会合
室内はそれまでの道と同じ広い通路で、左右には太い円柱が高い天井に伸びている。
暫く進むと使用人らしき同じ格好の男達が姿を見せ、案内人に促され荷車から荷物が下ろされた。
ドキアからの献上品である事を告げると深く頭を下げて、丁寧に横に伸びる通路へ運んで行った。
荷物から解放された二人を含め、五人の一行は奥へと招かれる。
辿り着いた部屋はいっそう高くなった天井を、大人五人で腕を広げなければ届かない程の太い石柱が左右いく本も支える大広間。
室内には外洋船が2隻横並びで入りそうだ。
ここが謁見の間である。
剣士と荷運びの男達を部屋の入り口側に置かれた椅子に残るようにと黒鎧は告げる。
黒装束の少女はとんがり帽子と黒のマントを脱ぎ荷運びをしていた男に渡し、壁に竹箒を立て掛けた。
黒鎧に頷いて見せてから、一緒に部屋の中央を奥へと進んだ。
部屋の奥には数段高くなった席があり、中央に白髪で肌の色が黒い初老の男が椅子に座っていた。
黄金と輝く銀で作られた豪華な椅子に座っている。
顔には黄金のマスクが鼻と口を覆っていて判りづらいが目には疲れの表情が窺えた。
「ドキアのお二方、よく参られた! そちらの席にお掛けくだされ」
太くしゃがれた声だが、どこか空気の漏れる音が耳についた。
歩み寄った黒い二人は、言われるまま黄金マスクの正面に置かれていた椅子に近づき軽く会釈すると大理石で作られた白い椅子に腰掛ける。
「グローズよ元気そうで、なによりだな」
黒鎧が低くてゆっくりした口調で話し出す。
「当然であろう? 我々は不死の民なのだから。 それより、ナーム殿はどうした? 体調が優れないのか?」
「そんな事はないぞ、絶好調だ!」
細い右腕を前に出して笑顔で力瘤を作って見せる。
力瘤は裏に添えた左手の指先で持ち上げたものだ。
「フォッホッホ! 相変わらずワシを好かんようだが、背が少し縮んではいないか? 其方達の所はそんなに食糧難なのか? きちんと旨いものを食わねば育たぬぞ! 前より胸も尻も小さくなったであろ?」
「ほっとけ! これは私の趣味なのだ!」
「おぉー! そうであったな。 狂気の天才科学者ナーム殿。 武人ラーラス殿も苦労が絶えませんな?」
「お気になさらずに・・・、それよりも」
黒鎧の武人ラーラスと呼ばれた男は片方の掌を壇上に向けて、戯言を制する仕草をする。
「腹話術など使わずいつもの姿を見せては如何かな? 話が遠く感じてならんのだが?」
「そうか? いつも人の姿で訪れる其方達のために準備した嗜好なのだが? 気に食わんか?」
玉座にも思える椅子の後ろは暗い通路が口を開けていて、その奥で重い影が動く気配がした。
黄金のマスクを付けた白髪の男は額から玉の汗を流している。
背中に迫る重い影が現れてからの成り行きを知っているのだろう。
暗闇の通路から現れた姿は、猛毒を持つ蛇に似た頭をした巨大なリザードマンだった。
黄金の席の後ろまで歩くと
「もうお前はいらん!」
大きな手で座った男の頭を鷲掴みにすると、天に向け大口を開けてその中に放り込んだ。
喉を鳴らして一飲みにした後、太い腕で椅子を弾き飛ばす。
飛ばされた椅子は、離れた壁に打ち当たり派手な音が室内にこだまする。
大型の爬虫類が人を丸呑みにした様子を見ていたラーラスは身動き一つしなかった。
ナームの方は少しだけ眉を顰めただけだ。
リザードマンのグローズは胸の中で蠢くそれを数土握られた拳で叩く。
腹の中で暴れていたそれが動きを止めると、満足した様子で高くなった壇上から降り二人の前に座った。
「これで少しは話が近く感じれますかな? ラーラス殿?」
