アトラにあった闘技場1
情報収集を終えた後、壁を一周したかったが余りにも距離があり途中で断念してしまった。
ガレの酔いが覚めて頭痛を訴えたのもあったが・・・。
水晶から水を出してたんまり飲ませて、路地裏で胃の洗浄をしたから二日酔いにはならないか?
帰り道はアトラの二番道と呼ばれる少し暗くなった一本外側を通る事にした。
外壁に近い一番道よりも如何わしい店と宿屋が軒を連ねていて、夜の観光としては暇しないアトラクション満載だった。
黒マントは身につけていて肌の露出は少ない俺だったが、顔は超美少女で周りには見当たらない綺麗な金髪。
虫が寄ってこない訳が無い。
エルフの体じゃ無かったら、数分とたたづ連れ去られて蛮民の慰み物になっていただろう。
シロンが最後尾でテトとガレには少し離れてもらって道の中央を一人で進むと、面白いぐらいに虫が集って来た。
もちろんナームの体には指一本触れさせない。
と言うか、臭そうで触りたく無かった。
近くまで寄って来た虫には、昼シロンがやって見せた風の斬撃で裸にひん剥いてやった。
皆不思議と裸になると動きを止めてくれる。
風圧で全身が痺れるのか、面白いくらいに裸で固まってしまうのだ。
俺はおっさんの裸を見て頬を赤く染める心境を持っていない超絶美少女!
途中からスキップする程帰り道は楽しかった。
部屋に到着するとミムナは布団に入っていて眠っているようだ。
エルフは睡眠をとらなくても大丈夫だが、ミムナはよく眠っている。
多分誰かと連絡を取り合っているのだろう。
「シャナただいま」
・おかえり姉様
「なんか変わった事はなかったか?」
・んんん・・・、外に壁チョロがいっぱい付いてたから掃除してた
「壁チョロ? 何じゃぁそりゃ?」
・多分まだひっついてるかも!
二人で窓から下を覗き込む。
ここは町で一番高い建物で最上階の4階にある部屋だ。
石で積み上げられた外壁にロッククライミングに勤しむ幾つもの人影と、地面に横たわる蠢く人影が見て取れた。
「なんか気持ち悪い・・・」
・でしょ? 壁チョロちゃん頑張ってるみたいなのは分かるんだけど、うじゃうじゃ上ってくるの気持ち悪くって鳥肌出ちゃう!
シャナウは右手で人差し指と親指で輪を作ると、人差し指をビシッ! と弾く。
圧縮空気が放たれ軸線上の壁チョロが無言で下に落ちていく。
小さく、ぐへぇ! と鳴いてヤモリを連想させる挑戦者は四つん這いでどっかへ消えていく。
「ってかシャナ鳥肌とかその体で出ないだろ?」
・あっそうか・・・、そんな感じがするだけだった・・・、所で食事と散歩は楽しかったですか姉様?
「そうだな、食いもんは断然ドキアの方がマシだし、店の品数も質も話にならないなぁ。 それに、女の子が一人で歩けない町中なんか久々に・・・、あれ? 楽しかったかな?」
・楽しかったなら良かったです。 姉様は、いつも考え込んでましたから、気分転換にはアトラの散歩はよかったんじゃ無いですか?
「うん、なんかさっぱりした感じだな」
俺もシャナウの真似をして、壁チョロ落としを楽しむ。
時には向かいの低い屋根にも現れて、ロープを振り回す壁チョロを撃ち落とす。
これはこれで、射的みたいで楽しい。
なんかアトラに来て心に引っかかっていたトゲが一本抜けた感じ。
そうか、ここの人間を見ていて俺は少し安心しているのかも知れない。
我欲に従順に従う人間の姿。
それは俺が知る人間の姿。
俺の魂の同胞達の姿に懐かしさと哀れみを感じている俺自身を見つけることができたから心が晴れているのだろう。
「シャナ、ホイットって覚えてるか?」
・えぇ、中央門で裸になってた奴隷商人だった、かな?
「そうそいつ、そいつと道でバッタリ会ってさ、いろいろ教えて貰ったんだけど、ここの近くに闘技場があるんだって」
・闘技場ですか?
