」
観客席は大盛り上がりである。
残るはブラック・JKと黒豹。
・それじゃぁ、黒豹ちゃん最後の締め、お願いね
・それでは、遠慮なく優しくいきますわ
黒豹は満身創痍のブラック・JKに近づき目の前で大きな唸り声を上げた。
「ヒィッ!」
ブラック・JKは短い悲鳴と共に失神して倒れた。
うつぶせに倒れた背中に優しい肉球が乗って試合場に立っているのは黒豹の”強牙”だけとなった。
周囲からはブーイングの嵐で大剣使いへの罵声が轟く。
いつも観れるはずの血飛沫舞い散る殺し合いも見れず不満の声も多い。
試合場に司会者が駆けて来て、倒れている参加者の状態を確認して行く。
皆失神しているのを入念に確認してから困惑の声音で
「前半の、勝者は・・・、黒豹の”強牙”!」
・やったぁぁぁぁぁぁぁ!
俺は担架に載せられてミムナ達が待つ観客席に連れて行かれた。
もちろん気を失ったフリのままだ。
運ばれて来た俺をシャナウは優しく抱きとめてくれて、テト達は大きな嘘泣き声で迎えてくれた。
ドキアからの来訪者とは言え重体に見える少女に、周囲の観客達は哀れみと嘲りの眼差しを向けていた。
黒豹はとりあえず元の飼い主の調教師の所へ行った。
決勝戦にも出てもらわなければならないのだ。
正式に受け渡してもらうのはまだ先の方が良いだろうから。
さて次は、シロン・ヌケサクの番だ!
次は、闘技場後半