「距離は近くなりましたが・・・、控えている者も下げられては如何かな? ここは会合の席ですから」
「さすが武人ラーラス! お気づきでしたか?」
グローズは大仰に両手を上げて称賛の意を示す。
「気づくも何も・・・。 柱に隠せなかった鎧の鱗の尾が見えているではないか?」
ナームも言いながら呆れた表情で肩を竦める。
「これからも続ける地球平和の会合にしては、物々しい出迎えですね?」
ラーラスも穏やかな口調でナームに続いた。
「ホォォッホッホ! 手厳しいですな! されど、お二方の力を考えればこれでも対等とは言えんでしょうからな? しかし、仕方があるまい」
右腕をゆっくり振ると、柱の後ろに隠れていた武装したリザードマン達は部屋から退出していった。
それを見定め、太い右腕を入り口近くに控えていた白髪の青年に向けて合図する。
時間を置かず台車に乗せられたドキアからの献上品が脇まで運ばれてきた。
「さて、これはそちらが寄越したものだが、意図を問うても良いかな?」
グローズは台車の上の品を手に取り検分し始める。
「我らの管理するドキアの人間達が作った品々だ。 いつも手ぶらで参っていたが、この席を準備してくれているグローズの労をたまには労いたいとナームが準備したのだ」
「おぉっほっほ! ナーム殿にそんな可愛らしい所があったとは、このクローズ驚嘆いたしましたぞ!」
「ただの民芸品だ気にするな。 それと今回はドキアの人間も連れて来ている。 手出しは無用に願いたい旨の品だ」
グローズは遠い部屋の入り口に腰掛ける三人の姿を目に止め、瞬膜を細める。
手に取った過度に装飾が施された剣を手に取り二股に分かれた舌でチロリと唇を舐める。
「ナーム殿が人間如きと一緒に来られるとは、これもまた・・・、ここの品々を人間達が作ったと?」
「ドキアはお主が嫌いな穏やかで平和な所でな、人間達は暇を持て余してそんな物を作っているのだ」
ラーラスは軽く話を受け流し背もたれに預けていた背を伸ばし、グローズに体を向ける。
「そこで本題だが。 地球に於いての二国間条約の確認だ」
「もっと近況と世間話をしてからでもよかろうに・・・、今まで通りで変更は無しで進めたい。 と本国は言っている」
胸の前で太い腕を組みラーラスを睨みつける。
「本国は? とおっしゃいましたが? グローズは違う考えか?」
「壁の外にある町を見て来ただろ? 勝手に集まって好き勝手やってる連中を」
グローズは目を逸らし困ったものだと首を振って見せる。
「元はお前の所から逃げ出した連中だろ? 前回の会合で来た時は遥かに小さい集落だったが、グローズが対処する事で話は済んでいたはずだが?」
「そうなのだ。 捕まえては処分し、捕まえては処分したのだが・・・。 何せあいつらは繁殖能力が凄まじくてな。 近くに居た猿人達とも交じり合って手に負えなくなってな」
「何を今更・・・ それではこの星の固有種となってしまうでは無いか?」
腕を組んだまま考える姿勢だが、口から伸びた舌は鼻の頭を舐め回す。
「ワシらも星に自然発生した生物が支配する法則は破ってはおらん。 壁の中の人間達も元々はここにいた猿人達を掛け合わせた人間だ、ドキアもナーム博士が同じ事をしたのだろ」
「・・・」
黙り込むナームの代わりにラーラスが口を挟む。
「ドキアの人間は配合しておらん、強き者が生き残り増えただけだ。 それを見守っているだけの事。 思い通りに動く人間達を作るお前達とは考え方が違う!」
ラーラスの語気は強い。
「同じ事だよラーラス殿。 本国の技術は使っていないのだから、条約違反では無いのだし。 それで、ワシは思うのだ。 人間の知恵の進行をもっと早く進めれば自立する星になるのでは無いかとね?」
