アトラにあった闘技場2
朝食の為に一階の食堂へやって来た。
昨晩と違い食堂には人は少なかった。
港町なので時間が遅すぎるのか、町の性質上陽の光よりは夜の壁の明かりが人を引き寄せるのかは分からない。
「あら、ドキアの一行さん朝早いですねぇ!」
声をかけて来た店員は昨晩と同じだ。
俺達は同じ席に陣取り朝食を注文する。
「何だ、こんな小さな可愛らしい嬢ちゃん二人も連れてたんだね? よく、町中歩いて無事だったね?」
「そんなに変なのか?」
「だってそうさぁ、小さい女の子なんか高く売れるから直ぐに取っ捕まっちゃうだろうさ」
シロンの問いかけにアトラの常識を教えてくれた。
「大事なお宝なんだから、ちゃんと守ってやりなよなぁ、父さん!」
言われたのはマカボだった。
四人の男性の中では、一番俺達の父親に見えたらしい。
「それでは、全員分の朝食を頼むよお姉さん」
「はいなぁ、分かったよ。 けど朝食は決まったものしかないから選べないよ?」
「構わない。 それと、こっちの鎧の人の分はいらないから」
「そうかぃ? 朝飯食べなきゃ男は力が出せないんだけどね? わかったよ、大人四人分と子供二人分の朝食で構わないね?」
シロンの頷きを得て店員は厨房へ歩いて行った。
俺たちを監視しているテーブルは2つあるが気にしなくても良いだろう。
夕食の時よりはかなり減っているのだ。
昨晩の襲撃で懲りた連中も多い事だろう。
冷めた肉入りのスープと堅いパン、俺とミムナにはミルクがついた。
なかなかサービスは悪くない。
スミスに会ったらお礼を言っておこう。
食事を終えてから直ぐに闘技場に向かった。
ホイットの話だと、出場者は朝早くからやって来て闘技場内で自主練するらしい。
観戦者はそれを見定めて応援する戦士を選ぶのだそうだ。
結局は賭け事になっているので毛並みを見たり筋肉の張りを見たりと、競馬のパドック観察と同じらしい。
俺達は賭け事に興味はないが戦う前の戦士を観察するにはもってこいだ。
中央門の前から城の反対にしばらく進むと小さな丘があった。
闘技場はその丘をすり鉢状に繰り抜いた形で地面が掘られ、中央にバスケットコートぐらいの広さで試合場がある。
4m位の壁が周囲を囲み簡単には逃げ出せないようになっている。
俺達は早く到着し過ぎたみたいで観客席は人影は少なかった。
「ナー姉ちゃん、猫がいるよ! 猫!」
一番最初に目に飛び込んできたのは黒猫だった。
いや、巨大な黒豹だった!
姿勢は行儀良く良く躾けられてそうだ。
体長は全盛期のモフより少し小さそうだったが、シャム猫の置物のように座った姿勢で大人の身長の倍はありそうだ。
シャナウも手を振りしきりに話しかけている。
・キャァ! かわいい猫ちゃん! あれ女の子? わぁ! こっち見た! こっちおいでぇぇ!
柵を乗り越えて試合場へ降りて行きそうなのを俺が必死で止める。
シロンは塀に両肘をつきじっくり眺めている。
他にいる出場戦士達は思い思いに体を温めているようだ。
人数的には20人くらいだろう。
獲物もそれぞれで、短剣を数本ジャグリングしている奴、幅広の身の丈も有りそうな剣を振り回す者、両腕に長い爪をつけている奴など多彩だ。
異種格闘戦と言ったところか?
