アトラの宿屋
「おい、ミムナ! もう出てこいよ!」
宿屋の部屋の中で『黒柱』は直立不動で窓の外を眺めている。
門の外でスミスがゲスな笑いと共に待っていて紹介された宿屋の部屋の中だ。
スミスの思惑が透けて見えたが、アトラの町には一泊して情報収集するつもりだったから担がれてやったのだ。
「鱗族め! ・・・しかし人間が喰われた時よく暴れ出さなかったな?」
黒鎧から発せられたのはミムナの声だった。
・ミムナの我慢も伝わって来て辛かったです私・・・。 それより、出てもらっていいですか? 私もゆっくりしたいんで?
シャナウも鎧の中に引き籠りされて少々疲れ気味だ。
グローズとの会談の為にミムナは『黒柱』の中に潜んでラーラスとして行動していた。
二国間会合は毎回ナームとラーラスの火星から来た地球管理の責任者で対応するのが決まりだったそうで、今回は俺の転生が原因でこんな会談になってしまったのだ。
俺がこの使節団に参加しなかったらドキア側の人間は別の形になっていたに違いない。
しかし、あの巨大な人食いリザードマンには驚嘆した。
「あいつらの食い物の話は聞いていたけど、まさか目の前で見せられるとは思わなかった・・・」
「グローズの悪癖に決まっている。 あいつも毎回嗜好を凝らして私を威圧したいのだろう、肝の小さい奴め!」
俺は『黒柱』の前に立ち胸部装甲を開けてやる。
疲れ切った少女の顔をしたミムナが現れる。
「それで? 銀星の連中の策とかは予想できたのか?」
窓の外からこの部屋を監視している数人の人影を見つけて、シャナウを窓から離れた椅子に座らせる。
腹部の装甲も開けて、ミムナが出てこれるようにしてあげた。
体育座りで小さく鎧の中に収まっているミムナは可愛いが、出てこようとしない。
「策も何も人間に地球を明け渡して独立させたいんだろ? 見え見えな!」
「この星を人間が自由にする為に独立するのは、いいんじゃないかな? 何か問題でも?」
「お前は与えられる自由については深く考えないのか?」
鎧の中で胡座に座り直し、胸の前で腕を組む。
『黒柱』は大人サイズの鎧だとはいえそんなに大きくない。
その中で自由に体制を変えれる器用なミムナに感心してしまう。
「人間は自由を求めちゃいけないのか?」
「与えられる自由について話している。 グローズは未成長な人間でも独立を欲すれば与える事を二国間の条約に盛り込もうとしている」
俺はシャナウとミムナが座る前の席で、あったかいミルクが入った木のカップを手にしている。
「それが問題なのか?」
「星を一つの独立国家と認めることは簡単だが、精神と科学技術が近隣国家と釣り合わねばならないのが常。 すぐに強者の食い物にされてしまう」
「・・・それって、地球が独立したら直ぐに戦争になるってことか?」
「戦争にはならんよ・・・」
「じゃぁ・・・?」
「ナーム、エルフと人間が闘うとどうなると思う?」
魔法の様な力にずば抜けた身体能力、ほぼ不死身の身体を持つエルフ。
ドキアの樹海を見ればわかる、戦う前に力を誇示するだけで人間は平伏してしまう。
今の人間が力を団結して地球規模で独立をしても、超文明の来訪者には太刀打ちできそうもない。
それこそ、人類全体で膝を屈し許しを乞うかもしれない。
もし戦っても殲滅は必至。
「想像ついたかな?」
「グローズは人間が弱いうちに独立させた後、力で従わせると?」
シャナウは胸とお腹が開いたままで器用にミムナ用のミルクを水晶を使って温めて準備する。
ミムナはカップを受け取り口にする。
それでも出てこないのは、中の方が居心地がいいのか?
「そこまでも必要なさそうだ・・・。 この街を見るとな・・・。」
この宿屋は町の饐えた匂いはさほど届かないが、暴力と金・・・、力が支配する居心地の悪さは外の喧騒と一緒に運ばれて来ていて収まりそうも無い。
グローズは壁外の人間は勝手に増えたと言っていたが、それこそ処分など簡単だろう。
門を開け放てばいいだけだ。
中の馬鹿みたいにデカいワニたちが一掃してくれる。
それをせずに、今まさに船でドキアの樹海を強襲しようとしてる奴らを野放しにしている。
グローズはこの蛮民を増やそうとしている・・・。
ミムナは樹海の人間達を大切に扱っている・・・。
両者の目的?