「この星を独立させると?」
驚きの声音が篭る声でラーラスが聞き返す。
「この星は人間達に委ねたいとワシは考えていて、本国には打診中だよ。 なんと言っても人間達は可愛いからな」
「早すぎる!」
拳で自分の膝を殴り怒りをあらわにする。
「武人ラーラス殿にしては珍しく激昂している様子だが、この星の運命を地球の固有種の人間に与える事は至極当然では無いかな? どの道、我ら2国にもその決定権は無いのだし」
「それで・・・? 今後の条約は変更したい考えかな? グローズ?」
「主旨は変えなくても良いと考えているが、加筆は要望したい」
「加筆? 内容は?」
鎧の中の体に力が入っているのがわかる。
ナームは無言のまま成り行きを見守るだけ。
「地球を総べる固有種の王が独立を求めたらそれを2国は受け入れる。 別におかしな話ではあるまい? 我々はただの傍観者として己の国から辺境のこの地球に来ているだけなのだから」
「王位は誰が決めるのだ? お主かグローズ?」
「まさか、それでは銀星の植民星になってしまって条約違反の戦争行為になってしまう。 当然固有種が自分達で王を決めるのだ?」
ラーラスは首をナームに向けしばし無言で考えていたが、グローズに向き直り
「そちらの意図は理解した。 こちらも本国へ加筆の件は相談するとする。 私達の意志は条約の現状維持だから、加筆の案件は本文とは別紙にて次回決議事項としたいが如何かな?」
「ワシは急いではいないのでそれで構わん。 可愛い人間が将来独立を決めれる道を創りたいだけなのだから」
グローズの手招きで使用人が大きな机を押して来た。
その上には厚手の透明な板が載せられていて何やら文字らしきものが書かれている。
ラーラスは文字に指を刺し読み上げる。
「地球に於ける銀星と火星の二国間条約
本文
他国の管轄エリアに武力行使を持っての進行は認めない
現生物に遺伝子改造を施さない、及 星間移動技術の提供も認めない
固有生物の崩壊兵器の使用をさせてはいけない
追記
固有種の地球独立宣言があった場合はそれを認めて銀星と火星両国は帰国する
なおこの追記に関しては両国の同意を得た上で次回会合にて本文記載を検討する」
ラーラスに続きグローズも同じく指を刺し読み上げ条約の更新は成された。
席を立ち立ち去ろうとするラーラスに
「宴の席を用意しているが今回も顔を出していかないのか?」
「私たちの種族は食に対する執着はないので、以前同様これでお暇させて頂く」
「そうか? 地球の食べ物も慣れると旨いものだぞ?」
ナームを促し立ち去ろうとする背中にまた声をかける。
「しばらく前の時空振動の話は教えてくれないのか?」
「時空振動?」
「そちらの管轄地で起きたであろう? 200年?いや250年くらい前であったかな?」
「・・・」
「・・・」
足を止めた二人はお互いの顔を見ながら思い出すそぶりをして見せる。
そして、ナームが手を叩き。
「思い出した! あの巨大な観測史上最大の雷ですか?」
「雷? 時空振動では?」
「ただの大きな雷でしたよ、髪の毛が逆立ったのでよく覚えてますよ!」
ナームは綺麗な金髪を掻き上げてくしゃくしゃにして見せる。
「そうでしたな! こちらの観測器は近くで発生した巨大な雷を観測しただけでしたからな。 遠方では時空振動を観測したのですか? 帰ったら過去データでも調べてみますよ。 ではこれにて」
ラーラスは小さく片手を上げて挨拶するとドキアの人間が待たされている席へ向けて歩き出す。
ナームも同じ仕草でその後に続いた。
その背を見ながらグローズは舌先で乾いた両眼を交互に舐めていた。
次は、アトラの宿屋




