アトラにあった闘技場3
スミスがスキップしながら近づいてくる。
なんか見ているだけでイラつく奴だ!
「ドキアの皆さん登録完了しましたよぉぅ! さぁ、さぁ、どっからでもいいから中に入って入って、お二人さん!」
俺とシロンは背中を押されるままに塀から試合場へ落とされた。
「シロンさんちゃんと札買っておきますからねぇ! 最後まで立っててくださいねぇ!」
スミスの腹黒い応援を受けて俺達は中央へ歩いて行く。
後ろではテト達がミムナから小遣いを貰い、楽しそうに札を買いに行く準備をしている。
勿論申し合わせていた黒猫一択だが、それを気取られないようにと打ち合わせ済みだ。
歩く先は黒豹の元。
ウォーミングアップしている参加者は突然現れた俺たちを暫くは凝視していたが、戦力不足と判断してか興味は直ぐに無くしていた。
何と言っても剣も持たない青年と、とんがり帽子に黒マント。
それも手には竹箒を握っている。
誰かが雇った場内の清掃係に見えてもおかしくはない。
俺は黒豹の顎を見上げる位置で立ち止まる。
シロンは少し離れて黒豹を一周して来た。
唇の両端を吊り上げ、猫化独特の威嚇音を発しながら睨んでくる。
めっちゃ可愛い!
本来の人間なら恐怖で失禁してもおかしくないのだが、エルフの体の俺は愛玩動物にしか見えない。
「猫ちゃんどうしたのぉ? お腹すいたのぉ? 怒っちゃやぁだぁよぉ!」
大きな前足の毛を撫でようとしたら、逆の前足でこっぴどく弾かれた。
「あらあらぁ! ご機嫌斜めなのぉ? お姉ちゃん寂しいぃ!」
「あのな? ナー姉ちゃん!」
「なあにぃ? モフちゃん?」
「モフじゃないし、シロンだし! それより普通は人間と話せないから無理だって。 ひっかかれるか、噛みつかれちゃうぞ?」
下から見上げると威嚇の音を大きくして瞼は半目になっている。
シロンの言う通りこちらの感情は理解していなく、猛烈に怒ってそうだ。
めっちゃめっちゃ可愛い!!
「それじゃ、シロンはどうやってこの子を助けてやるの?」
「ただ、こいつに勝たせてやるだけだ」
「やだぁ!」
駄々っ子を演じてみる。
勿論、地団駄踏んで!
「やだって言ったって、普通の獣は人間の言葉は理解できないって!」
「黒猫欲しいぃ! 友達になりだぁぃ!」
「おいおい、無理なものは無理だって!」
「あっ! そうだ!」
普通の人間には無理でも俺はエルフなのだ!
少し黒豹から離れ地面へ胡座をかき瞑想の準備をする。
深く深呼吸し太陽の暖かさ、地面の冷たさ。
周囲の雑音が少しずつ薄れ消えて行く・・・。
静かで暗い闇の中に自分を見つけ、宇宙に開放してやる。
閉じていた目を開けると、全てが黄金に輝いて見える。
巨大な獣の黒豹も、黄金に縁取られていて輝いている。
他の人間達とは大違いの輝きだ。
純粋・・・なのだと感じた。
・ねぇ、猫ちゃん名前はあるの?
・・・・・何だ?
・私! 目の前の女の子!
・・・・・どこだ?
・私はナーム、あなたとお友達になりたいの
・・・・・友達?
・そう、目を閉じて私を感じて
異変を感じ辺りを見渡していた黒豹は素直に瞼を閉じる。
・そうここ! 私、ナームはあなたの目の前にいて。 そしてあなたはナームの目の前にいる
・あぁ! なんか居るな・・・、ちっこいが眩しい光の人間が・・・
・そう、私を感じて。 あなたはナームが怖くない、ナームはあなたが怖くない。 友達になりましょう
・私はナームが怖くない、私とナームは友達・・・、そう友達。 暖かい。
俺はゆっくり立ち上がり黒豹の顎の下に歩み寄って手を差し伸べる。
高く持ち上げられていた頭が下され、首筋を俺の手に添わせてくる。
「ほら、もう仲良し!」
首筋をゴシゴシ撫でてやると、喉を鳴らすグルグル音が聞こえて来た。
「おぉ! ナー姉ちゃんすごいな! 力で押さえつけてる獣をこんなに早く懐かせるなんて」
「おいこら! そこの掃除の人! 勝手にウチの商品に手ェつけてんじゃないよ!」
大股で走ってくる太った男がいる。
手に持つ太い鞭の先には凶悪な鉄製の刺が顔を出す鉄球がついていた。
こいつが調教師か!