「そうそう、腕自慢の戦士達が強さを競う見せ物らしいんだ。キャロルちゃんとやってた訓練みたいな物をお金を払って見物する所」
・なんか楽のしそうですね
「そうだろ? 明日見物しに行かないか? アトラの威力偵察にはもってこいだと思うんだ」
・そうですね、朝になったらミムナに相談してみましょう
「そうだな、予定は明日出発だから時間も少ないし、マカボの体調も心配だしな」
それから朝まで俺たちは交代で壁チョロ落としを楽しんだ。
夜明けと共にミムナは目覚めたので、昨晩の散歩と宿屋への襲撃者の報告をする。
水晶の水と風で朝の身支度を終える頃、シロンが部屋に入って来た。
「シロンここは女の子の部屋だから勝手に入って来ちゃダメでしょ!」
部屋着姿の俺とミムナはテパ特製のスケスケ肌着なのだ。
一般男子なら悩殺物の姿なのだ。
しかしシロンは、全く興味が無いみたいで一瞥だけすると部屋の中央の椅子に勝手に腰掛ける。
「姉ちゃん達おはよう。 昨日の夜はお陰でゆっくり眠れたけど二人とも疲れてない?」
「何だ知ってたのか?」
「二人とも楽しそうだったから、任せて眠らせてもらったよ」
「そうか、楽しかったからいいけど。 ガレは起きたか?」
「さっき自分で薬作って飲んでた、頭痛いって・・・」
「初めての飲酒であれだけ呑めばなぁ・・・、昨日胃洗浄しても間に合わなかったか?」
ミムナはシロンが居るのにも構わず全裸になって着替えを始めた。
シャナウは甲斐甲斐しく手伝っている。
焦ってシロンを見ると視界には入っていそうだが、超絶美少女の生着替えに興味はないらしい。
こいつもしかしてあれか?
シャナウとかボキアとか、昔のテパみたいな”ボン・キュッ・ボン”にしか興味が無いんじゃないか?
昔の若い頃の俺に似てるのか?
などと変な想像してみたが、ドキアでは性の差別的考えが無かった気がした。
肌は隠れる服を身につけているが、水浴びや着替えなんかで異性の体を凝視する視線はなかった。
性的快楽だけを求める感覚は持ち合わせていないらしい。
昨夜の娼館前のシロンの反応がドキアの当たり前だ。
セクハラ・ドワーフは多分俺やシャナウの思い過ごしで、親愛の表現方法を俺が性的に嫌らしさを感じているだけなのかも知れない、多分・・・。
着替えが終わったミムナと交代して俺も着替える。
当然俺も男子の目が有っても気にする事はなく全裸になって着替える。
シャナウが俺の着替えも手伝ってくれた。
昨日と同じ魔法少女風な服だが、きちんと洗濯されていて気持ちいい。
俺が壁チョロ射的で遊んでる時、ミムナと俺の服を水晶を駆使してシャナウが洗ってくれていたのだ。
感謝! 感謝だ!
「それで? シロンは行ってみたいのか?」
「そうです、肌の黒い白髪の連中の強さをもっと知っておきたいのですミムナ様」
シロンは何やらミムナに交渉しているみたいだった。
「シロンは何処に行きたいの?」
俺もミムナの隣に座ってシロンに向き合う。
「昨日ナー姉ちゃんがホイットと話してただろ? その時、闘技場って所の話もしてた。 俺ここの奴らの強さをもっと知っておきたいんだ。 特にあの白い髪の連中の」
「シロンの敵では無かったでしょ? 昨日の相手は?」
「あのアスランがここの最強って訳じゃないだろ? 知っておきたいんだ!」
何だか、シロンは思い詰めた表情をしている。
全く楽勝の相手だったはずなのに、妙に今朝は慎重に見える。
「昨晩の話はナームから聞いているが、シロンは何をそんなに焦っている?」
いつもと変わらない飄々とした態度だったので俺には気付けなかったが、ミムナには何か思う所が有りそうだった。
シロンの拳は膝の上で固く握られている。
「・・・昨日、城の中で見た、・・・あのグローズ達。 ・・・あいつには俺は敵わない、と思った。 姉ちゃん達があいつらに立ち向かった時に、俺はまた何も出来そうに無かったのが、・・・悔しかった。 ・・・俺はまだまだ弱い・・・!」
「・・・鱗族の連中の事を気にしていたのか? ハッハハ! あいつらと事を構えるのは私とシャナウだ、シロン達は手出しはしなくていいのだぞ?」
「・・・、そうじゃ無くて姉ちゃん達が俺の目の前で霧になるのかなんて、黙って見てたく無いんだ!」
シロンの瞳には硬い決意が窺える。
俺は立ち上がり優しくシロンの頭を撫でてやる。
その途中で気がついた
「え? 私は味方の数に入ってないのかミムナ?」
「ナームは入れておらん、お前には自由を与えてあったろ? この先どちらの側についても構わんと」
「それはそう言われたけど・・・」
「ゆっくり判断するんだ、ここアトラはドキアよりお前にとって居心地が良さそうに見えるからな」
ミムナは思い詰める様子も無くサラッと口にする。
実際懐かしさも有ってか色んなイベントは楽しんでいたが、俺はどっちが居心地がいいのか?