「ミムナ基本的なことを聞いていいかな?」
「なんだ?」
「一つの星には一つの種族とか前に言ってたけど、誰が決めたの?」
「・・・誰も決めたわけではない」
「どゆこと?」
「・・・宇宙は多様性を求めている・・・と考えている。 太陽系の中の惑星だけでも、生命は幾つも確認されている。 全く違う環境でそれぞれ別の進化をして時には絶滅し、また新たな種を誕生させる」
ミムナは言い難いのか顔は俺の方を向いていない。
「順応性とか適応性の話ですか進化論の?」
「生物進化については今は話さないでおくが、銀河を超えて宇宙の彼方へ行ける種族を欲してると私は感じている。 その為に個性が必要なのだと」
「星に個性ある種を求める・・・宇宙ですか・・・、”至る者”・・・?」
「”至る者”だと? 誰から聞いた!」
ミムナは厳しい顔で鎧から飛び出して俺に迫って来た。
「あれ? 誰だったかな? 空の上・・・、もっと高くへ登った・・・んんんん・・・?」
「まぁ良い・・・、それが宇宙の意思を呼ぶ時の名だ」
「だからミムナは人間の成長を見届けたい?」
「そうしたいのだが、時間が少なさそうだ・・・」
「アトラとドキアの戦争・・・」
「そっちはどうにかなるが、本国同士の戦争だ」
ミムナはゆっくり歩きながら薄暗くなった窓の外を眺めている。
会合で地球上の問題の他にも何か感じるところが有ったのかも知れない。
部屋の入り口のドアがノックされ、シロンが入って来た。
「どうしたシロン、ここは女の子専用の部屋だぞ」
シロンは俺の言葉を気にした風もなく近くまで歩み寄り
「ナー姉ちゃん、マカボはダメだった! まだ頭が痛くて動けないって」
本当は全員上陸してもらってアトラの町を見て回ろうと思っていたのだが、この町身近付いてからずっとマカボは体調不良を訴えていたのだ。
快適な船旅だったので船酔いでは無いらしいが、ここの匂いがキツいせいかドキアとは違う町の熱気のせいなのかわ分からない。
「ガレは何て言ってる?」
「多分匂いのせいだろうって、鼻に詰め物して薬を飲ませて様子を見るって言ってた」
「そうか、ゆっくり休んでてもらうか、明日はここを出るからそれで良くなってくれるといいな」
「これから、夜のメシ食べるけど姉ちゃん達はどうすんの?」
シャナウとミムナに視線を向けると、二人とも首と手を横に振っていた。
食事は不要だし、外に出れば揉め事が起こるのは見え見え。
相手を分散するにもそっちの方が良さそうだ。
「じゃぁ私が付き合うよ、ミムナの護衛はシャナがいれば充分だろうしな」
・任せて下さい姉様! 女子部屋、男子部屋にも誰一人近付けません!
「おう、頼んだよ!」
俺はシロンとガレとテトを連れて1階の食堂へ向かった。
スミスが言ってた通り食堂は盛況だった。
この町は夜の方が人が集まって朝まで賑わうらしい。
その理由は光る壁があるからだそうだ。
暗くなると壁の上部が発光して昼と変わらぬ明るさになる。
周囲数十キロに及ぶ壁が全て光るので外壁の町は光の届く範囲で壁を取り巻く作りになっている。
宿はわりかし港に近い位置で船乗り相手の商店も多く新鮮な食材が入るので味はそこそこイケるらしい。
俺たち四人は奥の目立たないテーブル席に座って食事をする事にした。
「注文お願いします!」
シロンが手を上げて客の相手をしている女性に声をかける。
「シロンお前結構物怖じしないのな? 姉ちゃん感心しちゃうよ!」
「飯の時は遠慮しちゃ世の中生きていけないんだ」
「んだ、んだ」「そだ、そだ」
テトとガレも頷いている。
ドキアの街は発展して食事の心配はさほど必要無くなっただろうが、彼らの記憶には野生のモフ時代や木の実しか食べれなかった昔の習慣は残っているのだろう。
「はい、はーい。 あれまぁ! ドキアからのお客さんね?」
「あぁ、そうだけど? なんで知ってんの?」
シロンが受け答えする。
俺は帽子は被っていないが黒いマントを羽織っている。
側から見たら、テトかガレの娘に見えるだろう。