「おいおい! 勝手に触るなって! ん? 掃除の嬢ちゃんか? ともかくこいつは売りもんなんだ、勝手に触っちゃダメダメ!」
俺と黒豹の間に無理やり割り込み引き離す。
名残惜しそうに鼻を鳴らす黒豹に太った調教師は大きく振りかぶって鞭を飛ばす。
後ろ足に当たる軌道で迫った鉄球は寸前で向きを変えて地面に落ちた。
シロンが横で口笛を吹いている。
「あれ?」
もう一度振りかぶろうとしたが、握った柄の先にはなにも繋がっていなかった。
俺も頭の後ろで手を組んで口笛を吹いてみる。
「どうなってんだ? 畜生! 違うの持ってくるからそのまま動かず待ってろよ”強牙”」
調教師は無様な格好で元いた方へ駆けていった。
「それで、ナー姉ちゃんどうすんだ?」
「この黒猫ちゃん買って飼う!」
「いやその簡単に言うけどさ、そう簡単な事じゃないって! 可愛いけど自然の山に返した方がいいって、それが獣の幸せだって!」
「あれ? モフは私たちと居て幸せじゃなかったの?」
「・・・いや、そうじゃなくて、普通は分かり合えないんだから・・・」
「良かったねぇ、ここには普通じゃないのが三人も居て!」
シロンはゆっくり後ろを振り返り肩を落とす。
エルフの姉ちゃんには敵わないと悟ったらしい、よし、よし。
新しい鞭を持って走り寄って来た太った調教師を呼び止めて値段交渉だ。
「おじさん、さっきこの黒豹売り物だって言ってたよねぇ?」
「あっ、あぁ。 こいつは大事な売りもんだ。 今日ここで潰して金に変えるんだよ」
「それって幾らぐらいなの? 奴隷の女の人より高い?」
「何だ? 嬢ちゃんやけに詳しいな算術とか使えるのか? どっかのお金持ちの嬢ちゃんだったのか? そうさなぁ、肉と毛皮だから・・・、中の上の奴隷女が三人てとこかな」
「じゃあ買った、小金貨八枚と大銀貨3枚ってとこかな?」
「嬢ちゃん計算早いね! やっぱり良いとこの嬢ちゃんだったか? しっかし、ばらしてから競りにかけるからもうちょっと高くなりそうなんだよな・・・」
俺が金持ちの子供と思ったらしく値段を釣り上げる気らしい。
「解体するのだって、競売するにも手数料は取られるでしょ? 肉運ぶのだってタダじゃないし?どうせこの試合で殺してもらって屠殺料ケチるつもりなんでしょ?」
「目端が効くね嬢ちゃん!」
「じゃぁこっからの運搬とか肉の解体とか自分達でやるから、小金貨八枚ちょうどで、どおぉ?」
「うぅん、どすっかなぁ」
「ここの殺し合い終わったらみんなで飲みに行くんでしょ? その後解体とか競売とかしてたら遅くなっちゃうよ? 今決めてくれたら手付金半分渡すよ?」
「今全額くれないのか?」
「私みたいなちっちゃい女の子がホイホイ大金持ってたら、拐われちゃうでしょ?」
「そう言われりゃそうだな! よし、嬢ちゃんにこの肉と毛皮売ってやる!」
「よしじゃあ決まりだね? これ小金貨4枚」
腰袋から金貨四枚を取り出し、目線の前にかざす。
受け取ろうと伸ばされる手を躱して引っ込める。
「どうした? 嬢ちゃん?」
「契約! 決めた事破らないように約束ぅ!」
「おう! そうだったな!」
互いの右の拳を合わせてお互いが口にする。
「黒豹を金貨八枚で買います」「黒豹を金貨八枚で売ります」
拳を戻し小金貨を四枚渡してやった。
「じゃあおじさん、約束破ったら右腕貰うよ!」
「嬢ちゃんも約束守ってくれよ、おらぁ子供の手なんか切たかねえからな!」
調教師は軽い足取りで帰っていった。
「良いのか? 金払っちゃってって言うか、どうせ金で片づくんだったら最初から八枚払えば良かったんじゃね?」
「良いのぉ、良いのぉ」
俺は黒豹に向き直って前足の甲に手を添える。
・あなたは今から私の友達。 そこの男も友達。
・友達?
・そう、もうさっきの男はあなたを叩けない。
・もう叩かれない? なぜ?
・私も彼もそれを許さないから、それが友達
・友達なりたい
・友達になりましょう
シロンも反対の前足の甲を優しく撫でている。
暫く言霊で黒豹と作戦の打ち合わせをする。
問題はグループ分けだけだったが、何とかなるだろう。
黒豹の売買に集中してたら観客席はすごいことになっていた。
ドキアから来た剣士と従者の掃除役の女の子が闘技場で戦うのだ。
さぞスミスは宣伝に忙しかった事だろう。
空席が見当たらない程にかなりの数が集まっている。
おかげで俺の思惑は軽く達成しそうだ。
遠くでシャナウが手を振っているのが見える。
テト達も札を片手に応援してくれている。
ミムナはと言えばもう興味は無いのか座ったままで船を漕いでいる。
美少女は眠っていると可愛い、ほんと・・・。
司会者が試合場中央に出て来て、参加者の紹介とグループ分けを発表して行く。
公正なくじ引きなんかする訳もなく、当然に俺とシロンは別のグループになった。
噂のドキアから来た人間を観衆に見せるには、前半にも後半にも混じっていた方が盛り上がるに決まっている。
黒豹は俺のグループで前半だ。
他には大剣使いにジャグリング野郎、あとは普通の長剣使いが四人。
シロンの方にはクロー使いが二人とデカイ盾持ちが一人、長剣使いが三人と短剣二本挿二人。
俺の方は注意するのはジャグリング野郎だけに思う。
黒豹は体格がデカイので絶好の的になるだろう。
シロンはアイアンナックルを両拳に付けて接近戦特化だから、クロー使いで苦戦するか? それとも、白髪で肌の黒い長剣三人と短剣二人か。
まぁ、悪意しか感じないが、ここは敵地だと思えば当然か?
どうせグローズもどっかで観てるだろうし。
俺は条約違反だけしないで蹴散らせば良いのだから。
観衆の急かす声に司会者も挨拶を早々に切り上げ、前半グループの戦闘開始の合図が鳴る。
次は、闘技場前半