いや、俺の魂が求めてる人間の姿はどっちなのだろうか?
「それよりも、シロンの要望だが叶えてやっても良いが、マカボの様子を確認してからだ。 あいつの体調が戻らなければ、今日の昼にはここを発たねば可哀想だ」
「うん、わかった。 これからガレと一緒に様子を見てくる」
「そうだな、お前達の仲間の体調を一番に考えてやれ」
話を終えたシロンは部屋を出て行った。
俺は横に座ったミムナに向き直り話し始める。
「ミムナ、お前は俺にこんなに親切にしてくれているのは、仲間だと思っていてくれてる訳では無いのか?」
「仲間か? 預言者ナームよ。 選択は常にお前に委ねられてるよ。 私達の側に居る限りは私の出来る限り手を貸す。 しかし束縛はしないよ、私は未来の道の選択者では無いだろうからな」
「その話は私もずっと考えていたけど、難しすぎて分からない。 未来の世界を俺が決めてるみたいで責任重大って言うか怖いんだよ・・・」
「感情に任せて逃げても私は咎めんよ。 しっかり悩めナームよ」
シャナウは部屋着の片付けを終わらせて、朝のお茶の準備をしてくれた。
お茶と一緒に席に座ると何だか肩を左右に揺らしている。
いつものお願いの仕草だ。
「わかった、わかったシャナ! お前も闘技場とやらに行きたいんだろ?」
・ミムナやっぱりわかっちゃいました? 優しいぃ!
「だからシロンが帰って来てマカボの体調次第だから・・・」
さすがミムナ、シャナウの言いたい事は分かっている様だ。
「シロンが来たら全員で足を運んでみるか」
ミムナの声でシャナウは立ち上がり、俺の竹箒で部屋の掃除を始めた。
シロンはマカボを連れて俺たちの部屋へやって来た。
マカボの顔色はまだ悪いが、昨日船が到着した時よりは楽になってそうだ。
「マカボ体調はどうだ? 観光に付き合えそうか?」
「はいナーム様、今朝ガレから貰った新しい薬でだいぶ楽になりました」
「新しい薬?」
シロンを見ると天井に目を逸らしている。
あぁぁぁ、あれだ! 気付け薬だ! 俗に言えば酒だ!
ガレの奴自分の頭痛もそれで治しやがったのか?
まぁ、少量なら薬の効果も本当にあるそうだから深くは問い詰めないでおこう。
「ミムナこれでみんなで闘技場に行ってもいいよな」
「あぁ、約束だからな。 そうなると、この町にもう一泊する事になるがみんなは問題あるか?」
「俺、テトとガレに聞いてくる!」
シロンは隣の男達の部屋へ飛んで行った。
「マカボ体調良くなって良かった。 変な病気だったりしたら私テパに顔向けできなかった」
「ナーム様にまで心配かけまして申し訳ありませんでした。 なにぶんこれ程ドキアとは異質な土地、私めの体は変化にはついて行けなかったようで・・・」
「自分を責めなくても良い、環境の変化への慣れには個人差はあるのだ」
「慰めていただき有り難うございます、ナーム様」
「それと、私にはもっと気安く声かけてくれて構わないからな」
「はい、ナーム様の思いのままに」
少し口臭にアルコールが混じっているが、元気になってくれて何より。
シロンと一緒にガレとテトも揃ったので少し遅くなったが朝食の為に一階の食堂へ移動した。
次は、アトラにあった闘技場2