太陽を背にする南側を陣取り椅子に座って観覧の準備をしていると俺たちに近寄ってくる奴がいた。
「これはこれは、おはようございます、ドキアからのお客さん! おすすめした宿屋はどうでしたか?」
朝からは見たくないゲスな笑みを浮かべたスミスだった。
「俺達はお前に用は無いから話しかけてくれなくて結構だぞスミス?」
シロンが代表してみんなの気持ちを代弁してくれる。
「おぉ! 剣士シロンさん俺の名前を覚えてくれたのですか? こりゃぁ光栄です。 昨晩のホイットの一戦もう町中の噂ですよ? 本当に強いみたいですね? あのアスランが手も足も出なかったって話じゃ無いですか?」
俺たち全員からの細い訝しむ視線を気にせずに話しかけてくる。
するとシャナウがスミスの眼前に立ち腰の袋から金の粒を一つ摘み出す。
「おいスミス! ここの闘技場と中にいる戦士の情報には詳しいのか?」
シロンがシャナウの意図を察してか問いかける。
「そりゃもう、ここの運営とは昔からの知り合いでして、知らないことは無いですって」
「ならここで解説してくれるか?」
「もちろんですよシロンの旦那!」
シャナウは粒をスミスに放ってやる。
俺は冷たい飲み物を片手にミムナの隣に座り試合場を見渡す。
後ろでテト達は途中買って来た果物や干し肉をかじりながら談笑している。
もっぱら話題は黒豹で、モフとどっちが強いかで盛り上がっている。
全員全盛期のモフを知っているようだった。
「じゃぁドキアの皆さんまずはここのルールを覚えておいてくだせい、今この試合場に入ってる人達が二つに分けられて組み内で殺し合うんです。 そして一人が残るまで戦うんです。 真剣な殺し合いですぅ、その後は残りの二人でタイマンですね!」
「相手が死ぬまで戦うのか? 降参とかは無いのか?」
無表情にシロンが聞き返す。
「まぁ、決まりは動けなくなると負けってことですけど、みんな物騒な獲物持ってますから動けないってこたぁ死んじまうって訳でさぁ」
スミスは狂気に満ちた目を輝かせ人の死を渇望するゲスな笑みを増大させる。
「そして、壁のこっち側で見てる連中はお目当ての戦士の札を買って、最後まで生き残ったら負けた奴らの札の金を分けて貰えるって2度美味しい見せ物でっせ!」
「2度美味しい?」
訝しむ俺達の視線とシロンの問いが重なる。
「そりゃそうっすよ、目の前で何人も死んでくのが見れて、金まで稼げるんだ。 こんなに楽しくて美味しい話はアトラにはそうありませんって!」
みんなの視線冷たいのには気が付いているのだろうが、気にした風もない。
それと、肩に掛かっていた洗われていない汚い髪の毛が左右綺麗に切られている事も気付いていないだろう。
俺は犯人がシャナウなのは知っている。
横向きながら指先が2回動いていたから。
「それで? 今日の出場者の情報は?」
シロンも気が付いていたのに顔には出していない。
親指を立ててシャナウに合図しただけだった。
「そうですなぁ、今日の目玉はあの黒豹ですかね?」
「強いのか?」
「まさかでしょ!」
「じゃあ何で目玉なんだ?」
「どうせ直ぐに殺されるから、あの肉と毛皮が即売されるんですよ! 結構いいツヤのある毛並みでしょ? ここで買っても町の店に卸せばそれだけで儲かりますよ! いやぁ楽みだ」
「ちょっと、シロ・・・」
「これに出場するにはどうしたらいい?」
俺の声はもう届いてないだろう。
もう頭に血が昇り過ぎていて全身に白いモヤがかかって見える。
シャナウは小さくガッツポーズしているし、ミムナは小さく左右に首を振っている。
二人ともシロンの性格をよく把握している。
「シロンの旦那、これに出場するんですか?」
「ここはお前の知り合いのところだろ? どうにでもなるよな!」
シロンがシャナウに目配せすると金の粒がスミスの方へ飛んでいく。
「勿論でっせ旦那、こりゃ面白くなって来た宣伝すれば一儲け間違いなしだ!」
踵を返し立ち去ろうとしたスミスが数歩でこけた。
俺の指の斬撃に足を救われたのだ。
「何だ? 浮かれ過ぎて転んじまったよ・・・、ったく!」
「スミスのおじちゃん、私も出てみたい!」
年相応の声音で俺が手をあげる。
「おいおいぃ! 嬢ちゃん今の話を聞いていなかったのか? あそこは殺し合いの場所なんだぜ? シロンの旦那ならともかく、嬢ちゃんはちょっと無理だろ?」
周りのみんなは呆れた顔だが、シロンだけは俺の考えを察してくれたみたいだ。
シャナウの所へ近寄り粒を3つ摘んでスミスに放った。
「スミスのおじちゃんお願い!」
可愛らしいポーズで懇願してみる。
「しっかしですねぇ、死んじゃっても俺の責任にしないでくださいよ!」
視線はシャナウに向かっている。
この一行の責任者と思っているのだ。
シャナウはゆっくりスミスに頷いて見せて責任を問わない旨を伝える。
「分かりやしたよ、お二人の参加で伝えて来ちゃいますからね!」
去り際に参加者名を問われたので「シロン・ヌケサクとブラック・JK」でお願いした。
離れた小さな建物に向かって遠ざかったのを確認して
「相変わらず物好きな奴だ」
ミムナが小さく呟いた。
・姉様が出れば優勝間違いなしですね!
「私が優勝する訳ないだろ?」
・えっ? じゃあ誰が? シロンが勝者になるの?
「ナー姉ちゃんはあの黒猫を勝たせたいんだよな?」
・・・・あぁ、なぁるほぉどぉ!
親指を立てて請け負って見せたら後ろの三人も同じ仕草をしていた。
ドキアのみんなは仲良く猫好きだったのだ。
次は、アトラにあった闘技場3