こんな時は出しゃばらず、見た目の立場を演じるに限る。
揉め事が起きたら対処すればいいのだ、腰にはミムナがくれたロッドもあるのだし。
「二つの開かずの門が開いたって町中大騒ぎさ、それにかっこいい剣士の護衛がめっちゃ強いとか? ねぇ兄さんなんだろ? それって!」
「弱いとは思ってないけど・・・」
馴れ馴れしい店員だが、見た目は可愛い。
胸を強調した皮のコルセット、肌に密着した膝丈の皮のパンツも魅力的だ。
シロンもボディータッチされて悪い気はしていないらしく少し照れている。
「それより姉さん、飯だ、飯! 何がうまいんだここは?」
ボリュウミーな店員にいじられ始めたシロンの代わりにガレが注文を急かす。
「今日は新鮮な肉が入ったから、焼いた肉に肉入りスープだね! 酒も持ってこようか?」
「酒?」
「ほら見なよ! あいつらが飲んでるやつさ!」
指差す方にはテーブルの上に木のジョッキを片手に赤ら顔の男達が大声で騒いでいる。
「とりあえずあそこのテーブルとおんなじ物をもらうよ」
「ありがとよ、おじさん! お嬢ちゃんはどうする? 男達と一緒って訳にはいかないよな?」
「私は、ミルクとパンがいいです」
「わかったよお嬢ちゃん、じゃちょっと待ってくれよ、すぐ持って来てやるよ!」
馴れ馴れしい元気な店員は厨房へと姿を消す。
「酒ですか?」
テトが不思議そう顔をするので老婆心ながら教えてあげる。
「食事の前にいいですか?」
男達の視線を受けてから
「酒を飲む事を私は禁止しません、が! 酒に入っているアルコールは頭の考える力を弱くします。 少しは気分良くなっている気がするかも知れませんが、蛇の麻痺毒の薄い奴と同じですから飲む人は十分注意してくださいね!」
「ナー姉ちゃん、酒飲んだことあるのか? ドキアじゃ無かったよな?」
「・・・昔ちょっとだけ・・・飲んだことはある、でも今は飲みたいとは思わないけど」
「何でだ? みんな楽しそうに飲んでるから、うまいもんじゃ無いのか?」
さっきの店員がジョッキを4つ運んできた。
「はいお待ちどう! 先に飲み物だよ! うちで仕入れてる一番上等な酒さ、こっちはミルクだね、食いもんはもちょっと待ってね」
俺は冷たいミルクを自分で温めて周りのテーブルを見る。
アルコールで理性が緩みかけてる顔が幾つもあった。
「適量を超すとあんな感じになるから気をつけてね! もしあんな風になったら紐で縛って窓の外に吊るしておいてあげる」
俺が指差した方では、さっきまで楽しく話をしてた男達が取っ組み合いの喧嘩を始めるところだ。
三人はジョッキを片手に考え込んでいる。
「シロンちょっと貸してみろ」
シロンからジョッキを奪い匂いを嗅いでみる。
薄くテキーラの匂いと枯草の匂いがした。
蒸留などしていないので発酵させて布でこした物らしい。
少し舐めてみた。
舌の痺れぐらいから普通のウィスキーよりは度数は高そう。
シロンにジョッキを返し
「初めて飲むんだったら、一口でやめておいた方がいいと思うぞ、それ以上飲んだら吊るされるの覚悟だな・・・」
俺の言葉に三人は尻込みしていたが、旅でのいろんな経験は貴重なのだとも言ってある。
あとは自己責任でどうぞ。
皆で顔を見合わせてジョッキから口に含む。
「ブファッ!」「ヒィィィ!」「ホォォォォォ!」
三者三様のリアクションをする。
シロンは吹き出し、テトは喉を掻きむしり、ガレは頬を赤くした。
「ナー姉ちゃん! 何だよこれ! 飲みもんなのか?」
「それはなぁ、飲み続けると死んじゃう物なんだけど、時には飲まなきゃやってられない時があったりするんだよ・・・。 私はもう飲まなくても良いけどね」
「死んじゃうのに飲むのかよ、こんなもん」
シロンとテトには合わなかったらしい。
ガレは流石にドワーフ酒飲みが似合っている。
暫くして肉とスープとパンも運ばれて来た。
砂金を換金しておいたアトラの硬貨で店員に支払いをして、俺は周りの人間観察に集中する事にする。
次は、アトラの住人




